67 ルセーブル鍛治工房2
風を切る音が聞こえてきたので私が振り返ると、アリスティード様が両手剣ほどの大きさの剣を片手で持って素振りをしていた。どうやらアリスティード様はアリスティード様で、ルセーブル鍛治工房の新作の武器を吟味しているようだ。柄と刃が薄く光っているので、魔法剣の類いみたいだけれど。鍛治師たちが「ええっ、ついに西森のギラファンを狩るんですかっ⁉︎」と驚いている声も聞こえてきた。
(えっ、ギラファン⁉︎)
この間アリスティード様が教えてくださった魔獣の名前に、ついつい私の意識が引っ張られそうになる。ギラファンは、確かグーンビナーの蜜を狙ってやってくるという、いわゆる『今が旬』の魔獣だ。
(って駄目駄目、今はガレオさんに集中しなければ)
気になるところだけれど、今は私の包丁を注文しに来ているのだ。ソワソワしながら待っていると、私の包丁を見終えたガレオさんが他の鍛治師にそれを手渡した。
「よし、だいたいわかった」
ガレオさんが合図をすると、さっそく鍛治師たちから質問責めにあった。何を捌くのか、どういう使い方をするのか、三本の包丁のそれぞれの使う頻度など。腕から指先まであれこれと計測され、ついでに私の筋力まで測られる。残念ながら筋肉は騎士たちのようにはない。しかも私の手は常人よりは小さいようで、柄については後から調整しなければならないようだ。幾つかの素材を選び、硬めの棒状になった粘土を握って手形を取られた。
それが終わると、ガレオさんが様々な形の刃物の原型を持ってきた。その中には、騎士たちから魔物を捌くときに借りたよく切れる刃物の原型もある。
「さて、手に取って奥方の手にしっくりくる重さ、長さを教えてくだせぇ」
ガレオさんにそう言われて、私は真っ先にロワイヤムードラーを捌いた時と同じ形状の原型を手にする。やっぱり私には少し大きく、また重く感じられた。
「へへへっ、そいつを選ぶたぁ、わかってらっしゃるじゃねぇか」
ガレオさんは嬉しそうだ。私の脚より太さがありそうな腕に力を入れて力こぶをつくる。マーシャルレイドの鍛治師たちもそうだったけれど、日々重い金槌を振る鍛治師は見た目も本当に逞しい。
私も力こぶを作ってみようと腕に力を入れてみたけれど、逞しさのたの字すら見当たらなかった。騎士にはなれなくても料理だって力仕事だし、腕に自信はあったのに。
私は大きな原型を元の場所に置くと、小さめで扱いやすそうな原型を手にした。先ほどのものより軽く、扱いやすいのかもしれないけれど、グレッシェルドラゴンモドキやバックホーンが相手となると心許ない気がする。
「本当はこのまま使いたいのですが、やっぱり今の私には少し重くて。でも、この長さや形状を変えてしまうと、この刃物が持つ良さがなくなってしまうのですよね?」
「おう、きちんと計算して作ってあるからよ。こいつらは元々閣下の注文で、魔物の素材を切り出す用に俺が開発したもんだ」
「道理で! 包丁ではなく剣に近い形状の理由がようやくわかりました」
「討伐はただでさえ武器だのなんだのと大荷物になるからよ。料理人みてぇに何本も持っていくわけにもいかねぇってことで、難儀したんですぜ」
ガレオさんは最初の原型を手にすると、私に向かってニィッと笑った。
「他のやつはどんな感じだ?」
「こちらの長いものは、重さはそれほど苦になりません。これは魚用でしょうか」
「魚もだが蛇類もいけるぜ。小型のドラゴン種も尾から刃物を入れたりするからよ」
「ドラゴンはまだ捌いたことがないので楽しみです」
私は様々な魔物を思い浮かべながら、どんな刃物が必要なのか考えてみる。魔樹や魔蟲も扱うため、包丁ばかりではなく鋏や錐などもほしいところだ。
ガレオさんとあれこれ話し合った私は、結局五本の包丁とその他の刃物を注文することになった。
「あんた様も玄人好みの得物をご所望ということですか。単に軽量化すればいいってもんでもねぇからな。こりゃ腕が鳴りますぜ」
「よろしくお願いします」
「おうよ。あんた様をあっと驚かせるくらいのもんを仕上げてやる……やりますよ」
ガレオさんが自信満々の顔で請け負ってくれる。ついに、ガルブレイス公爵家ご謹製の刃物を手にできるのだ。
アリスティード様はまだ武器を吟味されていたので、私は刃物だけではなく様々な武具や道具を見せてもらうことにした。
ルセーブル工房では、魔物を討伐する際の仕掛けや罠なども作成しているようだ。
私がスカッツビットの棘を利用して作った罠と同じようなものがあったけれど、規模がここのものは違っていた。棘が鋼鉄製で私の腕より太く、大きさはロワイヤムードラーがすっぽり入るくらいに大きい。聞けば、グレッシェルドラゴンモドキなどの鱗がある魔物用らしい。
エルゼニエ大森林の魔物たちは、魔力を豊富に含む土壌のせいか巨大化しているのだとガレオさんが説明してくれた。
「魔樹だって色んな種類がありますがね。見てくだせぇ、この斧。ここの魔樹は、これじゃねぇと切り倒すことができねぇくらいの太さがあるんだ」
ガレオさんが片手で軽々と手にしたその斧は、私の身長よりも長い柄があり、ガレオさんの胴くらいの刃がついていた。
「……ガレオさん、その」
アリスティード様は私をエルゼニエ大森林に連れて行ってやると言ってくださっていたけれど、ここの武器を見ていると私など足手まといにしかならないように感じられる。ガレオさんは遠慮せず本当のことを言ってくれそうなので、私はこっそりと聞いてみることにした。
