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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
それぞれの晩夏
135/417

9 ヤンデレラ その4

「いらっしゃいませー」


 店のドアを開けると、入店音と共にひとりの女性店員が俺と真里亜を出迎えてくれる。

 この前の男性店員は…いないみたいだな。

 フロアをぐるりと見渡しても、それらしき人物は見当たらなかった。


「二名様でしょうか?」

「ああ、いや。実は我々、伊藤さんの知人でして…」


 ヤンデレに対する熱意がスゴすぎて思わず名札に書かれていた名前を覚えてしまったが、正解だったな。

 呼び方が"店員さん"とかだと営業の訪問だと思われてしまうかもしれないが、これで幾分か近しい間柄だと思ってもらえるといいのだが。

 頼むから居てくれよ、【伊藤(いとう) 孝之(たかゆき)】さんや。


「た…店長のお知り合いですか…?」

「ええ、その孝之さんの。今お店に居ます?」

「…まあ居ますケド」


 凄い警戒している。

 無理もないか。


「お忙しいところ恐縮ですが、『土曜日の講義が勉強になったのでまた来ました』と伝えてもらえますか?それで通じると思いますので」

「………少々お待ちください」


 女性店員は訝しげな態度のままだが、何とか取りついでくれた。

 一先ずここに店員が居ることは分かったし、最悪会うのを拒否されたら強行突破もやむなしだ。


 しかし戻ってきた女性店員は、複雑そうな顔をしながら


「『よく来てくれました。大歓迎ですよ』だそうです…」


 と、彼からの伝言を伝えに来た。


「それは良かったです」

「…店長はそこの階段を2階に上がったところにある仮眠室におりますので、どうぞ…」


 女性店員が指差す先、バックヤードの更に奥に階段が見える。

 そこから上がれと言うことだな。


 そしてこの反応から、ヤンデレラの能力者は間違いなく伊藤だ。

 清野はこの能力を"最弱"だと言ったが、とんでもない。

 シチュエーションによっては一方的に相手を葬り去ることができる凶悪な能力。

 乱用するようなヤツなら今ここで気泉を封じる必要がある。



「行きましょう、兄さん」

「ああ」


 ぬいぐるみを抱えた真里亜が先を促してくる。

 でも、その前に…


「すみません、店員さん」

「…?まだ何か?」


 俺は鹿苑寺(ろくおんじ)と書かれたネームプレートの店員さんの目を見ながら、あることを聞いた。


「もしかして貴女、孝之さんの彼女さんですか?」

「えっ…そう、ですけど」


 やはりそうか。

 目を見たら分かった。


「実はですね…」


 俺はヤツを懲らしめるために、ひとつの"仕込み"を用意したのだった。









 ___________________














「こんばんわ、お兄さん」


 仮眠室のソファベッドに腰かけている男が、卓也たちの訪問をとても嬉しそうに出迎えた。

 晴海庵 海老寿店店長の伊藤は立ち上がると、卓也と真里亜の前までやって来る。


「よォ……。よくもめんどくせえ能力を使ってくれたな…」

「それが分かるってことは、君も能力を持っているということだね。よく僕の仕業だと気付いたね」

「あんだけ熱弁してこの状況ならオメーしかいねーだろ」

「あはは、確かにそうだね。能力の存在を知っている人なら簡単だね」


 けらけらと笑いながら答える伊藤は、卓也を前にしても余裕の姿勢を崩さない。


「お喋りが過ぎたな。俺を殺すにしては迂闊過ぎ…」

「別に殺すつもりなんて最初から無いよ」

「何…?」

