21 ガーリッシュ ラバー (大規模作戦3日目)
■偽りの特対職員 そのこころ
ああ、失敗した。大失敗だ。
どうして私は咄嗟に誤魔化すことが出来なかったんだろうか。
自慢ではないが、一通りの精神訓練を受けているピース出身者の中でも、私は特に安定した精神を持ち合わせている自負があった。
ところがどうだ。事前に塚田くんから、美咲くんの目と足が完治したという情報を聞いておきながらも、久しぶりに呼ばれて思わず以前の愛称で返してしまうという体たらくだ。
元々目が見えないせいで伊坂くんの"誤解の能力"が通じない彼女には、見た目以上に"声"に気を付けなければならなかった。
にもかかわらず、美咲くんって…
まだ「水鳥さん」「水鳥くん」なら誤魔化すことが出来たかもしれない。
10年ぶりに見る私の"この姿"は他の職員が見れば和久津沙羅に似ても似つかない見た目だが、彼女の中では声と呼び方で完全に和久津沙羅になってしまった。
…いや
久しぶりに見る親友の元気な姿に、涙を流さなかっただけでも大したものではないか?
能力の暴発による正体不明の怪我。
周りの人間が懸命に世話をし良くしていたが、彼女の不安が大きかったのを私は知っていた。
それを思うと、今の彼女の姿は古くから付き合いのある人間からしたら号泣モノだ。
きっとなごみくん達も昨日は大変だったに違いない。
私は精神が安定しているからな、乗り切れたよ。
はぁ…
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今、俺の部屋には三人の客が来ている。
俺の正面の椅子に座っているのは、特殊犯罪対策部1課に所属するみんな大好き"水鳥美咲"職員。
そして俺のベッドに腰掛けるは、元1課職員にして水鳥の親友。今は4課の探知能力者"和久津沙羅"職員。
さらに和久津の横には、警官殺しの罪を着せられた元JK。同じく今は4課の催眠能力者"伊坂離世"職員だ。
彼女たち、いや和久津は、水鳥に『これは一体どういう事か』という目で詰められている。
ちなみに実況・解説はわたくし塚田卓也がお送りいたします。
「それで、自殺したはずの貴女が何故生きて、しかも塚田さんのお部屋に行こうとしていたのか、説明はまとまりましたか?」
「えーっと…」
あのお喋りな和久津がたじろいでいる。
恐らく自分の好奇心で親友に多大な心配をかけたことに後ろめたさを感じているのだろう。
もし伊坂の件が解決していれば大手を振って「捜査の為だった」と言えたのだろうが、このバレ方は非常によろしくない。
今の状況では下手な誤魔化しは逆効果だ。もしかしたら2人の関係性まで壊れてしまう恐れがある。
自分を死んだことにするというのはそれほどリスキーな行いだ。
和久津もそれが分かっていないわけではないだろうが、突然の事に思考が整理できていない。
かといって今まで全く接点の無い伊坂から全貌を説明するのは信ぴょう性に欠けるか。
伊坂と大差ないかもしれないが、この中では俺が説明して逆に協力をお願いするのがベストかもしれない。
「水鳥、俺から説明してもいいか?」
「塚田くん…もしや」
「大丈夫だよ和久津、伊坂。水鳥は真犯人でも、その協力者でもないと思うから。俺を信じてくれ」
「それは…そうかもしれないが」
「教えてもらえますか?塚田さん」
和久津と伊坂は不安そうな顔をしている。特に伊坂は、水鳥が自分をハメた人間、あるいはその協力者だという可能性をまだ排除しきれていないからだ。
だが伊坂の話によると警官を殺した真犯人は街に出ていて、自分の手で殺害をしていたという。
いくらサイコキネシスがあるとはいえ、昨日まで歩けなかった水鳥がそんなことを出来るとは思えない。
それに昨日の様子を見る限り、水鳥の周りには常になごみをはじめ友人たちが付いて補助をしていた。
そんな彼女がその日だけ誰の手も借りず街に出て犯行をして、帰ってきた後も怪しまれずに暮らせるなんてありえない。
また彼女が協力者だという線だが、犯人が行動に制限のある彼女を協力者に選ぶだろうか。
しかも彼女ほどの信頼と立場ある人間が、誰の頼みで犯罪の片棒を担ぐ?
