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20 ドラゴンで夜間飛行

「公爵様、世界が真っ赤に染まっています!」


 私の右側に、大きく赤い陽が沈んでいく。雲と大地が赤くなり、私も公爵様もドラゴンたちも。すべてが赤く染まった。


「こんなに綺麗な夕陽を見たのは初めてです」

「ああ、綺麗だ。お前の髪色のようだな」

「わ、私の髪はこんなに綺麗じゃありません」

「いいや。あの魔法陣を発動させている時のお前の髪も、こんな風に輝いていた……美しいな」


 公爵様が私の髪に触れる。私は恥ずかしくなって、公爵様の外套に顔を隠した。凄くドキドキする。公爵様は本当に私の髪が気に入っているらしい。ケイオスさんからは「公爵様はふわふわした小さな獣が好き」と聞いていたから、髪を触られるのは嫌ではないけれど……やっぱり何か恥ずかしい!

 そうこうしているうちに、陽はあっという間に遥か彼方の稜線に半分隠れてしまい、赤く染まっていた空が薄暗くなっていった。鳥は夜目がきかないけれど、ドラゴンたちはどうなのだろう。気になった私は公爵様に尋ねてみた。


「ド、ドラゴンは、夜目がきくのですか?」

「ある程度は。とはいえ、乗っている我々は慣れで飛んでいる」

「すごい、慣れたら夜でも安心なんですね!」


 ドラゴンに騎乗できるだけでも希少なのに、公爵様たちはやっぱり只者ではない。


「信頼してくれるのは嬉しいが、お前の身を危険に晒すわけにもいかん。宿泊予定地に着くまで少し我慢してくれ」


 公爵様が短く呪文を唱えると、ドラゴンの角と尻尾に付いていた装飾品がぼんやりと光り始めた。隊列を組んでいるドラゴンたちも合わせたように光り出し、尻尾の先の方は光が点滅している。


「まあ、可愛らしい」

「お互いの位置を確認するためのものだ。今は戦闘中でもない。安全第一だな」


 もう間も無く、星が瞬く夜になる。下から見上げると、この明かりも星のように光って見えるのだろうか。もしかしたらこの光を見た人が、流れ星と見間違うかもしれない。ドラゴンの流れ星……うん、夢があっていいと思う。


 ドラゴンでの空旅は、非常に速くて快適だった。

 冷気は公爵様が魔法で遮断してくださっているし、馬車のようにガタゴト揺れない。それに、公爵様専用の豪華な鞍がふかふかしていて、お尻も痛くならないというおまけ付きだ。

 マーシャルレイド領を昼過ぎに出発してから、いくつもの領地を通り過ぎていた。速いけれど、その分休憩だって必要になる。二回ほどドラゴンを休憩させたところで陽が落ちてしまったので、今は宿泊地まで急いでいる途中だった。

 月が昇り始めてしばらくすると、左手側にかなり大規模な街が見えてきた。活気がある街なのか、中心部にたくさんの明かりが灯り、キラキラと輝いて見える。


「あの街ですか?」


 私は大地に広がる明かりの街をよく見ようと、少しだけ身を乗り出す。公爵様の左腕が腰にがっしり回されているから、とても安心できた。


「あれは王領の港街アヴニルだ。目指すのは領境にあるリッテルドの砦なのだが、今夜は騎竜たちと砦に……」

「砦ですか⁈」


 領境と聞いた私はそわそわしてしまった。だいたいにおいて、境には森や川、山があり、そこにはたくさんの魔物がいる。もし小型の魔物を捕獲できたら……。そんなことを考えていた私は、公爵様が何か言いにくそうにしていることに気づいた。こんな旅路は初めてだからよくわからないけれど、砦で補給でもするのだろうか。


