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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
それぞれの晩夏
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5 夏らしいこと? その4

「主人はさっきみたいにすぐ酔っぱらっちゃうから、あまりお酒に付き合ってくれないのよ。かといって黒木さんたちを付き合わせちゃうのは悪いし…あ、黒木さんて言うのは主人を介抱してた世話係の方でね…」

「はぁ…」


 第2ラウンド開始から数分もしないうちに琥珀色の『命の水』をがぶがぶ消費していくいのり母。

 もちろんストレートで、だ。


 ワインとは逆に手で温めることで香りが増すとされるコニャックだが、常温で置いておくだけでも十分豊かな香りがする。

 そしてアルコール度数も割りと高い、のだが…いのり母のは…麦茶じゃないよな?

 凄いハイペースだけど、顔色が全く変わっていない。

 しいて挙げられる変化と言えば、先ほどよりも饒舌なことくらいだ。


 酒には割りと強いと思っていたが、俺の方が飲み方を"トワイスアップ"(常温のコニャックと水を1対1で割ること)にしたい程だった。

 もちろん香りを楽しむ為ではなく、薄めるために。


 それくらい、いのり母は強かった。



「それにしても、良かったわぁ…」

「え…?」


 突然感想を話す彼女に俺が思わず聞き返す。


「主人といのりちゃんと愛ちゃんが話す人がどんな人か気になっていたのだけど、とても良い人そうで安心しちゃったわ♪まあ三人が太鼓判を押す人が悪い人なわけないんだけれど」


 ああ、俺の人となりを心配していたのか。

 まあ大事な娘と付き合いのある人間がどんな人間か、気になるのは親としては当然だわな。

 でも


「評価をするの早すぎませんか?まだ極悪人が猫かぶってるだけかもしれませんよ。いのりさんに近付いたのも、この家の財産目当てってこともありえます」


 誰もが知る財閥の娘だ。

 当然狙う人間が居たっておかしくない。

 俺に指摘されるまでもなく分かっていると思うけど。


「ふふ…」


 笑われてしまった。


「…立場のある夫を持つと、人を見る目っていうのも養われていくものなのよ。何百人何千人っていう人間と関わるお仕事をしているわけですからね。『あ、この人は心から主人を慕っているな』とか、『この人は野心をもって近付いてるな』とかね」

