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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
聖なる地獄門
144/416

3 泣き虫の死神(仮)は毎日悲しみの夢を見る

「あなた、誰ですか…?」


 突然目の前に現れた俺に彼女がそう聞くのは当然だ。俺だって部屋に居ていきなり知らないヤツが現れたら、そう聞いているだろう。

 しかしこちらとしては、位相が違うとはいえ空き家に勝手に入っていたのは彼女なのだから、「お前こそ誰だ」が正しいリアクションなのかもしれない。

 しかしいきなりそんな喧嘩腰ではまとまる話もまとまらないし、なにより()()()()()()()()()()()()事がうかがえる"涙の跡"が、俺に質問返しを躊躇わせた。


「俺はこの物件を見に来た、ただのサラリーマンです。それより貴女こそ泣いていたみたいですけど、何かあったんですか?」


 極めて紳士的に相手を気遣う俺。良好なコミュニケーションの第一歩だ。

 そんな俺の質問に、躊躇うことなく彼女は答えた。


「私はもう…人の死ぬところなんて見たくないんです…」

「え…」

「でもこれが私の仕事だから、()()()()()()()()()()んです。辛いですけど」


 ハッキリと彼女の口から"殺す"と聞き、俺の中の警戒が一段階アップする。

 今のところ目の前から明確な敵意や殺意は感じられないが、一連の死亡事件は彼女の仕業だったことを仄めかされ、俺は詳しい話を聞くために少し踏み込んでみることにした。


「…この家で30名近くの人が亡くなっていると聞きましたが、全部貴女の仕業だったんですか?」

「それは、そうですね…」

「どうしてそんなことを…?先ほどは"仕事"と言ってましたが、それは一体どういう…」

『もしかしてアンタ、"死神代行者"か?』


 俺が彼女から事情を聞いていると、突如ユニが声だけで割り込んで来た。

 そして何ともオサレな単語が聞こえてきたが、果たしてそれは何だ。


「あら…そういうアナタはユニコーンですね。普通の人間が私に気付くわけはないと思いましたが、アナタのマスターであれば納得です」

『そうそう』


 上位存在同士で話が通じているようだが、置いてけぼりにされてしまっては困るので、今度は俺が二人に割って入ることにした。


「悪いけど、俺にも分かるように話してくれないか?」

「あ…」

『ゴメンゴメン…でもこのままじゃ話しづらいから、あたしも実体化するな。よっと…』


 そう言うとユニは俺の目の前に人間の少女の姿で現れた。周りに誰も居ない、自室の中などで話す際の姿だ。

 心の中だけで会話をするよりも、表情や仕草も分かる状態で話してくれた方がやりやすいという俺の意見を汲んでの実体化。

 今回もそれをしてくれたのだった。


「さて、ご主人には何から話そうかな」

「えーと…その"死神代行"っていうのは、どういう仕事なんだ?」

「はい…私たちのような【黄泉の国】の住人が、死神様の代行で生きている人間の命を黄泉に送るという業務をしています」

「何故そんなことを?」

「そうしないと現世と黄泉の魂の数の均衡が取れないからで、これは必要なことなんです」

「そうなんですか」

「あたしから少し捕捉をすると、寿命以外の…例えば突然の病気で死んだ時なんかは、死神代行の手が及んでいる事が多いぜ。交通事故みたいな第三者が絡んでる件はまた違うけどな」

「じゃあこの屋敷で亡くなった人たちも…」

「はい。私がここを拠点にして、新しく住まう方を対象にさせてもらっています。あ、もちろん誰でもいいわけじゃないですよ?私たちの基準で一定の条件を満たした人が対象になるんです」