「それでだな、メルフィエラ。本当はあの街でもいいのだが、騎竜たちの餌や受け入れのこともあってな。俺と一緒に街の方へ」

「領境には森や川がありますか? 夕食とか明日の朝食とか、野外料理だったりしますか⁈」


 話を遮ってちょっと食い気味に質問してしまった私に、公爵様はびっくりしたような顔になった。


「リッテルドは川沿いにあるが……お前は、砦に一泊するのは嫌じゃないのか?」

「嫌だなんてそんな。むしろ少しわくわくしています。ドラゴンたちの食糧も手に入りやすいですから」

「それはそうなんだが。本当に寝る場所を提供してくれるだけだ。食事も携帯糧食しかない。街で食べていくのも泊まるのもありだと思うが」

「今の季節、魔魚たちも産卵のためによく肥えています。それに、森に入れば魔樹の木の実などが手に入るのではないですか? 夜の森や川が危険なら、私は携帯糧食でも構いません」


 街に立ち寄るにも時間がかかるし、宿泊地まで一気に行く方がまだ負担にならない。それにここら辺の領地はマーシャルレイドから随分と南下して来ているため、森にまだ秋が色濃く残っていた。まだ資料や図鑑でしか見たことのない種類の魔物がいるのであれば、是非とも試してみたい。魔物のことになればすぐに見境がなくなってしまうのは私の悪い癖だけれど、街なんかよりも砦の方が絶対に素敵だ。新天地に向かっているという興奮も相まってか、私は期待を抑えきれず公爵様を見上げた。


「なるほど魔魚か。今の季節だと『ザナス』がいるはずだ。あれは他の魚の産卵場を荒らす厄介者だから、捕獲しても誰も文句はないだろうな」

「ザナス……ザナスザナス……あっ、今がちょうど繁殖期の魔魚ですよね!」


 ザナスは確か、繁殖期になると海から遡上してくる大型の魔魚だ。なんでも食べる雑食性で、その長いヒゲに魔力を流して獲物を捕食する。小魚や他の魚の卵、それに昆虫や小動物まで食べるところはまるで私の魚版のようにも思えるから不思議だ。見た目は全然違うけれど、何故か親近感が湧いてくる。ザナスはマーシャルレイドでは見かけない種類だから、もし捕獲できるなら食してみたい。


「あれは釣り上げるというよりは、罠を仕掛けてすくい上げなければならないぞ?」

「そうですか。残念ですが、今回は時間がありませんね」


 あくまで目的地はガルブレイス公爵領なので、今回は諦めよう。また別の機会もあるだろうし、ザナスであれば公爵領にも棲息しているはずだ。私の残念な気持ちが声にも出てしまったようで、公爵様が優しく肩を叩いた。


「そんなに落ち込むな」

「ごめんなさい。魔物のことになるとつい」

「俺は気にしてない。むしろ俺の方こそ魔物のことになると見境がなくなってしまうからな。砦に行けば捕獲用の罠もあるだろう。今晩は罠を仕掛けて、明日朝に見に行けばいい」

「よ、よろしいのですか?」

「出来合いの不味い携帯糧食より、新鮮で出来立ての温かい食事の方がいいに決まっている。明日の朝食は期待しているぞ」


 公爵様は、こんな時にも優しかった。私のために無理をしているのではないかと心配にもなるけれど、ガルブレイス公爵領ではマーシャルレイドよりも魔物食に寛容なのかもしれない。そういえば、公爵様たちも魔物を食べて飢えを凌いだことがあると仰っていたような。どんな魔物をどんな風に調理したのか興味が湧いて来たので、私は何気なく聞いてみることにする。


「そういえば公爵様は、お仕留めになった魔物を食されたことがおありになるのでしたね? どのような魔物だったのですか? 調理法は? 料理のお味は?」

「うっ……あれを料理と呼べるかどうか知らんが」


 薄暗くてよくわからないけれど、公爵様の顔色がサッと青くなったように見えた。公爵様は、どう表現していいのかわからないというように指をわきわきと動かすと、真顔になって私を見る。何かすごく苦いものを食べたみたいに、眉の間に深い皺ができていた。


