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93 荒れ狂うラグラドラゴン(公爵視点)

 短い休憩を終えた俺たちは、さらに森の奥へと進んだ。


「閣下、ドラゴンの気配が色濃くなってきています」


 先行していた偵察部隊が戻って来て、俺にそう報告してからさらに五十フォルンくらい進む。隣を行くケイオスが、薄っすらと雪が積もる足元を蹴って舌打ちをした。


「糞が見つかったか?」

「いえ、糞ではありませんが、噛み砕かれた魔獣の死骸の一部が」


 毛の生えた魔獣の肉片と思しき塊を確認した俺は、背後の王国騎士たちに合図を送る。


「ベイリュー大隊長閣下、ここから先はいつドラゴンが襲ってくるかわかりませんので、お覚悟を」

『まさかガルブレイス公、貴方が先陣を切られるのですか?』


 共鳴石を通して、わずかに動揺したようなベイリュー大隊長の返事が返ってきた。


「私が行かずして誰が行くと? 奴らは人相手のようにはいきませんよ」

『本当にラグラドラゴンであれば、まずは様子を見るべきでは』

「様子を見ているうちに空へ逃げられると厄介です。ましてや狂化しているともなれば先手必勝、確実に仕留めることができる者が前に出るのは当たり前のこと」

『しかし』

「くどい。それがガルブレイス流のやり方だ。従えぬのならすでに足手まとい。捨て置くぞ」


 相手は国王陛下直属の王国騎士団の大隊長だからとなるべく丁寧な受け答えをしていたが、今さらこんなところで意見の食い違いから部隊を引くわけにはいかない。俺はベイリュー大隊長との会話を打ち切り、ザリアン型の戦斧を構える。それを見たガルブレイスの騎士たちも、各々の得物を手にして面鉄を下ろした。人の思惑など関係ない魔獣を相手に、のんびりと構えている暇などない。ドラゴン種は気配を察知する能力に長けている。俺たちの方こそいつ襲われてもおかしくはない立場なのだ。   

 周りにはラグラドラゴンによって薙ぎ倒されたであろう木々も増えてきて、それと共に、無惨にも臓物を()()()()()魔獣たちの死骸も目につくようになっている。頭部を噛み砕かれたヤクールの魔獣の血や肉は乾いてしまっているが、冬場の森ということもあり、気温が低いせいでそれほど虫も集らず腐敗も進んでいない。もはや食べるためではなく、衝動に任せて獲物を屠っているらしい。

 俺は幾つかの死骸の状態を見て、腰に提げた砂刻標(すなときしるべ)で日没までの時間をはじき出す。


「ミュラン、陽が落ちるまでに片付くと思うか?」

『あと五刻ほどですよね……どれだけ向こうが消耗してくれているかによりますが、狂化してますからねぇ』

「コト切れるまで攻撃してくるだろうな」

『それに、閣下の魔法が全部命中したと仮定すればなんとかいけるでしょうけれど、相性が悪そうなので長期戦になるかと』

「熱耐性は俺の火力以上ありそうだとすると……」


 脚を折るか斬り飛ばすかして、その場にとどめておくことが出来れば、焼き殺すことも可能だろうが。そんなことを考えていると、ケイオスが突っ込んでくる。


『そもそも魔法が効くかどうか。ラグラドラゴンは一年の半分を南国の活火山で暮らしているらしいですから、呼吸をするように防御魔法が展開されているんじゃないですかね』


 ケイオスの予想はだいたい当たる。ドラゴン種はそこら辺の魔獣とは格が違う。独自の魔法を使ってくるのだが、どのような魔法なのかは種類によるのだ。ケイオスが言った通り、俺の火魔法や雷魔法に耐性がある場合は物理でゴリ押ししなければならない。


「物理上等。防御の魔法であれば今回は俺たちにもこれがある」


 俺は革袋を軽く叩く。鎧の上から腰に下げた革袋には、メルフィエラ謹製の曇水晶を入れている。俺が使うものは古代魔法語の魔法陣だが、他の騎士たちに持たせているものはオディロンの現代魔法の防御結界の魔法陣が描いてある。試しに発動させたところ、曇水晶の中の魔力によってしばらくの間魔法が持続したのでいざという時に使うことになっていた。


『本当、今まで悪用されずに済んでいたことが奇跡のようですね』

「そこはあのしたたかなお義父上が隠し通してきたのだろう。つくづく見習わねばと感じる――」


 俺は言葉を切ると、面鉄を上げて鼻に集中する。風に乗って届く、鉄とドラゴン種特有の生臭い匂いが。


『閣下』

「ああ、臭うな。竜の息吹だ」


 すぐ様隊列を組み替えて風下から外れないよう、なるべく音を立てないようにして歩く。ドラゴン種は耳と振動で獲物を追うので、もうすでにこちらの動向は把握されているのだろうが。