「条件ね…」


 色々な要素が出て戸惑うが、要するにこの女性の行いは仕事であり、決して趣味とか欲求を満たすためにやっていることではないというのが二人の説明だった。

 そして、その話はきっと事実なんだろうなというのは、彼女の存在自体が語っている。この世ならざる者の彼女の存在が…。

 仮に自分の楽しみのためにやっているとして、たかが人間の俺に嘘で取り繕う理由もない。


「彼女の立場と仕事は理解したよ」

「そっか」

「よかったです」



 死神代行とは…またとんでもないモンと遭遇しちまったな。

 内容が内容だけに、「止めてくれ」と説得するだけで終わる話でもないし、彼女も好きでやっているワケではなさそうだ。

 とは言え、俺がここを購入して次のターゲットにされるのも困るな。


「多分ですが、もうここに居ても貴女の仕事はできないと思いますよ」

「え…」

「この家は、連続で多くの人が亡くなってしまったせいで、所謂"ワケあり物件"になってしまいました。おそらくもうここに網を張っても、引っかかる獲物はいないでしょう…」

「そう…ですか」


 まずは彼女をここから遠ざけ、別の場所で仕事をしてもらう。

 そして安全になったこの家を俺が頂くという寸法だ。

 しかし気になるのは、ここでは仕事が出来ないと伝えた時に一瞬見せた、彼女の嬉しそうな表情だ。

 先ほどの発言と合わせて、何かワケがありそうだな。少しだけ突いてみるか。


「…ところでさっき貴女は、人の死ぬところなんて見たくない、と言ってましたが。この仕事をやりたくないんですか?」

「それは…はい。私は、死ぬ間際の苦しそうな表情が、イヤでイヤで堪らないんです…!」

「珍しい代行だなぁ」

「そうなのか?ユニ」

「ああ。多分ほとんどの死神代行が人の生き死になんて気にも留めてないと思うぞ。人間が畑から大根を抜くのに一本ずつ躊躇ったりはしないだろ?」

「あー…」


 我々は植物ですか。

 せめて家畜のどれかだったら、さばくのに躊躇する人が居るかもしれないだろと言えたのに。

 まあそれも身勝手な話か。


「だから珍しいと思うな、人が死ぬところを見るのがイヤなんて」

「イヤなものはイヤなんですよぅ…あの後悔とか未練が入り混じった顔…夢に出るんですぅ…!」


 死神代行の彼女は両手で顔を覆い、人の生き死にを司る存在とは思えないくらい、まるで少女のようにシクシクと泣き出す。

 まあ見た目は10代くらいに見えるんだけど、多分何百年と生きてるよな。勝手なイメージで。

 年齢なんて聞けないけど。


 だが、彼女の泣いている理由は分かった。

 ユニや他の代行の感覚からしたら異端者かもしれないが、彼女は優しすぎるせいで、向いていないのだ。この仕事に。

 何度やっても慣れないんだろうな…。


 しかし、きっと彼女なりのやり方があるハズだ。

 こんな屋敷で網を張って待っているよりも、もっといいやり方が。



「分かるよ…その気持ち」

「え…」

「ご主人?」

「俺も、能力者なんてやっているせいで、何度か人が死ぬ場面に出くわしたりしたよ」


 先日の特対で行われたネクロマンサーの一件。

 既に殺されてはいたが、犠牲となった三人の職員との悲しい別れ。

 そして…


「俺が経験したのは、貴女に比べれば全然大した数じゃないけど、それでもこんなに辛いのに…。それを仕事で、もっと多く経験しなきゃいけない苦しみは計り知れない」

「………分かって、くれますか?」

「分かる!」

「!」


 俺は彼女の目を見て、ハッキリと答える。

 周りから異端扱いされ孤独なこの死神代行を肯定してやる。

 俺の力強い返答に思う所があったのか、彼女の目には大粒の涙が形成されていく。


 だが、それだけでは根本的な解決にはなっていない。

 彼女にはもう1ステップ上ってもらう必要がある。


「…嬉しい、です」

「でも、貴女の場合は、多分やり方が悪い…というより、合ってない」

「え…」

「本職にこんな事を言うのは釈迦に説法かもしれないけど、苦しい表情を見たくない貴女が取るやり方じゃないんだ、ここでの事は」

「どういう、事でしょう…」

「考えてもみてくれ。こんな立派な家を買うという事は、住人はきっと幸せの絶頂にいるハズだ。そこにきて、突然抗えない死の苦しみが襲ってきたら、今際の際の数秒間は深い絶望に陥るというのは容易に想像できる」

