31 怒りに飲まれないで (大規模作戦4日目)
「いやーその女ってばホント、しつこいのなんのってもう…あはは」
「…」
卓也の治療を受けた風祭なごみは、自分の拘束を解いている最中の塚田におちゃらけてみせた。
全然大したことない平気だというようなアピールの意味を込めて、卓也に何があったかを聞かれたのでその問いに答えている。
彼女の言う"大丈夫"というのもあながち強がりではなく、実際に拷問を受けている最中に弱音や涙の一つも見せずユキナという大幹部が立ち去るまで耐え忍んでみせた。
勿論しっかりと痛みは感じていたのでノーダメージというワケにはいかないが、ピースでの訓練と生来の強さで、メンタル面にはなんらダメージを受けていなかった。
一方で話を聞いている間、卓也は一言も発さなかった。
それがかえって彼女を不安にさせる。
彼女からしたら「ギリギリ間にあって良かった。早く安全な所へ避難しよう」というような反応が来ると予想していたので、沈黙と、先ほどから放たれている不気味な気配は敵以上に脅威であった。
「解けたぞ、拘束」
「あ、ありがとう…」
自由になったなごみは椅子から立ち上がると、自身の体の様子をうかがった。
痛みや不調は完全になくなっており、先ほどまで無くなっていた指が再び手に戻っている様子を見ては「おー」と感心していた。
そして血で汚れてしまった服を見てテンションが下がる。
それでもこうして無事に生還出来た事に安心し、助けてくれた卓也に改めて感謝の意を表した。
「ホントありがとね!」
彼女は右手で卓也の二の腕辺りをバシッと叩き、お礼を述べた。
だが卓也は先ほどから表情を変えないまま、腕に触れているなごみの手を取った。
「ちょ…ど、どうしたん?卓也くん…」
白くてすべすべとした手。
戦いに身を置きながらもしっかりと手入れの行き届いた手はとても綺麗だった。
爪も綺麗に整えてあり、小指にだけ"UVレジン"という紫外線で固まるジェルを使って作った海の中を模したネイルチップが控えめに付いていた。
流行やオシャレに敏感で美咲や志津香よりも女の子っぽい彼女らしい、可愛い爪だった。
卓也は手を見ながら、ここに入って来た時のなごみの状態を思い出していた。
綺麗な指は折られていたり爪がはがされていたり切り落とされていたり、とても普通の人間が直視できるような状態では無かった。
命のやり取りではなく愉悦の為に友人がいたぶられた事に、彼の怒りは頂点に達していた。
しかしパッと見それに気づくのは難しいくらい、表情は普通なのである。
「そ、そんなに握られると、恥ずかしいね…たはは」
怒りに気付かず、なごみは照れくさそうにモジモジしている。
「なあ、誰がこんなことやったんだ?」
「え?」
卓也は、なごみにひどい仕打ちを行った人間を探し出すため、情報を聞き出そうとした。
それについてなごみは、女の見た目の特徴などを一応一通り伝える。
「でも途中で下っ端みたいなのが呼びに来て、どっか行っちゃったよ。もう美咲たちが戦っている所に向かって、誰かにやられてるんじゃない?」
「…そうか」
普段ならここで「まあ誰かにやられているならいいか」となっている卓也だが、今回ばかりは流石に収まらない様子。
だが今から美咲たちのところへ行き拘束された後の相手に暴行を加えるようなことは出来ないので、このモヤモヤをどうするか考えていた。
「…あの、一応追跡してみましょうか?」
「アナタは…」
声のする方を見ると、3階で見つけた職員が駒込と一緒に地下までやって来ていた。
話を聞くと、彼の能力は物や人に"最後に触れた人間のいる位置が分かる"らしく、この部屋に置かれている器具に使って念のため探知しようかという提案をしてくれたのだ。