 冬でも葉を繁らせている樹木の向こう側に、巨大な何かが蠢めく気配がある。


『デカいな』

『体長十五フォルンほどでしょうか』

『……こっちを見てますね』

『見てるよなぁ』

『あー……口があんなに大きいですよ。歯も鋭いし』


 騎士たちが思わず呟きをもらす。獲物を咥えたラグラドラゴンの濁った黄色の目が、こちらを向いていた。グレッシェルドラゴンは黒鉄色をしているが、ラグラドラゴンは鮮やかな空の色をしていた。渡り翼竜と呼ばれているだけあってか、翼はグレッシェルドラゴンよりも立派だ。皮膜を守るためか、翼全体が魔法の光を放っている。

 俺たちを次の獲物と定めたのか、咥えていた魔獣をポイッと放り投げ、ドンドンと前脚を踏み鳴らして長い尾で地面を叩く。


(まずいな、完全にあいつの射程圏内に入っている)


 こちらの様子を窺う知性が残っていてよかったと思うべきか。しかし口からだらしなく泡混じりの涎を垂らし、濁りを帯びた血走った目でこちらを見ていることから、狂化しているのは間違いなさそうだ。

 どうにも動けない間合いで、先に動いたのはラグラドラゴンだった。空色の鱗が密集した喉をそらしたラグラドラゴンが、「グググ、ググググ」と低い音を出す。


(息吹、か?)


 ドラゴンの咆哮は威嚇のためだけではなく、魔法の息吹にもなる。いつのまにか額を鮮やかな朱色に染めていたラグラドラゴンが、喉元を膨らませて前脚に力を込める。


「退避っ、竜の息吹が来る!」


 ガルブレイスの騎士たちが一斉に一箇所に集まると、盾を構えて防御の魔法を展開する。重ねがけすることで魔法の威力が強くなるのだ。しかし王国騎士たちは慣れていないのか、とにかくラグラドラゴンから距離を置こうと横に散った。


「待てっ、散開しては狙われるぞ!」


 ドラゴンに背を向けるなど自ら死を招くようなものだというのに。ましてや集団からはみ出てしまえば、狙われるに決まっていた。

 案の定、逃げ腰の王国騎士に目を向けたラグラドラゴンが、パンパンに膨らんだ喉を光らせて狙いを定める。この位置からは間に合わない。


「チッ!」


 俺は鞄から素早く曇水晶を取り出して騎士に向かって投げる。そして(かん)を置かず、結界を発動させる古代魔法を詠唱した。


『ワ・ソ・シエルモ・ファバ・オ・ドナ・イース・ラ・プロクスト!』


 俺の呪文に反応した曇水晶の魔法陣が、眩いばかりの光を放つ。簡易の詠唱だが、魔法陣を構築したのはメルフィエラだ。新雪に落ちた曇水晶を中心に見事な三重結界が展開され、ユグロッシュ百足蟹の青い血の色が幻想的に輝く。と、その瞬間、ラグラドラゴンの焔の赤い息吹が咆哮と共に炸裂した。


(やはりお前は類い稀なる天才だな、メルフィ!)


 結界の中では王国騎士たちが呆然と立ち尽くしている。あろうことか腰を抜かした騎士もいるが、まさか有り得ないほど強固な結界が焔の息吹を相殺しているとは理解していないだろう。思わぬところで邪魔をされ、ラグラドラゴンが執拗に焔の息吹を浴びせかけるも、青い魔法の光が揺らぐことはない。

 しかし、結界を展開したままでは中から攻撃はできない。


「先に尾をやれ! 次の班は鎖を準備せよ!」


 俺の指示を待つまでもなく、ガルブレイスの騎士たちはその隙を見逃さずラグラドラゴンの尾に向かって戦斧で攻撃をしかける。


『グギャアァァァァァァッ‼︎』


 筋肉の塊のような太い尾を振り回し、攻撃から逃れようとするラグラドラゴンだったが、ガレオが鍛え上げた戦斧によって硬い鱗ごと斬り裂かれていく。頭の方では、長い首を背後に向けて焔の息吹を吐こうとする隙を与えないように、ケイオスが魔法で旋風を作って必死に詠唱を続けていた。旋風の魔法自体が効いているようには見えないが、焔の息吹を散らせることには成功しているようだ。


