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57 カリッと揚がった包み揚げ4[食材:ベルゲニオン]

 私が新たな魔物に思いを馳せていると、刻標(ときしるべ)の針がカチッと鳴った。見ると六刻になっている。食堂では、第一陣の非番の騎士たちが夕食を食べ始める頃だろう。


「メルフィ、そろそろ食堂に行くか」

「はい……あ、その」


 私は、簡素ながらもきちんと着替えた公爵様を見上げる。一方の私は、白いシャツと紺色のスカートという仕事着とも呼べる服を着ていた。とりあえず汚れたドレスを着替えただけなので、公爵様の婚約者としては相応しい装いではなさそうだ。


(今からでもひとりで着れそうなドレスなんてあったかしら)


 手持ちのドレスの数は多くない。私はその中から、晩餐向きのドレスで、なおかつひとりで支度ができそうなものを思い浮かべる。


「遠慮なく呼び鈴で呼べばいい。まだ間に合わせの侍女しかいないのはこちらの落ち度だが、ケイオスが揃えたあの三人の婦人は、ケイオスの実母とミュランの実姉、それに五番城門長の奥方だ」


 私の様子に気づいてくれた公爵様が、寝室の扉から私の部屋に入ると、机に置いてあった呼び鈴を鳴らした。魔力を帯ているのか呼び鈴が淡く光り、「リーン」という澄んだ音が部屋に響く。

 それにしても、あの三婦人がそんな人たちだったとは。一番年配のキリッとした婦人が、ケイオスさんのお母様なのだろう。そういえば、ラフォルグと名乗っていたことを思い出す。ケイオスさんも、ケイオス・ラフォルグだ。間違いない。

 そんなことを考えていると、そのラフォルグ夫人が扉を叩いて静かに入室してきた。黒い髪をうなじで結いまとめ、夜用の黒いお仕着せのドレスだ。その背後には、三人の若い女性使用人まで控えている。


「ラフォルグ夫人、俺に合わせてメルフィエラの支度を。食堂に下りる」

「かしこまりました」


 指示を出した公爵様に、ラフォルグ夫人は深く一礼をする。そしてあろうことか、椅子に座ろうとした公爵様のその椅子をさっと奪い取った。


「閣下、いくらメルフィエラ様がご婚約者とはいえ、淑女の身支度に同席するなど言語道断です。自室でご待機を」


 ケイオスさんにそっくりな黒い目をカッと見開いたラフォルグ夫人は、ケイオスさんの何倍も迫力があった。公爵様が、「わ、わかった」と顔を引きつらせながら退散していく。その姿を見送ったラフォルグ夫人がくるりと振り返ると、私を見て満面の笑みになった。


「さあ、メルフィエラ様。お支度をいたしましょう。ここはどこもそこもむさ苦しい男たちばかりで、華やかさに欠けておりますからね」

「時間がかかるので、私も公爵様のように簡単なもので」

「まあ、もったいない。メルフィエラ様がお綺麗にされますと、騎士の士気も上がるというものです」

「上がりますでしょうか?」

「もちろんでございます」


 ウキウキとしたラフォルグ夫人が、使用人に衣装棚を開けさせる。そこには、私の持ち物ではないドレスがぎっしりと詰まっていた。公爵様が準備してくださったものの一部で、今朝の花柄のドレス同様、洗練されたものが揃っている。

 そこから何着か取り出して、ラフォルグ夫人たちが何やら意見を交わし合う。流行のドレスは豪華すぎ、これは袖が邪魔、正餐用は食堂では不便などなど。


「食堂は騎士たちでいっぱいですからね。これであれば可愛らしさを損なわず、かつ、うっかり裾を踏まれることもないはずです」


 ラフォルグ夫人が、満足したような表情で大きく頷く。ようやく決まった一着は、お腹回りがゆったりとした濃紺のドレスだった。


 晩餐の前に着替えるなんて、結局ブランシュ隊長やリリアンさんが言っていたみたいになってきた。王都に住む貴族たちは、一日に五回以上着替えることが普通だというけれど、私はその時間があれば研究したいと思ってしまう。


