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84 百足蟹の蒸し焼き2[食材:ユグロッシュ百足蟹]

 周りにいた騎士たちも私の様子を心配してくれたのか、次々と声をかけてくれた。皆の話を聞くに、やはりアリスティード様は『なんとかなる範囲での多少の無茶』をよくなさるようだ。ベルゲニオン襲撃の際に怪我をされた時も、アリスティード様は私たちのことを「心配性すぎる」と仰っていたけれど、アリスティード様が考える『なんとかなる範囲』はかなり広いに違いない。

 私は集まってくる騎士たちに果実水とスープを配りながら、何度も自分に言い聞かせる。


(大丈夫、皆さんの言う通り、きっと大丈夫)


 そうして無理矢理納得させて、自分の仕事に集中することにした。入れ替わり立ち替わり休憩にやってくる騎士はまだまだたくさんいるのだ。そんな私の頭上に急に影が差した。


「飲み物と、塩をいただきたい」

「は、はい! 果実水と塩ですね」


 その影の正体は東エルゼニエ砦長のデュカスさんだった。私は急いで果実水を手渡すと、岩塩の塊を砕いて小さくしたものが入った籠を差し出す。大楯を背負ったデュカスさんは、大きな手で幾つかの岩塩を掴むと豪快に口に放り込んだ。


「貴女はお休みになられているものだと思っていました」


 ボリボリと音を立てて岩塩を噛み砕いたデュカスさんが、何を考えているのかわからない顔で静かに問いかけてくる。


「仮眠は取りましたので朝まで頑張れます」


 私がそう答えると、デュカスさんは果実水をゆっくりと飲み始めた。砦長という立場のデュカスさんが来たからか、私の周りでわいわいと賑やかにしていた騎士たちが遠慮がちに離れていく。


「貴女がご心配なさる必要はありません」


 デュカスさんの灰色の目が私を捉えた。東エルゼニエ砦の騎士たちは、百足蟹を捕食するため塩湖に集まって来た魔物の攻撃から私たちを守る役目を担っている。砦長たるデュカスさんの指揮の下、一糸乱れぬ連携で魔物を屠る彼らは『鉄壁の護り』と言われているらしい。確かに、東エルゼニエ砦の騎士は皆、体格も良く装備も重装だ。

 立っているだけで威圧感があるデュカスさんに見下ろされると、なんだかお尻がむずむずするような感覚になってくる。


「えっと、なんのことでしょう」

「閣下は」


 聞き返した私の声とデュカスさんの声が重なる。なんだか気まずくて、私は目でデュカスさんを促した。


「閣下は、ご無事です。あそこにはケイオスとヤニッシュとギリルもいますので」


 そこで言葉を切り、残りの果実水を一気にあおったデュカスさんが口元を手で拭う。


「私は先代に頼まれてあの方のお目付役をしておりましたが、型破りな行動には昔から手を焼いてきました。ですが――」


 デュカスさんが私から視線を外して塩湖の方を見たので、私もつられて顔を向ける。塩湖の西側は、落ちてしまったアリスティード様を探すためか、照明灯が何個も打ち上がっていてその場所だけ昼間のように明るくなっていた。と、それがいきなり、


(えっ、な、なに、あの光⁉︎)


 突如として水面から白い光の柱が伸びてきて、夜空を灼いた。

 かなりの距離があるというのにあまりに眩しくて、私は手のひらで庇いながら目を細める。座り込んでいた騎士たちも立ち上がり、皆の視線が光の柱に集まる。


「閣下は、やるべきことはやるお方です。やり方はどうであれ、ですが」


 デュカスさんの呟きが私の耳に届くと同時に、誰かの共鳴石から『ば閣下!』と連呼するケイオスさんの声と、ヤニッシュさんらしき人の笑い声が響き渡る。どうやら、白い光の柱はアリスティード様の魔法のようだ。ご無事であることが判明して、安心するあまり私の目頭にじわりと涙が浮かんでくる。私を元気付けてくれていた騎士たちも、やはりアリスティード様のことが心配だったらしく、あちこちから安堵の溜め息が聞こえてきた。


