6 事件は現場で起きている
「何処の世界に有給取って妹の通う学校にシスター連れて散歩する人がいるんですか?」
ですよね。俺もそう思う。
咄嗟に適当なことを言ってしまったが、さて、なんと説明したものか…
「ごきげんよう、真里亜さん」
「あ、ごきげんよう、シスター花森」
俺が答えあぐねていると、シスター花森が良い笑顔で律儀に挨拶をした。
そしてそれにちゃんと返す、育ちの良い我が妹。
俺の前で、二人が優雅な挨拶を交わしている。
これが先輩後輩なら、タイが曲がっていてよ…とか言って直してあげるのだろうか。
「それで…?」
「え…?」
「どうしてここにいるんですか?兄さん」
乙女の園の妄想をしていた俺は一瞬で現実に引き戻される。
真里亜がめんど…巻き込みたくは無かったが、もうこうなっては仕方ない。
正直に話す以外に、今ここに俺が居る理由を説明する事は出来そうにないからな。
「…わかった。話すよ、ちゃんと」
「お願いします」
「でもここじゃ…」
皆が見ている教室の前じゃちょっとな…。ただでさえ生徒会長とシスターが得体の知れない男と一緒にいる事で、教室内の生徒が何人かこちらに注目してしまっている。
ていうか、そもそも真里亜はどうやって抜け出したんだ…?
「それもそうですね。では少し先にあるラウンジで聞きます。行きましょう」
「あっ、ちょっ…待っ…!」
真里亜は俺の提案を飲むと、人目もはばからずに俺の手を握りズカズカと歩き出す。
それにより先ほどまで教室で数人しか見ていなかったギャラリーは結構な数となってしまい、しかも移動するほど多くの教室の横を通るため、俺の探偵活動は初っぱなから相当目立つこととなってしまった。
総務の人、ご免なさい…。
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「それで、どうして平日に兄さんがシスター花森と同伴出勤しているんですか?」
「いや、言い方ね」
学生ラウンジに場所を移した俺は、早速真里亜からの尋問を受けている。
三人以外に誰もいない静かな場所で、俺は今回受けた任務についてざっくり説明することにした。
「実は今回、この学校で起きている生徒の行方不明事件の調査を、服部理事長から依頼されてな。これから現場をシスター花森に案内してもらうところなんだよ」
「…確かに学校では今そのような事件が起きていますが、どうして兄さんがそんな調査を?」
「【宝来探偵事務所】に来た依頼を【玄田先生】が受けて、そこから俺に回ってきたんだよ」
俺はシスター花森に気付かれないよう真里亜にウインクしてみせる。
宝来探偵事務所も玄田先生も、俺が今考えたでまかせだ。
しかし中華料理屋の宝来やその店主のおっちゃん、そしてそこが能力者に仕事を斡旋しているという話は以前にしている。
これらのキーワードを今の状況に応じて改造し、ウインクで合図を出す。
賢い真里亜のことだから、これできっと俺の状況にも気付いてくれるハズだ…。
「宝来に依頼が来たということは、"特殊案件"だということなんですね…?」
「!…その可能性が高い…ということで俺が来た」
「そうですか…分かりました。探偵である兄さんが今回の特殊案件に駆り出されここにいる、ということなんですね」
「ああ」
流石は真里亜。多くを語らずともある程度状況を読み取ってくれた。
これでシスター花森に怪しまれる事無く、真里亜に【俺が探偵という身分で動いていること】や【事件が能力者によるもの】ということが伝えられただろう。
「シスター花森」
「はい」
「兄さんの案内、宜しくお願いします」
「はい、任せてください」
真里亜がシスター花森に頭を下げ、俺の事をお願いする。
なんか気恥ずかしい感じもするが、一先ずこれで下がってくれるようだ。
良かった。
「それと兄さん」
「ん?」
「12:20に、カフェ【ピリポ】の入り口で待っていてください」
「…はい」
有無を言わさぬ命令。
俺のお昼ご飯の予定は決定してしまったが、まあ良かった。
「では私はこれから保健室に行くので、後程」
「どこか具合が悪いんですか?」
心配そうなシスター花森。
「いえ。HRを抜け出す口実にしたので、一応形だけでも行ってきます」
「あら…」
そんなことだろうと思ったけどね。
「では」と言い歩きだした真里亜を見送った俺とシスター花森は、最初の現場かもしれない中庭へと向かうことにした。
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「ここが中庭です」
「これは…かなり綺麗ですね」
「でしょう?これも学校の自慢のスポットなんです♪」
舗装された道を囲む鮮やかな緑の芝生と沢山の木々。そしてあちこちにベンチが配置されている中庭は、高等部の生徒たちがお昼休みを楽しむのにうってつけの場所となっていた。
ベンチの上で食べても良いし、芝生にハンカチをひいてそこに座ってお弁当を食べても良さそうだ。
