コミックス①巻発売記念小ネタ〜メルフィエラ先生の魔物料理講座〜
メルフィエラ「皆さん、こんにちは。魔物料理家のメルフィエラです。こちらは助手の……えっと、アリスティード様? それとも公爵様?」
公爵閣下「助手のロジェだ。メルフィ……いや、先生のありがたい講座だ。皆心して聞け」
メルフィエラ「先生だなんて。メルフィと呼んでくださいな。それではロジェ様、よろしくお願いしますね」
公爵もといロジェ「うむ、よろしく頼む。メルフィ先生」
メルフィ「今日はリクエストが多かった『ガーロイの腸詰』をご紹介します」
ロジェ「ガーロイはマーシャルレイドの魔獣だな。長い鼻で土を掘り、土の中の虫や畑の根菜、時には果実を食べる害獣でもある」
メルフィ「はい。ロジェ様の仰る通り、ガーロイは寒冷地の害獣です。ガルブレイスには普通のガーロイは棲息しておりませんので、高地に棲む亜種の縦縞ガーロイを準備します。魔力をしっかりと抜き取るために、なるべく生捕りにしましょう。ここで注意があります。狂化した個体は私でも取り扱いが難しいので、もし生捕りした魔物に狂化の傾向がある際は速やかに騎士に連絡してください」
ロジェ「先生、縦縞ガーロイは俺が朝捕獲して魔法で眠らせてあるぞ」
メルフィ「まあ! ありがとうございますロジェ様。丸々と太っていてとても美味しそうですね! それに縦縞がこんなにはっきりと! 美しい縦縞の毛皮にも価値があるので、丁寧に皮を剥ぎましょう。ここでお呼びするのがガルブレイスの皮剥ぎ名人、アンブリーさんです。よろしくお願いします、アンブリーさん」
アンブリー「アンブリーです。皮の価値を上げるためには、くれぐれも皮を傷つけてはなりません。今回は腹から剥いでいきましょう」
メルフィ「あっ……あの、その前に、大切なことを忘れていました! 縦縞ガーロイの魔力を抜く工程が、えっと、その、ロジェ様、ガーロイの、く、首落としを」
ロジェ「大丈夫だ、メルフィ先生。無論そのつもりだったぞ。アンブリー、俺の剣を持て!」
アンブリー「はいはい、ただいま。あ、縦縞ガーロイは他の魔獣よりも首の骨が細く、初心者向けの小型魔獣です。コツさえ掴めば綺麗に斬り落とせます。騎士見習いの皆はよく見ておくように」
メルフィ「ロジェ様の首落としはすごく綺麗で格好いいので、また間近で見られるなんて光栄です!」
ロジェ「んんっ、ま、まあ、メルフィ先生のためなら何度でも見せてやろう。では、一瞬だから瞬きするなよ!」
〜ただ今首落とし中です、しばらくお待ちください〜
ロジェ「うむ、我ながらいい斬り口だな!」
メルフィ「さすがです、ロジェ様! いつ見ても惚れ惚れしますね。私、ロジェ様の剣技を見るのが大好きなんです!」
ロジェ「そっ……そうか」
メルフィ「さあ、これで縦縞ガーロイの首が綺麗に落ちました。次は魔法陣を使って血と魔力を吸い出しましょう。準備するものは、魔法陣と曇水晶の魔法道具です。皆さんいいですか? 私が使う魔法は古代魔法です。呪文は詩を口ずさむように、心を込めて詠唱しましょう。私は決して命を粗末にしたりはいたしません。その尊い命を最後まで大切にいただきます……ルエ・リット・アルニエール・オ・ドナ・マギクス……」
ロジェ「おっと、ここは秘匿すべき工程だ。悪いが目眩しの魔法をかけさせてもらうぞ」
〜ただ今魔眼が発動中、あてられないように注意〜
メルフィ「お待たせいたしました。どうやらうまく魔力が抜けたようですので、魔力測定器で測定しましょう。針の部分をこのメモリの部分まで刺します。魔力が残っていれば反応があるので、その場合は再度魔力を抜く行程を繰り返してください……ん、魔力は残っていませんね」
