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14 魔物を食べる理由

 ロワイヤムードラーがあまりに美味しくて、私も二本目の串肉を食べてしまった。私は、まだ食べたいという騎士たちにかまどを明け渡す。彼らは私のやり方をしっかりと見てくれていたので、串に肉を刺して焼いていく作業もお手のものだ。公爵様の香辛料の代わりに、自家製の香辛料と岩塩を砕いた調味料を使ってもらう。岩塩は旨味成分が豊富なので、少し固めの部位でも味わい深い肉にする効果があった。


(本当は試食だったはずなのに。騎士の皆さんは食欲が旺盛ね)


 ガルブレイスの騎士もマーシャルレイドの騎士も、まだまだ胃袋に余裕があるようだ。幸い肉は大量にあるので、たくさん食べてくれても構わない。今日だけでなくしばらく楽しめそうな量だし、保存しておくといいかもしれない。本当は新鮮な肉でもっと色々と試して見たかったけれど、野菜の準備をしていなかったことが悔やまれる。


(熟成させても絶対に美味しいから、公爵様たちがお帰りになる時に持ち帰っていただこう)


 私は先に後片付けに入ることにした。すぐさまクロード騎士長が気づいてくれたけれど、大丈夫だと追い返す。何やらマーシャルレイドとガルブレイスの騎士たちの交流が始まっているようなので、水を差すのは本意ではない。私は血が残る石畳をざっと水で流し、洗浄剤を振りかけておく。それから、肉を洗った水を汚水用の浄化装置を通して排水路へと流した。


(もう冬ね。水が冷たい)


 かまどの火や熱々の串肉で身体が温かくなったけれど、時折吹いてくる風や水は冷たい。本格的に片付ける前に温かい飲み物を用意しようと思い、私は研究室に置いてある茶葉を取りに行くために研究棟の魔法鍵を解錠した。そこでふと、公爵様は私の研究に興味があるのなら、一緒に研究室に行ったらいいのではと思いつく。公爵様は串肉を五、六本くらい食べたようだけれど、さらに焼き上った串肉に手を伸ばしていた。


「あの、公爵様……」

「あっ、これはだな、いや、正餐はきちんと食べるぞ、メルフィエラ、心配ない、大丈夫だ」


 公爵様が慌てたように串肉を後ろ手に隠す。いたずらを咎められた子供のような仕草がなんだか可愛い。


「もう、そのひと串だけですからね?」

「わかった。食べ終えたそばから手を伸ばしたくなってだな。もちろん、マーシャルレイドの郷土料理も楽しみにしているぞ」

「ええ。今ごろうちの料理長が腕を振るっているはずです。楽しみにしていてくださいね。それと今から研究室の方に行こうと思うのですが、ご一緒に来られますか?」

「研究室、というと、魔物食に関する資料もあるのか?」

「はい。ここにあるのはほんの一部ですが、もしよろしければご覧になってください」


 今までの公爵様のご様子から、きっと魔物食以外のことにも興味を向けていただけるのでは、と私は少し期待する。公爵様は隠していた串肉を豪快に口に入れると、しばらく咀嚼して手巾で口元を拭った。


「もちろん見せてほしい。あの魔法陣の秘密も知りたいところだが、その資料もここにあるのか?」

「重要な資料は屋敷の自室の方にあるんです。ここには、今まで食べてきた魔物などの資料や調理法、食べては駄目な魔物の資料が置いてあります」

「食べては駄目な魔物か。それは是非とも知っておきたい」

「それではついてきてください」


 私はクロード騎士長に声をかけようと思ったけれど、騎士長は汚れた器具の後片付けや、肉を保管庫に運ぶのが忙しそうだ。少しの間任せることにして、私は公爵様を連れて研究室に向かった。


「それにしてもここの建物は変わっているな。どの建物も屋根が尖っていて、空から見たら針のように見えたぞ」

「雪深い地域特有の屋根なんです。酷い時には、雪の重みで屋根が潰れてしまうので、どの屋根も尖っていて、雪溶かしの魔法陣が描いてあります」

「ガルブレイスの土地は雪が積もることはほとんどないからな。それに私は一年中自分の領地と王都を行ったり来たりで、こんなに北の方まで来たことはないのだ」


 それには少し驚いた。公爵様ともなれば、他の貴族たちから招待されて、国中の色々な領地を巡っているものとばかり思っていた。公爵様には公爵様の事情があるのだろう。


「まあ、そうでしたのですね。ここの夜は冷え込むので、公爵様たちのお部屋にはたくさん毛皮をご用意いたしますね」

「毛皮か。まさか、それも魔獣の毛皮だったりするのか?」


 勘がいい公爵様は、ずばりと言い当ててしまった。そう、屋敷にある毛皮は、私が今まで美味しくいただいてきた魔獣のものだったりする。あまり大型の魔獣をいただく機会はないけれど、ヤクールという中型の肉食系魔獣は人里までおりてきては悪さをする害獣だ。冬毛はふさふさしていて重宝するので、丁寧に皮革を剥いで利用していた。ヤクールの肉の方は、固くて臭いがきついので、香草と一緒に煮込んで食べる。ちなみに……あまり好んで食べたいものではない。

 研究室の魔法鍵も解錠して魔法灯をつけると、少し埃っぽい匂いはしたものの、王都に出かける前と変わらない状態だった。ようは片付けていない、雑多なものがあふれ返る酷い状態ということだ。


