41 この世界でも、また会えましたね
■どこにでもある、よくある話
私がこの世に生まれとき、最初から兄さんは存在していた。
当然だ。兄なんだから。
兄は妹を護るために先に生まれてくると言うし、兄さんもそれにならったのだと思う。
小さい頃の私は兄さんが嫌いだった。
両親は兄さんには怒ったりしないのに、私には何かあるとすぐに厳しくしてきた。
それはきっと、私がこの家の本当の子じゃないだからそんな風にするんだと、幼い私は思った。
そのときの私は、両親にも兄さんにも反抗的な態度を取っていた事を覚えている。
どうして私ばっかり…!って。
そして小3の夏、些細な言い争いで私は家出を決行したのだった。
と言っても目的地は電車と徒歩で一時間くらいの、取るに足らない距離だ。
昔家族でよく遊んだ、大きな池にスワンボートのある、ありふれた公園。
私は無意識に記憶を辿りそこへ向かっていた。
今でこそ取るに足らないと言えるが、当時の私からしたら真夏の大冒険だ。
しかし家を飛び出した時間が遅かったせいで、公園に着いた時には辺りはもうだいぶ暗くなっていた。
遊歩道に沿って設置されていたベンチに座りいくらか冷静になったところで、不安がどんどんこみ上げてきたのを覚えている。
ノープランで飛び出してきたので、カバンの中の"がまぐち財布"には片道の電車賃しか入っていなかったのだ。
他のお金は私の部屋のポスト型貯金箱の中だった。
途中お巡りさんが私に声をかけてきた。
でも当時の私の中でのお巡りさんは『悪い事をした時に来る人』だったので、怖くなって逃げてしまったのだ。
後ろからお巡りさんの声が聞こえなくなるまで必死に走った。
走って走って、ひたすら走ったら、見覚えのない場所に来てしまった。
だが私が立ち尽くし泣きそうになっていると、声をかけてきた人が居た。
「ここに居たのか。もう暗いし危ないから帰るぞ、真里亜」
私は人目もはばからず兄さんに抱き付き泣いてしまった。
幸いにもその時間にはあまり人通りが無かったが、兄さんは私が落ち着くまで頭を撫でてくれたのを覚えている。
後で聞いた話だと、私のカバンにGPS機能付きキーホルダーが付けられていたらしく、兄さんはそれを辿って来たのだという。
少ししてお巡りさんが近づいてきたが、兄さんが事情を説明し何事もなく去っていった。
そして、落ち着きを取り戻し泣き止んだ私を兄さんはすぐには帰さず、適当なベンチに座り事情を聞いてくれたのだ。
怒るでもなく、淡々と、粛々と、どうして家を飛び出したのか。その理由を。
私は勢い任せで兄さんに気持ちを全て吐露した。
兄さんと自分の待遇の違い、拭いきれぬ孤独感、怒り、悲しみ…
幼く語彙力の無かった私は、それでも精一杯伝えた。
もしかしたら八つ当たりするような事を言ってしまったかもしれないが、兄さんは最後まで静かに聞いてくれた。
そして、「そっか…」とポツリ呟くと、私の頭に手を置き
「真里亜は独りじゃないよ」
と微笑みかけながら言ってくれた。
私はなんだか照れくさくて、顔を伏せてしまったのを覚えている。
厳しくされて塞ぎこんでいる私に、「家族みんなが居るよ」と励ましてくれたのだと。そう思っていた。
兄さんが
「独りなのは、俺の方さ…」
と零すまでは。
どういう事かとしつこく聞く私に「真里亜にはまだ分からないだろうけど…」と兄さんは自分の境遇を話してくれた。
厳しくされて悲しんでいる私とは反対に、兄さんは優しくされて孤独を感じていたのだという。
私が生まれるまでは兄さんも叱られたり褒められたりしていたみたいだが、私が生まれ兄さんが少し反抗期になって、そこから徐々に扱いが変わっていったらしい。
両親も初めての養子に初めての子育てと慣れないながら精一杯やっていたので、そこは仕方ない事だと兄さんは語る。
むしろ反抗期で色々とこじらせていた自分のせいだと、苦笑いしていた。
今でこそ兄妹どちらも平等に接してくれる優しい両親だが、大変な時期もあったのだ。
「…そんなワケで、真里亜は独りぼっちなんかじゃないよ。…まあ、ちょっと難しかったかな」
考え込んでいた私の表情を見て、分かっていないだろうと思い込む兄さん。
その時、一通りの説明を受け、淋しそうな笑顔で心境を語る兄に、私はこう思った。
「私が兄さんの、本当の家族にならなくちゃ…」
って…。
今の私は、間違いなくこの日に生まれた。
ハッピーバースデー、あたらしいわたし。
真実の愛に気が付けて、本当に良かった。
小さい女の子が「将来はパパのお嫁さんになる」と言うのと同じようなモノだって?
