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43 食堂は大賑わい

「閣下、一杯どうですか?」

「一杯と言わず、ご、ご婚約者様もご一緒にお食事をどうですか?」

「お前な、そこは姫様だろ」

「姫様だよな」

「姫様、ここの料理はすごく美味しいんで、お嫌でなければ」


 騎士たちが、わくわくしたような顔で私を見てくる。私が皆さんと一緒に食べてもいいのだろうか。気を遣わせてしまったりとか、せっかくの楽しい食事が台無しになりそうな気がする。でも、そんな私の心配は杞憂だったみたいで、


「大丈夫っすよ、メルフィエラ様。閣下はいつもここで食べてるんで」

「もう既に同じ鍋の食事を食べた仲ではありませんか。どうぞ、遠慮せずに」


 と騎竜隊のゼフさんとアンブリーさんが、声を張り上げてくれた。


「よろしいのですか?」

「もちろんだ。あいつらは本気でお前を誘っているから、何も気にすることなどないぞ。()()()()を使った料理も出来上がっていたから……ここで皆と食べるか」


 公爵様からの思わぬ提案に、私は思わず歓声を上げた。厨房から漂ってくるおいしそうな匂いに、皆さんがもりもり平らげている料理の数々を、どうしても食べてみたかったからだ。ガルブレイス領の料理は確かにおいしいものだけど、私は今朝まで部屋の中でひとりで食べていた。とても上品な味で、きちんと吟味されたものだろうとは思うけれど、どうせなら私は領民たちが普段食べているものを参考にしたかったのだ。

 それに、例のもの――ロワイヤムードラーとザナスをガルブレイス風に仕上げた料理も食べてみたい。ゼフさんやアンブリーさんは、既に私の魔物食を食べてくれているから、こっそり提供してもいいかも。


「ささ、こちらへ」

「……姫様からなにかいい匂いがする」

「いやぁ、むさ苦しくて申し訳ありません」


 盛り上がった騎士たちから、公爵様と隣り合わせで私も席に通される。騎士のひとりが椅子を引いてくれて、すかさず別の騎士が座面に清潔そうな紗織りの布を敷いてくれた。


「ありがとうございます」

「かっ、可愛い……んんっ、姫君のドレスが汚れてはなりませんから」


 私がお礼を言うと、その騎士がピンと背筋を伸ばす。しかし次の瞬間には、別の騎士たちからどこかへ引っ張られていってしまった。「おま、抜け駆けはずるいぞ!」と聞こえたけれど、何か競争でもしていたのだろうか。

 私がゆっくりと腰を下ろすと、公爵様がいつのまにか穀物酒が入った透明なゴブレットを持っていた。それから、次々と先ほど厨房で見た料理が並んでいく。何故か「馴れ初めが知りたいです」という騎士たちの合唱に、公爵様がゴホッと咳き込んだ。


「どうぞ、メルフィエラ様」


 横を見ると、ケイオスさんが美しい模様の彫りが入った銀杯を手渡してくれた。


「ありがとうございます。これは、お酒でしょうか?」


 銀杯の中身は濃い紫色のような飲み物が入っていた。香りは甘く、どことなく葡萄酒のようにも見える。


「ご安心を。これは蔓甘露(つるかんろ)の果実から搾ったものです。ガルブレイスではよく飲まれていて、女性に人気があるんですよ。念のため銀杯を使っておりますが、毒見は済んでおります」

「お気遣いありがとうございます」

「いえいえ、お安い御用でございます」


 ケイオスさんが恭しくお辞儀をする。手渡された銀杯をよく見ると、彫り込まれた模様が魔法陣になっていた。なるほど、これで毒などが入っていないか確認できるようだ。


「ところでケイオスさん、蔓甘露とはどのような見た目の果実なのですか? 地元では聞いたことがなくて」


 蔓甘露とはマーシャルレイドでは聞かない果実だ。よく飲むということは、魔物ではないみたいだけれど。


「名前どおり蔓を伸ばす植物です。白い小さな花を咲かせた後に、紫色に透き通った、草露のような甘くて小さな果実を実らせるので、そのまま『蔓甘露』と呼ばれております。ミッドレーグの畑でも栽培されているのですよ」


