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44 毒を飲み干し飲み比べ[食材:キルスティルネイク]

「まずは、此度のご婚約に、工房を代表して祝辞を述べさせていただきたい。閣下、まことにおめでとうございます」

「なんだ。まさか、それだけを言いに来たわけではあるまい」


 公爵様が、溜め息と共に食事の手を止める。ガレオさんは悪びれもせずにガハハと笑った。


「なぁに、納品のついでですよ。ナタリーにリリアンまで押しかけて来たとなると、俺だって気にならないわけがねぇってわけでさ」

「わかった。いずれこうなることは想定済みだ……が、お前の性分を今さらどうこう言いたくはない。頼むからあまりいじめてくれるなよ」


 気難しい人だとブランシュ隊長から聞いていたけれど、公爵様の言葉に私は気を引き締める。こびるつもりはないけれど、ガレオさんはどうやって私の技量を測るのだろうか。まさかここで魔物を捌けとか、そういうことにはならないと思いたい。


「そんじゃ、失礼しますよ」


 そう言って、ガレオさんが食卓の上に大きな酒瓶を四本も置いてから、私の反対隣に座った。ドンと目の前に置かれた透明な硝子瓶の中には、茶色の液体と、鱗がついたままの生物が入っている。その生物は長い身体を持っていて、ある種の見慣れた形態をしていた。


「お前っ、これをメルフィに飲ませるつもりかっ?!」

「閣下、俺は、ルセーブル鍛治工房の伝統を覆すつもりはねぇ。それは閣下でも、騎士でも、北のお(ひい)様でも。変わりなく、酒を酌み交わしてもらいてぇんだ」


 ガレオさんの主張に、公爵様やケイオスさん、それに騎士たちの顔が引き攣った。ただ普通のお酒を飲むだけではなく、誰もがギョッとするものが入ったお酒だから、その反応は仕方がない気がする。私はもちろん大丈夫だけれど、それでもその生物の正体には驚いた。


「これは、キルスティルネイク……のお酒?」


 キルスティルネイクは、マーシャルレイドでも見かける種類の蛇型の魔物だ。この蛇は、牙ではなく尾の鋭い(とげ)に毒がある。そして、広がったエラの部分から魔力を含んだ波動を出すことにより、対象を気絶させて捕食するという特徴を持っていた。非常に危険な毒蛇であるため、街中で見かけると駆除されるのが普通なのだけれど、お酒に浸けてあるのは私も初めて見た。


「さすがは噂に名高い北のお姫様だな。その通り、こいつはキルスティルネイクの蛇酒だ。俺はガレオ・ルセーブル。ここミッドレーグの鍛治師として工房を構えさせてもらっている。ブラン、妻から聞いたんだが、あんた……様は、魔物を食べるんだってな?」


 単刀直入に聞かれたのは、これで二回目だ。一回目はもちろん公爵様で、好奇心と興味を持ったあの日の質問は、まったく嫌味がないものだった。このガレオさんがどういう意図を持って聞いているのか知らないけれど、嫌味や蔑みなどの含みはなさそうだ。


「ガレオっ、なんという失礼なことを!!」


 ケイオスさんがすかさずガレオさんを咎める。公爵様は何も言わなかったけれど、その琥珀色の目に金色の光を灯していた。


「私は気にしていませんから、大丈夫です」


 私は公爵様とケイオスさんに向けて微笑むと、ガレオさんの方に身体ごと向き合う。強面なガレオさんが、にこりともせずに私の目を見返してきた。公爵様とはまた違った雰囲気の威圧感だ。


「マーシャルレイド伯爵家の長子メルフィエラです。ルセーブル鍛治工房で造られた刃物の素晴らしさは、私もこの目で見て体験しました。魔物を捌く時に、その素晴らしく恐ろしい切れ味の刃物があればと思い、ブランシュ隊長に紹介してほしいとお願いしたのです。もちろん、捌いた魔物はありがたくいただいておりますのでご心配なく」