賑やかなお昼休みの風景が目に浮かぶような、そんな素晴らしい中庭となっている。
だが今みたいにHRや授業中で生徒の行き来が無い時間は、静かで監視の目もほとんど無い。
とはいえ高等部の校舎はすぐ近くだし、運搬するにしても車が入れる場所まではかなりの距離がある。
人をひとり担いで移動しようものなら確実に途中で誰かに目撃されるだろう。
そして作業のスピードを上げるために人員を増やせば増やすほど、そのリスクは高くなる。
普通の人間が誘拐を実行するにはかなり無理がある現場に思える。
「ここはもう警察は調査したんですか?」
「はい。何人も来て、くまなく探していましたよ」
「そうですか」
ということは、物理的な痕跡なんかがあればとっくに見つかっているよな。
それでも今日まで調査に進展がないということは、この事件はやはり能力者による犯行の可能性が高い。
であれば、俺が探るのは"泉気による痕跡"だ。
俺は瞳力レベルを上げ、サーチを行った。
こんな開けた場所で人を拐ってこれるのは、おそらく転送系能力者だろう。しかしターゲットが一人きりになる瞬間を狙うというのは、転送能力であっても至難の業だ。
もしそれが"設置型の転送能力"で飛ばしているのだとしたらどうだろう。
術者が現場に行かなくて済む分、目撃されるリスクは少ない。
勿論目の前で突如人間が消えたとなればそれはそれで大騒ぎになるので、どこかで"監視"する必要はあるのだろうが。
「…うーむ」
設置型ならばどこかに泉気の溜まった場所があると思いサーチを使ってみたが、見える範囲には無い。
そもそも都合よくターゲットがひとりになるタイミングで罠に誘導するのも難しいか…
友達や教職員であれば◯時にどこどこに来るように、と呼び出したりもできるが…それでもシビアだ。
被害者に共通点がないのも、実は無差別にひとりになった人間をターゲットに決めているからとか?
だとしたら動機で犯人を割り出すのも難しい。
「…」
犯人の目的も手段も動機も何もかも分からない俺は、早速手詰まりとなってしまう。
しかしまだ一ヶ所目だし、色々と見て回るしかないか。
一つでも何かが解れば、そこから芋づる式に犯人まで辿り着くことだってあるかもしれない。
アレコレ悩む前に足を動かそう。
そうと決まればNext Takuya's Hintを探しに出発だ。
「シスター花森」
「はい」
「ここはもう大丈夫なので、次の現場に案内してもらえますか?」
「分かりました。二人目の生徒が最後に目撃されたのは図書館でしたので、そちらに向かいましょう」
「お願いします」
俺たちは次の目的地である図書館に向かうため、中庭を後にした。
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「ここが図書館になります。一応館内ではお静かに、ですよ」
シスター花森の案内で俺は次の現場に来ていた。
学園の敷地内のほぼ中心に位置する図書館には、一限目のこの時間にもかかわらず中等部と高等部の生徒がそこそこおり、熱心に勉強をしている。
この学園は幼稚舎から高等部まで全ての学年の生徒が同じ図書館を利用するようになっており、三階建ての建物丸々一つに学園中の蔵書が納められている。
そして中等部と高等部は週に1度【図書館で自習】の時間が設けられており、自分の弱点を補う意識を育むようになっているのだとか。
もちろんサボって趣味の本を読む生徒も中にはいるようだが、多くの生徒は真面目に勉強をしているらしい。
流石は聖ミリアムの生徒だ。
「ごきげんよう、シスター花森」
「ええ、ごきげんよう」
挨拶をしながら二人で受付を通り過ぎる。
少し歩き開けた場所に出ると、そこは三階まで吹き抜けの作りになっており大きな机がいくつも置いてあった。
机には生徒が等間隔で8~10人くらい座り、借りてきた参考書や教科書を開き静かに自習している。
さらにぐるりと見回すと壁沿いにも机が設置されており、そこで少人数で勉強している生徒の姿も見かけられた。
奥の方にはガラス張りの個室もあり、パソコンとその画面を映し出すスクリーンなんかがある。
グループワークなんかに使われる部屋だろう。
およそ学校の図書館とは思えない、立派な施設となっていた。
「スゴイでしょう?本学の図書館は」
「ええ…スゴすぎて開いた口が塞がりませんよ」
「蔵書数もそうですが、ここは設備にもかなり力を入れているんですよ」
「ほぉ」
「刻一刻と進歩するデジタル技術に生徒たちが乗り遅れないよう、最新の環境を用意してしっかりと勉強できるようになっているんです」
「それは、素晴らしいですね」
こう言っちゃなんだが、この学校は何よりも伝統を重んじるお堅いところだと思っていた。
しかしこの施設を見るだけでも、時代の変化にちゃんと対応し、生徒をしっかりと教育しようという姿勢が見て取れる。
あとは生徒がその教育をちゃんと受ければ、どこに行っても恥ずかしくない人材が出来上がるというわけだ。