「毎日こうやって着替えをしなければならないのでしょうか」


 ラフォルグ夫人たちが急いでくれたおかげで、半刻ほどで私の支度が終わった。公爵様は私の全身を見て、ラフォルグ夫人に「手堅いな。さすがはケイオスの御母堂だ」と褒める。


「俺も着替えは汚れた時でいいと思うがな。ただ、俺はお前がそうやって可愛く着飾ってくれるのは嬉しいぞ」

「そ、そんなものでしょうか」


 先ほど姿見の鏡で確認してきたけれど、私の髪は高く結い上げてから、銀糸の刺繍入りの濃紺のリボンでまとめている。肘くらいまでの袖がついた、すらりとした印象のドレスだ。また公爵様にからかわれているのかと思った私は、チラリと様子を伺う。けれど、公爵様は目を細めるようにして私を眺め回し、何度も何度も頷いた。


「最初に準備したドレスは夫人が?」

「はい。補佐から絵姿を渡されまして、私とセロー夫人である程度見繕いました」

「絵姿……それでか。朝のドレスもメルフィに似合うと思っていたが、これもなかなか。うむ、よいな。非常に良い」


 公爵様の言葉は真っ直ぐだ。その言葉どおりに感じてくれている。しみじみと言われて照れくさくなった私に、公爵様が手を差し伸べてくる。


「さて、そろそろ行くか」

「はい!」


 勢いよく返事をした私に、公爵様が笑みを向けてくる。私は公爵様の手を取ると、ごく自然に寄り添った。


「それで、メルフィ。料理を作ったんだって?」

「そうなのです! 公爵様がベルゲニオンでも構わないとおっしゃってくださったので、張り切って作りました」

「お前が張り切って作ってくれたのであれば期待できる。それでどうだ、アレはこれから使えそうなのか?」 

「毟った羽根は加工して商品にならないか検討中です。骨から取れるスープはコクがあってすごく上質ですし、肉も弾力が強いくらいで、四脚の肉食魔獣に比べたら臭みはない方ですね……ですが」


 問題は皮だ。公爵様のワクワクした様子に、私はベルゲニオンの皮の色を思い浮かべた。厨房の皆は抵抗なく試食していたけれど、普通の人はどうだろうか。


「とにかく皮が真っ黒で、見た目から食べるのに抵抗がある人がいるかもしれないと思いまして。私とレーニャさんで、ちょっと変わり種を考えてみたんです」

「俺は鳥皮は好きだぞ。その変わり種を早く食べてみたいな。それにしても、お前はもう厨房長の娘とも仲良くなったのか」

「はい。先日、食堂の様子を見学した時に仲良くなれそうだと思っていたのです。彼女の料理に対する真摯な姿勢は素晴らしいと思います」


 そう、小厨房長と呼ばれるレーニャさんは厨房長の娘だ。私より小柄だけれど、日々厨房で働くレーニャさんは力持ちでたくましい腕をしている。ベルゲニオンを次々と捌いていく姿は、惚れ惚れとしてしまうくらい手際がよかった。もちろん、厨房の皆も誰ひとりとして華奢な人はいない。常に大量に料理を作り続ける彼らは、まさに厨房の騎士だと思った。

 特にレーニャさんからは、ガルブレイスの騎士たちを料理で支えたい、という強い意気込みをひしひしと感じ取れた。そこで私は、ここぞとばかりに魔物食について語り、「栄養たっぷりの美味しい料理を提供したい」と言ったレーニャさんに、魔物を食材として提供することになったのだ。

 実際、ベルゲニオンの料理を作ったレーニャさんは、魔物食の有効性を体感しており、特に植物系の魔物に興味を抱いてくれている。騎士たちに栄養たっぷりの野菜を食べてもらいたい、と日々模索しているというレーニャさんだ。きっと上手く使ってくれるに違いない。私が今朝方アンブリーさんとゼフさんから受け取った魔草や魔樹の果実などは、明日以降に下処理をしてレーニャさんに渡す予定だ。とはいえ、試作からということで、しばらくは何人かの騎士を巻き込んで試食してもらうみたいだった。


