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42 ガルブレイス流のお披露目

 公爵様がベルゲニオンの掃討作戦から戻って来た翌日、私はいよいよミッドレーグ城塞の皆に挨拶することになった。


(今さらな気もするけど、ここはしっかり押さえておかなければ!)


 お披露目も兼ねているので、そのための相応しいドレスは賑やかな三婦人たちの手により準備されている。青緑色の生地に、白いレースがあしらわれたとても上品なものだ。マーシャルレイドから持参したドレスの中でもとびっきりのものだから、失礼はないだろう。それに合わせて、今日の髪はきちんと貴族の令嬢らしく複雑に結っている。その髪を飾る髪飾りは、ドレスに合わせた一点物だった。


(私らしくといっても、いきなり、「これから皆さんにも美味しい魔物を食べていただきます!」なんて駄目だし)


 私は朝からずっと挨拶の内容を考えていた。主な使用人がずらりと並んでいるところに私がつつがなく挨拶をする……うん、なかなかに難しい。無難にわかりやすく、ありふれた言葉でも大丈夫だろうか。それとも、私らしい言葉で? 色々と考えていたけれど、どうにもうまくまとまらない。緊張で昼食もろくに取らず、そうこうしているうちに夕方になってしまった。




 ◇




 薄暗い空に陽が沈む時刻。

 巣に帰る鳥の鳴き声に負けじと喇叭(ラッパ)の音が鳴り響く。

 ミッドレーグ城塞の晩餐は早い。喇叭の音で()()()()騎士たちがそれぞれ夜勤の支度をする中、勤務を交替してこれから非番になる騎士たちが一斉に食堂に集まってくるのだという。総勢六百人からなる騎士たちの胃袋を支える厨房は、とても忙しそうだった。


「スープは仕上がってるか?」

「もう火を止めました!」

「よし! 手が空いたなら肉を焼くのを手伝ってくれ」

「はい、厨房長!」


 私よりも小柄な女性が、生肉が山盛りになった大皿をひょいと持ち上げて走り出す。そしてそのまま大きな鉄板の前に立つと、慣れた手つきで肉を並べ始めた。じゅうじゅうと肉の焼ける音がして、空きっ腹に響く良い匂いが広がる。もうすぐ、お腹を空かした騎士たちが食堂に押し寄せてくる時間らしい。皆が刻標(ときしるべ)の文字盤を見ながら、次々と料理を仕上げていく。目の前には見る間に山のような肉が焼きあがっていき、私は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。


「第一陣が来るぞ! 焼けた肉は速やかに盛り付けろよ」


 恰幅の良い厨房長の指示に、お仕着せの白い服を着た料理人たちが一斉に料理の載った大皿を配膳台に並べ始めた。ほどよく焼けた肉が、野菜が盛り付けてある皿に次々と置かれていく。絶妙な焼き加減だ。タレもいい色に焦げ目がつき、それだけで美味しそうに見える。


「オヤジさーん、もういける? その匂いたまらないんだけど」

「肉だ、肉! 今日は肉だ!」


 配膳台の前に本日最初の騎士たちがやってきた。少しだけ顔色の悪い騎士たちは、今か今かと厨房の中を覗き込むようにして待っている。私は彼らから見えない位置に引っ込むと、騎士たちの様子を観察した。


「仕方ないな。まだ少し早いが……よし、出すぞ。レーニャ、大鍋の火を止めろ」

「はーい!」


 先ほどから厨房の中を忙しく動き回っていた小柄な女性が、大量のスープを作っていた鍋の火を止める。


「やりぃ! 俺、肉大盛りな」

「俺も!」

「ずるいぞ! あ、レーニャちゃん、私も大盛りでよろしく」


 わいわいガヤガヤと一気に騒がしくなった食堂の隅で、私はこんな状況の中でどうやって挨拶すればいいのかわからず立ち尽くした。


「あの、公爵様。挨拶は、皆さんが食べ終えた後にでも」

「入れ替わりの奴らが来る時がいいかと思ったのだが。何度も同じようなことをせずとも、一回で終わらせることができるぞ?」

「だから閣下。メルフィエラ様は閣下じゃないんですから。私は言いましたよね? 各町村の長と主な部隊長だけでいいのではと。メルフィエラ様、なにもこんな場所でご挨拶などなさらなくてもいいのですよ?」


 ケイオスさんが、私に助け船を出してくれる。晩餐の時にでもという話だったから、正直私もこれは予想していなかった。貴族の晩餐と聞いたら、普通想像するのはやたらと長い食卓と厳かな食事風景だ。だからこの食堂に案内された時は、公爵様がロワイヤムードラーとザナス料理のできを確認しに来たのかと思った(公爵様がどうしても食べたいと仰ったので、厨房の皆さんにお願いして作ってもらっていた)のに。まさかここで挨拶だなんて。何故か身を潜めるようにして厨房の倉庫に入った時、私は何かがおかしいと思っていたのだ。


