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34 決意

「副隊長のナタリー・シャールです」

「サンティエール准男爵の娘リリアンです。姫様、なんなりとお申し付けくださいませ」


 肩まである黒髪を後ろに撫でつけた、頼り甲斐がありそうな彼女がナタリーさん。明るい茶色の髪で、青灰色の大きな目をした少年のような見た目の彼女がリリアンさん。リリアンさんは准男爵令嬢だという。ラングディアス王国では、特に功績のあった騎士や市井の民に一代限りで准男爵の爵位を与えている。きっとリリアンさんのお父様は、何か素晴らしい功績を称えられたのだろう。

 そしてブランシュ隊長は、本当にもう、どこかの貴公子のような容姿をしていた。それでさらに金色の髪に青い目なんて、王都に行けば貴族のご令嬢たちが彼女の信奉者として殺到しそうだ。


「ブランシュ、メルフィエラは慣れぬ空旅と魔物の襲撃に遭ったばかりなのだ。まずは旅の疲れを癒してほしい。彼女が望むことすべてを叶えてやってくれ」

「了解です、閣下」


 侍女がいない理由は理解したけれど、騎士の方々に侍女のようなことを頼んでも大丈夫なのだろうか。手配したという侍女が来るまでのとりあえずの間でも、少し気が引けてしまう。


「必要なものがあればなんでも言うといい。お前の荷はすぐに運ばせよう」

「えっと、ご挨拶はいつすることになるのでしょう」

「そうだな……晩餐の時でいいのではないか? 挨拶と言ってもここの主人は俺だ。色々と手順が違うことについては今さらだろう」

「わかりました。それでは一度失礼いたします」

「ああ、しばらくしたらケイオスを寄越す。ではまた後でな、メルフィ」


 もうすぐ夕方になる頃合いだから、支度のことを考えると後二、三刻ぐらいでちょうどいいのかもしれない。ナタリーさんが扉を開けてくれたので、私は軽く膝を折って公爵様に礼をする。すると公爵様が私の手を取って、手の甲に唇を落としてきた。


「こ、公爵様っ」

「ははっ、そう照れるな。俺の部屋は隣だから、不安があればいつでも訪ねてくるといい」


 もう一つの方が公爵様の部屋だったようだ。婚約者だから隣の部屋って、いずれ婚姻を結べば公爵夫人としてそれでいいのかもしれないけれど。まだ婚約者でしかない私が、重要な位置にある部屋を住まいとしてもいいのだろうか。公爵様の視線に恥ずかしくなった私は、扉を開けて待つナタリーさんの方へそそくさと移動する。多分私よりも若いだろうリリアンさんは、キラキラとした期待の目をこちらに向けていた。


「閣下、リリアンには刺激が強すぎます。そういうことは、お二人のお時間にでも」

「た、ただの挨拶程度のことではないか」

「煩悩がだだ漏れです。ここにケイオス補佐が居なくてよかったですね」

「ぐっ、お前もケイオスの手先か、ミュラン」


 ミュランさんが私と公爵様の間に入ってくれたので、私はありがたく部屋に下がることにした。公爵様は私の反応を楽しんでおられる節がある。本当にもう、格好いい人はこれだから困る。


「まず、旅装を解いてくつろいでいただきましょう」


 ブランシュ隊長の提案に、私は頷いた。部屋の中は柔らかな色合いの帳と、草花模様の絨毯が敷かれている。長椅子や調度品なども、可愛らしさや華やかさが重視されたもので統一されていた。一歩踏み出したところ、あまりにも絨毯がふかふかとしていたので、私は思わず壁際に後退る。


「いかがなさいましたか?」

「ブランシュ隊長。あの、私の靴は汚れていますので」

「お気になさることはありません。私共の靴に比べたら、姫様の靴は新品同様……」


 ブランシュ隊長が、私の足元を見て気まずそうに目を逸らした。


「で、でもないようですね。わかりました、先に靴ですね」


 旅装に合わせた私の革の紐靴は、お世辞にも綺麗とはいえなかった。あちこち傷が入っているし、土汚れもついている。ブランシュ隊長が、「少し失礼いたします」と言って、私の手を引く。それからサッと私を横抱きにすると、長椅子まで連れて行ってくれた。距離にして五、六歩のところにあるので、私はあっという間に長椅子に座らされることになったのだけれど……今、横抱き状態だったのは、夢ではない、ですよね⁈


「あ、ありがとう、ございます」

「なんの。これくらい朝飯前です。姫様は仔猫のように軽くていらっしゃる」

「そのように言われたのは初めてです……」

「さあ、姫様。足をこちらに」

「大丈夫ですっ、自分で脱げますから!」


 私は慌てて靴紐を解くと、ブランシュ隊長に手伝われてしまう前に自分で靴を脱いだ。これは、公爵様とは違う意味で困ったことになってしまった。押し付けがましいところもなく、ブランシュ隊長は純粋な善意でやってくれたようだ。格好いい人って、格好いい人って!