 ミッドレーグの畑には是非行ってみたい。城壁の中にある畑では、収穫量も限られてくると聞いている。城壁の外にも畑があるみたいだけれど、魔物が跋扈(ばっこ)する場所での畑仕事は安定していないらしい。特に冬になると野菜の収穫量は落ちてしまう。どんなものを栽培していて、どんなものが足りないのか。それをエルゼニエ大森林で採れる植物系の魔物で補うことができたら……。


「あー、四代に渡り不在だった公爵夫人の座に今さらと思う者もいるだろう。だが、是非にと望んだのには訳がある。メルフィエラを得ることにより、このガルブレイス公爵家の益々の発展と、領民の安寧」

「閣下、手短かに!」

「長いっす!」

「我々にもわかりやすくお願いします!」

「要するに?」


 私たちを取り囲む騎士たちの中から軽口が飛び交う。公爵様も、「ええい、お前たち煩いぞっ!」と言いながらも、それを容認されているようだ。多分、これが日常なのだろう。旅の道中でも感じたけれど、公爵様とガルブレイスの騎士たちの間には強固な絆がある。そして、温かい。普段はこんな関係でも、有事の際には公爵様を中心として一丸となってその本領を発揮するのだ。ベルゲニオンの群れに追いかけられた時は、本当に見事な連携を見せてくれた。


(私も早くガルブレイスの一員になりたい)


 私がこれまでに関わってきたガルブレイスの騎士たちの数は、まだほんのひと握りでしかない。ふと、周りが静かになったような気がして、私は隣の公爵様を見上げる。すると公爵様が、うろうろと目を泳がせながらも私を見ていた。また悪い癖が出ていたようだ。こんなところで自分の思考に沈んでしまうなんて。


「あの……」

「き、聞いていなかったのか?」

「ごめんなさいっ、つい美味しそうな料理に目を奪われてしまいました」

「い、いや、なんでもない。気にするな」


 公爵様が空咳をして、気を取り直したようにゴブレットを掲げる。その目元と耳ががほんのりと赤くなっていた。


「とにかく、俺は婚姻まで無事に辿り着きたい! いいな、くれぐれも粗相はするなっ、丁重に扱えっ、ガルブレイスの魅力を伝えるために全力を尽くせっ!!」

「「「「了解です!」」」」

「手間を取らせてすまなかったな。よし、食事に戻れ」


 公爵様が手をパンと叩くと、集まっていた騎士たちが名残惜しそうに散っていく。幾重もの騎士の壁の向こうにいた騎士たちが私を凝視していたので、とりあえず微笑んで少しだけ頭を下げて会釈する。すると、何故か拳を振り上げて絶叫していた。こ、これは歓迎されているのかいないのか、私にはよくわからない。


「さて、メルフィ。我々もいただくとしよう」

「はい、公爵様。でもこんなにたくさん、食べ切れるでしょうか」


 食卓には、ところ狭しと料理がひしめき合っている。マーシャルレイドより南の地方であるガルブレイスでは、とても食欲をそそる香りの料理が多く見られた。


「明日も明後日も、これからずっとここで食事を共にするのだ。今日食べ切れなかったら、楽しみは次回に残しておくといい」

「ふふふ、そうですね! ずっと一緒に、楽しみはいっぱい。とても幸せです」


 私はようやく、銀杯の中身に口をつけた。蔓甘露の果実水は、甘さの中にも爽やかな酸味があってすっきりとした味わいだ。ふと周りの様子が気になって顔を上げると、不自然なほどに素早い動作で視線をそらされてしまった。


「皆お前のことが気になるのだ」

「見られるのは慣れていないので緊張します」

「大丈夫だ。二、三日で慣れる」


 私は公爵様にならって、大皿から小さな平皿に料理を取りわけていく。先ほど気になっていたとろりとした野菜の煮込みは、大きな根菜がごろごろと入っていた。


(これはさっき厨房で焼かれていたタレのお肉ね。あ、これは、見たことない種類かも)