(でも、おかげでミッドレーグの厨房を見ることができてよかったかも。ここの刃物や鍋は、全部ルセーブル鍛治工房のものと確認できたし。ブランシュ隊長が話をしてくれると言ってはいたけど、うん、やっぱりほしい、私専用の刃物)


 私に見られていることを知らない疲れた顔の騎士たちは、ひと仕事を終えてこれから非番のようだ。一番最初にご飯を食べる権利があるらしく、我先にと皿に料理を山積みにしていく。誰も彼もが「大盛り!」「もっと注いで、まだ!」と主張している。


「と、とても賑やかですね」

「食堂と厨房は毎日戦場だからな。騒がしいのは苦手か?」

「あまり慣れていませんが、旅の途中で皆さんと食べた料理はとても美味しくて楽しかったです。公爵様はいつもここで皆さんと一緒にいただくのですか?」

「そうだな。部屋に持って来てもらうより、ここに来た方が早い。それに、皆で食べるとそれだけで一体感が生まれるからな」


 確かにそうだ。誰かと一緒に食事を取るという行為は、特殊な親密さが生まれる。私と公爵様。それに魔物食を食べてくれた騎士たち。スクリムウーウッドを分け合ったブランシュ隊の三人。一緒に食べることによって、私はある種の連帯感が生まれたような気がしていた。


「もうすぐ席が埋まりそうですよ。閣下、そろそろ行きますか?」


 ケイオスさんが、食堂の方を確認してからこちらを振り返ってくる。私もつられて覗いて見ると、食堂のほとんどの席が埋まっていた。


「そうだな。いくか、メルフィ?」

「は、はいっ、頑張ります!」


 私は公爵様とケイオスさんに続いて、倉庫からこっそり出る。とその時、聞き捨てならない一言が私の耳に飛び込んできた。


「あー、野菜は少なめでいいって!」


 私は思わず配膳台を見る。そこには、山盛りの肉しか見えない皿を持った騎士がいて、野菜の入った器を手にした小柄な女性と対峙していた。実は野菜嫌いの人は多い。好き嫌いなく食べて欲しいと思うけれど、リッテルド砦で皆と一緒に食べた時も、確か野菜は後回しになっていた。


「駄目です、肉大盛りの人は野菜も大盛りですよ!」

「えー、そんなぁ」

「レーニャちゃんは相変わらず厳しいなぁ」

「もう、みんなそう言うんだから。もし野菜を残したら十日間は野菜だけですからね」

「そりゃないよ」

「ちぇっ、小厨房長にバレたら仕方ねーよな」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、諦めたように野菜の入った皿を持って騎士たちが各々の席についていく。小厨房長と呼ばれていた小柄な女性は、眉尻を下げてしょんぼりとしていた。


(野菜嫌いは身体を壊しやすくなるのに……これは、由々しき問題かもしれない)


 まだ秋真っ盛りのガルブレイスにも、いずれ冬がやってくる。野菜にはたくさんの栄養が含まれていて、病気に対する抵抗力を高めてくれるのだ。特に根菜は、根だけあってたっぷりと栄養を蓄えている。そして特に、魔樹や魔草は、薬草にも匹敵する栄養素があることがわかっていた。私は実食してきたから、そのことをよく知っている。マーシャルレイド領地で風邪が大流行した時も、使用人たちがバタバタ倒れていく中、私はほぼ風邪なんか引いたことなかったのだから。騎士の資本はその身体だ。なんとかして、騎士たちの野菜嫌いを治せないものだろうか。

 公爵様の陰に隠れるようにして厨房を出た私は、食堂の入口の方にやってきた。ケイオスさんが入口に立ち止まり、パンパンと手を打ち鳴らす。


「皆さん、静粛に!」


 しかし、賑やか過ぎて声が届かないようだ。少しだけ静かになったものの、再び食堂がざわざわし始めた。


「くっ、いつもいつも」


 いつもなんなのかわからないけれど、ケイオスさんはとても悔しそうな顔になる。すると公爵様が私の手を引いて、食堂がよく見渡せる位置に立った。私の姿は公爵様で微妙に隠れているから、騎士たちの方からはよく見えないようだ。「閣下も飯っすか?」とか、「今日のスープは絶品ですよ!」などの声が騎士の中から飛んでくる。


「皆、食事中に悪いな。少しの間、手を止めてくれ」


 公爵様が片手を上げてそう言うと、今の今まで騒ついていた食堂の中がピタリと静かになる。すごい。そんなに大きな声を出したわけではないのに、なんでかわからないけれど声が綺麗に通った。静かになったところで、ケイオスさんがすかさず説明する。


