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71 つまりはそういうこと(公爵視点)

 ブランシュ隊のリリアンとナタリーに連れられ、メルフィエラが扉の向こうに消えていく。何度も緊急の伝令蜂が届いたことで、余計な気を使わせてしまったことが申し訳ない。


「閣下?」


 俺は訝しげな顔でこちらを凝視しているデュカスに向かって肩をすくめ、ゆっくりと階段を昇った。


「閣下、どちらへ」

「皆が揃ったのであれば、お前の言う通り今から作戦会議でも問題なかろう。まったく、俺には自由はないのか」

「そ、そういうわけではございませんが」


 ひと言嫌味を込めれば、俺の後ろを苦虫を噛み潰したような厳つい顔のデュカスがついてくる。

 真面目が騎士服を着て歩いていると揶揄されるこの男は、東エルゼニエ砦の長を務めていた。ガレオと同じくらい体格が良く、鉄壁の守りを誇る重装騎士でもある。そして、先代ガルブレイス公爵と旧知の仲だ。十二人いる砦長の中で最古参の騎士であり、俺が改革する前のガルブレイスを知る人物だった。


(やれやれ、ひと悶着あるだろうな)


 意志の強そうな太い眉を寄せ、むっつりと口を引き結んでいるデュカスに、俺は内心溜め息をついた。いかにも、「メルフィエラという存在がガルブレイスにとって有益でなければ認めない」などと言い放ちそうな雰囲気である。事前にこの度の婚約についてを砦長たちに通達してあったのだが、真っ先に難色を示したのがデュカスだ。

『ガルブレイス公爵』という称号はもはや役職に近く、貴族であろうがそうでなかろうが、力を示しさえすれば誰でもなることができるというのに。それでも予てから、政略結婚で資金援助を、という話があるにはあった。今はそんなことをしなくても、自分たちで資金を稼ぐこともできるようになっているのだが、興味はないと伝えていても、経済力がありそうな家の令嬢を嬉々として勧めてくる者も未だにいる(大半は俺の名前を聞いただけで先方に断られていると聞いているが)。

 俺は飾り羽がついた帽子を脱ぐと、気持ちを切り替えてデュカスに命令する。


「デュカス。いつもの場所に皆を集めておけ」

「はっ!」


 議題は、九日後に予定されているユグロッシュ塩湖の大規模討伐についてと、天狼についてだ。しかし、


(さて、メルフィを討伐に連れて行くことをどう納得させようか)


 もっとも、納得するもしないも、俺がやると言えばやることになるのだろうが。今まで私的なことでそうしたことはないし、これからもするつもりはない。

 走り去っていくデュカスに背を向けた俺は、急いでテールの間へと戻る。するとすぐにケイオスが入ってきた。


「デュカスを止められず申し訳ありません、閣下」


 開口一番謝罪してきたケイオスは、疲れたような顔をしていた。多分、喚き散らすデュカスをあれやこれやと宥めすかしていたのだろう。


「メルフィとは次の約束は取り付けた。まあ、最近の魔物どもの不穏な動きを見ていれば、焦る気持ちもわからんでもない。狂化魔獣の報告が例年に比べると二倍近いからな」


 東エルゼニエ砦は、エルゼニエ大森林の防衛線の直近に位置している。常に魔物の脅威に晒されている砦では、俺たちよりもその異様な雰囲気を身近に感じているに違いない。

 その懸念もわかる。十七年前の厄災が再びガルブレイスを襲うのではないか、という漠然とした不安が、デュカスを駆り立てているのだろう。

 だが、俺もただ浮かれているわけではない。メルフィエラには申し訳ないが、ルセーブル鍛治工房に連れて行ったのも、ちょうど大規模討伐の用件があったからだ。


「メルフィは隣の部屋か?」

「いえ、実は、お着替えになられるのかと思ったら、そのまま天狼の様子を見に行かれました」

「そうか。時間を割いてやりたいが、これもガルブレイスで生きていくうえでの定めでもある。難しいな」


 秋という季節柄、ガルブレイスではやることが山積みだった。冬になれば、もう少し自由な時間が取れる。だからといって、他人に任せっきりにはしたくない。せめて自分が城にいる時は……と考えて、俺はケイオスを見た。そうだった。砦長を納得させる前に、こいつを落とさねばならなかったのだった。


