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77 ユグロッシュ百足蟹討伐大作戦

「よし、これで大丈夫!」


 アリスティード様の要望でいつもはおろしている髪を、後ろでしっかりと三つ編みにする。鏡を確認した私は、襟を正して気合を入れるために両頬を軽く叩いた。

 鏡に映る自分の姿はいつもと違ってキリッとしているように見える。それは着ている服のおかげでもあるのだけれど、似合っているのかどうか少し自信が持てない。


「あの……どうでしょう」


 私は部屋の中で待機していたブランシュ隊長とリリアンさんを振り返る。


「よくお似合いだと思います」


 そう言ってくれたブランシュ隊長も、今日はいつにも増して凛々しく格好いい。アリスティード様や騎竜部隊の騎士は黒を基調とした騎士服に身を包んでいるけれど、ブランシュ隊長たち女性騎士は、白を基調とした騎士服の両側に黒の切り替えしが入っている。胸当てや肘当てなども白銀色で、ブランシュ隊長の見目麗しさも相まって貴公子のようだ。


「仕立て直しが間に合ってよかったです……けれど、汚れが目立ちそうですし、この裾のひらひらも必要あったのでしょうか?」


 私はもう一度、鏡に映る自分の姿を見る。討伐に参加するのにドレスでは防御力がないからと、アリスティード様が私のために特別に騎士服を用意してくださった。女性騎士と同じように白を基調としているけれど、切り替えしのところは私の目の色に合わせたような緑色だ。それに、上衣の裾にも緑色のレースが縫い付けてある。動きやすさを重視したトラウザーズも白で、内腿やお尻を補強する厚手の布地はやっぱり緑色だった。


「姫様は可愛らしくなきゃ駄目なんです! えっへへ、私とお揃いだなんて嬉しいな」


 リリアンさんが仕上げにと、私の三つ編みの先に緑色のリボンをつけてくれた。実はこの騎士服、体型がほぼ同じということで、リリアンさんの新品の式典用騎士服を私に合わせて仕立て直したものだ。他の騎士たちよりも裾が長く、肩章や袖口の刺繍などがかなり凝っている。

 アリスティード様は、「間に合わせですまない。討伐が終わったらお前専用の騎士服を仕立てに行こうな」と約束してくださったけれど、それならアリスティード様のように黒にしてもらいたかった。白はとにかく汚れが目立つし、そこら辺に寝っ転がることもできないのだもの。


(それにしても、着心地がとてもいい)


 私は腕をぐるぐると回したり、膝を折ってしゃがんだりして騎士服の動きやすさを実感する。肩や肘、膝といった関節のところに切れ込みが入っていて、可動域が広くとられていた。

 腰に魔法道具入りの革の鞄が付いた革帯を締め、ルセーブル鍛治工房の小型の剣を佩くと、見てくれだけはいっぱしの騎士……のように見えなくもない。


「さあ、姫様。参りましょうか」

「はい。ブランシュ隊長、よろしくお願いします」

「やった! 遠征遠征、これも姫様のおかげです」


 リリアンさんがはしゃいだ声を上げる。

 まだ十五歳だからと討伐遠征に連れて行ってもらえなかったリリアンさんだけれど、今回初めて参加することが許されていた。名目は私の護衛なので討伐任務ではない。でも、その雰囲気を間近に感じることができると張り切っていた。


「リリアン、気を引き締めるんだよ」

「もちろんです、隊長! 何があっても姫様のお側を離れません!」


 元気いっぱいのリリアンさんに、私も元気づけられる。今回ナタリーさんはお留守番で、代わりにサブリナさんというブランシュ隊の女性騎士が来ることになっていた(剣盾弓という勝負で勝った人らしい)。


 準備を終えた私がブランシュ隊長から案内された場所は、シュティングルという四本脚の大きな鳥の飼育舎だった。移動手段として優秀なエルゼニエ大森林特有の魔鳥で、飛べない代わりに体力が無尽蔵で足も速いらしい。見た目は巨大な鳥だ。色は茶色と白の斑模様で、太い脚には鋭い蹴爪が付いている。


(美味しい、のかしら? でも騎鳥だから、グレッシェルドラゴンと同じで食べては駄目よね)


 魔物を見るとどうしてもそっちの方に意識が向いてしまいがちだけれど、ブランシュ隊長やリリアンさんにとっては信頼のおける相棒だ。既のところで言葉を飲み込んだ私は、これから狩りに行くユグロッシュ百足蟹のことだけを考える。


「来たか、メルフィ……なっ、あ、いや、かわいっ」


 見送りに来てくれたアリスティード様が、私を見て挙げかけた手で慌てたように口を塞いだ。横にいたケイオスさんから突かれて、仕切り直したようにゴホンと咳払いをする。


「なかなかに可愛い、いや、勇ましいな。うむ、三つ編みとやらも悪くない」

「おろしたままだと邪魔になりそうで。それに服も、汚してしまったらごめんなさい」

「心配はいらん。ブランシュたちも毎回ドロドロに汚すからな。ミッドレーグの洗濯班は腕のいい奴らばかりだ。どれだけ真っ赤に染めても新品のようにしてくれるぞ」


 ガルブレイスの騎士たちは、部隊ごとにざっくりと色が決めてある。女性騎士隊はアリスティード様が創設した新しい部隊だ。私はブランシュ隊長に「何故白なのか」と聞いたところ、「白は人気がなかったのかどの部隊も使っていない色だったので」という単純な理由だった。どうせならば目立つようにしようと、試行錯誤して騎士服の型紙から作ったそうだ。


