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【現実ノ異世界】  作者: 金木犀
嘱託職員 塚田卓也
116/417

33 混沌を運ぶもの (大規模作戦4日目)

(痛え…)


(吹っ飛んでるのか、俺が…)

(どうして防壁を張った俺が吹っ飛ぶ…?)

(単純にヤツの攻撃力がヤベぇからだ…)

(あの、怪物みたいな野郎が…)


「ぐっ…!」


 上北沢は変身した卓也のパンチを回避せず、防壁を張って防ごうとした。

 が、数トンもの衝撃にも耐えられる能力の壁は泉気を纏った巨大な拳の前に一撃で粉砕され、上北沢の体は大きく吹き飛ばされる。

 そして自らの攻撃で作り出した更地を背中で滑り、ようやく止まる頃には元居た場所からかなり離れた位置まで来てしまっていた。


「ってぇ… !?」


 上北沢は仰向けに倒れた状態で目を開けると、正面、つまり自分の真上に卓也が迫っているのが見えた。

 卓也は両手を上に振り上げハンマーのようにして潰さんと落下してきている。

 防壁を片腕で容易く割った人間の落下攻撃など食らってしまえば確実に挽肉にされてしまうと感じた上北沢は、能力で自分を飛ばし卓也の落下地点から離れた。

 回避と言うにはあまりにも泥臭い、咄嗟に自分の近くの空間を爆ぜさせて体を吹き飛ばしただけの行為に、再び地面を滑り止まるのを待つしかない上北沢なのだった。

 しかし、そのおかげで数秒前まで自分が寝ていた地面のように体が消し飛ばされずに済んだのはナイス判断だと言えた。



「はぁ…はぁ…はぁ…」

「どうした。ついさっきまでは余裕そうだったのに、今は随分と疲弊しているじゃないか。100メートルを全力疾走した後みたいに、辛そうだぞ」

「…化物が…!」

「失敬な。どうみても人間だろうが」


 止まっている卓也に対し上北沢は首をへし折ろうと能力を行使している。

 だが泉気に覆われた分厚い筋肉と皮ふの前に上北沢の念動力は効果を全く発揮していなかった。

 内臓への攻撃も、体に阻まれ能力の効果を及ぼすことが出来ないでいる。


「さっきから首がくすぐったいな…鬱陶しい」


 ズシズシと足音を立ててゆっくりと歩く卓也。

 自分よりも遥かに巨大な体が眼前に迫る様は、上北沢にとって久々に感じる恐怖であった。



 上北沢という男はCBをここまで大きくするのに、決して"無敗"というワケでは無かった。

 むしろ誰よりも多く辛酸を舐めていると言っても過言ではなく、今でこそ強力なサイコキネシスも、最初は1キロにも満たない物体を少し浮かせるくらいのパワーしか持たなかったのだ。