「ねえ、ナタリー。姫様には荷物が届くまでに手足を清めていただくのはどうだろう」

「そうだね。さっそく湯の準備を……でも、晩餐までかなり時間があるね」

「それならいっそ、湯浴みをしていただくのは?」

「隊長、軽食をお持ちしてはどうです? 疲れた時には甘いものが一番です」

「それはいいね、リリアン。姫様、何かお好きなお菓子はありますか?」


 慣れない侍女仕事をあれこれ考えてくれるのは嬉しい。でも、荷物さえ届けば、最後の着替え以外はひとりでもなんとかなることばかりだ。皆さんの時間を使うことが申し訳なくて、私はひと呼吸置いてから口を開いた。


「あの、晩餐用のドレスに着替える時に手伝っていただければ、後は自分で」

「それはできません、姫様。姫様はゆくゆくはミッドレーグの女主人となられるお方です。我らブランシュ隊はこの度、姫様の護衛騎士となる栄誉を賜りました。我々は姫様の剣であり盾であります。どうか、我々のことはそのようにお考えください」


 ブランシュ隊長とナタリーさん、そして、リリアンさんが、私の前に横一列に並ぶ。それから一斉に跪いて(こうべ)を垂れると、ブランシュ隊長が自分の帯革を腰から外し、鞘ごと剣を差し出してきた。


「どうか我らに騎士の栄誉を」


 公爵様の剣とはまた違う趣きの剣を、私は恐る恐る両手で受け取った。少しだけ鞘をずらして刃を見る。それほど重くはなく、でも刃は妖しいくらいに砥がれていて美しい。そして私は、剣の鞘に見覚えのある刻印がしてあることに気づいた。


「ブランシュ隊長、この剣は……公爵様の剣をお造りになられた方のものですか?」


 騎士の栄誉を賜るために跪いていたブランシュ隊長が、顔を上げてキョトンとした表情をする。


「ええ、はい。ここミッドレーグの鍛冶工房で造られたものになりますが」


 やはり、同じだったようだ。いくらブランシュ隊長の背が高くても、女性の力では公爵様のような大剣を振ることはできない。これは多分、ブランシュ隊長に合わせてきちんとこしらえたものなのだろう。


「素晴らしい剣ですね。公爵様はこの鍛冶屋の剣で、バックホーンの首を一刀両断にしました」

「遊宴会で、狂化魔獣が出たことはお聞きしております」

「そうですか。ナタリーさんやリリアンさんがお持ちの剣も、同じ工房のものなのですか?」

「そうですが、何故今そのようなことを」


 ブランシュ隊長の疑問はもっともだ。今は騎士の栄誉を与えるか否かの話であり、鍛冶工房の話をする場面ではない。


「貴女方は公爵様がお選びになられた騎士です。それだけで信頼に値すると思っています。ですが、私はまだ貴女方の何も知りません。貴女方も、真実の私を何も知らないはずです。何も知らない者に、騎士の命である剣を渡してはなりません」


 私は刃を鞘に収めると、ブランシュ隊長に返す。


「貴女方ではなく、私の方に問題があるのです。私はまだ公爵様の婚約者という立場です。公爵夫人として相応しくあれるように、これから勉強していかなければなりません。それに、私の噂のことはご存知ですか?」


 ブランシュ隊長は表情を変えることはなかった。でも、ナタリーさんとリリアンさんがハッとしたような顔をしたことを、私は見逃さなかった。


「これからの暮らしの中で、私が『悪食令嬢』と呼ばれる理由を目の当たりにすることになるでしょう。私には、公爵様とのお約束があります。この短い間に、私はこのガルブレイスで自分がなすべきことを掴みました。だからブランシュ隊長、騎士の栄誉は今はまだ。ブランシュ隊の皆さんが、私を本当に女主人として認めてくださり、剣を捧げるに相応しいと思われた時に」


 ブランシュ隊長が、真っ直ぐに私を見つめてくる。私も半端な決意ではないことを示すために、ブランシュ隊長を見返した。

 この婚約が駄目でもあわよくば領地の隅っこで……と考えていた最初の私ではない。公爵様のこと、領地のこと、そして私の研究のこと。この短い間に色々と知り、考えた結果、私はこのガルブレイスの土地で、公爵様の隣で生きていきたいと強く思い始めている。その思いは公爵様のことを知っていく度に強くなり、そしてこのガルブレイス領のことを知った時にはさらに強くなることだろう。


「わかりました、()()()()()()様。私たちも、貴女様に相応しい騎士であれるよう、誠心誠意を尽くします」

「ありがとうございます、ブランシュ隊長」


 私が深く腰を折って淑女の礼をすると、ブランシュ隊長たちも立ち上がり、剣を鞘ごと抜いて正式な騎士の礼を返してくれた。彼女たちは聡い。そして、決して公爵様に盲目的になっているわけではない。まずは彼女たちに認められるように、これから頑張っていかなければ。


(それにしても見事な剣だこと。リリアンさんの剣は、かなり細身だし、ナタリーさんのは幅広で片手剣ではなさそう)


 そしてどうにも我慢できなかった悪い癖がムクムクと湧き上がり、私はつい聞いてしまった。


「あの、ブランシュ隊長」

「はい、姫様」

「ロワイヤムードラーを捌くときに借りた刃にも、その刻印がありました。本当に素晴らしい切れ味で、脂を物ともせずに綺麗に刃が入るので、どうしても製作者のことを知りたくて。公爵様がバックホーンの首を落としたときから、私はこの剣を打った鍛冶屋が気になって仕方がなかったのです」


 ガルブレイスの騎士だけが持ってるなんて羨ましい。ガルブレイス公爵家お抱えの鍛冶屋の刃は、私が今一番ほしいもののひとつだ。


「私も、その……私専用の刃物がほしいのです。それであの、ブランシュ隊長から紹介していただくわけにはいきませんか?」




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― 新着の感想 ―
待てが効かない子犬令嬢
[良い点] 最高の武器を作っている公爵お抱えの鍛治師に調理器具作ってもらうんだろうなぁ‥
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