「それは…でも、みんなそんなもんだって……」

「そんなことはない。悲しくも苦しくもない死なんてそうそう無いかもしれないけど、深い絶望だけが死じゃない」


 ()()のように、別れを悲しんではいたが、俺と同じように相手の為に死ねる、満足感に満たされた最期だってあるんだ。


「でも…私はどうすれば」

「最期にその人の願いを叶えてやるというのはどうだ?」

「願い…?」

「相手を決めたら入念に下調べして、その人が一目会いたい人に引き合わせるとか、食べたい物を食べさせるとか、それくらい代行権限でできないか?」

「……ある程度なら…」

「もちろん全員が全員満足するってことは無いだろうけど、それでも今のやり方よりは感謝されるし、貴女に合ってるかもしれない」

「……」


 俺の提案を受け考え込む。

 死神代行の事情を全く知らない俺の提案だったが、考えるという事は通用しそうな要素があったのだと思われる。

 そして少しの時間が過ぎ—————


「私、今の貴方の方法でやってみます」


 と返事が返って来た。


「そうか」

「ありがとうございます。私、そんなこと考えた事もありませんでした…。この仕事が嫌だけど、変えようともしていなかったんですね」

「役に立てたなら良かったよ。普通にやるよりも大変だろうけど、頑張って」

「はい!」


 先ほどまで泣いていたのが嘘のように、満面の笑顔で返事をする彼女。

 こちらとしても提案した甲斐があったというものだ。


「あ、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私は【椿琴夜(つばきことよ)】と申します。苗字とか名前といった区切りはありませんが、宜しければ"琴夜"とお呼びください」

「俺は塚田 卓也だ。よろしく、琴夜」


 俺たちは改めて自己紹介を済ませた。

 黄泉の住人にして死神代行の知り合い…。我ながら貴重な体験をしたな。


「早速ですが、教えて頂いたやり方を実践してきますね。上手く行ったらまたご報告に来ます!」

「そっか。俺はこの家に住む予定だから、もし良かったらまた遊びに来てよ」

「はい!ではまたいつか」

「頑張ってね」


 俺は蔵から出ていく琴夜にサムアップをして見送る。

 嬉しそうなテンションで手を振りながら、やがて彼女は見えなくなった。

 元気そうで良かった良かった。



「…何か言いたそうだな、ユニ」

「いやぁ、大したもんだなと。流石ご主人だな」

「困っているなら死神代行も助ける。良いことじゃないか」

「手籠めにする、の間違いでは?」


 人聞きが悪いな…。

 ちょっとご機嫌ナナメ?というよりも、何か思う所があるのかな?


「ま、いいや。マスターが大物であたしも鼻高々だ。それに新しい家も見つかって良かったな」

「そうだな。もう脅威は無さそうだし、さっそく契約と行きますかぁ」



 こうして、琴夜が去り死ぬ心配の無くなったウルトラスーパーお買い得物件を、キャッシュで購入することに決めた俺だった。


 三十人も亡くなってる家って時点で琴夜云々は関係なく気持ち悪がる人はいるだろうけど、まあそこは俺も周りの人間も気にしないだろうし、問題ないだろう。

 それと税金とか引っ越し費用とかもあるから、今度おっちゃんの所に行って割の良さそうな仕事を紹介してもらわなくちゃな。




■RESULT

文京区にある戸建てをゲット。

近日引っ越し予定。



いつも見てくださりありがとうございます!


近況報告

サトノダイヤモンドが天井しました。


はぁ…

俺にも950万くれよ…

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