 自分より強い相手とも何度もぶつかったし、勝てないと分かり逃げた事も何度もある。

 しかしその度に考察し・反省し・特訓し、次に勝つための行動を取った。


 上北沢にとって逃走や降参は"敗北"などではなく、彼の中で真の敗北とは"諦める事"だった。


 しかし超人モードの卓也を目の前にして、上北沢の心の中ではその"諦め"が首をもたげていた。

 常人を遥かに凌駕する体術に、防壁を破る攻撃力、木や岩で押しつぶしてもビクともしない防御力、そして潰した腕を一瞬で治してしまう回復力。

 どうすればこの化物を押さえることが出来るのか…誰を連れてくれば、何を用意すれば…

 目の前の男に勝てる算段が全く浮かばなかった。

 終いには『特対の○○なら…』などと、まるで小学生が自分だけのプロ野球ドリームチームを考えるような、そんな妄想を抱いてしまうくらい目処が立っていないのだった。


「…くそがぁ!」


 雑念を振り払うかのように叫び、上北沢は能力を使い卓也と距離を取った。

 そして同時に辺りの木や岩を卓也にぶつけようと飛ばした。


「鬱陶しいって…」


 卓也は飛来する物体を、居酒屋に入るために暖簾(のれん)をくぐる時のように、ごくごく軽く手を振り払いのけた。

 先ほどまでは躱したり叩き落としたりしていたが、今はこの攻撃を苦にしているとはとても思えないくらい軽く動いている。


「言ってんだろ!!」


 攻撃空しく全くノーダメージの卓也は、飛んでいる上北沢をジャンプからのスパイクで地面にはたき落とした。


「がッ…!!!」


 防壁展開や落下の際に空気のクッションを作るなど出来る限りの措置を取った上北沢だったが、体中が痛みに悲鳴を上げている。

 そして、怒り・恐怖・屈辱…様々な感情を孕みながら、大規模能力犯罪者組織【CB】のボス上北沢敏文は惨めに地べたを這いつくばっていた。


「はぁ…クソ…!クソ…!!」

「排泄物を連呼するなんて、下品だぞ」

「…うおおおおおおおおお!!!!」

「…お?」


 卓也がゆっくりと近づきケッソクンで拘束をしようとした瞬間、上北沢は最後の力を絞って"泉気の刃"を形成した。

 文字通り泉気を振り絞った攻撃は、逃げる力も全てつぎ込んだ"相打ち狙い"の悪あがきだった。

 この攻撃が成功しても、自分は倒れる。そして捕まる。

 それでも目の前の化物と刺し違えようとする気合いの入った一撃は、周囲の大気を震わせ、常人であればすぐにでも離れたくなるほどの刺すような気を放っていた。

 刃は微振動を繰り返し触れたものを容赦なく切り裂く、これまで人間には放った事の無い上北沢渾身の一撃。


「はぁ…はぁ…殺してやる…!」


 息も絶え絶えで、恐らく立っているのもやっとな状態の上北沢。

 しかし刃だけは完璧な状態で、卓也を切り裂こうと構えていた。


「やれるもんなら、やってみろ」


 卓也は正面から受けて立とうと、拳に力を込めた。

 そして、その時は来た。


「…くたばれっ!!!」


 上北沢が刃を卓也に向かって放った。

 辺りに風の音を響かせながら、最大最強の攻撃は迫っていく。


「っし…!」


 卓也も走り出す。

 敵の最後の攻撃に正々堂々立ち向かうのは、騎士道精神からではなくきっちりと相手の心を折るためだった。


「オラァ!!!」


 卓也の拳が刃にぶつかり周囲に衝撃が走った。

 全身全霊の攻撃にも卓也は一歩も退かず、正面衝突する。

 力と力がぶつかり、その余波は周囲の大地を揺るがしている。

 

