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29 熱烈な(魔物の)お出迎え

「メルフィ、なるべく頭を低く下げていろ!」

「ははははいっ!」

「喋ると舌を噛むぞ!」

(わかりました!)


 私は公爵様に心の中で返事をしつつ、言われた通りに頭を低く下げた。ガルブレイス領への道中は、公爵様の魔法のおかげで寒さを感じることはなかった。でも今、その魔法の効力が薄まり、一気に押し寄せてきた寒さと圧に顔と髪がすごいことになっている。隊列の先頭を行くのは、公爵様と私が乗ったドラゴンだ。その後ろを残りのドラゴンたちで固め、私たちは一丸となって高速で滑空中であった。


『ギィシャァァァァァァァァァァッ!!』

(き、来たっ⁈)


 後方から、耳をつん裂くようなおぞましい咆哮がして、私は鞍に捕まる手に力を込める。太い革帯で身体を固定してあるけれど、手を離せば振り落とされそうな気がする。


「くくっ、やけに熱烈なお出迎えだな!」


 公爵様は手綱を巧みに操りながら、ほぼ垂直に下降させていたドラゴンの頭を上げ、今度は同じ速さで垂直に上昇させた。


(あ、圧が、圧がすごいっ!)


 チラリと見えた後方には、歯の生えた大型の怪鳥の群れがピタリとついてきている。初めて見る魔物だけれど、ひと目で危険だということがわかった。だって、空の王者たるグレッシェルドラゴンを捕食しにかかっているのだもの。

 私、メルフィエラ・マーシャルレイドは、ただ今人生何度目かの危機を迎えています!




 ◇




 ことの始まりは、順調に二回目の休憩を終えていよいよガルブレイス領内へと入ったばかりの時だった。

 ドラゴンでの旅は快適で、後一刻もすれば目的地に到着するところまでやって来た。私の視界の先には、地平線の向こうまで続いているかのような森林地帯が広がっている。実際には、さらに遠くに見える山脈の裾野まであるみたいだ。でも、生えている木々があまりにも巨大なので、距離感がまったく掴めなかった。思わず歓声を上げた私に、公爵様が「これがエルゼニエ大森林だ」と教えてくれる。


「すごいだろう? 庭のようなものだが、実は俺もすべてを把握できないくらいに広くてな。空からであれば大体わかるが、中に入ると地図がないと迷ってしまうぞ」

「大森林といいますか、もはや魔境ですね!」

「ははっ、違いない。ここは魔鉱石が産出される土地でな。地下深くには、巨大な鉱脈が横たわっている。魔力をふんだんに含んだ土壌と空気のせいで、ほぼ魔物しか棲息できぬのだ」


 魔力のない普通の動植物がほぼいない森なんて、わくわく……ではなかった、とても危険だ。管理しなければならない公爵様たちはさぞかし大変なことだろう。先ほどまでは想像するしかなかったけれど、『魔物を狩り続ける』という公爵様の責務が、急に現実味を帯びてくる。ここに棲む魔物が狂化して押し寄せてくるなんて、考えただけでも恐ろしい。


(でも、魔鉱石がたくさんあるのであれば、魔法陣の発動は思ったよりも簡単にできるかも)


 魔鉱石とは、天然の魔力を含んだ鉱石のことだ。大地には、水脈のようにして魔力が流れている。その魔力を含んだ鉱石や結晶が、エルゼニエ大森林という特殊な環境を生み出したのだろう。

 私の魔法陣にかかわらず、魔法陣の発動には魔力が必要だ。大掛かりな魔法陣ほど魔力消費量は高いので、足りない魔力を魔鉱石から借りることができるかもしれない。そのためには、魔法陣を完成させる必要があるけれど、焦りは禁物だ。研究とは、失敗を繰り返した先に成功が待っているものなのだから。

 エルゼニエ大森林は、ラース峡谷という深い谷と川によって隣の領地と分断されていた。といっても、土地のすべてが峡谷で囲まれているわけではない。平野の部分は何本もの川が流れており、大きな橋がかかっている場所には、砦のような建物が幾つも点在していた。


「あれが一番大きな川、ガルバース川だ。その東側にあるのが支流のキャルバース川で、さらにそれが三つの支流に分かれている」

「川とはこのように同じ場所に集中してあるものなのですか?」

「あの遠くにそびえるガルバース山脈からの雪解け水が、地下水脈を通ってここから地上へと流れ出しているのだ」

「これだけあれば渇水など」

「それがな、十七年前に一度、川がほぼ枯れてしまってな」


 公爵様が説明してくれたものの、どれがどの川か覚えきれなかった。それくらい、大小様々な川が流れている。でも、こんなにすごい川が枯れてしまったというのであれば、マーシャルレイド領などひとたまりもなかったはずだ。そういえば、何故ラングディアス王国で、あんなに広範囲な大干ばつが起きたのか理由を知らないのだけれど、公爵様はご存知なのだろうか。


「あの、公爵さ……」


 私が話しかけたその時、ドラゴンが急に左に旋回し、横座りをしていた私は体勢を崩しそうになった。とっさに公爵様の腰にしがみつく。


「すまない、メルフィ! このまま横座りでいては危険だ、跨がれるか?」

「は、はい、跨がれますが、どうして」

『閣下、ベルゲニオンの大群ですっ! 距離、下後方約千五百フォルン、規模五十……いえ、二百⁈』


 ミュランさんが慌てたように何かを報告してくる。やけに声が近くてはっきりと聞こえるけれど、どこから聞こえているのだろう。とりあえず鞍に跨りなおしてキョロキョロしていると、またもや別の声で報告が届く。


