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7 求婚は空からお土産を持って

「お父様、本当に公爵様がこの手紙を?」


 何故か屋敷の客間に通された私は、お父様が持ってきた手紙入りの筒を見てびっくりしてしまった。その筒は、まるで王家から(たまわ)る叙勲の書状でも入っていそうなくらいに豪華なものだ。宝石まで散りばめられていて、これだけでもかなりの価値があるに違いない。


「七日前、ガルブレイス公爵家の紋章を掲げた、炎鷲(ほむらわし)に乗った使者がやってきたのだ。私は心臓が止まるかと思ったぞ」

「炎鷲⁈ お父様だけずるいです。私も見たかったのに」

「それは見事な翼だったぞ……ではない! メルフィ、遊宴会で公爵様と何があったのだ?」

「もう、お父様。何度聞かれても同じです。狂化した魔獣に襲われたところを、公爵様に助けていただいただけですから。ドレスが汚れてしまったから、公爵様が王妃様に頼んでくださったのよ」


 それはさっきから何度も何度も聞かれていて、私は一向に信じてくれないお父様に焦れていた。


「何故王家主催の遊宴会に狂化した魔獣が現われるのだ」

「パライヴァン森林公園に魔獣がいるのは普通のことです」

「お、お前が、その、食べようとか考えて……魔獣を怒らせたのではないのだな?」


 そう言われた私は、顎をつんと反らしてお父様に冷たい視線を送った。酷い。いくら私でも、遊宴会でそんな非常識なことをするわけないじゃない。すると一転、お父様は心配そうな顔をして、私の手に手紙の筒を握らせてくる。


「すまない、メルフィ。私が言い過ぎた」

「狂化したバックホーンを仕留めるのは、私一人では無理です」

「そうだな……わかってはいるんだ。しかし、お前と公爵様に、生まれてから今まで何の接点もないではないか」


 その唯一の接点が、とんでもなく濃い内容だったことは、お父様には内緒にしておこう。魔物食談議とか、スカッツビットの干し肉を差し上げてしまっただとか、色々あったのだけれど。これを告げてしまったら、色々終わるような気がする。


「お手紙を読んでもいいですか?」

「ああ、お前も確認しておいてくれ。よりによって『狂血公爵』閣下に魅入られるなど、何かの間違いであってほしいよ」


 私は筒を開き、その中身を確認した。上質な紙にはガルブレイス公爵家の透かし彫りが入っている。恐る恐る開いた手紙には、季節の挨拶などの文章の後に、確かに『御息女、メルフィエラ殿に婚約を申し入れる』と書いてあった。


(婚約って……私、公爵様に騙されてるの?)


 私が悪食令嬢と知り、何を思ってこの手紙書いたのだろう。読めない、行間がまったく読めない。『先日の遊宴会にて、ご令嬢とは有意義な時間を過ごすことができた』とも書いてあるのだけれど、その有意義な()()()()の中で婚約まで考えつくとは、何か裏がありそうで怖い。


「あら?」


 私が何度も何度も読み返していると、手紙の端から何かの模様が滲み出てきた。どうやら魔法がかかった手紙だったようで、手紙の下の空白になっていた部分に公爵家の紋章が浮かび上がる。そして、私の目の前でパッと金色の光が弾け飛んだ。


「何があった、メルフィエラ!」

「大丈夫よ、お父様。悪い魔法ではないわ。これは……追伸?」


 金色の美しい文字が、魔法により真っ白な手紙の上に綴られていく。私はそれを目で追い、いかにも公爵様らしい文面を見て自然と口元がほころんだ。婚約の許しをこう文面とは違い、実にあの時出会った公爵様らしい内容だった。