 そして、上北沢が形成した泉気の刃は砕け散った。


「うおおおおおお!」


 そのままの勢いで突進し、最強の拳をお見舞いしようと振りかぶった…。

 が、その拳は当たる事無く空中に留まった。


「…」


 刃が砕けた時点で上北沢は力を使い果たし気を失っていたのだ。


「……なんだよ…もう寝たのか…」


 かつて森だった場所には静寂が訪れ、卓也と上北沢、二人の勝負が決した事を示していた。

 今回の大規模作戦は幹部以上の人間の全滅と大半の一般兵の確保により、特対に軍配が上がったのだった。







__________








「さて、拘束っと…」


 卓也は再びケッソクンを構え、上北沢を拘束しようとした。

 しかしそんな彼に、思わぬ声が掛けられる。


「卓也さん」

「………美咲」

「…」

「塚田さん」


 美咲に鷹森に駒込。

 三人の特対メンバーが、卓也を見ていたのだった。









 _________________









 卓也と上北沢の決着の少し前。

 上北沢の行方を追って島の北部に辿り着いた美咲と鷹森は、二人の戦闘を離れた所から見ていた。

 すると、姿を隠して同じく戦闘を見ていた駒込が二人に声をかけたのだった。


「よぉ、二人とも」

「駒込さん…!」


 卓也に対する態度と違い、顔見知りの後輩二人に対し少し砕けた話し方をする駒込。

 マントから顔を出すと、自身の存在をアピールした。 


「二人は上北沢を追ってここに?」

「ええ。戦闘の途中で見失ってしまったので、鷹森さんと捜索に。駒込さんも?」

「ああ。と言っても、私たちは追って来たんじゃなくて"待ち伏せ"してたんだけどね」

「待ち伏せ?」


 駒込は二人に、卓也が単独で戦う事になった経緯を中央拠点での出来事から順に簡単に話した。

 途中のなごみの件では思わず顔をしかめる美咲だったが、今は卓也の治療を受け無事に本部へと戻った旨を聞くと少し安心していた。

 もちろん彼女が受けた痛みに対する心配はまだ残ってはいるが、今ここで口にしても仕方のない事だと美咲は言葉を飲み込んだ。


「それで…風祭に酷い事をした女の大幹部と、上北沢と一緒に秘密の通路に来た大幹部を倒して…」

「最後に残ったヤツを倒すために、あのような姿に…」

「ああ。私も驚いているよ。先ほどから鳥肌が収まらない…」


 三人は卓也と上北沢の方を見る。

 場面は上北沢が丁度最後の悪あがきを撃つ直前のようだったが、二人の間にある実力差はハッキリしていた。

 戦闘と言うよりも一方的な蹂躙に近い光景は、後から来た二人の心を大きく動かした。

 美咲は自分が今まで倒しきれなかった相手を卓也が一方的に押しているのを見て尊敬の念を抱いていたが、若干の悔しさと恐怖も感じている。

 鷹森は、自分が昔見た映画のキャラクターそのものみたいな変身を遂げた卓也に、是非とも話を聞いてみたいと思った。


 この中で唯一、最初から戦闘を見ていた駒込だけは気分が高揚しっぱなしだった。

 上司である鬼島に命じられ始まった卓也の援護兼監視任務。

 凄腕の治療能力を使える鬼島期待の能力者、という印象からスタートし。

 武術でも秀でた才を見せ、負傷者を労わる優しい面もあり、友人の受けた仕打ちに怒りで我を忘れる危なっかしい一面も垣間見え。

 そしてとうとう、この大規模作戦の本命中の本命、上北沢を追い詰めるところまで来たのだ。


 実際に会うまでは、いきなり出てきた野良の能力者が鬼島に目をかけてもらっている事に若干の嫉妬もしたが、今は卓也の動向に夢中になっていた。

 むしろ鬼島よりも先に、生で卓也の活躍を拝めたことに優越感さえある。

 事前に鬼島から『卓也の秘めた力を見ても、みだりに口外しないように』と言われていたが、彼はこの感動を今すぐ誰かと共有したくてしょうがなかった。

 そういう意味で美咲と鷹森の登場は都合が良いようで、悪いようで、やっぱり都合が良かった(不可抗力だという大義名分もあるので)



「……終わりましたね…」


 上北沢の悪あがきもあっさり凌ぎ、勝負がついていた。

 三人とも最後の攻撃でどうにかなるとは微塵も思っていなかったので、リアクションも希薄である。

 それよりも今は、卓也と会って話がしたかった。


「行こう」


 駒込の一声で三人は卓也のもとえと向かったのだった。









 _________________










「卓也さん、それは…一体」

「えーっとだな…」


 まさか美咲と鷹森さんが見ていたとはな…

 逆に見ていたのがこの二人で良かったかもしれないな。

 コイツ(上北沢)を二人に担当してもらえるしな。

 よし、言うか。


「実はコレはな…」

「俺には分かるぞ、塚田」

「え?」


 俺が三人に自分の能力の事を話し出そうとした時、鷹森から思わぬ言葉をかけられた。

 知っている…というのはこの能力の内容の事だよな。

 何故知っているのか、和久津と同じような能力でも持っているのだろうか?