ははは。全然違う。私のは本気度が違う。
兄さんの孤独は私が全て埋めてあげたいし、あまり贅沢は言わないけれど、兄さんには私の事だけで笑って私の事だけで泣いて私の事だけで怒って私の事だけを考えていてほしい。気持ちは今もずっと変わらないし、洗濯物だって一緒に洗ってもらって全然かまわない。むしろ兄さんの洗濯物なら私が喜んで洗う。(父さんのは嫌だけど)見つめ合うんじゃなくて同じ方を向いているような、そういう関係が理想だ。三食同じ食卓を囲み、それを死ぬまで続けるだけ…そんな控えめな願い。兄さんは夜更かしなどせず規則正しく生活しているから、朝起こすには少し早起きを頑張らないといけない。兄さんがチャーハンには紅ショウガを入れるのが好きなのは分かっているから、私が作る時は最初から入れてあげるね。将来もし万が一兄さんが働けなくなってしまってもいいように、私もたくさん勉強していい大学に入っていい就職先を見つけて…何も無くても二馬力で少し贅沢な暮らしができるから結果オーライだね。友達付き合いは考えた方が良いよって言いたいけど、あの人と一緒に居ればいい虫よけにもなりそうだし目を瞑ろう。あ、でも考え事するとき爪を噛む癖は直した方がよいかもしれない。まあ滅多に人前で見せるようなものでは無さそうだし当面はいいか。
とにかく私はこの日から兄さんの事を第一に考えるようになった。
でもそんな私に数年後、最悪な出来事が降りかかった。
「娘さんは、超能力者です」
我が家にやって来た郡司さんという警察官から、両親に私の能力の事がバラされたのだった。
突如私に目覚めた『モノを作り変える』という能力。
こんな嘘みたいな話を誰にも言えずにいたら、向こうからやって来たのだ。
その時私は中学3年生。
兄さんは社会人になりたてで家を出ていたので、このことを知るのは私と両親の三人だけである。
そしてこの話をして良いのも、三人だけだった。
郡司さんが何やら色々と説明していたみたいだが、正直私の耳には入ってこなかった。
兄さんにも話してはいけない?なぜ?話したことがバレたら兄共々処罰の対象?
目眩がするほどの衝撃だった。そんな大事なことを隠して兄さんと一生を過ごさなくてはならないなんて、私には無理だ。
でも話せば兄さんの身に危険が及ぶというこのジレンマ。
神は乗り越えられる試験しか与えないんじゃなかったのか。
私は絶望していた。
絶望の中、数年を過ごした。
兄に隠し事をしているという後ろめたさを忘れるために、私は高校生活を頑張っていたのかもしれない。
そして、兄がビル倒壊の事故にあったのは今年の6月のこと。
私は土曜日授業の合間の休み時間に、父さんからのふざけたメールで知ることになる。
危篤と聞いた時は心臓が止まったが、病室に行ってみたら割と元気そうだった。
なにより、兄さんの体からうっすらと泉気が迸っているのを見て、私は嬉しくて仕方が無かった。
だ、駄目だ…まだ笑うな…
こらえるんだ…し、しかし…
兄の無事と泉気を確認した私は嬉しさのあまり飛び上がりそうだった。
我慢だ。ここで早まってバラして、やっぱり覚醒しなかったなんて事になったら目も当てられない…
でもその日兄さんの家に介助という大義名分で泊まりに行ったときは、相当テンションが高かったと思う。
6月末
突然家に帰って来た時の兄さんは、もう完璧に能力者になっていた。
……でも何か、元気がないような…?