ロジェ「メルフィ先生、質問をいいか?」
メルフィ「はい、ロジェ様。どうぞ」
ロジェ「魔物には魔力だけではなく、毒などを持つ個体もいる。それはどうやってわかるのだ?」
メルフィ「すごく大事な質問ですね! この魔力測定器は、毒などの有害成分にも反応するようになっています。こちらの赤い魔晶石が魔力に反応して、こちらの黄色と紫色の魔晶石が毒などに反応します。ここが光ると食するには適さない魔物というわけなんです」
ロジェ「その有害成分は魔法で抜き出せないのか?」
メルフィ「できないことはありませんが、万が一ということもありますので。でも、もしそれでも食べてみたいと思った時はいつでもご相談くださいね? それではお待たせしました。アンブリーさん、今度こそ皮剥ぎと解体をお願いします」
アンブリー「了解。魔物の解体はガルブレイスの騎士の必須技術です。魔物の皮や角、牙などは素材として売ることになります。縦縞ガーロイは毛皮が主な素材ですね。こうやって腹に切り込みを入れて剥いでいけば……」
メルフィ「さすがはアンブリーさん。まるでドレスを脱ぐようにスルスルと剥けていきますね! ここでも注意事項があります。切れ込みを入れる際は、くれぐれも内臓を傷つけないようにしてください。内臓が破れると、その匂いがお肉に付いてしまい、食べられなくなってしまいます」
アンブリー「まるっと綺麗に皮を剥いだら、脚の爪を斬り落とします。臓物については、騎獣の餌にする場合と燃やしてしまう場合がありますな」
メルフィ「腸の取り扱いには細心の注意が必要です。破かないようにここを挟んで……中身が出ないようにして……ここから先は廃棄する部分ですね。あ、ロジェ様。魔法で燃やしていただけますか?」
ロジェ「お安い御用だ。廃棄物はこうして一気に灰にするといいぞ。生焼けは臭いからな。それに灰は加工すれば肥料にもなる」
アンブリー「あの、一気に灰って我々には無理ですから。あー、皆は閣下ほどの火力はないかと思うので、とにかく生焼けにしないことを目標にしてください」
メルフィ「興味がある方は、ロジェ様が魔法を直々に教えてくださるそうです。私も今度習うので、皆さんも是非『公爵閣下の高火力魔法講座』を受講してくださいね。では、料理を続けましょう。実は、取り出した腸はそのままでは使えません。日にちをかけて加工しなくてはならないので、ここではあらかじめ準備していたものを使います」
ロジェ「この間狩ったロワイヤムードラーの加工済みの腸だ。こいつは極上品だぞ」
メルフィ「腸は塩漬けにしてあるので、しっかりと塩抜きをしてください。まあっ、これはたくさんお肉を詰められそうな腸ですね! 縦縞ガーロイのお肉は部位ごとに食感が異なります。そうですね、この腿肉と背肉を粗く挽いて詰めていきましょうか」
アンブリー「これはなかなかいい赤身肉ですな、閣下」
ロジェ「美味そうだが、これでは縦縞ガーロイが足りないな。アンブリー、追加でどんどん捌くぞ」
メルフィ「追加のお肉の準備ができるまでに、特製の香辛料を調合します。まずはガルブレイス産の岩塩です。これはユグロッシュ塩湖で採取できます。そしておなじみの臭み取りの香草イルドは庭先に生えている新鮮なものを。最後に味をしめるために、『ベルベルの木』から採取した実を使います。ベルベルの木は魔樹ですが、ピリッとした辛味がとても美味しいんですよ」
ロジェ「残念ながら、ベルベルの木はガルブレイスにはない。ここにあるのはメルフィ先生がマーシャルレイドから持って来た貴重な実だ。はっきり言ってこれは癖になる。常備しておきたい香辛料だな」
