20 不意の再会 (大規模作戦3日目)
「本当にどこも悪くないの?卓也くん」
「ああ、特に変わりはないな」
「無理してもいい事なんてないぞ、親友」
「いや、マジだって」
19:30
今日は三食続けて似たようなメンツで食卓を囲う事になった。
右隣に志津香、左隣になごみ、正面に黒瀬、右斜め前に宗谷兄、左斜め前に式守がいる。
そして同じ長テーブルには昼間のゲーム好きおじさん達やら、治療したB班の人たちやら中々のカオスっぷりとなっていた。
それでも俺が質問攻めにあっていないのは、なごみと黒瀬が抑止力となっているからだろう。
黒瀬は1課の人間以外からはあまりよく思われていないし、なごみも黒瀬と同じグループだから中々近付き難いと思われているようだ。
まあ、そんな黒瀬が嘱託の俺を声高に「親友」だなんて呼ぶもんだから、周りは信じられないようなものを見る目をしていた。
そして先ほどから俺たちの専らの話題は、実際に治療するところを見ていた志津香以外の4人からの心配の質問だ。
衛藤さんからも言われたが、皆が「無理をしてもしょうがないぞ」と口酸っぱく言う。
が、今のところ何ともないのだから仕方ない。
しかし大丈夫な事の証明のしようもないので困っていた。
まあ、直ぐに安心するだろうけど。
「志津香がくれた飲み物のおかげで回復したんだよ」
「作った甲斐があった」
「いや買っただけだろ」
「生産者の気持ちを代弁した」
「工場で機械が作ってると思うぞ」
「作ッタ甲斐ガアッタ」
「機械が喋るんかい」
「「…」」
俺と志津香のしょうもないやりとりに、皆は苦笑いだった。
宗谷兄や式守など志津香とあまり親交の深くない者はそのキャラクターに驚き、なごみも積極的にボケる志津香に苦笑いしている。
その中で黒瀬はただ微笑んでいた。
柔らかくなったな、ホント…
10年近くも罪の意識に苛まれていたのがようやく解放されたんだ。
これからはもっと肩の力を抜いて生きてくれ。
さて、俺も肩の力を抜いて、目の前の"鴨南せいろ定食"を頂くとしますか。
俺は箸を割ると、何も付けず蕎麦だけをつまみすすった。
うん…つなぎが多い安い蕎麦かと思ったけど、しっかりとそば粉の香りがしている。
このクオリティは中々ありつけないぞ…
次に濃さを確かめる為、つけ汁をほんの少しだけ口に含む。
お、鴨と焦がし長ネギの風味がしっかりと感じられる。
これだけで飯が食えそうだ。
俺はそばを箸で掴むと、蕎麦の下2割くらいをつけ汁に浸して一気に口の中へと入れる。
ズズズっと音を立てて口の中に入れたそばを、ひと噛み、ふた噛みしたところで飲み込む。
そばとつけ汁の風味が混ざり合い鼻孔を通り抜け、歯からはそばの弾力、そしてのど越しが体全体に伝わり、俺の胃袋だけではなく脳までも満足させた。
そばを汁にべっちゃりつけないとか、ほとんど噛まずに飲むとか、そういった作法を最初に聞いた時は「なんだその煩わしいルールは。飯くらい好きに食わせろ」と思った。
しかしこだわりの詰まったそばを味わってしまうと、それらの作法にも意味があると言う事が理解できるようになった。
以降、安い蕎麦屋じゃないところへ来たらこういう食べ方をすることにした。
勿論強要するようなものではないが、こだわりをスルーするのはもったいないと思う。
「次は…」
俺はレンゲでつけ汁をほんの少しすくうと口に運んだ。
そして間髪入れずに定食に付いてきた"かやくご飯"を口にかっこんだ。
薄味のご飯に濃い目の汁が口の中で混ざり合い、作品が完成する。
油抜きまで完璧な油揚げと細かく刻んだタケノコがまた旨い…!