『ベルゲニオンの大群がどんどん増えています! 距離、約千フォルン!』

「俺が先頭になる、殿(しんがり)は荷がない者二名! 誰がいける⁈」

『ゼフです、アンリと殿に入ります!』

「よし、任せたぞ!」


 公爵様の指示の元、あっという間に隊列が組み変わる。私は何が起こっているのかいまいち理解できず、後方を振り返って恐る恐る下の方を見た。


(魔物⁈ すごい数だわ)


 エルゼニエ大森林の木々の間から、次々と黒い魔物が飛び出してくる。それはひとつの大きな集団になり、まるで一匹の大きな魔物のようにうねり始めた。距離はまだ遠くのようだけれど、ここまではっきりと確認できるということは、その大きさは相当なものなのだろう。もしかしたら、グレッシェルドラゴンくらいはあるのかもしれない。


『距離、約八百フォルン! 閣下、奴ら、『加速』を使っているようです!』


 また、誰かの報告が聞こえた。どうやら、ドラゴンに取り付けられた様々な器具の中に、共鳴石(きょうめいせき)があるようだ。声の波紋を共鳴石の魔力に乗せると、近距離であれば離れていても会話ができる。結構高価な魔法具で、マーシャルレイドの本邸では、お父様の書斎と執事の部屋に共鳴石が置いてあったのを思い出す。


「ではこちらも『加速』するぞ! 限界まで騎竜同士の間隔を寄せろ!」

『『『『了解』』』』


 公爵様が私に防風眼鏡を手渡してきた。私がハッと振り返ると、公爵様は既に防風眼鏡を装着している。


「メルフィ、加速している間はその他の魔法が手薄になる。着いて早々にすまないな。だが、これがガルブレイス領なのだ」

「あれ、魔物ですよね? 見たことのない種類ですが、魔鳥ですか?」

「ああ、ベルゲニオンという魔鳥だ。加速の魔法を使って群れで狩りを行う肉食系だな。単騎であれば襲われることもあるが、ドラゴンの集団移動中に襲ってくるのは珍しい」


 ベルゲニオンという名前の魔鳥は、私の図鑑の中にはなかった。早速出会ったエルゼニエ大森林の魔物が、名前も知らない初めて見る魔物とは運がいいのか悪いのか。食べるのは大好きだけれど、食べられるのは勘弁願いたい。私も公爵様を見習って防風眼鏡を装着する。公爵様から、「しっかり捕まって身体を固定するように」と言われたので、私は前を向いて鞍にしがみついた。


『閣下、準備完了です!』

『ベルゲニオン、距離、約五百フォルン!』

「よし、いくぞ。準備はいいな、メルフィ」

「はい!」

『ディ・リット・ゲルトエンダール・ファバ・オ・ドナ・イース・ラ・ティエンザーレ・イース・ラ・ウィンディアバルーハ!』


 公爵様の口から流暢な古代魔法語が発されたかと思うと、今まで感じたことのない魔力の奔流が私を包み込む。とても強い魔力だけれど、安心して身を任せられるというか、温かい魔力だった。と同時に、圧がかかって頭が背後に引っ張られそうになる。なんとか耐えたけれど、圧は容赦なく襲ってくるので、私は少し下向いて歯を食いしばった。


(か、加速って、すごい)


 今まで見えていた雄大な自然の景色が、目まぐるしく変わっていく。


(変わっていく?)


 高度は十分にあったから、いくら加速しようとも遠くの景色が目まぐるしく変わるはずがない。それなのに、青やら緑やら、何なのか判別できない景色が通り過ぎていくのは何故なのか。視線をあちこち動かしてみた私は、ようやく自分がどんな状況になっているのか気づいた。


「じ、地面がっ⁈」


 なんとドラゴンは、くるくると身体を回しながら、ほぼ垂直に降下しているではないか。くるくる回っているので、景色が目まぐるしく変わっていくように見えたらしい。目の前には地面が見える。私の耳に、キィーンという金属が擦れるような音が聞こえきた。お腹の下あたりがモゾモゾするというか、ぞわぞわするような不快感でいっぱいになる。私は悲鳴だけは漏らすまいと、必死で別のことを考えた。


(あの、ベルゲニオンとかいう魔鳥は、肉食らしいけど、美味しい出汁が、出るのかな)


 鳥なら、香草を詰めた丸焼きとか、もう少し小さければ窯蒸し焼きなんかいいかもしれない。けど、向こうだって私たちのことをそう思っているのかもしれないし。ううぅ、魔鳥の餌にはなりたくない。ドラゴンの加速は止まることなく、私は風まで感じ始めた。


『閣下、奴ら、まだついてきています!』

「ちぃっ、しつこいな! ゼフ、俺が殿(しんがり)に……いや、駄目だ」


 圧に負けないように踏ん張る私に、公爵様が覆いかぶさってくる。


「大丈夫か、メルフィ」

「わ、私のことなら、お構いなく!」

「もう少し加速するぞ」

「はいっ!」


 私を包んでいた魔力が膨れ上がる感覚がして、鞍を掴んでいる手が痺れ始める。でも、ベルゲニオンという魔鳥はかなり執念深いようだ。『ギィシャァァ』という身の毛がよだつような鳴き声をあげながら、グレッシェルドラゴンの加速をものともせず、追いかけて来ていた。




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[良い点] ワクワクしながら、読んでいます [一言] 毒を持つものを、食材とする 何というか、その発想で描く世界が とても興味深いです
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