メルフィ「ふふふ、春になったら一緒に採取に行きましょうね? ロジェ様」
ロジェ「う、うむ……春になったら、な」
メルフィ「では、次の工程に。肉も粗挽きにできたので、香辛料を混ぜて肉だねを作ります。混ぜる時は肉に粘り気が出ないように気をつけてくださいね。まんべんなくさっと混ぜたら、香辛料が肉に馴染むまで冷やします。氷の魔法や冷気の魔法を使いましょう」
ロジェ「あくまで冷やすだけだからな。凍らせない程度の冷気は……うむ、調整が難しいな、氷を作るか」
アンブリー「閣下。氷がデカすぎますって」
ロジェ「くっ、俺は微調整が苦手なのだ」
メルフィ「随分立派な氷ですね! ロジェ様、ありがとうございます。十分に冷えたらいよいよ腸詰作業です。柔らかくなった腸を伸ばしながら、肉だねを手際良く流し込んでいきましょう。片方の端を結んだら、腸詰器に肉だねを入れて……アンブリーさん、そちらの腸の端を少し引っ張ってください」
アンブリー「肉だねを流し込む人と、腸に空気が入らないように肉だねの量を調整する人に分かれて作業を進めると失敗しません。もし空気が入ってしまったら、針を刺して空気を抜くといいでしょう」
ロジェ「アンブリー、詰めすぎじゃないか?」
アンブリー「破れないギリギリを攻めていますので」
ロジェ「齧り付き甲斐がありそうなデカさだな」
メルフィ「そろそろ良さそうですね。程よいところで腸を捻って区切りましょう。腸が乾いてくると破ける原因になるので、その時は表面に水を垂らしながら作業してくださいね」
アンブリー「詰め終わったら、腸の端を結んで完成です」
ロジェ「まだ肉だねが残っているな。もう一本作るぞ」
メルフィ「詰め終えた腸詰は、しばらく乾燥させましょう。風魔法で乾燥させると早く仕上がりますよ」
ロジェ「風魔法か……今回はあいつは呼んでいないからな。仕方ない、俺がやるか」
〜ただ今、腸詰作業中、しばらくお待ちください〜
メルフィ「さあ、準備が終わりました。今回は焼いた腸詰と茹でた腸詰の二種類を作ります。本当は燻した腸詰も作りたいところですが、それはまたの機会にということで」
ロジェ「燻製の腸詰も作れるのか!」
メルフィ「はい、マーシャルレイドでは燻製は冬を越すための保存食として重宝されています。ロジェ様、この次はエルゼニエ大森林の樹木を使って美味しい燻製腸詰を作りましょうね?」
ロジェ「うむ、うむ、次だな。約束だぞ!」
アンブリー(なんとまあ、まるで子供のようにはしゃいでいおられますな、閣下)
メルフィ「焼く時は焦げ付かないように火加減を調整しましょう。あまり高温過ぎると表面に焼き色が付いても中が生焼けの場合があるので注意してください」
ロジェ「網焼きなら俺にもできるな」
アンブリー「おおっ! 細かな脂が弾けて良い香りが……これはたまりませんね!」
ロジェ「このジュウジュウという音まで美味い」
メルフィ「音が美味しいなんて素敵な表現ですね! では私は茹でる方を担当しましょう。たっぷりの水を沸騰させて腸詰を投入したら、火を止めて余熱で中まで火を通します」
ロジェ「どれくらい茹でればいいのだ?」
メルフィ「今回は太さもありますし、『ピエールと氷の乙女』を十回歌うとちょうどいい茹で時間になりそうですね」
アンブリー「なるほど。では……『羊飼いのピエール、羊飼いのピエール、働き者のピエールは、氷の乙女に一目惚れ♪』」
メルフィ「まあ! アンブリーさんは歌がお上手だったのですね。低い声が素敵です」
ロジェ「アンブリーは歌自慢大会の殿堂入りだからな。それにしても相変わらずいい声で歌うな」