隣にいる駒込は拷問部屋の異様な雰囲気にウンザリとした表情を浮かべている。
「…お願いしてもいいですか?」
「はい。助けてもらった恩もありますし」
そういって、部屋の中のハサミを手に取る男。
「止めときなよ卓也くん。相手は大幹部なんだよ?敵討ちとかなら別にいいからさ…」
「…」
危ない事をしようとしている卓也を止めるなごみ。
卓也の治療術師としての一面しか知らない彼女からしたら当然の行動である。
だがずっと行動を共にしていた駒込は止めない。
実力の程を知っており、なおかつ特対の為には大幹部は一人も逃がしたくないからだ。
探知能力の男は、この場の大きな流れに身を委ね、自分の役目をただ全うするだけ。
なごみに拷問をした女の追跡は滞りなく進んでいった。
「出ました!」
拷問に使われていたであろうハサミを手に能力を使用していた男が声をあげる。
他の三人が様子を見ると、床に置いたハサミからエネルギーの方位磁石のようなものが出現しており、針が一定の方向を指していた。
「島の真北にいます!」
「北…」
女は上北沢の援護に行ったのではなく、この中央拠点からまっすぐ北へと向かっていたのだった。
「距離はどれくらいか分かりますか?」
「ざっくりとですが…もうこの近くにはいないようです。恐らく島の端にいるかと…」
「端か…」
「まさか…」
男の情報を聞いた卓也は一瞬の間をおいて、地下室から飛び出していった。
続けて駒込が塚田の予感に気付き、残りの二人に急いで指示を出す。
「二人は無線で連絡を取りながら安全なルートで本部の方へ戻ってください」
「え、駒込さんは…!」
「私は塚田さんを追います。多分ですが、あなた方をやったという女はこの島から脱出をするつもりです!ボートか何かで」
「脱出っ!?」
「そうです!では、私は行きます!」
二人に指示を出した駒込は拠点から出ると、卓也を追う為走り出した。
「もうあんな遠くに…!」
視界から消えかかっている卓也を追う為、迷彩マントを羽織らずに全力で森を走った。
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「はぁ…遅いわねぇ、ボス」
ユキナと呼ばれる大幹部の女は、停泊しているモーターボートに腰掛けながら上北沢の到着を待っていた。
そして到着し次第、このボートで島からの脱出を図っている。
ボスから発せられたコード:EFIとは【Escape From Island】、つまり島からの脱出を意味していた。
このコードの意味は大幹部のみに伝えられており、もしもの時は島を放棄し下っ端のメンバーを見捨ててでも逃げるというメッセージが込めてある。
現に今も上北沢を助けるために向かったメンバーや島の各拠点で戦っている者たちがいるにもかかわらず、上北沢は戦況を見てこの島での勝機が無くなったと判断し、迅速に脱出の用意をさせるためにこのコードを送っていた。
島の北部は基本的には切り立った崖になっており船を停めるような場所はないが、一か所だけ洞窟があり、その先を進んでいくと船を停めておける空間が広がっている。
その空間は島の北部の森と隠し通路で繋がっており、一部の者にだけ入り口が伝えられていた。
これは万が一転送能力が使えなかった場合の保険であり、物理的に島から離れる事の出来る貴重な手段であった。
上北沢は自身の能力で空を飛ぶこともできるが、"浮かせて動かしている"だけでそこまで素早く移動することが出来ない上に、長距離の移動には向いていない。
そして現在この島の周囲には特対による転送妨害の結界と、飛んで逃げようとする人間を捕まえるための見張りの船と能力者が配置されていた。
なのでボートで移動しながら、攻撃と防御を乗っている人間が行うのが一番確率の高い脱出手段である。
