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95 守りたい、貴方を

 必死にもがくラグラドラゴンをグレッシェルドラゴンが負けじと押さえつける。屋敷から私の護衛としてついてきてくれた四人の騎士たちが飛び出して来て、ラグラドラゴンに向かって何かの魔法を放った。その隙に零番の騎士が落下防止の革帯を素早く外して背中の槍を二本引き抜くと、ラグラドラゴンの顔目掛けて投擲する。魔力を帯びて輝く一本目の槍はラグラドラゴンの硬い角によって弾かれたものの、もう二本目の槍がまんまと右眼に刺さった。


『ギャアァァァァァァァァァァ‼︎‼︎』


 ラグラドラゴンは鋭い悲鳴をあげながらのたうち回り、尾を激しく振り回して瓦礫を撒き散らす。零番の騎士はラグラドラゴンから距離を取ると、その場を騎士たちに任せてがくりと片膝をついた。

 鼓膜が破れるかと思うくらいのドラゴンの悲鳴に、戦う術を知らない私にはただ見ているしかなくて。でも私は零番の騎士から目が離せなかった。


「逃げるのが先決だ、ナタリーは陛下を!」

「了解!」

「姫様は今のうちに私と」


 指示を受けたナタリーさんが屋敷に向かい、ブランシュ隊長は私を抱えたままリリアンさんを連れて移動する。駄目。置いていくなんてできない。守らなければ。そんな思いが溢れ出し、私はブランシュ隊長を制止した。


「ブランシュ隊長、待ってください」

「姫様?」

「あの騎士を、アリスティード様をお守りしなければ」


 私の視線の向こうで、肩で息をしながら零番の騎士がゆっくりと立ち上がる。教えてもらわなくてもわかる。あの騎士はアリスティード様だ。そして今にも倒れそうなくらいに魔力を消耗している。あれほど膨大な魔力を保有しているはずのお方が、こんなになるまで疲弊なされるなんて。

 網のようなものを投げてラグラドラゴンの動きを封じ込めようとしていた騎士が、アリスティード様に向かって「閣下、お下がりください!」と叫ぶ。


「ならんっ、あれが飛べば次は人死にが出る! 俺が押さえておけるうちになんとかせよ!」


 その声を聞いて、私はブランシュ隊長に掴まっていた手を離し、よろめきながら地面に降りた。熱のせいで頭がクラクラするけれど、そんなことを気にしているいとまはない。アリスティード様の身体からは金色の魔力が溢れ出し、不意打ちのように吐かれるラグラドラゴンの炎の息吹を相殺する。きっと、魔眼が発動しているはずだ。魔力切れにでもなってしまったら、アリスティード様の命が危ない。


(ああ、この人は、誰かを守れるのであれば、ここで死んでもいいと)


 そう思った瞬間、ドラゴンの恐ろしさを忘れた私は足を踏み出した。


「姫様っ、ドラゴンと戦うには貴女は非力すぎます!」


 と、走り出そうとした私の肩を掴んだブランシュ隊長に、私は叫び返す。


「戦うのではありません! お守りするんです!」


 アリスティード様の腰の網には私の曇水晶が入っている。この間と同じくやっぱり使われていないそれを、私がなんとか発動させなければ。ラグラドラゴンとグレッシェルドラゴンの攻防は激しく、巻き込まれたら私なんて一溜まりもない。

 激しく尾を振り回して逃れようとするラグラドラゴンに、態勢を立て直したミュランさんのグレッシェルドラゴンが尾の付け根に降り立ってそれを阻止する。三頭のドラゴンたちが暴れたせいで正門や塀は崩れ去り、目隠しのための樹木がバキバキと薙ぎ倒された。


「ミュランさん!」


 私はグレッシェルドラゴンから降りたミュランさんを呼ぶために、ドラゴンの咆哮に負けないように声を張り上げる。


「ミュランさんっ、私に曇水晶をください!」


 槍を構えてドラゴンたちから距離を取っていたミュランさんが、ハッとして面鉄を上げて私を振り返ると、こちらに駆け寄って来た。


「メルフィエラ様っ、危ないですからお逃げください」

「魔法を発動させたらきちんと逃げますから!」


 ミュランさんの顔や外套はところどころ煤けていた。いつもは人懐こい優しい茶色の目が、ギラギラしていてまるで別人のようだ。私はそれに構わず、ミュランさんが腰につけた網を引きちぎるようにして掴み、中の曇水晶を手に取る。


「メルフィエラ様、何をっ!」

「防御の結界を発動させますっ! ミュランさんはこれをラグラドラゴン目掛けて投げてください!」


 この曇水晶の魔法はオディロンさんの現代魔法だから、書いてあることをそのまま詠唱すればいい。オディロンさんらしい簡素な呪文だけれど、描いてある魔法陣は綿密に練られた規則正しい魔法陣だ。