「そりゃあご立派なことで。お姫様よ。俺は、俺が認めた(もん)にしか、この腕を振るわないってぇ決めている。俺が造ったものは、いわば俺の魂だ。あんた様に俺の魂を預けるだけの、何がある?」


 ガレオさんが酒瓶の蓋を開けて、空の酒杯になみなみと注いでいく。そして私の銀杯にも。私はそれを手に取ると、ガレオさんに向かって掲げた。その強い香りが鼻を刺激してきて、ムズッとしてくしゃみが出そうになる。キルスティルネイクのお酒はとても強いようで、まるで薬草を煮詰めたような匂いがした。


「まあ、乾杯といこうや。おめでたいことには変わりはねぇ。俺の魂を分ける相手とこうして飲み交わすのが、ルセーブル工房の伝統よ。お姫様、俺と飲み比べといこうや」


 ガレオさんも酒杯を掲げると、私より先にグイッと飲み干してしまった。


「乾杯、ありがとうございます。ところで、どのようにしてキルスティルネイクの毒と魔力を無効化したのか、是非私にお聞かせ願えませんか?」


 銀杯に異常はないし、ガレオさんも私に注いだ同じ酒瓶のものを飲み干したので大丈夫なのだろう。では、キルスティルネイクの毒と魔力をどんな方法で処理をしたのか。自分とは違う技法を使用したのであれば、それを知りたくなるのが研究者というものだ。


「こいつは俺が生まれたシドレムの伝統的な酒だ。キルスティルネイクを十日間ほど飲まず食わずの状態にして丸焼きにする。それを熱々のまま蒸留酒の中に放り込むのさ。それから三年寝かせば蛇酒の出来上がりよ」

「確かに魔力は放置すれば自然分解されていきますけど、毒も綺麗さっぱり抜けてしまうのですね」

「焼いたって毒が消えるわけじゃねぇのにな。不思議だろ? 俺にもよくわかんねぇんだが、美味けりゃそれで十分」


 ガレオさんがもう一杯飲み干したので、私も思いきって飲んでみることにした。試しに少しだけ口に含むと、お酒に触れた部分がカッと熱くなる。


「メ、メルフィ、無理はするな」

「熱いですけれど、匂いほどきつくはありません。後味は……そうですね。キルスティルネイク味でしょうか?」


 公爵様が止めようとしてきたので、私は最後まで一気に飲みきってから、銀杯をガレオさんに差し出す。キルスティルネイクのお酒は、強いだけあって熱い。でも、匂いに慣れたらなかなかコクのある味わいだ。


「もう少しいただいても?」

「お、おぅ……」


 再びガレオさんの手により銀杯いっぱいに注がれたお酒に、周りの皆が騒ついた。今度は騎士たちも止めに入ってくる。


「もうやめろ、ガレオ」

「ミッドレーグ(いち)の鍛治師頭が何やってんだよ!」

「姫様、ガレオのバカに付き合わなくても」

「お前の頭は脳みそまで筋肉が詰まってるのか? 姫様の優しさにつけ込むなんてどうかしてるぜ」


 公爵様も、お酒の入った私の銀杯を取り上げようとしてきたので、私は首を横に振った。


「メルフィ、本当に、本当に無理はしないでくれ」

「私は好きですよ、キルスティルネイクのお酒。ピリリと辛いガルブレイス料理にぴったりだと思います」


 タレのお肉を食べた後にお酒を飲むと、口の中の脂っこさが綺麗さっぱり流されていくから不思議である。薬草の味も、キルスティルネイクの香ばしい味も、とてもくせになりそうだ。


「公爵様もお飲みになられますか?」

「い、いや、俺はいい……いや、少しだけであれば」


 公爵様は蛇酒はあまり好みではないらしい。見た目はあれだけれど、味はなかなかなのに。それにしても、ガレオさんの故郷シドレムにも、魔物を使った飲み物があったとは感激だ。どんな人がどんな事情で、この毒を持つ魔物をお酒と一緒にしようと思ったのだろう。ガレオさんは毒が消えてしまう理由はわからないと言ったけれど、もし、酒精によって毒が消えてしまうとすれば……。


