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39 仲間外れ、駄目、絶対

 魅惑の果実を堪能し、私たちはお互いに顔を見合わせる。ブランシュ隊長もナタリーさんもすごくいい顔だ。リリアンさんはまだ名残惜しそうにスクリムウーウッドを見ていたけれど、満面の笑みになってパンっと音を立てて両手を合わせた。


「あー、美味しかった! 姫様、本当に本当にありがとうございました!!」

「どういたしまして。でも、これはリリアンさんのおかげです」

「わ、私ですか?」

「ええ。私もこんなに美味しい魔樹の果実を食べたのは初めてです。リリアンさんがミュランさんのうわ言を覚えていなければ、もしかしたら食べず終いだったかもしれません。ありがとうございます、リリアンさん」


 私がお礼を言うと、リリアンさんが頬を染めてはにかんだ。彼女はとても素直でいい騎士だ。皆さんがリリアンさんを優しく見守っている理由がよくわかる。


「さあ、後は公爵様にお出ししなくちゃ。そのままお出しするより、冷やした方がいいのかも」

「閣下、喜んでくださいますかね?」

「こんなに美味しいのですから、きっと喜んでくださると思います」

「えへへっ、姫様、嬉しそう」

「はい、嬉しいです。公爵様にも、幸せの味をお届けしたいですから」


 公爵様もこの果実に関しては苦い思いをなさっている。ブランシュ隊長たちのように、その嫌な記憶を塗り替えて差し上げたい。スクリムウーウッドが美味しく食べられる魔物でよかった。

 私は、公爵様たちのために取っておく半分の切り口に、薄く引いた木の板を貼り付ける。木の板には魔法陣を描いてあり、私は魔力を吸い取ったばかりの曇水晶を板の上に置いて魔法を発動させた。こうして切り口を空気にさらされないようにしておくことで、新鮮なままの状態で保存しておくことができるのだ。

 私たちが毒見(といっても結構食べた)をした方の半分は、できれば他の誰かに食べてもらいたい。魔物食に目覚めてくれた騎竜隊のゼフさんやアンブリーさんも、きっと喜んでくれるだろう。


「さて、後片付けをしましょうか」

「はい、姫様!」


 リリアンさんが、率先してお皿と刃物を運んで行ってくれる。下処理が済んだ果実はいいとして、外に置いてある果実はどうすればいいのだろう。放置していたザナスの資料もまとめたいし、研究意欲もムクムクと湧いてくる。


(赤い方も試したいけど、あの臭いでは部屋の中は無理かも。そのまま置いていたらどうなるのか見たい気もするし)


 少し考えて、私はこの後公爵様がお目覚めになるまでに、スクリムウーウッドの項目を追加しておこうと考えた。スクリムウーウッドは、赤い方ではなく黒くなった果実を食べるべし、と追加して、その極上の味も詳細に書いておかないと。きっと黒い果実が完熟したもので、赤い方は熟していないものに違いない。でも、あの臭い赤色の方を試したわけではないので、本当に熟れていないのかどうかはわからないし……臭いが気にならない場所で試すべきだろうか。


「あの、姫様」


 あれこれ考えていると、ブランシュ隊長が遠慮がちに私を呼んだ。


「もう少し食べられますか?」

「えっ、よろしいので……っ、いえ、姫様、大変申し訳ありませんでした!」


 私が果実を差し出すと、ブランシュ隊長は首をブンブンと勢いよく横に振り、そのままの勢いで頭を下げる。


「私は正直、姫様のやっておられることを信用しておりませんでした。忠誠を捧げるべき主人に対し、先入観で大変失礼な態度を。申し訳ありません!」

「わ、私も、姫様がここまで本気だとは思えず、失礼いたしました!」


 ブランシュ隊長に続き、ナタリーさんも潔いほどに頭を下げた。戻って来たリリアンさんが、呆然とした様子で二人を見ている。これはいけない。私は頭を上げてもらおうと必死になった。


「お二方とも謝罪の必要はありません! それに、皆さんは私のことをほとんど知らないのですから、そう思うのは当たり前です」

「し、しかし、そうだとしても」

「まだわかりませんよ? こうしておいて、実は悪いことを考えているかもしれませんし」


 私は、悪そうなことを考えているような気持ちになって、意地悪く見えるように片方だけ口の端を上げる。でも慣れていないので、もう片方の口の端も上がり、顔が引き攣りそうになった。そろそろと顔を上げたブランシュ隊長と目が合ったので、思いっきり睨んでみる。すると、ブランシュ隊長がすかさず聞いてきた。


「姫様のお考えになられる『悪いこと』とは?」

「え? あ、その……馬の糞をばら撒くとか? あっ、違いますっ、ドラゴンの糞を庭にばら撒いたり、えっと、えっと」

「悪いこと……ですかね?」

「で、では、窓を全開にして回るとか」


 しまった。悪いことなんて思いつかない。思いつくものを上げてみたけれど、口にする毎にブランシュ隊長が変な顔になる。私が、「美味しい魔物を独り占めにする」と言ったら、何故か隊長は両手で口を押さえてしまった。ナタリーさんは横を向いて肩を震わせている。ただひとり、リリアンさんだけは、「姫様それは酷いです!」と反応してくれたけれど、どれも微妙だ。悪いこと、悪いこと……と考えていた私は、とうとう何も思いつかなくなり、適当なことを口走った。


「勝手にドラゴンを食べてしまったり……あっ、これでどうですっ! こ、これからすぐに公爵様のことを嫌いになって、マーシャルレイドに帰ります!!」

「そうなのか? メルフィはこれから俺を嫌いになって、マーシャルレイドに帰ると?」


 ブランシュ隊長とナタリーさんが顔を引き攣らせたので、私は「勝った!」と喜んだのも束の間。背後から、ここにいるはずのない人の声が聞こえてきて、私はギクリと身体を強張らせた。