「汚いところで申し訳ありません。多分、そこの寝椅子が一番綺麗じゃないかと」

「ははっ、実に研究室らしい研究室だな! 別に座らなくとも構わん。ほう、これはあのスカッツビットの(とげ)ではないか?」

「はい、その通りです。スカッツビットの刺は魔物を捕獲する際の罠に使うのです」

「罠まで作るのか。お前には驚かされてばかりだな」


 スカッツビットの刺が置いてある場所には、作りかけの罠やその材料がひしめき合っている。公爵様はそれをしげしげと眺めて唸った。私は普段から茶葉を置いている戸棚をあさる。いくつかある瓶を開けると、お目当ての茶葉が見つかった。匂いは……うん、大丈夫そうだ。


「魔物を狩る時は、マーシャルレイドの騎士たちが手伝ってくれるのか?」

「たまに手伝ってくれますが、基本的に近くの村の猟師に頼んだり、自分で捕獲することが多いですね」

「お前は伯爵家の令嬢だろう」


 罠を見ていた公爵様がこちらに歩み寄り、私に静かに問いかけてくる。


「騎士たちは手慣れているようだが、伯爵や、なんといったか……騎士長は、お前の研究について、苦言を呈したりはしないのか?」


 それには即答できず、私は何と言ってもいいのか困ってしまった。お父様は、私がお母様の研究を受け継いでいることに反対はしていない。騎士長も、本当に危険なことをしない限り、私に対して何か言うことはない。まるで腫れ物に触るように、私が魔物食を研究していることには直接触れてはこないのだ。

 しかし、私は知っていた。本当は誰もが、私やお母様の研究に複雑な思いを持っていることを。かつてお母様によって飢餓から救われた者たちも、そのことを口外したくないと思っていることを。このマーシャルレイド領では、魔物食を禁じる精霊信仰を持つ者が多くいる。十七年前の大干ばつの時に魔物食によって死を免れた領民たちは、魔物を食べてまで生きながらえた事実をひた隠しにしてきたのだ。

 どう説明していいのか考えて、私の口から出てきた言葉はこれだった。


「信仰を妨げることはできませんから」

「精霊信仰か。お前は強い心を持っているのだな」

「強くなんてありません。私は……亡き母の研究をよすがにしないと生きていけないだけです」

「では、何故この土地で研究を続ける? 例え認められなくとも諦めたりはしないのは何故だ?」


 公爵様は、否定も肯定もできない私の事情を汲み取ってくれているように思える。思えば出会った時から、公爵様は私に偏見などお持ちではなかった。最初からきちんと説明したら、もしかしたらわかってくださるのでは、という小さな希望が、私の口を開かせる。


「公爵様。十七年前の大干ばつを覚えておられますか?」

「無論だ。私がガルブレイスに養子に出ることになった原因だからな。お前も、そこから始まったのか」


 公爵様は私の手を引くと、比較的綺麗にしている寝椅子に腰掛けて、私を隣に座らせた。並んで座った私は、どうすればいいのかわからず、膝の上に両手を置いて俯く。


「目を見ていては話しづらいだろう。こちらを向く必要はない。そのままでいいから、お前が『悪食令嬢』と噂になるまでのことを教えてくれ。お前のことが知りたい」

「……公爵様」

「アリスティードだ。お前は忘れているようだが、私……いや、()はお前に婚約を申し込みに来たのだぞ。マーシャルレイド家が抱えている事情はある程度調べている」


 公爵様の言葉に、私の背筋に冷たいものが走った。そう、貴族同士の婚約だ。相手の家の事情を調べていないわけがない。


「私は、社交界で三年も見向きもされない、曰く付きの娘です。私を得ても、余計なお荷物が増えるだけだと」

「俺は、お前の研究をやめさせようとは考えていない。ガルブレイス公爵家であれば、あくなき探究心を満たしてやれる」

「公爵様、私の研究をお知りになりたいのであれば、私はいつだって協力いたします」


 公爵様は先ほど、私の魔法陣が武器になると仰っていた。それがほしいのであれば、私は公爵様にならお教えしてもいいと思っている。クロード騎士長はそれを懸念していたようだけれど、公爵様は私の研究を悪い方には使わないと何故だか確信していた。

 すると、俯いたままの私の手を公爵様が握ってきた。水で冷えていた私の手に、温かい公爵様の手が重なる。


「違うんだ、メルフィエラ。俺は……お前が俺をどう感じているのか知りたい。お前は、『狂血公爵』と呼ばれる俺が怖くないのか? 魔物を屠り続け、血に塗れ、公爵とは名ばかりの無作法な男のことを、どう思っている?」


 思わず顔を上げてしまった私の目を、公爵様の琥珀色の目が覗き込んでくる。困った、本当に困った。公爵様の、顔がいい。憂いを帯びて色気すらある整った顔が、目の前に迫っている。私のことを知りたいって、そういうこと? 私が公爵様のことをどう思っているか知りたいということだったの⁈




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[一言] この、3点男が!(笑) お互いの恋愛クソ雑魚不器用ぷりがやきもきして続きが楽しみです。
[良い点] 素敵すぎる! 良い意味でお似合いすぎる2人ですね これこそ尊いというやつですね [一言] ようやく気づいてしまいましたね…! これからの展開が気になります ほぼ毎日更新ありがとうございま…
[良い点] 尊い。面白い。楽しい。とにかく最上級です。 このまま思うがままに書き綴って行かれる事を願っております。どうぞお疲れのでませんように。
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