「空からはミュランたちを付ける。明日朝には着くだろうが……本当に俺と行かなくていいのか?」


 心配そうな顔をしたアリスティード様に、私は強く頷いた。

 アリスティード様たち討伐隊の本隊は、グレッシェルドラゴンや炎鷲といった空飛ぶ魔物に乗り、明日の夜明けと共にユグロッシュ塩湖に向けて出発する予定だ。私はブランシュ隊長たちと、支援物資などを運ぶ先発隊としてこれから現地に向かうのだ。

 この間の砦長たちとの顔合わせで、アリスティード様は私のことを『戦士』と言ってくださったけれど、実際の討伐に参加できるだけの技量も経験もない。今回の私の役目は、炊き出し部隊の料理人ということになっていた。


「遊びに行くわけではありませんから。戦士の一員として皆さんに認められるように頑張ります」

「う……む、わかった。非戦闘員の身の安全は約束する、が、心配なものは心配だ。一日とはいえ野営もある」


 アリスティード様がごそごそと鞄を漁り、何かキラキラしたものや札のようなものをたくさん取り出した。


「宝飾品?」

「結界石と護符、その他諸々だ。全部俺が作ったものだ」


 鞄ごと渡された私は、中を覗き込む。結界石の首飾りだけで七つ、護符などは持ちきれないくらいあった。


「閣下、夜遅くまで何をしているかと思いきや」


 ケイオスさんが呆れたような声を出す。


「し、仕事もついでに終わらせたぞ」

「ついで、ねぇ」

「煩い」


 アリスティード様が作ったということは古代魔法語のものかと思いきや、使われている魔法言語は現代魔法であった。


「すまん、古代魔法の構築は時間がかかってな。現代魔法だが、効果は十分にある……と思う」

「すごく緻密な魔法ですね。この結界石もアリスティード様の魔力がたくさん込められていて、とても心地いいです」


 特に琥珀色の結界石は、アリスティード様の瞳の色のようだ。アリスティード様の魔力の色は金色だから、発動したらとても美しい金色に輝くのだろう。


「心地いい、のか?」


 アリスティード様が目を丸くして私を見る。私は結界石と護符が入った鞄をギュッと胸に抱き締めてみた。目を閉じると、胸のあたりからじんわりと魔力が伝わってくる。アリスティード様が傍にいるように力強くて、とても安心できた。


「はい、とても。こんなにたくさんありがとうございます。大切に使わせていただきますね」


 琥珀色の結界石の首飾りを取り出すと、すかさずブランシュ隊長が受け取って私の首に付けてくれる。私が微笑むと、アリスティード様はどこかホッとしたような顔をしていた。


 その間にも、着々と準備は進んでいく。地走り竜と呼ばれる大蜥蜴のような魔物が荷物を積んだ貨車を引き、シュティングルにも装備一式が取り付けられた。

 先発隊は、後方支援を担っている。大工のような人や魔法師、鍛治工房の人たちに医術師、料理人たちが集まった混成部隊で、もちろん騎士たちもいる。空を飛ぶ魔物や襲ってくる魔物対策のために、空からはミュランさんとアンブリー班の騎竜部隊の面々が警戒してくれるようだ。それに、料理人の中には小厨房長のレーニャさんがいた。


「出発の時刻だな」


 準備が整った頃合いを見計らい、アリスティード様が後方支援部隊長らしき人物に合図を送る。それから振り返って大股で近寄ってくると、私を懐に抱き抱えるようにして腕を回してきた。


「ブランシュ、リリアン、メルフィのことをくれぐれも頼んだぞ」


 頼まれたブランシュ隊長とリリアンさんが、アリスティード様に向かって騎士の礼の姿勢になる。


「はっ、私のいのち……いえ、騎士の矜持に賭けましても、姫様をお護りいたします」


 ブランシュ隊長は、「命は賭けないで」という私の願いをアリスティード様から聞いていたのだろう。言い換えてくれたけれど、私を護るために身を投げうちそうな気迫だ。

 リリアンさんも、先ほどまでのはしゃぎっぷりはなりを潜めていて、キリリと真剣な顔つきになっている。私より五つは歳下だというのに、立派なガルブレイスの騎士だった。


(大丈夫。私は私で曇水晶の結界を持ってきているし、アリスティード様から結界石も護符もいただいたのだから。危険が迫った時は惜しみなく使わせてもらいます)


 私が胸元の結界石をギュッと握ると、ほんのりと温かくなったような気がした。でも、それよりなにより、アリスティード様が近すぎてドキドキしてしまう。


「また、明日な。メルフィ」

「はい! 現地にてお待ちしております」

「……やはり心配だ」

「本隊の指揮はアリスティード様がお執りになりませんと。そこに素人の私がいたら締まりがなくなってしまいます」


 遊びに行くわけではないのだから、こればかりは仕方がない。私には、これから料理人たちに交じって、士気が上がる美味しい野営食を作る仕事が待っているのだ。

 アリスティード様が名残惜しげに抱擁を解く。ぽん、と軽く肩を叩かれた私は、アリスティード様を安心させたくて大きく大きく頷いた。


「全員、騎乗せよ!」


 一人では心許ないので、最初はブランシュ隊長と二人乗りだ。部隊長の合図でシュティングルに乗せてもらった私は、アリスティード様に向けて小さく手を振る。アリスティード様も小さく手を挙げて、それからガルブレイスの主君らしく表情を引き締めて前を向いた。


 いよいよ出発だ。

 お母様との思い出の味、ユグロッシュ百足蟹。大型のものであれば二十フォルンもあるらしいけれど、私の記憶にある通り美味しいのか、確かめさせていただきます!





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[一言] てっきり天狼が背中に乗せて遠征に行くのかと思ってた……
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