「すごく」

「すごく?」

「すごく、硬かったな」


 ポツリと呟いた公爵様のひと言で、私は大体のことを悟った。


「それに、臭かった」

「肉食系の魔物だったのですね」

「まあ、ほぼ肉食系だったな。だが、適当に切り取った肉に塩をまぶして焼いただけでは料理とは呼べんだろう。腹を壊してはと思いよく焼いたが、結局皆腹を壊してだな」


 お腹を壊したのは、魔力を抜かずに食べてしまったからだろう。ロワイヤムードラーの魔力を魔法陣で吸い取った時、公爵様は随分と感心なされていた。魔物を狩ることを生業にするガルブレイスの騎士たちですら、外部から取り入れた魔力を昇華することができないらしい。いや、違う。ガルブレイスの騎士だったからこそ、お腹を壊すだけで済んだのかもしれない。多分普通の人であれば、寝込んでしまったに違いない。


「何の魔物かお聞きしても?」


 そんなに手強い魔物が、ガルブレイス公爵領に、エルゼニエ大森林には跋扈(ばっこ)しているのだ。私は公爵様が食べた魔物の種類が気になった。


「すごく硬かったのは『ベルヴェア』だ。臭かったのは全部だが、特に臭ったのは『スクリムウーウッド』で、食べれたものではなかったのは……『ガルガンテュス』だな。あれは絶対に食物になり得ん」


 酷い目に遭った時のことを思い出したのか、公爵様は身体をブルっと震わせて、しんみりとしてしまった。ベルヴェアは四つ脚の魔獣で、バックホーンの亜種だ。バックホーンよりもかなり凶暴で、縄張り意識が強い。もちろん肉食系魔獣で、全身これ筋肉のような魔獣だから当然肉質は硬い。スクリムウーウッドは枯れ木に扮した魔樹で、幹に空いた穴から叫び声のような音を出す。その果実は見るからに美味しそうに赤く実っているけれど、皮を剥く時に出るアクがとにかく臭い。ガルガンテュスは見たことも聞いたこともないけれど……もし公爵様が狩って来てくださったら、美味しくいただくことができるのか実食してみたい。


「私が魔力を抜いたら、きちんと食べられるものになるのか知りたいところです」

「ベルヴェアとスクリムウーウッドはまあ、頑張ればいけないこともない」

「確かにマーシャルレイドでも『ヤクール』という中型の魔獣は食用向きではありませんでしたから、そのガルガンテュスという魔物もそうなのかもしれませんね」

「ガルガンテュスは燃え盛る炎と岩に覆われた魔物だ。中身はドロっとしていたが、空腹に耐えかねた俺が本当にそれを飲み干したのかどうか、まったく覚えてない」


 公爵様はそう教えてくれると同時に手綱を引き、ドラゴンを降下させ始めた。ドラゴンの頭が向いた方向には、黒々とした森と大きな河が見えている。


「その点、リッテルド砦の川で獲れるザナスは普通に美味そうな見た目だからな。メルフィエラ、このまま砦に降りるまで、俺にしがみついていろ」

「は、はいっ」


 私は公爵様の言う通りに、私はその腰に腕を回してしがみついた。結っていた髪がバラバラにほつれていき、旅装のスカートがバサバサと風に煽られる。


(ザナスは肉厚そうな見た目だから、ガツンと食べ応えのある調理法がいいかも)


 無事に獲れたら、衣をつけて揚げてみるのもいいかもしれない。それなら公爵様も騎士たちも満足だろう。携帯糧食は栄養価は高いけれど、もそもそした食感で正直あまり美味しいものではないし。


(ザナスが獲れなかったら、とっておきの塩漬け肉をお出ししましょう)


 そうしてあっという間に降り立った私たちは、何故か私の方を見て驚愕している砦の騎士たちに迎えられたのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ザナス…説明文だと鮭と鯰が混ざった感じみたいだけど、さてどんな魚かな?
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