「なんでぇ、奥方。そんなに改って」
「私にエルゼニエ大森林で魔物を狩るお手伝いができますか?」
「そりゃ……」
「率直な意見を教えてほしいのです。私には腕力はなくて、できるのは魔物の下処理くらいしかないのですが」
私が立ち上がってガレオさんを見上げると、ガレオさんがまあまあというように座るように促してきた。
「奥方は、エルゼニエ大森林で俺たちがどんな風にして魔物を狩っているのか知っていますかい?」
「ここに来た際に、ベルゲニオンの群れから襲われましたので、騎士たちが協力して討伐しているというのはわかります」
「それは前線の騎士の仕事でさぁ。奥方はいきなり前線に立っちまったんだな。あのよ、奥方。俺たちは討伐隊を組むんだ。魔物はひとりでは狩れねぇ。あ、閣下は規格外だけどよ。んで、討伐隊ってのは、前線で戦う奴と後方支援を担う奴に分かれている。罠を仕掛ける奴、武具を修理する奴、治療に専念する奴……当然俺たち鍛治師も、後方支援に編成される。わかりますかい?」
ガレオさんの言葉に私は頷いた。マーシャルレイドでも、滅多にないけれど討伐隊を組んで魔物を討伐することがあったからだ。さすがに何日にも渡る直接対決はないものの、魔物が潜んでいる場所まで行くのに時間がかかる場合もある。その時は何十人もの騎士たちが荷物を背負って向かっていた記憶があった。
「人数が増えれば、それだけ消費する飯も増える。現地調達ができればそれに越したことはねぇがな。まあ、あれだ。魔物しかいねぇんじゃ、飯は持っていくしかねぇ。今までは、そうだった」
ガレオさんが、ニィッと口の端を上げて私を見る。
「奥方。あんた様のやり方が、そいつを変えてくれるかもしれねぇってよ、閣下も俺たちもそう期待してる。あの、なんだ、ロ、ロワイヤムードラーも、ザナスもベルゲニオンも。腹を壊すことなく食べられるなんて端から信じちゃいなかった。だけどあんた様は、廃棄するしかない肉を美味い飯に変えてくれたんだ。苦労して狩った魔物が美味い飯になるんなら、やる気だって湧いてくるってもんだろ?」
ガレオさんが「あんた様の魔獣料理、騎士たちの間で評判になってるんだぜ?」と言ったその顔は、嘘をついているようには見えなくて、私はだんだんと嬉しくなってきた。
マーシャルレイドでは、お父様の指示だと思うけれど反対する人はいなかった。あのシーリア様ですら私に研究をやめろとは直接言ってはこなかったのだ。でも、こんな風にして認めてくれたり、賛成してくれる人はいなかった。
ガルブレイスの騎士たちは興味津々で手伝ってくれるし、食堂のレーニャさんやブランシュ隊を通じて、食べてみたい魔物の相談をちらほらされるようになってきている。(ゼフさんやアンブリーさんが生捕りにしてくれたバックホーンは天狼が食べてしまったけれど、また新しく生捕りにして来たそうだ)
「俺はガルブレイス公爵家お抱えの鍛治師だ。俺が造った武器や武具で騎士たちの命が守れるってんなら、俺は俺ができることをやるのみよ。華々しくはないけどな」
「私も、私なりのやり方でアリスティード様をお守りしたいです。まだ始まったばかりですけれど」
「焦る必要はねぇと思いますがね。俺も大概頑固だが、閣下はとにかく不器用にしか生きられねぇ性だ。懐はでけぇんだが、生真面目っつぅか、偏屈っつうか」
私とガレオさんは顔を見合わせて、それからアリスティード様の方を見る。アリスティード様は鍛治師たちと鋼糸製の網を前に何やら話し合っており、視線に気づいたのか顔を上げてこちらを向いた。
「メルフィ、もう終わったのか?」
「はい、終わりました」
「もう少し待っていてくれ。ガレオ、今度のユグロッシュ塩湖討伐の鋼糸網についてなんだが」
呼ばれたのはガレオさんだけれど、気になった私も一緒にアリスティード様の元について行く。鋼糸製の網で何を捕獲するのだろうか。それに、ユグロッシュ塩湖という名称は、どこかで聞いたことがあった。
「去年おとなしくしていた反動か、今年のユグロッシュ百足蟹はかなりデカいと報告が上がっている。既にセチルの漁場が荒らされているからな。次の満月までに一掃したいのだが」
「うーむ、これじゃ突破されますかね。鋼糸をもう少し太くしますかい?」
「できるか?」
「もちろん全力でやりますよ」
何本もの鋼糸を依って作られている鋼糸製の網は、持ち上げるだけで何人の騎士たちが必要なのだろう。そして私は、ユグロッシュ百足蟹と聞いて、一度だけ口にしたことがある、あの幻の味を思い出した。
「ロジェ様、私もその討伐に参加します!」
突然の表明に、アリスティード様とガレオさんが目を丸くして私を見る。
「メルフィ、いきなりどうした?」
「私も連れて行ってください。いえ、断られても着いて行きます」
「護衛はブランシュ隊とミュランを出せばいいが、本当にどうした? 何かあったのか?」
アリスティード様が、どこか焦ったような顔をしているガレオさんをジロリと睨む。確かに直前までガレオさんと討伐隊の話や自分が出来ることについて話をしていたけれど。
「ユグロッシュ塩湖の百足蟹は、国王陛下に献上される虹蟹よりも美味しいんです。私は討伐の役には立ちませんので邪魔にならないところで待機をしています。ですが、その百足蟹を、是非、その場で、釜茹でに!」
お母様との思い出の味を、私はどうしてもアリスティード様と食べたかった。