「それは悲しくて、寂しいことだな……俺は、何か嫌いになるようなことをしてしまったのか」

「ここ、こ、公爵様、これは、その、例え話であって」


 振り返ると、そこにはゆったりした服装の公爵様がいた。大きな背中を丸め、両腕で身体を抱きしめるようにして立っている。その自信に満ちた琥珀色の目は私を見ておらず、悲しそうな顔で床を見つめている。リリアンさんと一緒に入って来たようではなさそうだけれど……。


「公爵様を嫌いになったりしてません!」

「いいのだ。嫌われることには慣れている」

「そんなっ、違いますっ! 公爵様、アリスティード様……私、本当に、違うんです」


 私は公爵様の片腕を取って、ギュッと胸に抱き込んだ。どうしよう、傷つけてしまった。私の慌て具合が尋常ではなかったのか、ブランシュ隊長たちまで慌て始める。


「閣下、姫様にけしかけたのは私なのです! 私が、姫様の考える『悪いこと』を教えてほしいと安易なことを」

「どうか姫様を信じてください。姫様は、閣下の隣に並び立つに相応しい女主人であるかどうか、私たちに見極めるように仰いました。目が曇っていたのは私たちの方なのです!」


 そこの部分まで公爵様に暴露しなくていいんですよナタリーさん! とはさすがに言えない。私が腕を抱え込んでいることに拒絶反応を見せていないようなので、私は公爵様の顔を下から覗き込もうと必死になる。


「閣下。姫様は閣下に、スクリムウーウッドを美味しく食べていただきたいんです。幸せの味をお届けしたいって。私も食べて幸せな気持ちになりました。すごく美味しかったです!」

「り、リリアンさんっ、その話は」


 本人の前で他人から暴露されるのは、想像以上に恥ずかしい。そう言ったのは本当だし、本心に間違いない。でも、顔から火が出るのではないかと思えるくらい、顔に熱が集まってくる。

 すると公爵様が、目だけを動かして私の顔を見て来た。当然目が合ったのだけれど、今度は私の方が目を逸らしたくなる。


「本当か、メルフィ?」

「う……そ、それは」

「姫様っ、さっきの嬉しそうな顔を見せてやってくださいよ。閣下、姫様は閣下のお話になると、とっても素敵な笑顔になるんですよ!」

「ほう、本当か、リリアン。そこは聞いていなかったが」

「本当です。姫様の目がキラキラしてて、恋をする乙女のよ」

「そ、そこまで言わなくても大丈夫!」


 私はリリアンさんの言葉をさえぎった。悲しそうな顔をしていた公爵様が、あの意地悪な笑顔で私を見ている。これはやられた。公爵様は、多分誤解なんてしていない。どこから聞いていたのかわからないけれど、私が『悪いこと』を言う少し前から話を聞いていたみたいだ。


「メルフィ、揶揄(からか)っただけだ……と言いたいところだが、お前たちが盛り上がっているのを聞いていると、少し寂しくなったのは本当だ」


 そんなことを言われると、公爵様のことを怒れなくなってしまう。誤解を招くようなことを口にしたのは私なので、これからは発言には気をつけなければ。誰だって「嫌いになる」と言われたら傷つくし、ましてや私は婚約者で、公爵様と一緒に生きることを決めたのだ。


「ごめんなさい、アリスティード様。冗談でも口にすべきではありませんでした」

「ああ。頭では理解しているつもりだったが、やはり、き、嫌いだと言われるのは、心臓に悪い。勝手に話を聞いていた俺も悪いのだが」

「そ、そうですよ、アリスティード様。一体どこから入って来られたのですか?」


 ここミッドレーグ城塞には、至るところに隠し扉がある。このシエルの間にもあるのは間違いないので、私は部屋の四隅に目をやって確認した。別におかしなところはないけれど、強いて言えば、寝室の扉が開いているのはどうしてだろう。すると、公爵様が私の身体をさりげなく抱き寄せながら、寝室の扉を指差した。


「普通に寝室の奥の扉から入った。俺のテールの間とここシエルの間は、寝室で繋がっていると言わなかったか?」

「まさか、あの扉はそういうことだったのですね⁈」


 私の寝室の奥の壁に、何故か扉があったことには気づいていた。それがなんなのか聞こうと思ったけれど、公爵様が討伐から帰って来られないことばかりが気になって、すっかり忘れてしまっていた。私が逃げようとしているのを察知した公爵様が、腕に力を入れてくる。抱きしめられそうになった私が、公爵様の胸の辺りを手で押すと、ぐにゃりとした柔らかい感触がして「キュン」という変な音がした。


「誤解するな。普段は鍵をかけているから、勝手に入ったりはしないぞ。お前たちのはしゃぐ声と、何かの甘い匂いで空腹を覚えて目が覚めてな。ちょうどコイツも起き出したから、驚かそうと思ったのだ」


 公爵様の胸の辺りが、モゾモゾと動いている。私がもう一度そこを押すと、再び「キュン!」という音……いや、鳴き声がした。


「な、なんですか、そこにいる生き物は」

「まだ小さいから保護してな。ほら、覗いてみるといい。これが、ガルブレイスの守り神『天狼』……の赤ん坊だ」


 公爵様が服の前をグイッと広げてみせる。言われるがままに覗き込んだそこには、真っ白な毛並みの小さな毛玉が動いていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] もふもふかー!? もふもふ登場なのかー!?(笑)
[一言] 赤くても熟してない、黒くなってはじめておいしい 桑の実みたいですね 人の頭ほど大きいんなら食べ応えありそうです
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