表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
聖なる地獄門
162/416

21 4クール目

「彼女は最後のターゲットなんでね…保護されてしまうと非常に困るんだ」


 突如四人の前に"スーツ姿に獅子の被り物"をした男が現れた。

 声の印象からは軽薄そうな感じがしているが、体から放たれている泉気や威圧感は戦いに身を置く者のそれである。

 何よりこの男は、音も気配もなく突然"そこに居た"のだ。話し中だったとはいえ、普通ならここまで接近していたのを卓也が気付かない事は無いし、人避けの結界が張られている中に常人が近付くのは不可能である。


「いのり…アイツについて、何か分かる事はあるか?」


 卓也は近くにいるいのりに小声で話し掛けた。

 まずは敵の目的や正体、考えを探ろうとしたのだ。

 しかし————


「ダメ…さっきから探っているけど、何も聞こえないわ…」

「そうか…。俺もヤツの名前が視えないんだ」


 二人揃って、能力での探りが通じなかった。

 いのりのテレパシーにはなんの反応もなく、卓也の目には名前が表示されなかった。


「ああ、能力で情報を取ろうとしているんなら無駄だよ。【個人情報(シークレット オブ)保護砲(マイ ハート)】でガードされているからね。っと、サービスが過ぎたかな…まあいいか。全員生きて帰すつもりは無いし」


 彼の口ぶりから卓也は、【シークレット オブ マイ ハート】が情報を能力から保護する能力であることを理解した。

 そして生かして帰さないという言葉を聞き、咄嗟に三人を下がらせる。


「お前が、誘拐事件の犯人か?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」

「くだらない問答をしているヒマはないんだけどな」

「僕もないね。だからすぐに始末させてもらうよ」


 そう言って臨戦態勢を取る男。

 守屋や稗田なんかとは比べ物にならないほどの刺すような殺気が廊下を埋め尽くしていく。卓也の後ろにいる三人はその気配に完全に圧され、呼吸1つするのにも苦労をしていた。


 しかし卓也だけが先ほどまでと態度を変えていない事に、いのりが気が付く。


「…卓也くん、平気?」

「ん?平気って?」

「あの人、凄い強そうよ…」


 横濱の一件から、いのりは卓也の"強さ"においては疑っていなかった。

 それは、渡会ら四人の襲撃を凌いだことや七里姉弟を制したのを目の当たりにしていたからだ。

 だがそんないのりでさえ、目の前の男から放たれる凶々しく強い圧は、思わず不安を感じるほどなのであった。

 しかし―――


「ああ…それね。それはまあ、大丈夫」


 卓也は実にあっけらかんとしていた。


「それよりさ、稗田くん」

「あ、はいっ…!」

「そろそろ能力解除してくれない?」


 両腕をプラプラさせ、自分がまだ稗田の能力影響下にいることをアピールしてみせる。

 ところが稗田の口から残念な報告が届く。


「すみません…30分経たないと試合が終わらない設定にしてまして…」

「えぇ…」


 彼は先程の戦いが始まる前に、30分の設定で能力を発動させてしまったと言う。

 つまり卓也の腕は、あと10分弱はこの状態であるという事だった。


「解除できないんですか?稗田くん」

「……公平だから」

「どうすんのよ、この状態で…!」

「ははっ。どうやら僕の能力を使うまでもなさそうですね」


 焦る三人に笑う男。旧部室棟の廊下は非常にわちゃわちゃしていた。

 そんな中、卓也はひとり"地獄の1年間修業"、その4クール目(10か月~12か月目)を思い出していた…













 _________________













「ちょっ…マジでこの状態でやるんですか?」


 道場で卓也は手を後ろで縛り、目隠しをされていた。

 師匠の重井と新見兄と三人で行った武者修行。その最後の3か月に差し掛かったところで、内容が少し変わったのだ。


 9か月目までは身体づくり・体力づくりなどの基礎から徒手空拳・武器術の会得、そして実践修行をひたすら行ってきた。

 動画サイトで見た動きを模倣していただけの"超付け焼刃"だった卓也を、二人の先生が熱し、叩いて打ち、丁寧に丁寧に鍛え上げていく。

 呑み込みの早さもそうだが、武器や道場の修繕、傷の治療、体力回復を自前で行える卓也は通常よりも修行時間を多く取れたので、練習効率が凄まじかった。

(あまりにオーバーワークの時は師匠に無理矢理休まされたが)


 また卓也にとって新見兄の存在も大きく、基本教えてもらう立場ではあったが歳も近く共に切磋琢磨する存在であれた事が精神的支柱となっていた。

 戦闘以外のトレーニング中には、昔好きだったアイドルやよく聞くJPOPの話などで盛り上がった。

 そして新見兄も、卓也に負けじと修行に打ち込み大きく成長したのだ。



 そんな日々が続く中、師匠は突然卓也を目隠しし、手を封じ、その状態で模擬戦を行うと言ってきたのだ。

 当然そんな無茶ぶりに異議を唱える卓也だったが…


「お前、自分が常に五体満足で戦えると思っているんじゃないだろうな?」

「え…」

「確かにお前の治療術は優秀だ。手足が吹っ飛んだくらいじゃビクともしないくらいにな。だがそれもいつ使えなくなるか分からない。その時に、『能力が使えないからケガが治せなくて負けました』なんて泣き言は俺の弟子でいる限り絶対に言わせん。そんな甘ったれた心は今から捨ててもらうぞ」