「ラグラドラゴンに? 何故⁉︎」


 呪文を確認し終えた私は、焦るミュランさんに曇水晶を手渡した。


「一時的に防御の結界の中に閉じ込めればどこにも逃げられません。私が魔法を発動させます!」

「あっ、なるほど!」


 外側の攻撃から身を守るということは、中側からの攻撃も通らないということだ。ラグラドラゴンのみを閉じ込めている間に、王国騎士なりなんなりが駆けつけてきてくれるはずだ。ユグロッシュ百足蟹の魔力はそこそこ濃いから、一刻ほどは持つだろう。私の短い説明を正しく理解したミュランさんが私の手を引いて走り出す。


「しかしメルフィエラ様、脚元に投げても踏み潰されて終わりですよ?」

「ええ、ですから、なんとか口の中に放り込めませんか?」


 私は、以前ベルゲニオンを撃退した時に、ベルゲニオンが曇水晶を飲み込んでくれたおかげで魔法がうまく発動したことを思い出す。曇水晶にはしっかりと蓋がされているので、胃の中で急に溶けたりはしないはずだ。

 私を守るために一緒について来たリリアンさんが、「ああ……姫様が閣下に感化されてる」とボソリと漏らす。いつもはリリアンさんの言動をたしなめるブランシュ隊長もこの発言には何もなかった。


「閣下の魔力は温存しておきたいので俺たちでなんとかします。とりあえずブランシュ隊長、でかい一撃をあいつにお見舞いできますか?」

「できるかだって? ミュラン、誰に言っているんだい?」


 ミュランさんに問われたブランシュ隊長が、ミュランさんの背中から槍を拝借する。射程圏ギリギリと思しき場所で立ち止まった私とリリアンさんを追い越し、掲げた槍を地面と水平にして走る速度を上げたブランシュ隊長が、槍をラグラドラゴン目掛けて投げ放った。


「私は、自分の名前が付いた部隊を任された、隊長だ、よっ‼︎」


 ブランシュ隊長が放った槍が真紅の魔力に染まり、真っ直ぐラグラドラゴンの肩に突き刺さる(「出た! ブランシュ隊長の『ガレオ落とし』」とリリアンさんが言った途端、ブランシュ隊長が振り返って「違う!」と否定した。その顔は何故か真っ赤だった)。

 痛みに咆哮を上げるラグラドラゴンの口に向かい、曇水晶を握ったミュランさんが、何かを咥えたままラグラドラゴンに飛び込むようにして跳躍した。


「皆! 閣下っ! メルフィエラ様の()()()()魔法が発動するのでお下がりください‼︎」


 そう叫ぶとミュランさんが曇水晶を投げつける。これまでラグラドラゴンを牽制していた二頭のグレッシェルドラゴンが急に羽ばたいて上昇し、ミュランさんはその後脚に飛び付いて一緒にその場を離れる。

 喉の奥に異物を投げ込まれたラグラドラゴンがどす黒い血混じりの唾液を吐き出すも、曇水晶はどこかに引っかかっているのかなかなか出てこない。と同時に、私はすかさず防御の結界を発動させるために呪文を唱えた。


「いかなる魔法も攻撃も、全てを通すことなかれ! 絶対防御結界発動!」


 古代魔法より簡単で、たったこれだけでいいのかと思うくらいに短い呪文の一瞬後。うまくいったのか、ラグラドラゴンの喉の下あたりがユグロッシュ百足蟹の青い血の色に輝き始めた。ゆらゆらと揺れながら球状に広がった魔力がラグラドラゴンを覆い、アリスティード様が相殺していた炎の息吹がふつりと途切れた。後は私が魔法を切らない限り、ラグラドラゴンはこちらに手を出すことができないはずだ。もちろんこちらからも手出しはできないのだけれど。

 熱があるせいかうまく魔力を制御できなくて、私の赤い髪が燃え上がっているかのような輝きを放つ。


(大丈夫、落ち着いてメルフィエラ……きっとうまくやれる、私ならやれる)


 ブランシュ隊長とリリアンさんが私の前に立ち、ラグラドラゴンに剣を向けていつでも動けるように腰を落とす。青い光の繭のような結界の中でラグラドラゴンが空に上がろうとして羽ばたくも、オディロンさんの強固な魔法はビクともしなかった。そのことを確認した私は、アリスティード様の姿を探す。


(アリスティード様……)


 荒い息を吐き、咳き込むようにして身体を半分に折っていたアリスティード様が、発動させていた魔法を切る。そこに汗びっしょりになったミュランさんも戻って来て、アリスティード様の隣に立った。ここからでは怪我の程度がわからないけれど、どうやらご無事のようだ。