かけておいた保険がバッチリ活躍する機会が訪れたのだった。
「早くしないとぉ、一人で逃げちゃうわよぉ…」
波の音が静かに聞こえる空間で、ユキナは爪を見ながらひとり呟いた。
スマホもPCも使えない何もない場所で暇を持て余している彼女は、ただ上北沢が来るのを待つほかなかったのだった。
しかしようやく、島へと繋がる通路から一つの足音が聞こえてきた。
待ち人の往来にユキナは目線をそちらに向けると、そこには
「遅いわよぉボス。どんだけ待たせて…」
「…よォ」
「あなた、だぁれ…?」
通路から姿を現したのは上北沢ではなく、卓也だった。
特対の戦闘服と言える防御ベストを確認したユキナは、警戒心をMAXにしボートから降りると卓也と対峙する。
「ていうか、何でここを知ってるわけ?」
「焦っていたのかな。足跡が入り口の辺りで途切れてたぞ」
「あっそ」
卓也は"真北"という情報と途中で途切れた痕跡をもとにここまでたどり着くことが出来た。
洞窟の海側の入り口は崖からは角度的に見えづらく、通路側の入り口もパッと見ただけでは到底探し出すことはできないよう岩でカモフラージュされていたのだ。
情報と敵の焦り、そのどちらかが欠けていたらもっと時間がかかっていたかもしれない。
「お前だろ、俺のダチを拷問したのは」
「はぁ?だったら何?」
「地獄に落ちろ」
その瞬間、ユキナの体が一瞬光ると、卓也の全身に衝撃が走った。
「ぐっ…」
限りなく少ない予備動作から放たれた電撃を受け、卓也は膝から崩れ前のめりに倒れてしまった。
動かなくなった様子を見てニヤリと勝ち誇った笑みを携えると、ユキナは倒れた卓也の元へゆっくりと近づいていった。
「悪いけど、男に拷問する趣味はあたしには無いのよねぇ…それで?地獄に、どうするってーーー」
卓也は素早く立ち上がると急接近し、喋っている最中のユキナの首元にラリアットを繰り出した。
「ゴァ…ッ!」
そしてそのまま後方に吹き飛ばし、ユキナはボートの操縦室へと叩きつけられた。
「グッ…!」
首と背中に立て続けに強い衝撃を受けたユキナは操縦室の壁を背にズルズルと崩れ落ちていく。
卓也はすかさず船に乗り込むと、ゆっくり座り込む形で崩れるユキナの胸倉を掴みデッキにうつ伏せに倒し、右腕を取った。
ちょうど"ハンマーロック"に近い形でユキナを組み伏せる。
「ぐゥ…てめっ…!」
体の自由を奪われたユキナは電撃で再び卓也を攻撃しようとするも、真っ先に気泉を封じられているため何もできなかった。
「電撃が…!離せコラーーー」
卓也は悪態をついているユキナの右手小指を折る。
「あぁぁぁぁぁぁ!くそ…!」
「この状況でよく反抗的でいられるな」
「…よくも、このーーー」
冷たく言い放つ卓也は、続けて腕と掌を持って雑巾絞りのように右手首の手根骨をねじり折った。
「がぁあああぁぁぁぁぁああああ…!」
「これが趣味って…ヒクわ」
「い、ひゃめて…ぎゃあぁぁぁああああ!」
喋っている最中のユキナを無視し、後ろに極めている右腕の第2肩関節を折る。
卓也が右腕を離すと、力なくパタリと地面に落ちた。そして今度は左腕を後ろに取ると
「や、やめて…もう…ゆるし…」
「いやいや…今までもそうやってお願いする相手を拷問して殺してきたんだろ?自分だけ止めてもらおうってのは、そりゃあムシが良すぎでしょ…」
「くっ…ぐああああああああぁぁぁ!」
波の音だけが聞こえる静かな洞窟内に、骨の折れる音に続いてユキナの悲鳴が響く。
左手の指を恋人つなぎのように握ると、親指以外の4本の指の骨を一気にねじり折った。
「猿ぐつわしてたからお願いされてないって?おまっ…一休さんじゃねーんだから、"とんち"かましてんじゃねーよ」
「い、言ってな…いいぃぃぃぃいいいぃぃいあああああああ!!」