「えー、事前に話していたと思いますが、めでたくも我らが公爵閣下のご婚約が無事成立しました。お相手のご令嬢は、とても心がお広いお方ですが、皆、くれぐれも粗相のないようにお願いします。では閣下」

「ああ、美味い食事を前にお預けを喰らわせてすまないな。少しだけ時間をくれ。知っての通りだ。俺はこの度、長らく不在だった公爵夫人の座に、ある女性をと切望し、見事受け入れてもらった次第だ」


 その言葉に、騎士たちが「おおっ!」と盛り上がる。そして何百もの目が一斉に公爵様の方を向いた。こんなに注目を集めたことはなかったから、一気に緊張してしまう。でもパッと見た中には、私を迎えに来てくれた騎士たちの顔もあった。ミュランさんにゼフさん、それからアンブリーさんもいる。見知った面々の存在に、私の心は少しだけ落ち着いた。


「紹介しよう、我が婚約者にして次期公爵夫人となる、マーシャルレイド伯爵家の長子メルフィエラだ。これから正式に婚姻を結ぶまでの期間、ガルブレイスでの生活に慣れてもらうことになった。この特殊で過酷な環境しかないガルブレイス公爵家に嫁いでくれる貴重な存在だ。皆、よくしてやってくれ」


 公爵様が私の目を見てくる。私が頷くと、私の背中に手を当てた公爵様がそっと前に押してきた。騎士たちの目が怖いけれど、腹を括って婚約者として挨拶をしなければ! 私はドキドキしながら、しっかりと前を見る。だけど、私の背が低いからなのか、騎士たちの体格がいいからなのか、座っているというのにまるで壁のようで、食堂の向こうがよく見えなかった。せっかく挨拶をするのだから、自分の姿をもっとよく見せた方がいいのだろうか。困った私は、公爵様を見上げる。


「公爵様」

「どうした?」

「皆さんの姿が向こうまで見えなくて。台の上に立った方がいいでしょうか?」

「うむ……見せるのは惜しいが、ここは仕方がない」


 溜め息をついた公爵様が、私をヒョイっと持ち上げた。あまりに素早い行動だったので、私は抵抗するよりも落ちないように公爵様の首にしがみつく。まるで幼子のように公爵様から抱き上げられた私は、即座に反応して騒ついた騎士たちの目にしっかりと晒されてしまった。


「本当だっ、可愛い!」

「な、言った通りだろ?」

「うひゃぁ、お姫様じゃないか」

「閣下ーっ、どんな甘言で騙して連れて来たんですかー?」


 誰かの野次に、食堂がドッと笑いに包まれる。これは、歓迎されているということでいいのだろうか。大の大人が抱っこされているという恥ずかしい状況だけれど、皆の声からしてなんでも受け入れてくれそうではある。


「やかましい。きちんとしかるべき手順で正式に申し込んだに決まっているだろうが。メルフィ、奴らの言葉は気にしなくていいぞ」

「は、はあ」


 すると、どこからかピューッという指笛の音が聞こえてきた。


「閣下、見せつけないでくださいよ!」

「いやぁ、閣下も男っすねー」

「姫様、どうかお言葉を!」

「お声をお聞かせください」


 マーシャルレイドにはない雰囲気に面食らったけれど、私は気を取り直して小さく咳払いをする。察しのいい騎士たちはすぐに静かになり、皆が私に注目した。


「ご、ご紹介に預かりました、メルフィエラです。この度、ご縁がありまして、公爵様からのお申し入れをありがたくお受けいたしました。ここでの生活やしきたりをまだ何も知りません。ですが、私はここガルブレイスの土地に骨身を埋める所存です。私がこれから、公爵様に恥じないような立派な公爵夫人となるために、皆様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」


 よし、無難に言い切れた! 抱き上げられた状態だったけれど、私は一応ドレスを摘んで皆に向かって頭を下げる。こんな最上礼のやり方ってありなのかと皆の反応を窺った。すると、誰かの「声も可愛いっ!」という声を皮切りに、至るところで乾杯が始まっていたから、まあ、よかったみたいです。




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― 新着の感想 ―
良かったじゃん
[良い点] なんという姿勢なのかwwでもとうとう御披露目までたどり着きましたね!! 夜勤の騎士がたくさんいるあたり、ここの食料事情と健康増進の為にもやることたくさんありそう!! 続き楽しみです!
[良い点] お披露目、待ってました! [一言] まさかの食堂、公爵様めっちゃ自由ですね笑 子供抱っこでカーテシー、かわいいです-! 姫様も小柄だけど小厨房長ちゃんの方が小さいんですね。小さい働き者って…
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