「ミュラン……あれはメルフィか?」

「今のうちに息を整えてください。ええ、メルフィエラ様の絶対防御の魔法ですよ。ほら、閣下、水飲みます?」


 アリスティード様は兜を投げ捨てるようにして脱ぐと、ミュランさんが手渡した革水筒に口をつける。その目はまだ金色に輝いていて、私の視線と交わった。


「メルフィエラ!」


 魔法を発動させているせいで動けない私の元に、アリスティード様が駆け寄ってくる。よく見るとアリスティード様もミュランさんのように煤だらけで、黒鉄の鎧はあちこち凹んでいて、外套の裾はボロボロに引き裂かれていた。その姿に、私の目の端にじわじわと涙が浮かんでくる。


「メルフィエラ、すまない、お前は既に逃げているものとばかり」


 私を気遣うようにして髪に触れてきたアリスティード様が、私の視線から一瞬だけ目を逸らし、眉尻を下げて弱りきったような顔をする。


「私にできることがあるうちは、逃げたりなんかしません」

「メルフィ……」

「アリスティード様は、私がお守りします。私がお守りしないと、すぐに無茶をなさるじゃないですか」


 私はアリスティード様の腰に下がっていた曇水晶を取り、防御の結界を重ねがけしていく。青い光が幾重にも重なってとうとう中にいるラグラドラゴンが見えなくなったところで、私はようやく安心して息をついた。


「王国騎士たちも来たようですし、結界を張っている間にできるだけお休みになられてください」


 壊れた塀の向こう側に、騒ぎを聞きつけた王国騎士たちの姿が見えた。青い球体の中に閉じ込められたものがラグラドラゴンだと理解しているのかいないのか。時折聞こえるラグラドラゴンの咆哮にびっくりして後退っている。


「さすがというか、お前は肝が据わり過ぎだ」

「アリスティード様、まずはお怪我の治療を受けてください」

「いや、それは。まだ討伐は完了していない」

「結界を張っている間はあちらも手出しができません」

「それはわかっている。お前が発動させた魔法であれば間違いはない。今回は古代魔法ではないが、な」


 アリスティード様が手甲を外して素手になり、私の頬をさらりと撫でる。ベルゲニオンと天狼の襲撃を受けた時と同じようなやり取りに、私は何とも言えない気持ちになった。魔力の使い過ぎなのか、アリスティード様の指先が冷んやりと冷たい。それが火照った私には心地よく感じられて、アリスティード様の手に頬ずりをする。


「メルフィ? お前……身体が熱いぞっ⁉︎」


 ハッとしたアリスティード様が、私の額に手を当てた。傍にいたブランシュ隊長が気まずそうに顔を背け、リリアンさんがオロオロとしたように挙動不審になる。


「何があった? まさかあの魔法のせいか⁉︎ 火のように熱いぞ⁉︎」

「いいえ。魔法のせいではありません。大丈夫です、少し風邪を引いただけですので」

「この高熱で少しなわけがあるか! 医術師をっ、誰か、メルフィが!」


 アリスティード様が慌てて私を抱きしめる。黒鉄の鎧は指先より冷えていて、私はしなだれかかってその冷たさを享受する。


「アリスティード様、冷たい」

「つ、冷たい⁉︎」

「……気持ちいい」

「何が⁉︎」


 熱のせいかふらつく身体を、アリスティード様が横抱きに抱え上げてくれた。と、そこに、


「ほらほら、二人とも。無茶は駄目だよ。騎士たちにはいつものことだけれど、メルフィエラちゃんは普通の女の子だし。お薬を飲んで寝台に戻ろうね?」


 私を診てくれた医術師様の声がして私は顔を上げた。医術師様の珍しい紫色の目が、まるで子供を諭すように優しげに細められる。まるでラグラドラゴンとの戦闘を気にしていない様子の医術師様が、ゆっくりと歩いて私たちの前までやって来た。


「やあ、アリスティード。この間ぶり」

「お……」


 そういえば、お知り合いのような発言をされていたことを思い出した私は、アリスティード様からギュウギュウと抱きしめられて息が詰まった。


「お前がっ、何故ここにいる‼︎」




いつもお読みいただきありがとうございます。

3月2日にKラノベブックスf様より小説版『悪食令嬢と狂血公爵2』が発売されました!

コミック版も②巻まで好評発売中です!

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんっとうにお願いします!続きを…続きをお願いします このお話が大好きで何度も読み返してます
[一言] 何回か繰り返して読んでいます。メルフィも公爵様も大好きです。お願いします。続きをください‼︎
[一言] 早く早く、この戦いの続きが読みたいです。 二人と、お兄様の舌戦も楽しみです。 そして、このかわいい二人のお話しも、気になります。 どうかどうかお願いします。 戦いのシーンもこちらまで、鼻息…
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