「さて、私はもうひと仕事やって参ります」

「あ、お気をつけて、デュカスさん」


 私は目頭を指でギュッと摘まむと、慌ててデュカスさんに向き直る。デュカスさんは背負っていた大楯を取り外して、私に向かって黙礼をしてきた。


「メルフィエラ様につきましては、ご無理をなされぬよう願います。ケイオスからは、閣下とご同類だと伺っておりますので、くれぐれも」

「え、あの、え⁉︎」


 戸惑う私をよそに、デュカスさんは踵を返してしまった。

 それにしても、デュカスさんはアリスティード様のお目付役だったなんて驚きだ。頼めば子供の頃のアリスティード様の話を聞かせてくれたりするのだろうか。

 空まで伸びていた光の柱が消えると、騎士たちがやる気をみなぎらせて自分の持ち場に戻っていく。アリスティード様は本当の意味で、このガルブレイスの核なのだとありありとわかった。


(よし! 私も頑張らなきゃ)


 デュカスさんを見送った私は、アリスティード様が戻って来たら一番に出迎えようと意気込む。きっと自分のことを後回しにするはずだから、ケイオスさんと一緒にきちんと見張っておかなければ。


(そういえばケイオスさん……私のことをどう説明しているのかしら?)


 私はアリスティード様ほど無茶はきかないし、得意分野だって違う(私は剣技はおろか武芸はからっきしで非力なので)。「ご同類」と言ったデュカスさんの口元が笑っているように見えたのは、私の気のせいではない、はずだ。




 ◇ ◇ ◇




 長い長い、夜が明けて。

 陽が昇り、塩湖の周りの状況が目視できるようになってきた頃。無事に五十フォルン超えのユグロッシュ百足蟹を三匹も葬り終え、今回の討伐は完了した。

 重傷者は出ず、もちろんアリスティード様もご無事で、騎士総動員で後片付けに入る。ブランシュ隊長やリリアンさんも、塩塗れになった装備品の手入れに回っていた。

 後方支援の天幕はどこも落ち着いてきたけれど、料理人たちの出番はまだまだ続いている。私の前には下処理を終えた大量の百足蟹が置いてあり、レーニャさん以下料理人たちが真剣な顔をしていた。


「どうせ燃やした百足蟹の遺骸を埋めなきゃならないんで、ついでに穴を掘りますよ」


 そう言ってくれた騎士の皆さんに甘えて、私は蒸し焼き用の穴を幾つか掘ってもらっていた。そこに大きめの石を敷き詰め、その上から細かい石を入れていく。ここでアリスティード様の出番だ。


「アリスティード様、本当に本当に、お休みにならなくても大丈夫なのですね?」


 私は隣に立つアリスティード様に向かって念を押す。石を灼く役目を快く引き受けてくださったけれど、つい先ほどまで百足蟹と交戦し、幾度となく魔法を放っていたのでかなり心配だ。それに、戦闘中に塩湖に落ちて頭からつま先までびしょ濡れになっていたのだから。


「調子はいいぞ、メルフィ」

「悪寒がしたりはないですか?」

「簡易の浴槽で塩でべたついていた身体もさっぱりした。何よりあのスープで芯から温まったからな」


 湯浴みの際にアリスティード様をひん剥いて、私は怪我がないかくまなく身体中を見たのだけれど、一番恐れていた大きな怪我もなかったので本当に大丈夫なのだろう。小さな傷を治療した後、予備の騎士服に着替えたアリスティード様はとてもご機嫌な様子だ。私の髪に触れたり、無意識に手をにぎにぎしたりとなにかと触れられていた。夜が明ける一刻ほど前に引き上げてきてから、アリスティード様はずっとこの調子でいらっしゃる(出迎えた時はケイオスさんと何やら言い合いをしていたのだけれど、あれこれとお世話をしていたらこうなった)。


「閣下、そろそろ調理に入ります。私がいいと言うまで石を灼いていただけますか」


 蒸し焼き料理を監修してくれるのは料理部隊でも古参の料理人だ。呼ばれたアリスティード様が、石が敷き詰められた穴の前に立つ。


「火力は気にしなくていいのだな?」

「……灼きすぎて石が破裂しない程度の火力でお願いします」


 アリスティード様が呪文を唱えると、白い炎ではなく赤い炎が石の上で燃え盛った。「調整が難しい」と仰いながらも、いつもより低温の炎が周囲の空気を暖かいものに変えていく。そして、石が赤く染まり始めたところで次の工程に入った。