恐るべきこだわりだ、食堂の担当者は。
「ねえ塚田くん…」
「ん?」
俺が定食のキュウリの浅漬けをポリポリ食べていると、式守がおずおずと聞いてくる。
「塚田くんさ、スッゴイ美味しそうに食べるよね」
「まあ旨いからな、コレ」
「そんなに?」
「ああ。他所だと結構"鴨南蛮"とか言いつつ鴨出汁風エキスに鶏むね肉がプカプカ浮いているなんて店も珍しくないんだが。ここはしっかりと作り込んでいるよ」
「そうだったんだ」
「それにホラ。蕎麦湯まで付いて来てる。こんなに多くの品数を扱っているにもかかわらず、蕎麦湯まで出てくるなんて、俺は驚きを隠せないよ。もちろん味も抜群だし」
「明日食べてみようかしら…」
「私も」
「親友がそこまで言うなら、興味深いな」
「俺は食った事あったと思うけど、今度はもっと味わってみるぜ」
皆が興味を持ってくれてうれしい。
こだわりはもっと皆で共有して、理解したいよな。
しかし本当に羨ましいな、この食堂は。
俺はこの時知らなかった。
休憩中の食堂長が、俺の後ろの席でまかないを食べていた事に…
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21:00
夕飯を食べてからしばらくは食堂で皆で駄弁っていたが、帰還してきたB班班員と思しき団体が目に入ったので、俺は部屋に戻って来た。
恐らくもう1時間もしないうちに和久津たちからの連絡が俺の部屋に来るハズだ。
彼女らも夕飯やら風呂やら色々と準備があると思うので直ぐには内線はかかってこないだろうけど、それを取りそびれてしまうと今日の打合せが押してしまう為余裕をもって行動する事にした。
しばらく自室でテレビを見ていたが、志津香の弁当箱を洗っていない事に気付き洗面所でゴシゴシと洗っていたところ、部屋の内線が鳴りはじめた。
時刻は21:30か、思ったよりも早かったな。
『やぁ塚田くん、待たせたね』
「いや、大丈夫だ。出撃お疲れさん。問題なかったか?」
『かなり厳しい相手だったが、私と伊坂くんは大した怪我も無く既に治療も終わっている。それよりキミの話を聞いたよ。B班の重傷患者を片っ端から治療したんだって?』
「耳が早いな」
『4課ではその話題で持ちきりさ。無くなった手足が何もないところから現れたって。いやぁ、私も見たかったなぁ…』
どんだけ見たいんだよ、手足生えるところ。
『…っと済まない、この話も直接会って話そうか』
「そうだな。それで、今日も8階の和久津の部屋に行けばいいか?」
『いや…今日はキミの部屋で話そうか』
「別にいいけど…俺の部屋は狭いぞ」
『なに、同じ部屋で打合せをしては秘密漏えいに繋がるかもしれないからさ』
「そんなもんか?まあそっちが良ければいいぞ。待ってる」
『ありがとう。では伊坂くんにも私から伝えておくから』
「わかった。じゃあまたあとで」
打合せ場所が決まったところで電話を切った。
まさか俺の部屋に来ることになるとは思わなかったが、まあ椅子が2個とベッドがあるから問題ないだろう。
絶対和久津の部屋の方が広くて話しやすいと思ったが、ああ言われてしまったら引き下がらざるを得ない。
ほとんど汚れてはいなかったが、俺は改めて部屋を片付けようと立ち上がる。
すると丁度俺の部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
だがまだ和久津との電話を切ってから5分も経っていない。流石に二人ではないハズだ。
では誰だ?
考えられるのは、志津香が弁当箱を取りに来たというのが一番可能性が高い。
あるいはなごみや式守や宗谷兄や黒瀬が何らかの用事があって訪ねて来たか。
しかし志津香以外は俺の部屋番号を知らないので、わざわざ調べてくるという事は余程の用件があるのだろう。
しかしもうすぐ和久津たちがここに来てしまう。
彼女たちとの接触は極力見られたくない。さっさと対応して用件を済ませてしまおう。
俺が頭の中で考えをまとめていると、2回目のノックの音が聞こえた。
俺は急いでドアを開けて、来客の対応をすることに。
しかしそこには思いがけない人物が居たのだった。
「あ、いらっしゃったのですね…良かった…」
「…水鳥?」
そこに居たのは、1課の職員で昨日俺が目と足を治療した水鳥美咲だった。
彼女は自分の足で、俺の居る6階の部屋までやってきていた。
「夜分遅くにすみません。実は私、今日一日ずっと検査をしていて貴方にお礼を言いに行けませんでしたので…改めてお礼を言いに参りました」
「ああ…別にいいよ。それは」
どうやら水鳥はわざわざお礼を言う為にこんな時間に訊ねてきたらしい。
確かに昨日は、水鳥を治した後は黒瀬をぶん殴ってそのまま部屋を出てきてしまったから、ロクに会話もしていなかったな。
「それで、お礼の品という事で、これを作ってきました…」
そう言うと彼女は包みを1つ俺に差し出してきた。
「これは?」
「お弁当です」
「弁当…」
「はい。友人に聞いたところ、殿方へのお礼ならば絶対にお弁当が良いと教えて頂きまして」
聞き覚えがあるな、その情報は。しかもつい最近聞いたぞ。
厳密には今朝。
多分だけど、その情報ソースは一緒だ。
「ちなみにその友人って、昨日水鳥の部屋に居た人?」
「ええ」
やっぱりか…
「ありがとうな。嬉しいよ」
「良かった…」
明日のお昼ご飯も決定してしまった。
志津香のと比べてサイズが小さいから、中を見て追加で食堂で何かを頼んでもいいだろう。
しかし二日も続けて可愛い子から手作り弁当を貰えるなんて、果報者だな。
何かバチが当たらないといいんだが。
喜び半分・不安半分を感じていると、水鳥はまだ部屋の前から動いていなかった。
用件が済んだのなら、もう帰ってもらいたいのだが。
何かを期待するような目で俺を見ている。
「えーと…まだ何かあった?」
「あ、いえ…できれば味の感想など、聞かせて頂きたいなと…」
え…
この弁当、"今"用なの?
だって、もうすぐ22時だぞ。とっくに夕飯も終わっているのに。
「…」
「…はぁ」
水鳥は変わらず、照れているような、不安なような目でこちらを見てくる。
参ったな…ここで食わないわけにはいかないのか…?
俺が自分の胃腸の心配をしていると、水鳥の後方の少し離れた所から声が聞こえてきた。
「おや、塚田くん。来客対応中かな?」
「え…?」
声の主は和久津だった。その隣には伊坂も居る。
彼女たちからは水鳥の顔が死角になっていて見えていない。
俺は思わず"和久津"と呼びそうなったのを押さえられたが、時既に遅かった。
「その声…貴女、沙羅なの?」
「美咲…くん」
和久津の方を振り返った水鳥が、死んだはずの旧友の名を呼ぶ。
あまりに突然の再会に、和久津も誤魔化せず咄嗟に友人の名前を呼んでしまった。
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