「な、なんですか」


 至近距離だったので、ケイオスの驚いた顔が意外と近くにあった。ケイオスは決して見てくれが悪いわけではない。むしろ端正な顔をしていると思う。浮いた話もあっただろうに、俺に合わせたようにして独り身を貫いている。


「閣下?」

「言い忘れていた。次のユグロッシュ塩湖の大規模討伐に、メルフィを連れて行くことにした」

「は?」


 途端にケイオスが半眼になる。また「このば閣下」と言われそうな予感がした俺は、ケイオスにとって非常に魅力的な甘言を付け加えた。


「メルフィ曰く、ユグロッシュ百足蟹は虹蟹よりも美味いらしい。なんでも、子供の頃に食べたその味を今でも忘れられないくらいだと言っていたが……。そうだな、討伐に連れて行くのは危険だな。仕方ない。蟹は新鮮さが命だと聞いているが、連れて行けないのであれば燃やしてしまうか」


 俺は溜め息をつくと、「残念だ」という言葉で話を打ち切った。のだが。


「閣下」

「なんだ、ケイオス」

「わざと私を煽りましたね?」


 ケイオスの片眼鏡の奥から覗く黒い目の、瞳孔が開いている。日焼けすることのない白い顔が色づき、いつになく気色ばんでいるのは見間違いではないだろう。


「そ、そう怒るな」

「私の好物を引き合いに出すのは狡いと思うのですが?」

「お前は昔から蟹に目がないからな。どうだ、食べたくはないか? メルフィは『獲りたてを釜茹でに』と言っていたぞ?」


 子供のころからの長い付き合いであり、かけがえのない親友にして信頼のおける冷静な補佐が、自らの食い意地の前に陥落したのは言うまでもない。




 作戦室には、今回の討伐作戦長を務めるユグロッシュ砦のギリル、アザーロ砦のヤニッシュ、ガルバース砦のパトリス、リエベール砦のザカリー、そして東エルゼニエ砦のデュカスの五人がいた。

 支度をしている間、先にケイオスを差し向けて説明をさせていたので、それぞれが何か考え事をしているような顔だ。ミュラン、アンブリー、ゼフ、ブランシュ、オディロンに続いて俺が最後に部屋に入ると、皆が一斉に立ち上がる。


「いい、そのまま座っておけ。ベルゲニオンの襲来と天狼については、ケイオスから話は聞いたな?」


 メルフィエラについては敢えて伏せさせていたのだが、それにいち早く気づいたのはアザーロ砦のヤニッシュだ。


「ところどころかいつまんで、ある程度は。でも、肝心なところが抜けていますよね」


 細かく編み込んだ金髪のヤニッシュが、片方だけしかない目をスッと細める。俺ほどではないものの、ヤニッシュの青い右目は魔眼だ。左目は子供の頃にドレアムヴァンテールという魔獣に潰されてしまったと聞いている。魔物を討伐することこそが生き甲斐だと豪語するこの男は、その力だけで砦長までのし上がった実力者だった。


「庭を闊歩しているあの天狼。狂化状態からどうやって脱したんですか? まさか閣下のように魔法を放ちまくったわけじゃありませんよね」

「それは自分も気になっておりました。まさかそこにいるオディロン魔法師長が、新しい魔法で何かやったとかそういうあれでしょうか?」


 ヤニッシュに同意しつつオディロンに目を向けたのは、ガルバース砦のパトリスだ。オディロンに良く似た枯れ草色の長い髪を緩く編み、柔和な顔をしているため女性に間違われがちだが、薬草や毒を巧みに使いこなす危ない男である。ちなみにオディロンを好敵手と考えている節があり、ことある事に張り合っていた。