「もう大丈夫です、閣下。後は上から乗せる用の石を灼いてください。皆、手早くカジュロの葉を敷き詰めるんだ」


 古参の料理人の指示に従い、アリスティード様は穴の傍に積み上げられた石を魔法で灼いていく(暖かくてちょうどいいからと騎士たちが石の傍で暖をとっていた)。他の人は、ゼフさんたちが採って来てくれたカジュロの葉を灼けた石の上に大量に敷いていった。私もレーニャさんと一緒に葉を運ぶ作業の列に入り、次々と穴の傍の料理人に手渡していたけれど、カジュロの葉は水分を多く含んでいるので、熱された蒸気が穴から大量に上がって熱いくらいだ。


「あちっ!」

「火傷すんなよ!」

「よし、百足蟹も入れていくぞ。デカいやつを下に入れて、小さいやつは上に置けよ」


 重ねたカジュロの葉の上に、今度は手際良く下処理が済んだ百足蟹が穴に投入されていく。ある程度積み重ねたところで、再びカジュロの葉を大量に被せて、最後に灼いた石を乗せていった。そして仕上げに、古参の料理人が塩湖の水が入った桶を抱えてやって来る。


「では、じっくり蒸し焼きにしますので、後は私たちに任せてくださいませ」


 そう言うと、穴の周りにいた人を下がらせて、桶の水を石の上に豪快にかけた。ジュワッという音がして、一瞬にして水が熱い蒸気になって辺りが白くなる。


(これが蒸し焼き!)


 マーシャルレイドにはない初めて見る料理に、私はワクワクする気持ちが抑えられなかった。調理器具は一切使わない素朴な調理法だけれど、蒸し加減や温度の調整は料理人の腕にかかっている。私は傍で古参の料理人の作業姿を見ていたレーニャさんに話しかける。


「蒸し焼きは一見簡単そうに見えて、とても難しそうですね」

「はい、料理人の経験と勘が頼りなんです。ただ火を通すだけなら誰でもできますが、食材を最高の状態にするとなるとかなりの熟練の技が必要になります」


 そう語るレーニャさんは真剣な眼差しを向けている。本当に、彼女の料理への姿勢には感服するばかりだ。私とは少し分野が違うけれど、その道を極めたいという気迫がひしひしと伝わってきた。


 しばらくして、一刻ほど様子を見るとのことで一旦離れていた人たちが再び集まってきた。カジュロの葉が煮えたような匂いに混じって百足蟹らしき匂いが漂ってくると、仕事を終えた騎士たちもわらわらとやってくる。

 各砦長からの報告を受けるため、作戦会議用の天幕に引き上げていたアリスティード様も、皆を引き連れてやってきた。ミュランさんにゼフさんとアンブリーさん、ヤニッシュさんやギリルさんまでいる。


「んー……いい潮の香りがしますね」


 身を清めてきたのか、さっぱりした様子のケイオスさんが嬉しそうな顔をして歩いてくる。いつも真顔か、アリスティード様が言うところの『いつもの眉間の皺』がない状態のケイオスさんなので、表情が緩んでいるのは珍しい。


「メルフィエラ様、もうすぐ出来上がりでしょうか?」


 ケイオスさんも私と同じく、どうにもワクワクを抑えきれないみたいだ。


「今から味見をするようですよ? 上の方の小さな百足蟹を開けてみるそうです」

「味見! それは是非、私も参加させていただきたく」

「そういえば、ケイオスさんは蟹に目がないそうで」

「ええ! 虹蟹よりも美味しいと聞いてから、この時が来るのがずっと待ち遠しくて」


 とてもいい笑顔のケイオスさんの後ろから、ヤニッシュさんがやって来た。あちこちかすり傷ができているけれど、とても元気そうだ。


「よう、姫さん! 腹が減って倒れちまいそうなんだが、もう食えるのか?」

「ええ、ちょうど今から火の通り加減を見るところなんです。ああ、ほら!」


 皆の視線が古参の料理人に集中する。カジュロの葉の隙間から長い鋼の槍のようなものを刺した料理人が、グッと力を入れてからゆっくりと引き抜いていく。その先には、高温でじっくり蒸され、甲羅を赤く染め上げた百足蟹が付いていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白くて、一気に読んでしまいました! 続きが楽しみです(^^)
[一言] か、蟹ー!!! これはもうテンションただ上がりするやつ!! カニパが始まるのかしらワクワク
[一言] ば閣下と「ご同類」(笑) 蒸し蟹いいな~(´ρ`)美味しそう~~~
2021/06/27 07:39 退会済み
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