4 夏らしいこと? その3
「前菜は合鴨のロースト サラダ仕立てです」
「おぉ…」
目の前に運ばれてきた料理を見て、思わず声が漏れる。
今は、俺が今日ここに招かれた大きな理由である『みんなでディナー』の真っ最中。
南峯家お抱えのシェフによるフルコースの、その1品目が現れたのだ。
俺はナイフとフォークを使い、鴨肉とレタスを取り口へと運ぶ。
柔らかく臭みのない鴨肉とシャキシャキのレタスがビネガーソースと絡まり、素晴らしいハーモニーを口の中で奏でていた。
「どうかな?塚田くん」
「とても美味しいです」
お世辞でもなんでもなく、マジで美味しい。
こんなクオリティで前菜って、恐ろしいコースが始まったもんだ…
「カボチャのポタージュです」
前菜を完食してご満悦の俺の目の前に、団体戦で言えば次鋒である"スープ"が運ばれてきた。
一口含むとカボチャの甘みと塩味が超絶バランスで広がり、あっという間に溶けて消えた。
わたあめを洗うアライグマの如く、「あれっ?飲もうとしたハズなのに!何でっ!?」と脳が錯覚するくらい口溶けまろやかなそのスープに、スプーンがどんどん進んでしまう。
「ねえ…」
最後の一口を飲み終えたところで、俺の左腕が控え目に叩かれる。
「どうしたん?紫緒梨さん」
叩いたのは、先ほどまで一緒に(?)絵を描いていたいのりの妹の紫緒梨さんだ。
何故か懐かれて俺の隣で飯を食っていたのだが、早くも我慢できず動き出した。
「早く絵を描きに行こう。ホラ」
「あー…」
実はここに来るまで凄い大変だったのだ。
暫く膝の上で絵を描かせていたのだが、夕飯の用意が出来たと言っても全く耳に届かず………いや、正確には反応はしていた。
していたのだが、「まだいい」とか「もっと描こう」と取りつく島もない感じだ。
仕方ないので最後は紫緒梨さんが筆を置いた隙をついて、リフトアップ…もといお姫様抱っこでダイニングルームへ強制送還したというわけだ。
一度持ち上げてしまえば存外大人しく助かったが、今度は姉が喚き出して困った。(あと愛の目が怖い)
廊下では学校やコンクールの話なんかが少し聞けた。
そんな状態でダイニングルームへ入ったもんだから、親父さんの驚いた顔ときたら…
そりゃそうだよな。
つい二時間前まで「自分の世界に入りがち」なんて話してた娘が、俺と雑談してんだから。お姫様抱っこされながら。
いのり母の方は相変わらずベテランゴンドラ乗りの如く『あらあらうふふ』していた。
「ダメだよ紫緒梨さん。ご飯はちゃんと食べないと。よく言うだろ?『腹が減っては描絵はできぬ』って」
「そうなの?」
「ああ。絵を描くにも人はエネルギーを使うんだ。紫緒梨さんもいっぱい描いてると疲れることあるだろう?」
「私はない」
「だからたくさん食べて、たくさん描けるように準備をしておくんだ。俺も紫緒梨さんの絵がもーっと見たいからさ」
紫緒梨さんの「ない」を無視して伝えたいことを一気に話す。
まあ気付いてないだけで、疲れない人間なんていないしな。
「……わかった」
「じゃあ、席について、食べよう?」
頷くと、素直に自席へと戻っていく。
子供っぽいようで大人っぽいようで、やっぱり子供だ。
「舌平目のポワレでございます」
きたきた…魚料理。
ポワレは下味を付けた肉や魚を、少しの油で素早くカリッと揚げる調理法だ。
主に白身魚が使われる調理法だが、今日はフランス料理でもポピュラーな舌平目が出てきた。
年中獲れるが、ちょうど今の時期が旬でもある。
「………旨い」
ほどよい塩味とカリカリの食感、綺麗な盛り付けにバターソースの芳醇な香り、口に含んだときの音。
この料理ひとつで人間の感覚全てを楽しませてくれる。
最高だ……
「ワインのお代わりはいかがですか?」
「あ、じゃあ白ワインを」
「かしこまりました」
使用人の方が慣れた手付きでワインをサーブしてくれる。
注がれる音が実に心地よい…
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ワイングラスのステム部分を持ちワインに体温を移さないよう気をつけながら口に含むと、程よく冷えた白ワインの香りが口から鼻に駆け抜ける。
料理が旨すぎるせいで酒が進む進む。
先ほどから赤白のワインを料理に合わせてガブガブ…ではなく優雅に飲みまくっている。
こんなペースで毎日飲んでしまったら、俺もベートーベンのように鉛中毒になってしまうな…
まあ今のワインに鉛化合物なんて使われてないだろうけど。
「牛フィレ肉のステーキです」
「うぉぉ…」
皆と歓談していると、メインの肉料理、ステーキのお出ましだ。
しかも上にはガチョウのアレまで乗っている。最高だぜ…
油断したらこちらも脂肪肝必死…!