「あの天狼は狂化寸前の状態だった。だが、あそこまで回復できたのは、婚約者たるマーシャルレイド伯爵令嬢の功績だ」


 婚約者と聞いて、デュカスの太い眉が片方上がる。やはりひと言どころではなく山ほど言いたいことがあるようだ。


「その……婚約者様ですが、名のある魔法師だとか、案外マーシャルレイドという北の要の猛者だとか、そういう感じのご令嬢なのですか?」


 パトリスがちらりとブランシュの方を見る。ブランシュはすらりとした女性であるが、ルセーブル工房の分厚い扉に背丈ほどある大剣を貫通させることができるほどの怪力の持ち主だ。まだ若く、自分の命を顧みずに無茶なことばかりするガレオに決闘を申し込み、見事に勝利して婚姻に持ち込んだ話は騎士たちの間で伝説となっている。ブランシュは、「なぜ私を見る。姫様に失礼だぞ、パトリス。閣下の姫様は、私などとは違ってそれはそれは可憐で可愛らしいお方なんだからな!」と、鼻息も荒くパトリスに食ってかかった。そんなブランシュに、アンブリーとゼフが同意してうんうんと頷いている。


「騎士ではなく魔法師に近いだろう。俺と同じく『古代魔法』の使い手だ。魔法陣を構築させたら俺より強いぞ。それに、彼女の魔法はかなり特殊だ。古代魔法語の魔法陣を使って、天狼を傷つけることなく、澱んだ『魔毒』を抜き出して見せたのだからな」


 俺の説明に、各砦長たちが息を飲む。


「わ、我々はこの目で確かめたわけではないので、にわかに信じられません!」


 そんな中で、すかさずデュカスが食ってかかる。


「そうですよ。狂化した魔獣が魔法で元に戻るなんて、未だかつて聞いたこともありません。ですが、もしそれが本当であれば、ご令嬢は王城の魔法師に匹敵する実力の持ち主ということですよ⁉︎」


 リエベール砦のザカリーは、目を白黒させて心底驚いた顔になっていた。しかし騎士ではなく魔法師のザカリーには、それがどれだけすごいことなのかピンときているようだ。


「貴方も見たのですか、オディロン」


 ザカリーに問われたオディロンが、俺の顔を見てくる。俺が頷いて許可を出すと、眠たそうな目をカッと開いたオディロンがとくとくと語り始めた。


「まず、北の姫君は閣下とご同類だと思いますね、僕は」

「ご同類っていうと、あれか? 魔眼持ちなのか? 閣下と比べてどれくらい強い? ドレアムヴァンテール狩りに連れて行けるくらいなのか?」


 魔眼持ちだからだろうか。ヤニッシュが食い気味に質問攻めにする。メルフィエラは魔眼持ちではなさそうだが、その髪は魔力に反応するのか赤く輝く。どうやら髪を媒体にして魔力を制御しているのではないか、というのがオディロンの見解であるが、あくまで憶測の話だ。


「訓練をすればあるいは。でも姫君の真価はその古代魔法の種類にあるかと。確かに、十種類以上の古代魔法語の魔法陣を組み合わせた『複合魔法陣』を駆使して、生きた天狼から魔毒を抽出しましたよ、僕の目の前で。それもいとも簡単に。何刻の間その魔法陣を発動させていたと思います? 信じられないことに、六刻以上ですよ。まるで女性版閣下ですよね」


 オディロンの説明に、今度こそ誰もが絶句した。




いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげさまで書籍化とコミカライズが決まりました。


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― 新着の感想 ―
てか、砦長が見てなくても事実は事実だし、実績を横からとやかく言うのは騎士として恥じるべき。 何気に実績も評価も強くて安心した。
[一言] コミカライズ版、メルフィ様可愛いし、閣下も美しいのだけど、閣下があまりヘタレないとこだけが大いに不満。それ以外は大満足!
[一言] 書籍化とコミカライズ決定おめでとうございます。毎回更新楽しみにしています。大好きな作品です。
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