 私と公爵様は、昨日と同じように連れ立って食堂に向かう。


「なんだ? この時刻にしてはいつにも増して人が多いな」


 食堂は昨日と同じく騎士たちで賑わっていた。食卓には、大皿にドンと盛り付けた大きな蒸し肉が並べてあり、それぞれが好きなだけ切り分けて食べている。スープと鳥皮の包み揚げはどうだろうか。ベルゲニオン料理が無事に受け入れられたのか、私は気になってそわそわしてくる。自分の食事よりもそればかりが気になって、食卓を食い入るように見ていた私に、騎士たちが声をかけてきた。


「あ、閣下、姫様、お先にいただいてます!」

「早くしないとなくなってしまいますよ」

「お前ら、そこ片付けろ。食べた奴は席を空けろよ」

「閣下、ここ空けてます!」


 私たちに気づいた騎士たちが次々と挨拶をしてくる。そのお皿には、ベルゲニオンのスープとベルゲニオンの鳥皮包み揚げがこんもりと載っていた。


「皆さん、お味はいかがですか?」


 私が先に毒見をしたときには、肉の臭みは気にならなかったけれど。鳥皮の方はどうだろうか。すると、ベルゲニオンの下処理をしたひとりであろう騎士が、ピシッと背筋を伸ばして報告してきた。


「ベルゲニオンには散々手を焼かされましたが、こんなにうまい料理になるのなら苦労した甲斐があったというものです!」

「俺、鳥皮なんてさして好きじゃなかったんですけど、こういうのだったらまた食べてもいいかなって思います」


 そんな騎士たちが座る食卓には、鳥皮包みとレーニャさん特製の野菜入り付けタレが用意されている。下味は付けていたものの、どうしても野菜を食べさせたかったレーニャさんが、マニッカという葉野菜をすり潰して、山羊の乳と香辛料を混ぜてタレを作ったのだ。

 ある騎士は鳥皮包みをひと口で食べてからグイッと穀物酒をあおり、ある騎士は野菜ダレをたっぷり付けて堪能する。スープもたくさん出ているようで、厨房の方では皆が慌ただしく走り回っていた。


「いやー、これだけ食べ応えのある肉ならいつでもいいっすね」


 そう言った騎士の手には、ベルゲニオンの手羽元の香草焼きが握られていた。これは騎士の皆さんが、是非一度食べてみたかった、と言って試しに準備したものだ。両手で持って食べなければいけないほど大きな肉の塊に、騎士は豪快にかじりつく。


「あっ、お前だけずるいぞ!」

「そうだそうだ、俺も作ってもらおう」


 確かに、自分も食べたくなってしまうくらい美味しそうだ。両手で抱え上げながらかじりつくその姿に、私のお腹がクゥ、と小さく鳴った。


「さて、俺たちも食べるか。俺もお前も、今日はあいつらに負けないくらい働いたからな」

「はいっ、もうお腹が空いて目が回りそうです!」


 公爵様に手を引かれた私は、わいわいと賑わう中を進み、騎士たちが空けて待ってくれている席に辿り着く。すぐさま飲み物が運ばれてきて、明らかに男性用の大きな酒杯が私の目の前にドンと置かれた。


「あ、あの」


 中には皆と同じように穀物酒がなみなみと注がれている。これは公爵様のでは、と戸惑う私に、運んできてくれた騎士が、「あ、姫様は樽の方がよかったですか?」と聞いてきた。一瞬の沈黙の後、食堂がどっと沸いたのだけれど。公爵様まで一緒になって笑っているので、私は憮然としながら酒杯を一気に飲み干した。




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― 新着の感想 ―
飲み干すんかい(笑)
[一言] いっぱい食べる君が好き!!ってやつですね!!公爵さらっと椅子に座るんじゃない(笑) ああ~めっちゃ鶏肉食べたくなる罪な話、ありがとうございます…!!ホントにイキイキと楽しそうな人々とその統治…
[一言] いつも楽しく読まさせてもらってます。今回もワクワクし、クスクス笑いながら読みました♪ 次が待ち遠しいです(*^^)v 体調に気をつけて執筆して下さね♪
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