 色々選んでいると、お皿の中があっという間にいっぱいになってしまった。私はまず大きな野菜の入った煮込みに取り掛かることにした。半透明の白い根菜の中に、三叉の匙がすーっと刺さる。大きな口を開けてほおばると、具材の旨味がよく染み込んだ根菜がとろけた。


「んーっ、とても優しい味がします」

「メルフィは野菜が好きなのか?」

「はい、大好きです! お野菜は美味しいだけではなくて、健康にも美容にも効果があるので」

「そうか。お前は本当に美味しそうに食べるな」

「だって、ミッドレーグの畑で育てられたお野菜を、料理人が苦労して料理してくれたのです。美味しいに決まっています。公爵様も、お野菜をお肉と同じくらい食べてくださいね」


 私がどんどんと平らげていく様子を見ていた公爵様が、無言で野菜料理を食べ始めた。極端に酸っぱいもの以外、公爵様には好き嫌いはないらしい。


「閣下と姫様に乾杯!」

「乾杯!」

「姫様、今度是非、姫様から見た閣下のご感想を聞かせてくださいね」

「閣下は黙っていると威圧感しかないですからね。どんな風に口説き落とされたのか、俺も参考にしたいです」

「今度こそ馴れ初め、馴れ初めを教えてください!」


 陽気な声の方を見ると、そこにはお酒が入ってほろ酔い気分の騎士たちがいた。よく見ると、身支度がきっちりしている人はこれから勤務で、少しよれっとしてくだけた格好の人は非番の人のようだ。声をかけてきた彼らは非番なので、お酒も飲んで大丈夫ということらしい。


「馴れ初め、ですか?」


 あまり黙っているのもなんなので、私は彼らと会話を試みることにする。


「こんなところでなんですが、うちの閣下、今まで何の縁もなく、まあ、見た目と噂があれですから……」

「そこの口が達者な補佐に丸め込まれたとか」

「弱みを握られたとかじゃないかと」

「我々の間では噂になっておりまして」


 これはいけない。そんな風に間違った噂を放置していると、後々とんでもないことになる。私はそれを身をもって体験してきたので、騎士の間で誤解があってはならないと即座に訂正した。


「公爵様とは、秋の遊宴会でお会いしました。私、狂化したバックホーンの首を見事な一閃で落とされた公爵様に見惚れてしまいまして。もう、それはそれは鮮烈な出会いでした。血を浴びた公爵様が、ドキドキするほど格好良くて」


 きちんと誤解のないように、あの日感じたこと、思ったことを話した私に、騎士たちが微妙な顔で公爵様を見る。


「……本当ですか、それ」

「姫様の前で『首落とし』って。いやそれ、何がどうなったらこんなに可憐な姫様を口説き落とせるんですかね」

「お、俺が言わせているわけではないぞ!」


 公爵様は当然否定した。あれ、おかしい。あの首落としは、何度でも見たくなるくらいに素晴らしい剣技なのに。


「私にはそのための筋力も技量もありませんので、無理を言ってお土産にいただいた金毛のロワイヤムードラーの首も落としていただきました。何度見ても溜め息しか出てこないほど剣捌きが素敵で……」

「ほう、そうかい。北のお(ひい)様は、そんなにうちの閣下の『首落とし』がお気に入りってぇのか」


 私の頭上から、雷がゴロゴロと鳴るような野太い声が聞こえてきた。そのまま首を反らすと、黒髭を蓄えた筋骨隆々の男性が立っていた。騎士たちとは違い、騎士服は着ていないけれど、隙がなさそうでとても迫力がある。


「お邪魔しますよ、閣下」

「ブランシュから聞いて来たか、ガレオ」

「あのブランちゃんがあれだけ推してきたんだ。閣下の奥方になるってぇお方だからよ」


 公爵様が「ガレオ」と呼んだその男性は、どうやらブランシュ隊長の旦那様で、ルセーブル鍛治工房の頭で間違いないようだ。




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