「…なるほど」


 確かに親父さんの仕事の都合で多くの人と会う機会があっただろう。

 それだけじゃなく、子供が六人も居ればそれぞれの子の同級生とその親とのネットワークが自ずと形成されていく。

 そして、これまで色んなタイプの人を見てきたんだろうな。


「そんな私でも、塚田さんみたいなタイプは初めてよ」

「え…?」

「貴方はお金でも地位でも名誉でも動いていないわ。でも、とても"生きるエネルギー"が溢れているのよね。不思議な人…貴方の原動力はなぁに?」

「…」



 そう聞かれたとき、真っ先に浮かんだのは西田の顔だった。


 俺に命と生きる理由をくれた人。

 軟体動物のようにプラプラと、人生を浪費しているだけだった俺に背骨を挿してくれた。

 ひねくれ者の俺が一番前を向いて生きていけるよう言葉を残してくれた、そんなかけがえのない出来事。

 それとワイプにはちっちゃくミヨ様も映っている。


 この二人のおかげで、今の俺がいる。


 生きる気力の無かった俺だが、今はもう俺の命は誰にも渡さないし、捨て身とは違う、いつ死んでも悔いの無いよう全力で生きることにしたのだ。

 そうすることで、いつか西田のもとに行けた時、沢山の話ができるからな。

 それが今の俺の原動力だ。


「今、誰か別の(ひと)のことを考えてる顔してる。その人が塚田さんの原動力かしら」


 俺が少し考えていると、すかさずいのり母が突っ込んできた。鋭いな…


「なになに?もしかして彼女?」

「いえ、そういうわけじゃ…」

「振られちゃったとか?」

「いえ…」

「教えてくれても良いじゃないの」


 大分食い下がって来るいのり母。どんだけ聞きたいんだ…

 これまで誰にも話した事の無かった西田との最期は、東條の能力でも読めなかったらしい。

 神の情報操作の力なんだろうな。


 周りの認識では、俺は事故から助かって、彼女は助からなかった。ただそれだけ。

 一応俺と同じく半死半生みたいな状態で過ごした約一か月間の彼女の足跡は、辻褄が合うよう書き換えられていた。

 だから俺が話さなければ、知る者は誰も居ない。


 だが軽い酩酊状態もあって、俺はいのり母に自分の胸の内を少しだけ話してみることにした。

 もちろん能力やゲーム云々の部分は明かさずに。


「考えていたっていうのは…俺の、まあ…命の恩人についてですね。その人が俺の原動力みたいなもんです。今はもう亡くなっているんですけど」

「あら、それは…ごめんなさいね……」

「いえ、気にしないでください。もう、飲み込んで消化してますから」


 最初はグルメサイトを見るだけでも涙が出てしまう程だったが、今はもう全然平気だ。


「その人との約束があるから、俺は頑張れるのかなって…そう思います」

「その人は塚田さんにとって、大事な人だったのかしら…?」

「……どうなんでしょう。本当に付き合っているとかはなかったんですけど。最期の瞬間は通じ合っていたと思います…」


 お互いが相手の為に自分の命を差し出し、結果として俺が生き残った。

 別にこれからの人生、西田の事だけを思って一生独り身を貫くぜーとか、そんなふうに思った事はない。別に彼女もそんなことを望んで消えていったわけではないハズだ。


 しかし、この世界の何十億という人間が、別に相手に命を救ってもらわなくても自然に惹かれあい、恋に落ち結婚していく。

 そんな中、命をくれた相手をすぐに忘れて普通に生きるなんてこと、俺には中々できそうもなかった。

 いずれはそうなるんだろうが、いつになるのかは、俺には分からないな…


「そっか…そんな人が居たんだ…大変だわね…」


 俺にでも、世話係にでもなく、ただ呟く。

 しいて言うなら、目の前のグラスに注がれたコニャックに溶かすように。

 憂いとも心配とも安心とも取れる、そんな言葉を投げかけるいのり母だった。

 そして—————


「塚田さんは、いのりちゃんと愛ちゃんの事はどう思ってるの?」


 と、質問してきた。


「とても良い娘だと思いますよ。二人とも優しくて、思いやりがあって、しっかり芯が強くて。魅力的ですよね」


 お世辞でもない、俺の本心。

 一緒に過ごすようになって、どんどん良いところが分かるようになった。

 ともに死線も乗り越えて、お互いを信頼できる間柄になれたと思う。

 ただ少し、余所余所しい言い方にはなってしまうが。


「そうなの。二人ともとても良い娘なの。そして貴方の言うようにとても強い心を持っているわ。だから…」

「…?」

「きっと貴方の支えにもなってくれるわ」

「…」


 それは何とも、反応に困る発言だが…。


「今日は娘たちのために色々おせっかいしちゃおうかと思ったけど、塚田さんの話を聞いて強引に行くのは止めることにしたわ…。でもね、ウチのいのりちゃんと愛ちゃんは、思い出に負けるほどヤワな子たちじゃないって改めて思ったのも事実よ」