「"今は"女の子たちは、攻撃や拘束はしてきても殺したりはしない。そういう風に抑えてある」


 ハッキリと殺意を否定する伊藤。

 その表情は真剣で、命惜しさの言い訳をしているようには見えなかった。


「僕はね、皆とヤンデレの良さを共有したいだけなんだ。単にね…」

「まだそんなことを言って…」

「ねえ」

「……何だよ…」

「テレビゲームのジャンルの中で、"最も現実と乖離しているもの"って、何だと思う?」


 再度卓也の言葉を遮った伊藤は、この場面に似つかわしくない、意外な問い掛けをする。

 意図は分からないが決して時間稼ぎなどではなく、卓也の知りたい『彼の動機』に関するものだということがその表情からうかがえた為、嫌々だが卓也も応じることにした。


「…そりゃあ、RPGとかファンタジー系のアクションとかだろうよ…」

「そうかな?僕らみたいな能力者の中には、手から火を出したり空を飛んだりする人も居るよね」

「…」


 一般人ならいざ知らず、ここにいる三人の間では魔法で敵を倒したりドラゴンに乗って戦うというシチュエーションは、決して"非現実"などではなかった。


 卓也もそれを伊藤に指摘され、自身の回答が誤りだということに気付く。

 先ほども植物や念動力を操る友人と接していたのだから、反論することができるハズもなく。


「僕はね、最も現実と乖離しているのは『恋愛シミュレーションゲーム』だと思うんだ」

「……は?」

「所謂ギャルゲーってやつだね。君も少しくらいはやったことあるだろう?」

「…どうなんですか?兄さん」

「いやまあ、そりゃあるよ。有名なヤツを何個か…」

「どんなタイトルですか?」

「はぁ?今は関係…」

「早く」

「【トゥ!ヘァー!ト2】とか…」

「もちろんお気に入りは妹キャラですよね?」

「いや、一番好きなのはザラ姉っていうブっ!!」


 理不尽な肘打ちが卓也を襲う。

 妹が怪我をしないよう体を一切強化しなかった優しさが、そのまま痛みとなり卓也に返ってきていた。


「それにしても、その子はスゴイねぇ。出力を抑えてあるとはいえ、全くの正気とは…。場所の探知と会いたいという衝動だけを掬い取って使っているのか」


 苦しそうにみぞおちを押さえる卓也とその隣の真里亜を見て、伊藤は愉快そうに語る。

 ヤンデレラの能力下においても一切のヤンデレ症状を出さない真里亜に驚きつつ、そのポテンシャルを喜んでいるのだ。

 だがすぐに冷静になると、先ほどの話を続けた。


「っと、話が逸れてしまったね。どうしてギャルゲが"最も現実から乖離している"のか…だが。ギャルゲというのはよほど特殊なシステムでない限り、1ターンを使い意中のキャラに会いに行けば好感度が上がり、それを繰り返せばやがて結ばれエンディングとなる。大体どのゲームもそんな感じだね」

「ああ…」

「だが現実はどうだろうか。何回会って話をしても上がらないヤツは上がらないし、逆に2、3回会っただけで好感度がMAXになるやつもいる」

「まあ縁なんてのは、会った回数や話した時間じゃないからな。趣味とか顔の好みとか飯の好みとか、色んな要素が絡み合ってくるし」

「…僕はね。学生時代全くモテなかったんだ。成績も容姿も運動も普通。特徴が無いのが特徴と言っても過言ではない。僕の価値観はその時に決まってしまったのさ。僕は"僕の事を好きな人"しか愛せないんだよ」

「お、おう…」

「愛するよりも愛されたいし、ルックスでばっか勝負する奴に僕はなりたかった…」


 伊藤の良く分からない熱弁が続く。

 しかし卓也も真里亜も、それを大人しく聞いていた。


「だが、働き始めてから身なりに気を遣うようになり、体を鍛えたりと色々するようになって、僕にも彼女が出来たんだ!強烈なヤンデレの彼女がね…!そこで気が付いたんだ、重たい愛って、サイコーなんだと…」