もしそう考えることを逆手にとって彼女を協力者に選び、なおかつ水鳥が喜んで協力する相手が居たとしたら、俺たちにはもうお手上げだ。
そんな低い可能性は追っても仕方がないし、1年間も進展が無いということは俺たちはある意味追い詰められている。
俺たち以外に嘘の指名手配に誰も疑問を抱いていないのだ。
動機に関しては人の数だけ存在するから度外視するとして、水鳥にバレてしまったという偶然は膠着状態を打破するためのキッカケとして生かすべきだと考える。
俺が嘱託を終えた後も水鳥が仲間になってくれたのなら頼もしい協力者になるし、逆にこれが罠で一網打尽なら相手の方が上手だったという事だ。
進むしかないだろう、ここは。
「ここから言う事はすべて真実だ。よく聞いてくれ…」
俺は、彼女らに起こった出来事を全て水鳥に話した。
俺が話す間、水鳥は黙って聞いてくれていた。
そしてーーー
「………これがこの1年間に起きた出来事と、今の俺たちの状況だ」
「…なるほど。理解しました………」
水鳥は真剣な眼差しで俺と和久津、そして伊坂を見つめた。
「信じて…くれるのかい…?」
そう問いかける和久津の目はとても不安げに揺れている。
自分達の敵であるかの心配はないにしても、信じて受け入れてくれるかが不安だったのだろう。
「ええ、信じますよ」
「ん?」
「あれ…?」
しかし水鳥は随分アッサリと「信じる」と言い放った。
食堂の塩ラーメンよりもアッサリな態度に、逆に不安になって来たぞ…
「姿は変わっても、10年来の友人が言っている事が嘘かどうかくらい私にだって分かります。それに」
「…なんだい?」
「塚田さんが言うのなら、私は喜んで協力いたしますよ…」
「え、俺?」
「…はい」
思わぬ言葉が飛んできて、和久津と水鳥のやり取りを見ていた俺は驚いてしまう。
「なんで俺の言葉だと信じてくれんの?ありがたいけど」
「貴方が私の目を覚まさせてくれた瞬間から、私は貴方に信じて付いて行くと決めましたから。貴方が真犯人を捕まえろと言うのでしたら、私はそれに従います」
「いや、それは流石にチョロすぎん…?」
治療をしただけの俺に全幅の信頼を寄せている水鳥に"チョロイン"の烙印を押そうとした。
しかし俺は意外な人物から批判を受けることに。
「…チョロくない!」
「…和久津?」
「彼女は長い間、私たちじゃ想像できないくらい暗い闇の中に居たんだ。何人もの治療術師を呼んで彼女を回復させようと試みたが全部上手くいかず…彼女も半ば回復は諦めていたハズだ。でもそんな時に闇の中から救い出してくれる手が現れた。それがキミなんだよ、塚田くん」
「…」
「キミは大した事は無いみたいに言っていたけれど、彼女にとってそれがどんなに嬉しい事だったか…それをチョロいだなんて一蹴するのはあんまりじゃないか…?」
「和久津…」
和久津の言う通りだ。
確かに昨日の彼女は、どこか諦めた態度でいた。
10年ぶりの光がどれほど安心したかは、体験しなくても想像できただろうに…
たかが会って2日のヤツに軽いノリで言われたのでは、怒るのも無理はない。
反省だ。
「…俺が軽率だった。済まない水鳥、それに和久津も、ありがとう…」
「いや、私こそ済まない…友人の恩人に対して失礼な態度を…」
「なんだか恥ずかしいですね…」
和久津のおかげで気付かされた。
俺たちはお互い謝り、すぐに元の雰囲気に戻ることが出来たのだった。
「あ、それと塚田さん」
「どうした?水鳥」
「余所余所しいので、水鳥ではなく美咲と呼んでください」
水鳥、お前もか…
まあ名前で呼ぶ相手が今更一人や二人増えた所で…って感じだ。
「分かった。俺の事も卓也でいい」
「分かりました。た…卓也さん」
「よろしくな。美咲」
「あぅ…」
「…とりあえず、打合せしよっか」
「だな。ちょっと書くモン準備するわ」
心強い味方をゲットした俺たちは伊坂の冤罪を晴らすため、ようやく今日の作戦会議を始めることができそうだった。
話した内容をまとめるため、俺はカバンからノートと筆記用具を取り出そうと席を立つ。
しかしその時、またしても俺の部屋のドアがノックされたのだ。
俺はこんな時間に誰だろうと思っていると、美咲が素早くドアまで動き出した。
「代わりに出ておきますね」
「あ、ちょ…」
俺が止める間もなく、美咲は勝手に対応しようとしていた。
俺を訪ねて来た人間は、俺の代わりに美咲が出たら驚くのではないか?
そんな当たり前の事を考える間もなく、美咲はドアを開けてしまった。
どうか来客が黒瀬か宗谷兄か、ゲーム大好きおじさんの誰かであって欲しい。
俺はそんなささやかな願いを女神サマに投げた。
「やっほー卓也くん!お弁当箱取りに来たよー」
「…なごみ?」
「えぇ!?美咲、何で…」
「竜胆さんまで…」
「どういうこと?卓也」
「」
女神サマ、もう寝ちゃった?
まだ22時ちょいだよ。
いつも見てくださりありがとうございます。
評価&ブクマありがとうございます。
連日嬉しいです。
間違って一回くらいなんかのランキングに乗ればいいなと思う今日この頃。
引き続きよろしくお願いいたします。