どこか無理して、元気なフリをしているように見えた。
そして突然の涙。
絶対何かあったに違いない。
兄さんが泣くなんてタダゴトじゃあない。
兄さんの涙を奪ったことは許されないですが、まあいい…
私がこれから癒していけばいいのだから。
さて、いつ能力のことを打ち明けようか…
7月はテストで忙しいから、8月の夏休みにでもしようかな。
そんな計画を立てながら、私は兄さんとの久々の夕食を楽しんだのだった。
「姉ちゃん誰?」
8月の日曜日
電話をしても一向に折り返しのない兄さんを案じ、一人暮らしのアパートを訪ねてみた。
すると中からは知らない姉弟が出てきた。
兄さんの舎弟と名乗る二人から、兄さんが特対の施設に居ることを聞いた私は、和久津さんの依頼もあったので夕方に向かうことにしたのだった。
いつものアルバイトの時の姿に変身し、特対施設の正門を目指して歩いていた私の目に飛び込んできたのは、和久津さん伊坂さんと仲睦まじそうに話す兄の姿だった。
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「はい、お茶」
「ありがとうございます、兄さん」
先ほど真里亜が能力者だと分かってから3時間あまりが経過した。
俺と真里亜はちゃぶ台を挟んで向かい合って座り、お茶を飲んでいる。
和久津たちと別れた後、俺たちは電車でここの最寄り駅まで移動し、駅前の定食屋で夕飯を済ましてから二人で俺の部屋へ帰って来たのだ。
真里亜が能力者だという事実を呑み込みきれていない俺は、ここに至るまである種の浮遊感に包まれていた。
おかげで夕飯のアジフライ定食も、どこか味気なかったな…。
「兄さんの淹れてくれたお茶は美味しいですね。これも愛情という隠し味の成せる業でしょうか」
「入れてないし…」
回転ずし屋で買った単なる粉茶だしね、ソレ…。
もちろん不味くはないけど、値段なりだ。
そんなことより…
「『モノを作り変える』能力だっけ?もう3年も前からって…」
「はい。兄さんが家を出て少ししたくらいに使えるようになりました。初めは大した能力では無かったですが、練習して色々とできるようになったんです。和久津さんと伊坂さんの姿を変えたのも、私の力の一部です。ちょっとしたお小遣い稼ぎで」
「色々…ねぇ…」
「試しに、私に何か投げてみてください。思い切りでもいいので」
「思い切りって」
能力の実演でもしてくれるのか?
変わった能力の持ち主ってのは、どうやらこうして独特な方法で相手を驚かせてみせるのが好きなようだ。
俺然り、伊坂然り、真里亜然り。
しかし、投げるかぁ…。
投げると言ったら、コレだよなぁ、やっぱり。
「丁度いいですね、ソレ」
俺は棚の上の容器に沢山入れてあるパチンコ玉を一つつまむ。
特対では使わなかったが、俺の通常攻撃の一つである散弾銃の弾だ。
投げられるもので手ごろなのは、コレだろう。
「いいのか?コレ、飛ばして」
「もちろんです。どうぞ。ある程度強くないと見栄えは良くないですよ?」
どんと来いといった表情で待ち構えているので、仕方なく俺は真里亜に向けて弾を弾くことにした。
当然重さも指の力も操作せず、ただオデコ辺りに向けて指で弾いただけの攻撃。
とは言え当たれば少し痛い。
俺は妹の身を案じながらも親指の上の弾を人差し指で弾いた。
散々練習したこの攻撃は、正確に目の前の真里亜の額目がけて飛んでいった。
ところが…
「………まじか」
一瞬
ほんの一瞬で、真里亜の眼前に迫ったパチンコ玉は花束へと姿を変え、真里亜の手の中に落ちていった。
「兄さんの気持ち、確かに伝わりましたよ」
マーガレットの花束を持ちながら、真里亜はにこやかに微笑んでいる。
花言葉は「信頼」「真実の愛」
「三年間…ずっと苦しかった。兄さんとは別の世界に行ってしまったみたいで…」
真里亜は花束をちゃぶ台に置き立ち上がると、おもむろに俺の方へと歩いてきた。
そして俺の後ろに回り込むと、かがんで、座っている俺に後ろから手を回してきた。
所謂『あすなろハグ』というヤツだ。
ヤダ…女子の憧れ。喜んじゃうヤツ。
でも生憎と俺は女子ではないし、先ほどから感じる謎の圧に動くことが出来ず、少しサブイボができていた。
「でも、もう悲しむことはないですね。こうして同じ世界に兄さんが来てくれたんですから…」
「真里亜…」
後ろから俺の耳元に顔を近づけると、囁くようにこう言った。
「これからは私がずーっと兄さんを護りますから…兄さんは私の事をずっと護ってくださいね?」
正面の窓に反射して写っている真里亜の表情は、今まで見た事の無いくらい、綺麗で、妖しい微笑みだった。
いつも見てくださりありがとうございます。
ブクマも気付けば100件行ってました。
お付き合い頂き感謝です。
また、大変ありがたいコメントも頂き励みになります。
4件目のコメントでございます。
妹ちゃんのキャラは結構前から考えていたものの、微調整に難航しました。
ただ兄大好きなベタベタ甘えてくるやつにしようか、「そいつ殺せない」なヤンデレにしようか。
悩んだ挙げ句、静かに病んでる感じに。
二章のエピローグで片鱗はあったし、まあよかったなって。
感染者急増で大変ですが、誰かの暇潰しになれば幸いです。
ちょっとした暇潰しにしては文字数増えすぎな気もしますが。