右足の大腿骨と膝蓋骨を連続で叩き折る。
「あーうるせ…」
「はぁ…はぁ…」
「……俺が見たなごみはよ、見えている部分だけでも滅茶苦茶ズタズタだったんだぜ。これが人間のやる事かって思ったぜ…なあ、なんでこんな酷いことが出来るんだ?」
「はぁ…はぁ…」
繰り返す痛みに意識が途切れかけているユキナ。
もはや卓也の問いに答える余力など残っておらず、荒い呼吸を繰り返すほか無かった。
「答えられないなら、その頭蓋を割って脳みそを直接調べれば分かるのか?ゲス女」
「はぁ………はぁ…」
「だったら今、開けてやるぜ…!」
右拳を振り上げる卓也。
うつ伏せのユキナの後頭部に狙いを定め振り下ろそうとした瞬間
「…もう止めましょう」
卓也の右拳をやさしく包みこみ止める手が。
「……駒込さん」
卓也を止めたのは、拠点から後を追いかけてきたバディの駒込だった。
「こんなヤツを殺したところで、仕方のない事です。落ち着いて、見てみてください」
駒込に言われ、自分の下にいるユキナを見る。
手足は歪に曲がり、口からはよだれを垂らし苦悶の表情で気を失っていた。
「………確かに、品が無かったかもしれないですね…」
「私も仕事柄こういう手合いには何度も会いましたし、捕獲が出来ずに止むを得ず手にかけた事も何度かありました。ですが、進んで殺してしまっては、君も彼女と同じステージに堕ちていきますよ」
「…」
「復讐や弔い合戦が間違っているなんて思いません。復讐は死者の為のモノではなく生者の心の整理の為の行いだと私は思いますからね。でも、コイツを殺すことが本当に君のしたい事ですか?」
『センパイは死ぬまで、自分の正しいと思った事を全力でやってみてください!』
駒込の言葉を受け、卓也の頭の中には後輩が最期に残した手紙の一文が浮かんできた。
果たしてこのクズに引導を渡すことが、後輩との約束を果たすことに繋がるのだろうか、と。
そう考えた時、確実に違うと思えた。
これはただ怒りに身を任せただけの行為だと、冷静な部分が告げている。
先ほどまでは声をあげる事さえできなかったクールな部分が出られたのは、他でもない駒込のおかげだった。
「……ありがとう…ございます、駒込さん」
「落ち着きましたね、良かった。幸いにも風祭さんは生きていますし、無駄に手を汚すことはありませんよ。もし必要な時が来たら、私がやりますから安心してください」
「はは…」
卓也に負担をかけまいとする駒込のやさしさが、卓也にはただありがたかった。
そして、数か月前に異世界へ来たばかりの自分と違いキャリアの長い駒込のスタンスや考え方に、改めて尊敬の念を抱く卓也。
歳は下だが、自分よりもはるかに立派だなと感じたのだった。
「それより、連中はこんなもので脱出しようとしていたんですね」
卓也がユキナから離れた所で、ケッソクンを使い拘束する駒込。
そしてモーターボートを眺めながら感想を述べていた。
「…この女は俺が来たときに『遅いわよボス』って言ってたんです」
「! ということは、まさか…」
「ええ…最後に一仕事残っていますよ、駒込さん」
卓也はニヤリと笑い、それに応じるように駒込も笑った。
数時間だけだが、一緒に行動した駒込には今卓也が何を考えているかが直ぐに分かったようだ。
「入り口に行きましょう」
狙うは敵のボス、上北沢の首だ。
いつも見てくださりありがとうございます!
ブクマと評価を頂き、誠にありがとうございます。
励みになります。
どうでもいい話。
久しぶりに「僕たちはひとつの光」のPVを見て、
6年前に映画館で感動したことを思い出しました。
当時はLLのロゴが出た瞬間に「ああ、終わっちゃうんだな…」
と感じていました。
私の青春の1ページ。