ストン…
フォアグラから皿までナイフが直通。
恐ろしい柔らかさだ…。ということは当然…
「すごい…」
フォークも易々と皿まで到達した。
そして今まで少し上品に食べてきたが、ここにきて限界だ。
俺は大きく口を開き、焼き鳥のねぎまを貪るかの如くフォアグラ&ステーキを食べた。
「……ウマイ」
もう、ただ旨い。それだけ。以上。
メインディッシュ瞬殺。
バゲットもすぐに無くなって、デザートの紅茶のアイスも速攻胃の中に溶けた。
「ご馳走さまでした…」
「いい食べっぷりだねぇ」
「料理が旨すぎました。こんな美味しいコースは初めて食べましたよ」
「なら良かった。そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
「本当にありがとうございます」
俺は親父さんに座りながらお辞儀をする。
すると
「…ヒック」
としゃっくりの声がした。
顔を上げ改めて親父さんの方を見ると、顔がほんのり赤みがかっていた。
「…もしかして、結構酔っていらっしゃいます?」
「……実は下戸でね。今日は折角の場だし君が余りにも旨そうに飲むから少しだけ頂いたのだが、やはりダメだね」
ははは…と苦笑いする親父さん。
俺が見たところ、飲んだのはほんのグラス一杯の赤ワインだったが。
かなり体質的に弱いようだ。
「黒木さん。主人を部屋へ連れていってあげて」
「かしこまりました、奥様」
「すまないね…。塚田くんも、今日はゲストルームに泊まっていくといい」
「あー…」
泊まりかぁ…
確かに楽だけど、それってどうなん?
もう外堀が埋まるってレベルじゃないよな。
埋め立て地にこっち向きの大砲設置されてるレベルじゃないか?
コンビニの駐車場に同じコンビニの直営店が建つレベルじゃないか。
…いや、それは違うか。
「紫緒梨お嬢様。今日はもう準備して寝ちゃいましょう」
「……描く」
俺が悩んでいると、お嬢様と世話係のやり取りが耳に入る。
見るとどうやら隣の紫緒梨さんもおねむのようだった。
永華さん曰く今日も早くに起きて、学校へ行く前に絵を描いていたそうで。
そこにきてお腹いっぱい食べたから、眠気が襲ってきたんだろう。
そしてそれを我慢して、まだ絵を描くと言っている。
「早く寝れば、明日たくさん描けるじゃないか」
「……明日一緒に描く?」
「あー…」
「紫緒梨、明日もお兄ちゃんウチに居るからな。良かったなー」
「じゃあ寝る」
親父さんェ…
どうやらこのお屋敷に一泊することになってしまったようだ。
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「じゃあ私たちは部屋に戻るわね」
「ではまた、卓也さん」
「お、おう」
俺が食後のホットコーヒーを飲んでいると、いのりと愛が自室へと戻っていった。
てっきりこの後も何かに付き合わされるもんだと思っていた俺は、少し拍子抜けする。
まあそれはそれで、いいか。
(おそらく)大きな風呂に入り、(多分ある)ビリヤードやダーツに興じながら眠くなったら寝よう。
何て贅沢な1日の終わりだ。
そうと決まったら早速風呂に…
人のまばらになったダイニングルームを出ようと席を立つと、思わぬ声がかけられた。
「塚田さん♪」
俺と同じく食後の紅茶を飲みながら世話係と話していたいのり母が、突然話しかけてきたのだ。
そして—————
「少し付き合ってくれません?」
コニャックのボトルを両手で持ちながら、とても良い笑顔で俺をアルコールパーティーに誘ってきた。
いつも見てくださりありがとうございます。
最近こちらのコメントが増えて嬉しく思います。
あといいね機能が実装されてから「中々付かないな…」なんて思っていたら、デフォルトがオフなのを最近気がつくという。
間の章ということで、書きたいものを書きたい量だけやってます(笑)
南峯家の話は次くらいで終わりかなと
書き始めるとあっという間に文字数いっちゃって驚きます。
引き続きお付き合いください。