「はは…」

「今に見てなさいってことで、今日はお開きよ」

「…ありがとうございました」

「こちらこそ、おばさんに付き合ってくれてありがとうね。結構酔っぱらってるみたいだけど、大丈夫?」


 気付かないうちに相当酒が回っているようで、椅子から立ち上がると少し足がふらつく。


「誰か、塚田さんをゲストルームまで運んであげてちょうだい」


 俺の様子を見かねたいのり母が世話係に声をかけた。

 すると—————


「私がお連れしますね」


 いつの間にか愛が近くにおり、頼りない俺に肩を貸してくれたのだった。


「じゃあお願いするわね、愛ちゃん」

「はい。お任せください」

「済まない、愛」

「気にしないでください」


 俺の右腕を自分の肩に回し支えとなってくれる。

 そして愛に連れられ、そのまま広いお屋敷をゲストルーム目指して歩き出したのだった。









 _________________











「ふぅ…」


 ゲストルームだと案内された暗い部屋のベッドに正面からダイブする俺。

 かなり大きいサイズだし、ふかふかである。

 流石は南峯家。ゲスト用のベッドにすら手を抜かないみたいだ。

 このままだと10秒もしないうちに寝れそうだぞ…。


 風呂は…明日入るかな。

 着替えについては、改めて聞くか。

 泊まるつもりなんて無かったから、何も持って来てないし…。

 今そこにいる愛に聞けばいいか。


「愛。明日よければ風呂を貸してほしいんだけど、着替えは……」


 俺は先ほどまで介抱してくれた愛に話しかけた。

 しかし室内には俺の声だけが響くばかりで、相手からの反応が無かった。


「愛…?居ないのか?」

「ここにおりますよ」

「ああ、なんだ…。明日の事なんだけど…」

「明日は紫緒梨と絵を描くんだもんね、卓也くん」

「!?」


 どうしていのりの声が…

 そう思い少し顔をあげると、パジャマ姿の二人が月明りに照らされ俺の方を見ていた。

 妖しい笑みを携えて。


 愛に関しては、着替えるの早いな…

 コンサートのアイドルか。


「ふふ…」


 そんなことを考えていると、二人はゆっくり近付いてきた。

 どうやらここはゲストルームではなく、ボス部屋だったらしい。

 酔いが回り、まともな思考と動きが出来ず横たわっている俺の顔近くのベッドが深く沈んだ。


「…さて」


 手をゆっくりと伸ばしてくるいのり。

 このままではエロ同人みたいなことをされる…!

 そう思った瞬間、俺の頭がいのりによって軽く持ち上げられる。


「え………?」


 そして、いのりに膝枕される形となった。


「どうかしら?」

「いや…どうって……え……?」


 状況が分からず間抜けな反応をしていると、いのりがポツポツと話し出す。


「今日卓也くんを呼んだのはね、疲れを癒してほしいからなの…」

「疲れ…?」

「鷹森さんから聞いたのよ。この前の休みに、特対で大変なことが起きたんでしょ?この前から卓也くん、ちょっと疲れた顔してたもん」

「………そう、かな?」


 自覚はなかったけど、そうなのか。

 まあ、近くで見ている彼女が言うのだから、きっとそうなんだろうな。


 嘱託期間後も、品河に行ったり再度特対に行ったりと対応に追われた。

 流石にあそこまで関わっておいて、期間終了したからハイさようならというわけにはいかないからな。

 俺も敵に覚えられてしまったみたいだし、出来ることをやっておきたいと思った。


 それと日常の生活を並行していたから、多少疲れていたんだろうな。

 ホント自覚はなかったけど…



「だからね、私と愛でどうすれば卓也くんの疲れを癒してあげられるか考えたのよ。そしたら愛が…」

「美味しいご飯に、美味しいお酒…お酒は私たちではお付き合いできないので、奥様の手を借りましたが…」


 話が通っていたのか。


「それと、癒しの睡眠…的な?」

「…」


 照れ臭そうに話す二人。

 本来ならこのサービス、二人ほどの可愛らしい女の子から受けたら『癒し』ではなく『卑し』になってしまうが、俺は気持ちが嬉しかった。


 二人の気遣いを噛み締めていると、いのりがそっと俺の頭を撫でる。


「…私たちじゃ、卓也くんの戦力にはなれないかもしれない。攻撃も防御も回復も、私の能力じゃできないから…」

「私に至っては能力者ですらありませんからね」

「…」

「でも、こうして疲れたときは一緒にご飯を食べたり、話を聞いたりすることはできるわ。卓也くんはこの世界でひとりで居るわけじゃないってことを、忘れないで…」

「私たちも、卓也さんから教えてもらいましたから…今度は私たちが卓也さんを支えます。頼りないかもしれませんけどね」

「二人とも…」


 特対では人の傷ばかり癒していたが、まさか自分が癒される側になるとは思わなかった。

 やはり二人は優しく、そして強いな…。


「はは…」

「どうしました?」

「いや…二人ともイイ女みたいだなって」

「あら、"みたい"じゃなくてイイ女そのものよ?ねえ、愛」

「ええ」

「…だな」


 自分で言い切る辺り、スゴイ自信だが。


「交代で膝枕をしてあげるから、今日はもう寝なさい」

「…ああ……そう、だな…」


 そこで意識は途切れた。

 ぶっちゃけそれ以降は朝まで意識を取り戻すことも無かったので、膝の感触を堪能できなかったのだが。

 ここ最近では一番安眠できたのではないだろうか、というくらい寝覚めは良かった。


 ありがとう二人とも。

 二人の事を頼りないなんて思ったことは無い。

 むしろ日々新しい強さや魅力に気付いているくらいだ。


 そんなことを感じた南峯家訪問だった。









【夏らしいこと?】 完


いつも見てくださりありがとうございます。


ブクマ等ありがとうございます!

励みになります。


次は超アホらしい短編を少し。


引き続きお付き合いください。

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