「ガンマ線を大量に浴びて細胞が変異して、そんな姿になったのだろ?」


 鷹森は至って真面目な顔で、俺がこの変身の参考にした「元ネタ」の設定を言ってきた。

 まさか俺もそのキャラと同じ理由でこんな体になったと、本気で思っているのだろうか…。

 うーむ…わからん。天然なのか、ボケたがりなのか。


「まあ、コレの参考になったのはその作品だけど」

「やはり」

「でも、俺の能力は別にある。例えば…」


 俺は足元に落ちていた石ころを拾って、いつもの実演を三人にしてみせた。

 本当の能力は治療系ではないこと、身体能力強化や巨大化など彼らに見られた範囲での説明をしてあげる。

 卓也の説明を聞きながら、三人はしきりに驚いていたのだった。



「…というわけで、治療もさっきの巨大化も、全ては数値を操作して行った、ということです」

「………私もそれなりに長く警察に在籍していますが、初めて聞く能力ですね。応用の幅が広すぎる…」

「ガンマ線じゃなかったのか…」


 まだその線を考えていたのか…


「すごいですね…」

「できればあまり能力の事は口外しないでもらえると助かります。一応医療チームという事で今回来ているので」

「鬼島さんはこのことは…?」

「清野が話してなければ知らないと思います。ただ勘のいい鬼島さんの事だから、俺がただの治療系能力者では無い事は気付いているんじゃないかなと」

「もし知らなかったら…?」

「あー、まあ話してもいいですよ。あの人には世話になっているんで」


 あの人なら悪いようにはしないだろう。

 やはり特対や民間組織所属のように、不特定多数に能力が知れ渡るというのはあまりいい気分がしない。

 特対的には完璧な能力管理社会にしていきたいんだろうけどな。


「で、能力を教える代わりに…というワケではないんですが」

「なんですか?卓也さん」

「この男を倒したのは、美咲と鷹森さん、ということにしてもらえないでしょうか?」


 気を失いケッソクンに拘束されて地面に寝ている上北沢を指さす。

 俺のこの提案に美咲は驚いて詰め寄って来た。


「どうしてですか!?」

「できればこんなことで目立ちたくないからだ。さっきも言ったけど、今回俺は"治療術師の"塚田卓也でいたいのに、敵将を討ち取ったのではおかしなことになっちまうだろ」

「でも、折角の卓也さんの手柄を横取りするなんて…」

「いいんだ。こいつを討ち取った手柄は俺には邪魔でしかないからな。分かってくれ、美咲」


 納得のいかない様子で食い下がって来る美咲の肩に手を置き諫める。

 もちろん『警官殺しの捜査の邪魔になるから』という意味も込めていた。

 のぞき込むと、美咲の瞳はどうしようかと揺れている。

 これならもう少し説得するだけでいける…


 俺が好機と確信したところで、駒込さんから横槍が入る。


「というか、下の名前で呼び合って、随分と仲が良いんですね」

「え”!?」

「ああ、それはこの前美咲から名ま…ングッ!?」


 謎のパワーで突如喋れなくなる俺。

 というか、息が出来ない!!

 敵がまだどこかに居るのか…!?


(しーっ!ですよ、卓也さん)


 お前か…

 このままでは味方のサイコキネシスに殺されるので、俺は美咲の肩を必死にタップする。

 すると慌てて能力を解除してくれた。

 そして


「わ、分かりましたよっ!じゃあ私たちが倒したってことで報告します!それでいいですね?鷹森さん」

「ああ、俺はなんでもいい」


 なんか意見が通った。

 苦しかったが、結果オーライだ。


「……では私と塚田さんは一旦離れるから、二人ともこいつをよろしく」

「はい」

「あと、ここから北の方に進んでいった先に目印の付いた岩があって、その奥に隠し通路の入り口がある。進んでいくとその先の洞窟に敵の女とモーターボートもあるから、そっちもよろしくね。女は拘束してボートは破壊しておいた」

「では俺がそっちを見てくるから、水鳥は本部にボスを捕まえた報告をしてくれ。それで一気に他のヤツらも静かになるだろう」

「分かりました。転送チームは先にこちらを運ばせますね」


 流石はエース級の人たち。

 見ていて惚れ惚れするくらいの連携だ。段取りも大変素晴らしいし、何かいいなこういうの。

 仕事!って感じで。


「さぁ、行きましょう」


 駒込さんに促される形で俺は上北沢と戦っていたエリアから離れた。

 そして北東地区に差し掛かったあたりで、無線ではなく誰かの広域通信能力で、CBのボスを確保した事が伝えられた。

 これにより味方の士気は上がり敵の士気は下がり、さらに1時間半後に無線で『島の制圧が完了した』という報告が入った。



 大規模作戦 CB掃討作戦は終結したのだった。


いつも見てくださりありがとうございます。


あと4パートくらいで終われば、3章とパート数は一緒。

でも、文字数は多いかな…?

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