「『親愛なるメルフィエラ。お前が宴を辞した後、私はつまらない時間を過ごすはめになってしまったぞ。どうしてくれるんだ。あの干し肉も意地悪な部下に食べられてしまったし、散々だった。聞けば、マーシャルレイド領はもう雪が降っているらしいな。本格的な冬が到来する前にそちらに行く。天狼の月十八日を楽しみにしていろ――アリスティード・ロジェ・ド・ガルブレイス』……天狼の月、十八日? 今日ではないか、今日ではないかっ⁈」


 公爵様の追伸を声に出して読んだお父様が、絶叫しながら頭を抱えて唸りはじめた。そんなにのんびり帰ってきたつもりはないけれど、もう少し早く帰ってこればよかったかも。私はお父様の慌て具合を見て、少しだけ可哀想になる。この手紙は、私が触れることで魔法が発動するようになっていたようだ。確認してよかった。もし私が読まなければ、いきなりやって来た公爵様を見たお父様が卒倒してしまっていたかもしれない。


「大変だ、ヘルマン、ヘルマン!」


 お父様が執事のヘルマンを呼ぶと、部屋の外で待機していたヘルマンが血相を変えて入ってきた。


「はははい、旦那様、ヘルマンはここに!」

「ガガガガルブレイス、ここ公爵閣下がここにおいでになる。準備だ、総動員で準備せよ! ああ、お付きの者は何人くらい来られるのか……十人、いや二十人くらいか?」

「だだ、旦那様。あの『狂血公爵』様が訪ねて来られるのは、まさか今日でございますか?」

「そうだ。今日だ、今だ、手紙にはそう書いてある!」


 ヘルマンは屋敷中の使用人たちを集めるため、侍女たちまで使って指示を出す。その間にも、お父様は公爵様がお泊まりする部屋やお付きの人たちの部屋、乗ってくる騎獣の房が足りるかなど、様々なことをそこら辺にあった紙に書き出していく。


「幸い冬支度が終わったばかりだ。後はシーリアにも」

「お父様、私も手伝います」


 私も居ても立ってもいられず、お父様の側に駆け寄る。公爵様は私を訪ねて来てくださるのだ。何か自分に出来ることはないだろうか。


「ありがとうメルフィエラ。だが、お前は部屋に戻り支度をしなさい」

「お父様、でも」

「シーリアにはまだ手紙のことは伏せていたんだ。今からきちんと事情を説明するよ」


 お父様が申し訳なさそうな顔をしたので、私は素直に従うことにした。シーリア様はお父様の後妻だ。そして、この家の女主人でもある。お父様は私が帰って来て、真偽がはっきりするまでシーリア様に伝える気はなかったらしい。そうよね、婚約を申し込んで来たのがまさか公爵様だなんて、信じられるわけがない。


「わかりました。部屋で待ちます」


 いくら私が先妻との間に生まれた息女だからといって、マーシャルレイド家の現女主人に逆らうことはできない。お父様やヘルマンたちは右往左往して大慌てだったので、私は離れにある自室へ一人で戻ることにした。とりあえず、旅装を解くくらいはしておかないと。シーリア様と顔を合わせるのは気まずいけれど。でも……このまま本当に公爵様が求婚してくだされば、シーリア様のお望み通り婚約くらいはできそうだ。長い婚約期間の間に何があるのかわからないので、失敗したらその時は覚悟を決めよう。


(それにしても公爵様は、本当に私に求婚なさるおつもりかしら?)


 こちらの事情は一切話しておらず、公爵様は私が修道院に行かなければならないかもしれないことなど知らないはずだ。私が社交界にデビューしてから三年、婚約すら整っていないことは、調べたらすぐにわかるだろうけれど。悪食で、魔物まで食べてしまうのだし。公爵様はそんな私のどこを気に入ってくださったのだろうか。


(魔物を食べる令嬢が物珍しいからって、求婚までしていただかなくても)