 誇らしげに語る伊藤に、卓也は内心ウンザリしているが我慢していた。

 まだ全てを聞き終えていないのと、ある機会を待っていたからだ。

 真里亜に関しては興味もなさそうに下を向いていた。

 その間も男はベラベラと語る。


「そんな時に、僕はこの能力に目覚めた。かけた対象に一定以上の好意を寄せている女性を、ヤンデレ化させる能力にね…。僕はこれを天啓ととらえたよ。こんな素晴らしいモノを皆で共有できるんだと…。そこで僕はこの能力をモテそうなヤツや興味のありそうなヤツに使ってあげたんだ。そして使えば使う程、オプションも増えていき、場所を探ったり、病みの深さを調整したりと融通が利くようになった。効果のほどは自分で確かめたと思うけどね」


 今日卓也の身に降りかかった脅威は、成長した伊藤の能力の真価だった。

 位置が割れ、会いたくなり、攻撃性も増す、非常に厄介な友人たちを前に無事でいられたのは真里亜のお陰によるところが大きい。

 もし真里亜まで取り込まれていたらどうなっていたか分からないほど、窮地に追いやられた。



「僕はこれからも、この素晴らしい属性を広めるために活動を…」

「違うな」

「ん…?」

「お前はヤンデレの良さを共有なんて言っているが、単にコンプレックスからくる憂さ晴らしをしているだけだ。布教活動という耳障りの良い理由を掲げてな」

「…ふん。何とでも言えよ。ヤンデレの魅力を少しでも理解してたなら解除してやろうと思ったけど、やっぱり止めた。どうする?僕を殺さないと、ずっと女の子たちから攻撃される生活が待っているよ」

「じゃあ、お望み通りにしてやる。ただし殺るのは俺じゃないがな」

「何…?」


 卓也が怪しく笑った瞬間、伊藤は酷く室温が下がったような感覚に襲われた。と同時に、仮眠室に振動音が響く。

 見ると、入り口近くの机に置いてある伊藤の物と思われるガラケーに着信があった。


 彼が電話とメールだけする用に2台目持ちしている物だが、振動の長さから、メールを受信したのだと思われる。


「……」


 伊藤はすぐには出なかった。

 先ほどまでの緊迫した状況はまだ続いており、それはたかがメールの着信くらいで緩和するような空気ではないからだ。

 ところが


「どうした?確認しなよ。仕事のメールかもしれないだろ?」


 卓也は意外にも伊藤に携帯電話を確認するよう促した。

 つい先ほど『殺して能力を解除する』と宣言したようなものなのにメール確認を許可した卓也に、伊藤は当然罠を疑う。

 だが、何もしないのは許さないといった圧が卓也から放たれており、伊藤は提案に乗るしかなかった。


 今はほとんど聞かれなくなった『カチッ』という携帯電話を開いたときの音を響かせ、中を確認する。

 小さい画面には『受信メール:1件』という表示があったので、伊藤は決定ボタンを2回押しメールの受信トレイを開いた。


 受信一覧に女性店員である鹿苑寺からの新着メールが題名なしで一件ある。

 時間的にはもうディナーとラストが入れ替わり、控え室でペアの店員とお喋りしながら着替えや帰りの支度をしている頃だ。

 にも関わらず上にいる自分にわざわざメールとは何だろうかと、伊藤は疑問に感じていた。


 来客に気を遣ってメールにしたという可能性もあるが、どう見てもプライベートな雰囲気で招き入れた客に配慮するだろうかとも思う。

 交際相手なのでメールのやり取りもするが、プライベートな内容はスマホのメッセージアプリに送ってくるので考えにくい。


 考えていても埒が明かないので、メールを開いてみることにした。

 するとーーーーー







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 名前:鹿苑寺 舞子

 件名:

 ___________

 ごめん┘

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 ┘

 さよなら


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 伊藤が中を確認した直後、彼の後ろの扉から出刃包丁を持った鹿苑寺が、彼めがけて迫っていった。




いつも見てくださりありがとうございます。


次で終わると思ったら、終わりませんでした…

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[良い点] 誠○ね。
[一言] 感想開いたら誠パイセンがいて草
[一言] あれは痛かったなぁ…
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