「ケイオス、そのまま頼んだぞ! ベイリュー、お前の騎士たちをなんとかせよ!」


 王国騎士が立て直すのを待ってはいられない。ベイリュー大隊長がどこにいるのかわからないが、後は自分でどうにかしてもらうしかなかった。

 槍を投げても効かないので、俺も尾に一撃、二撃と直接戦斧を振り下ろす。骨断ちしようにも、(うね)るドラゴンの骨を両断するのは至難の業だ。


「ええいっ、貴様のその尾、硬すぎて食肉には向いてないな!」


 暴れ回るラグラドラゴンの攻撃を躱しながら、六撃目で中ほど辺りで斬り落とすことに成功した。赤黒い血が断面から噴き上がり、俺や騎士たちの鎧を赤く染める。


「交代だミュラン、頼んだぞ! アンブリー、次に控えよ! ケイオス、もういい、退け!」


 やはりこちらの体力は四半刻ほどしか持たない。次の班と交代した俺たちは、ラグラドラゴンから十分に距離を取って息をつく。狙われないためか、翼を折り畳んで防御の姿勢に入ったラグラドラゴンの身体全体が魔法の光に包まれる。ミュランたちは後脚を狙い、鎖や鋼糸の網でラグラドラゴンの動きを封じる作戦を展開しているようだ。残念なことに、ことごとく鎖が引きちぎられているが。


「狂化ドラゴンの、体力、あれなんですか、まるで化け物だ」


 旋風の魔法を使い続けていたケイオスが、肩で息をしながら俺の隣で膝をつく。すかさず後方支援部隊の面々が水を持ってきてくれた。


「お前、来年三十を迎えるのだったな。引退するか?」

「誰が、引退するものですか! 年寄り扱いしないでください」

「あの翼、厄介だな」

「ええ、ええ、言われなくとも私が斬り裂いて見せますよ!」


 ケイオスもまだ軽口を叩けるくらいには余裕がある。俺は水を飲み干すと、ラグラドラゴンの血糊が付いた戦斧を交換する。その間に王国騎士も体制を整えたらしい。ベイリュー大隊長の指揮の下、ガルブレイスの騎士を加勢するようにドラゴンへと立ち向かっていく。


(手当たり次第暴れてくれたおかげで森が開けたな)


 樹木がなぎ倒されて、ぽっかりと開いた空を見上げ、俺はふと自分の騎竜を呼んでおこうと思い至る。もしラグラドラゴンが空へと逃げたら、それを追いかけるにはこちらも翼が必要だ。竜笛を何度か吹いていると、アンブリーたちと交代で戻ってきたミュランも俺の意図に気づいてか竜笛を吹き出した。


「久々に手強いですね。百足蟹は水から出ればなんてことありませんでしたけど、これが集団で狂化したらと考えるとゾッとします」

「あの『厄災』の時にはドレアムヴァンテールも狂化したくらいだからな。ミュラン、アレが飛んだら上から撃ち落とす。いいな」

「了解! 飛ばないことを願っておりますが、俺、空なら負けません!」


 騎竜部隊の隊長であり、ドラゴンを駆らせたらガルブレイス一速いミュランの頼もしい返事に、俺は信頼を込めて頷く。空はどこまでも続いていて遮るものがない。寒いので空中戦はできうる限り避けたいところだ。

 しかし、その願いも虚しく、五個班が一巡して再び俺たちがラグラドラゴンと対峙した時に異変が起きた。


『グググググ……ギュアアアアア‼︎』


 今まで防戦一方だったラグラドラゴンが突如としてもがき始める。太い後脚で地面を抉り、血が噴き出すことすら構わずに先を失った尾を周りの木々に打ち付けた。


「なんだ⁉︎ ついに力尽きるのか‼︎」

「いや、明らかに様子がおかしいぞ?」

「こいつ翼を開くぞ! 飛ぶ気だ‼︎」


 バキバキと生木が折れる音と、苦しげな咆哮を上げてのたうち回るラグラドラゴンが、折り畳んでいた翼を開く。


「全員退がれ! 俺の魔法に巻き込まれるなよ、範囲は五十フォルン‼︎」


 むやみに森を燃やしたくなかったので、ギリギリまで避けていたが、こうなれば致し方ない。俺の指示に騎士の間にお馴染みの空気が流れた。


「了解!」

「閣下っ、焦土にはしないでくださいよ!」

「オラオラッ、ぼけっとしてないで退がった退がった!」

「な、何をする!」

「いいからいいから、閣下の魔法に巻き込まれたら消し炭になるんだってば」


 慣れたガルブレイスの騎士たちが、戸惑う王国騎士たちを引きずって全速力で後退する。俺は白炎を指先に灯すと、ラグラドラゴン目掛けて魔法を放った。


『ワ・ソ・シエルモ・ヤ・キーセ・ヤ・ホスェ・オ・ドナ・バルカッサ・バ・フォア・バルクィンド・マクシズ・イース・ラ・イグニフランマ‼︎』




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― 新着の感想 ―
[一言] ラグラドラゴン討伐もいよいよ最終局面? 王国騎士達の不甲斐なさに苦笑いなアリスティード様なのでした…(笑)
[一言] 更新ありがとうございます! やはり王国騎士団とは場数が違いますね・・! お土産はトカゲの丸焼きかな?
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