 しばらく不在にしていたけれど、自室の中は相変わらず紙とインクの匂いがした。私は寝台の端に座ってグッと伸びをすると、枕元に置いてあるお母様の肖像画を指でなぞる。


「ただいま帰りました、お母様」


 七歳の私とお母様の肖像画は、私たち母娘の最後の思い出だ。この絵を描いてもらった後、完成を待つことなく他界してしまったお母様。私の燃えるような赤い髪と緑の目は、お母様から受け継いだ大切な宝物だった。


「ねえ、お母様。ガルブレイス公爵様は、私の研究を認めてくださるでしょうか」


 この厳しい寒さの痩せた土地で、領民が豊かに暮らすにはどうすればいいのか。いつもそんなことを考えていたお母様の研究の成果を、私が世の中に認めさせてみせる。例え時間がかかろうとも、必ず。


「メルフィエラさん!」


 ぼんやりしていた私は、シーリア様の金切り声で飛び起きた。危なかった、すっかりうたた寝をしていたみたい。私の名前を呼び、シーリア様がズカズカと部屋に入って来る。


「まだ着替えていなかったのですね」


 シーリア様が私を見て片眉を上げる。美しい金髪を高く結い、高価な青いドレスに身を包んだシーリア様は迫力のある美女だ。


「シーリア様のご指示を待っておりました」

「あらそう。まあいいわ……コラリー、モニク、メルフィエラさんの支度を。せいぜい見栄えがするようにしてあげなさい」


 シーリア様の背後に控えていた侍女たちが、私の衣装棚をあさり始める。私は決して、シーリア様のことを『母』とは呼ばない。それは私が言いたくないのではなく、シーリア様が私から母と呼ばれることを嫌っているからだ。「魔物を食べるような娘など娘と認めない」と直接言われたので、私たちはよそよそしい関係のまま今までやってきた。


「婚約者を見つけて来なさいとは申しましたけれど、なりふり構わないのですね。ああ、貴族としてみっともない。いくら格式の高い公爵家といえども、血を求め闘いに興じる『狂血公爵』など……」

『ギュァァァァァァァァァァァァァァ!!』


 その時、屋敷の外から魔獣の鋭い鳴き声が聞こえた。窓硝子がビリビリと振動し、恐怖に顔を痙攣らせたシーリア様とその侍女たちが耳を塞いでしゃがみ込む。魔獣は何頭もいるようで、まさに大合唱だ。しかも上空を旋回しているらしい。私は窓を開けると、身を乗り出して上を向く。


「まあ、グレッシェルドラゴンの群れだわ!」


 そこにいたのは、十頭以上のグレッシェルドラゴンの群れだった。マーシャルレイド領には棲息していない種で、グレッシェルドラゴン()()()ではなく、本当に本物のドラゴン。シーリア様はドラゴンたちの鳴き声に恐れおののき、腰を抜かしてしまっている。


「メ、メルフィエラさん、窓を、窓を閉めなさい!」

「お待ちになって、シーリア様。あれは……まあ、ガルブレイス公爵様‼︎」


 一際立派なドラゴンに跨る人が、目敏くも私の姿を認めたようだ。一気に滑降してきたかと思ったら、すぐ目の前でドラゴンを羽ばたかせる。


「メルフィエラ、手紙は読んだか? お前に妻問いをしに来た……もちろん、約束の土産もあるぞ!」


 公爵様の灰色の髪が陽の光に反射して、銀色に輝いている。相変わらず鋭い琥珀色の目が、私を見て金色に燃え上がり、優しく孤を描いた。真紅の外套をはためかせたガルブレイス公爵様は、どうやら本気で私に婚約を申し込みに来たようです。




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― 新着の感想 ―
部下や兄が勝手に…じゃないのが面白い
[一言] やばい、読み進めるのを止められない。 面白いです。
[一言] その光景は幻想的なゴシックホラーの様相を呈していて、美男美女を狂気をも感じさせる血の緋で染め上げている、というのに…… 中身が!果てしなく!ポンコツの!香り……ッ! いえね?御二方共に大変…
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