(魔毒も毒の一種だから、酒精と魔法陣を組み合わせてみたらいいかもしれない)


 考えごとをしながらも、三杯、四杯と、私はどんどんお酒を飲んで料理を平らげる。キルスティルネイクの蛇酒は、主に肉料理によく合った。途中、ロワイヤムードラーの煮込み料理とザナスの餡かけを見つけた私は、是非ガレオさんにも食べてもらいたくて勧めてみることにする。煮込みは食べ応えのあるお肉がホロホロになっているし、餡かけはこれまた刺激的なピリ辛味でお酒がすすむ。ガレオさんも魔物のお酒を嗜むくらいだから、きっと喜んでくれるに違いない。


「ガレオさん、これを一緒にどうぞ」

「あ、ああ……こいつはなんだ?」

「ふふふ、なんだと思います? 実は、ロワイヤムードラーの上質な部位を、じっくり煮込んだものなんです。こっちは、リッテルド砦の川で獲れたザナスの餡かけで、ピリっとした辛さが絶妙ですよ」

「これがあんた様が捌いた、ロ、ロワイヤムードラーとザナスってか⁉︎」

「はい。特にロワイヤムードラーは大きくて、自分の刃物では捌くことが難しかったので、ガレオさんの工房の刃物をお借りしました。そしたら、あっさり綺麗に刃が入っていって、もうびっくりですよ」


 途中で脂を拭わなくても大丈夫な刃物なんて、私はそれまで出会ったことがなかった。だから公爵様の首落としの効果もあってか、益々ほしくなったのだ。


「さあ、ガレオさんももう一杯」

「ま、まだ飲むのかよ」

「飲み比べですからね! あと三本もあるのですから、遠慮することはありませんよ」


 元々はガレオさんが持って来てくれたお酒だから、ガレオさんが一番飲む権利がある。私は既に五杯もいただいてしまったけれど、慣れれば飲みやすくてついつい六杯目に突入してしまった。


「なぁ、お姫様よ。その、大丈夫か?」

「何がでしょう?」

「三年ものとはいえ、これは蒸留酒だ。へ、平気なのか?」

「特にお酒に弱いというわけではありませんけど、薬草の効果でしょうか。胃にももたれず、すごく飲みやすいと思います」


 私とガレオさんの飲み比べを見守っていた騎士たちが、さらに騒ついた。隣で心配そうに見ていた公爵様も、私が六杯目を飲み干す様子をぼう然と眺めている。


「あの、メルフィエラ様……」

「あっ、ケイオスさんもご一緒にどうですか? キルスティルネイクのお酒って、見た目とは違って女性にも優しい味なんですね!」


 私が空の酒杯をケイオスさんに差し出すと、ケイオスさんはブルブルと高速で首を横に振って辞退する。


「メルフィエラ様、そのお酒は()で飲むのではなくて、お湯で割るものなんですが……ははは、随分とお強いようで」


 それではまるで、私が酒豪か何かのような言い方だ。ケイオスさんの乾いた笑いに、私は釈然としないものを抱えながら、七杯目をグイッと飲み干した。




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― 新着の感想 ―
しきたりでも、せめて工房に訪れた時にしろよ。 TPOをわきまえなきゃ、そっちが失礼だぞ
[良い点] ハブ酒と有次の包丁に出会ったときを思い出しましたー✨ 切れ味が良いと食材を無駄に傷めず、より美味しくなりますよね。 自分がまな板にのるならを想定していつも料理をしているので、メルフィエラ…
[一言] そう...、ハイランドやロシアなどはウィスキーやウォッカなどの強いお酒で体を温める習慣があってな...。ワインの国の人にはびっくりだよね。 多分姫様はクリスマスバケーションに日本に来たら半袖…
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