アンブリー「『でも乙女が住まう冬の国、人のピエールには寒すぎる、そこでピエールは考えた♪』」
〜『ピエールと氷の乙女』を10回歌い終えた後〜
メルフィ「アンブリーさん、素敵な歌をありがとうございました!」
ロジェ「酒が入ると流行りの歌曲も歌ってくれるぞ。今度頼んでみるといい」
メルフィ「まあ! それは是非聴かせていただきたいです!」
アンブリー「そう褒められると照れますな。ああ、腸詰がちょうどよい茹で上がりのようですよ」
メルフィ「低温でじっくりと茹でてあるのでぷりっぷりではち切れそうですね!」
ロジェ「こちらの焼き具合もいい感じだぞ。かなり香ばしい匂いだ」
メルフィ「ではでは、お待ちかねの試食を。ふふふふふ、実は私、縦縞ガーロイは初めて食べるのです」
ロジェ「ここらの縦縞ガーロイはモニガル芋とキノコを食べて育っているからな。クセのある味ではないと思うが……」
アンブリー「閣下、メルフィ先生、切り分けましたのでさっそく試食を」
メルフィ「ありがとうございます。ではロジェ様、一緒にいただきましょうか」
ロジェ「うむ、いただくとするか」
メルフィ「尊い命に感謝します。はふはふ……んっ、脂が細かくて、マーシャルレイドのガーロイより肉肉しいです!」
ロジェ「ベルベルの実の効果で味がしまっているな! 確かに食べ応えもある」
アンブリー「普通の豚の腸詰よりクセがあるというよりは、モクルル茸の風味がするような…」
ロジェ「それだ、アンブリー! こいつはモクルル茸をたらふく食った個体ではないか?」
メルフィ「えっ? モクルル茸というと、あの高級天然食材のモクルル茸ですか?」
アンブリー「多分ですが。エルゼニエ大森林は我々以外に人が踏み入ることはありませんので、モクルル茸のような貴重なキノコが群生しているのです」
ロジェ「ただし、魔脈の上に生えたキノコだからな。変異して魔茸になっている可能性はあるが」
アンブリー「モクルル茸は香り高いキノコですから、肉に染みついているのでしょう。これは当たり個体だったというわけですな」
メルフィ「なるほど……普通のキノコが魔脈によって変異するのですか。エルゼニエ大森林って不思議な場所なんですね。あ、皆さんもどうぞ召し上がってください。茹でた腸詰も焼いた腸詰も、穀物酒によく合う味に仕上がってますよ」
ロジェ「この塩の効き具合、穀物酒の消費量が上がりそうだな」
アンブリー「メルフィ先生の料理は基本穀物酒に合うように作っておられるようですので、それは自然なことかと」
メルフィ「えっ? そ、そんなことは……ある、かも? で、でも最近は三日に一回に控えてますから……あの、まだ樽には手は出していませんから!」
アンブリー「はっはっは、心配いりませんよ。閣下は最近、メルフィ先生の笑顔を見るのが生き甲斐になっていますからね。メルフィ先生がたくさん食べて飲んで幸せそうなお顔を…」
ロジェ「アンブリー‼︎ ほら、こいつをケイオスに持って行ってやれ。あいつの食い意地はもはや執念だからな。また自分たちばかりとぐちぐち文句を言われては敵わん」
アンブリー「はいはい、仰せつかりました。まったく、これでは一年経っても好転しそうにありませんなぁ」
ロジェ「アンブリー‼︎‼︎‼︎」
メルフィ「ふふふ。そういえばロジェ様とアンブリーさんは子供の頃からの仲でいらっしゃいましたね。気心が知れた間柄というのは羨ましいです」
メルフィ「それでは、縦縞ガーロイの腸詰の作り方についてはこれでおしまいです。質問がある方は個別でも受け付けていますので、遠慮なくどうぞ。ロジェ様、アンブリーさん、本日はありがとうございました」
Twitterと活動報告に載せていた小ネタです。