 鋭い言葉を放つ師匠に思わずたじろぐ卓也。

 そもそも皆は、そんな優れた治療術なんて無くて戦うのが当たり前だと。そして卓也も、いついかなる理由で手足が使えなくなるか分からないので、そんな時に無力でいたんじゃ守れるものも守れないぞと、師匠は伝えたかったのだ。


「首を飛ばされたら、敵の喉に食らいついてから死ね…ですよね」

「あ、ちょっ…!」

「そうだ」


 後ろから卓也の耳に栓をしつつ師匠に話す新見兄。彼もまた、同じ道を通ってきたのだ。

 手が使えなくなったら足を使い、足もなくなったら体を使い、首だけになったら牙を使え。これが師匠の基本理念だった。


「マジで何も見えないし何も聞こえな…グっ!?」

「敵を前にお喋りしてる余裕があるのか?バカ弟子め」


 まだ状況に付いて行けない卓也のボディに師匠の拳がめり込む。

 修行中は当然能力による"硬化"は禁止しているので、かなりのダメージが卓也を襲った。


「くっそ…!」


 前のめりに倒れそうなところを何とか踏ん張り、距離を取る卓也。

 そして師匠の踏み込む振動を感じ、二撃目を躱すため体を捻るが———


「ガァ…!」


 水平に繰り出された蹴りが背中にヒットし、道場の床に倒れてしまう。


「考えるんじゃなく感じるんだよ!」


 そんなカンフー映画のような新見兄からのアドバイスも、耳栓をしている卓也には届かない。

 そしてそれから1か月は、修行開始当初のようにひたすらボコられ続ける事になってしまった。

 合格条件は『相手に一撃加える事』だが、目と耳を塞ぎ両手が使えない状態では攻撃を受けた際に捕まえるという手も使えない。

 求められるのは相手の一撃を完璧に躱し、その上で正確に蹴りや頭突きを繰り出すことだ。

 卓也はそのコツが中々掴めないでいた。



 しかし、11か月目の途中である変化が起きた。


「ぐはっ!」


 新見兄の一撃を貰い床に倒れ込む卓也。


「…大丈夫?」


 いつもならすぐに立ち上がるのだが、しばらく倒れたままの卓也を心配し駆け寄ろうとする新見兄。


「放っておけ」


 だが師匠はそれを止める。卓也の思考を邪魔させないようにという配慮であった。


(今、チラっとだが、"右フック"が飛んでくるイメージが頭の中に浮かんだ…。で、実際に来たのも右フックだ。偶然なのか?それとも何かを掴めたのか…。もっと試す必要があるな)


 倒れたまま思考を巡らす。そして卓也は少し間をおいて立ち上がると、目隠し組手を再開した。

 そこから卓也は目と耳に頼らない情報収集の技をどんどん磨いていき、使いこなすようになったのだ。

 最後の方には完璧に気配を消した師匠の攻撃も、静かな場所でならギリギリ感知できる程にまで成長した。








 _________________










「僕もあまり長居はできないのでね…」


 男が背広のポケットから何かを取り出すと、両手に持ち起動させる。するとそこから、泉気の刃が伸びた。

 特対で使われている魔導具の一つである。


「やばいよ…なんとか皆で逃げないと…!」

「…私が鳥を使って足止めするから、その隙に」

「一人も逃がさないよ…!」


 男は駆け出し素早く卓也に詰めると、右手に持っていた剣を振り下ろした。


「卓也くん!」

「…っ!」


 いのりが叫び、守屋が思わず目を背ける。

 しかし聞こえたのは剣が卓也を切り裂く音ではなく、軽い金属音であった。

 先ほどまで男が手に持っていた魔導具の剣、その柄が床に落ちたのだ。


「…あ?」

「あれ…」


 見ると、男の脇腹に卓也の右膝がめり込んでいる。

 最小限の動きで躱し、卓也は反撃を繰り出していたのだ。

 そして少し後ろに下がり距離を取ると、右足で男の左腕を蹴り上げ魔導具を落とさせた。


「くっ…!」


 再びの金属音のあと、強烈な攻撃によろよろと後退する男。

 今度は逆に卓也が距離を詰め、目にもとまらぬ連続蹴りを叩き込んだ。


「スゲエ…」


 稗田が思わず感嘆の声を漏らす。

 手を使えないというハンデの中でも卓也はまるで動じずに立ち向かっていく。

 先ほどまでと違い遠慮することなく攻撃できるのも、技を冴えさせる要因となっていた。

 生きてさえいれば情報を聞き出せる、くらいにしか考えていないのだ。



「とどめだ…」


 倒れそうになる男の腹に右足を当てると、吹き飛ばすのと同時に【発勁】を撃ち込んだ。

 "足版"の勁掌が炸裂し、廊下にズシンという音が響く。そして男は発勁と蹴りの衝撃で奥の壁まで吹き飛んでいった。


「やった…!倒した!」


 凄い威力の技がクリーンヒットしたのを確信した稗田が真っ先に喜びの声をあげる。

 先ほどまでの男の圧から解放され、一気に気持ちが弛緩したのだ。

 だが———



「右足ノダメージガ一定値ヲ超エマシタ。右足ノ機能ガ停止シマス」



 廊下には三度目のアナウンスが流れた。


「…卓也くん?」


 そして後ろで見ていた三人の目に映ったのは、膝から先を失った卓也の右足だった。


いつも見てくださりありがとうございます。


エルデンリングに興味津々な今日この頃。

でも動画見ると面倒くさそうだなって…

結局買わない

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