俺もそうだったが、自分が設備の整った恵まれた環境にいるというのは、現役の時は案外気付かないもんだ。
図書室やパソコン室などの自腹じゃ買えない書籍やソフトウェアが好きに使え、尚且つ時間にも余裕がある。
そんな良い状態だという事は、今の俺みたいに学校を卒業し社会に出たからこそ気付けるものだ。
しかし学校は勉強するだけの場所ではないというのもまた事実である。
ラウンジや中庭で、気兼ね無く友達と他愛もない話をして時間を浪費するのも、今となっては贅沢な行為なのかもしれない。
記憶このままで高校生に戻れるのなら、パソコン室でAccessの勉強をしたかったな。
自分で買うと高いし、個人で持っていても使い道がないしな。
「では、三階の現場に向かいましょうか」
俺がありもしないタイムスリップに想いを馳せていると、シスター花森が声をかけてきた。
現場となった場所は三階にあるのか。
「はい。宜しくお願いします」
シスター花森に導かれ、エスカレーターに乗って上階へと向かった。
ていうか学校の図書館にエスカレーターって…。本当にスゴいな。
エスカレーターを昇りきり目的の三階へ到着した時に、突如館内放送が流れた。
『シスター花森。シスター花森。理事長がお呼びです。至急、理事長室までお越し下さい』
内容は、今まさに俺を案内してくれているシスター花森を呼び出すものだった。
「あら…何でしょう……」
「そうですね…」
呼び出しに覚えの無いシスター花森は不思議そうな顔をしている。
俺の方も、依頼人が案内人を呼び出すという展開に、決して無関係ではない予感がしていた。
「案内の途中で申し訳ありませんが、ちょっと理事長室に行ってきますね」
「分かりました」
「このフロアが、二人目の被害者が最後に目撃された場所になっています。先ほどと同様警察の調査は既に終わっていますので…」
「はい。何か痕跡が残されていないか見てみますね」
シスター花森は俺にお辞儀をすると、そのまま今来た道を引き返していった。
思いがけずひとりの時間が出来てしまった俺は、とりあえずさっきと同じようにサーチによる調査を行うことにする。
「うーん…」
しかし結果の方もさっきと同じように芳しくなかった。
本棚、机、個室、トイレ、受付など色々な場所を"視て"回ったが、泉気の痕跡は見つからず。
この場所では設置型ではなく、直接飛ばしたとか…?
今は生徒がそれなりの人数利用しているが閉館直前などは利用者も減るだろうし、フロアは死角もかなり多いため能力で飛ばすのなら中庭よりもやり易いと思われる。
が、まだしっくりは来ていない。
人が物理的に運ぶセンは無いと思うが、転送系能力というのも一度頭から消して調べた方が良いかもしれないな。
まずは現場を全部回って、アレコレ考えるのはその後にしよう。
思い込みを持って動くのは危険だと、色々な刑事モノの物語でベテランが言っているしな。
物語というなら、この図書館の人間が全員グル、なんて展開もありそうだな。
もしくは、誘拐された後に図書館が建ったとか…
「……なんでやねん」
時期が合わないし、そんなことする理由もないわな。
しょうもない妄想をしながら三階を歩き本棚をボーッと眺めていると、特対施設でのことを思い出す。
あそこの図書室には能力に関する書籍が沢山あったな。
ここにもあったりして。
「………おっ」
しばらく見て回っていると、本棚のある一角に俺の目をひくコーナーが存在していた。
そのコーナーには【不思議】というタグが差してあり、ミステリーや超常現象を題材にした書籍が数多く揃えられていた。
「えー…【世界七不思議】に【ワールドオーバーサイエンス】。【どんと来い超常現象】【どんと来い超常現象2】か…」
世界に起きる不思議な現象を取り扱った本や、それを科学で否定する本などが並べられている。
そして当然だが、能力や泉気についての書籍は一つもなかった。
「あれっ」
背表紙を見ながら移動していると、気になる本を発見した。
【超能力は存在する】というタイトルに惹かれ、内容を確認しようと手を伸ばした、その時―――――
「ん…?」
本に向かって伸ばした俺の右腕を誰かが掴んできた。
見るとそこには、小柄な女生徒がひとり俺の方を見ていた。
「…」
「…えーと?」
その女生徒は俺の方を見ているだけで何も喋ろうとしないため、困ってしまう。
「あ、もしかして、コレ借りたかった?だったら―――」
「……すか」
「え?」
「あ…たも…超能力……すか?」
「ごめん、良く聞こえないんだけ…」
「あなたもこの事件、超能力の仕業だと思いますか?」
「………なに?」
突如現れた少女は、俺がここに来た理由をズバリ言い当ててきたのだった。
いつも見てくださりありがとうございます。
もし記憶このままで戻れるとしたら…やっぱり大学時代か、高校生で大学受験かなぁ、なんて
そういう能力をお持ちの方、コメントください。
では




