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ラピスラズリ~今日は何の日短編集・3月24日~

作者: 白兎 扇一

今日は何の日短編集

→今日は何の日か調べて、短編小説を書く白兎扇一の企画。同人絵・同人小説大歓迎。


3月24日→真実と正義の日 [アルゼンチン]


2006年に制定。

1976年のこの日、ビデラ将軍が軍事クーデターを起こした。これによりイザベル・ペロン大統領が失脚し軍事政権へと移行したが、「汚い戦争」と呼ばれる弾圧行為により1983年の民政移管までの間に3万人の国民が行方不明となった。

誰かの為に生きてこそ、人生には価値がある。

─アインシュタイン/20世紀の科学者


タロットの山から引いた一枚をテーブルに乗せると、それはワンドの6─勝利を表すカードだった。

「この戦いは我が軍が勝ちます」

占い師ラピスの言葉に、彼女の周りを取り巻いていた幹部達はざわめいた。当然である。彼女の仕えている軍は圧倒的に劣勢だった。今までどんな占い師を呼んでも戦車の逆位置だのペンタクルの5だのが出てきたのに、この結果だった。

「本当にそんなことを言っていいのか?」

将軍は剣をガチャガチャと音を立てながら彼女の元へ近づく。彼女はルビーが埋まっているかのような赤目で彼を見上げた。

「言っていいとはどういう意味ですか?」

「それで外れたら俺達は─」

「占って出た真実を告げるのが私の正義ですので」

ラピスはタロットをケースにしまいながら淡々と語った。蝶の羽のようなまつげが開いたり閉じたりしている。赤く塗られた小さな唇はキュッとしまっている。

「もし外れたらお前の舌を引っこ抜くからな!」

「それは嫌ですね」

「はは、怖気付いておるのか」

「そちらも外れたら舌を抜いてくださる約束じゃないと」

ラピスは愛おしそうに水晶を拭いた。ほ、本当に抜くからなと将軍はラピスの横であぐらをかいた。「将軍様!」とまだ若い伝令が彼のもとにひざまづいた。

「あぁ、もう伝えなくてよい」

「殲滅しました」

「ほら、やっぱり殲滅されただろう」

「殲滅しました!」

「え?」

「我が軍が相手の軍を殲滅しました!」

幹部達が大きな歓声を上げる。呆気にとられる将軍を横目にラピスはゆっくり立ち上がって、水晶玉とタロットを皮袋に入れた。

「ラピス、お前は一体何者なんだ」

「ただの占い師ですよ。世間では絶対に当たる占い師と呼ばれていますが」

ラピスは皮袋を肩にかけて、右目を閉じる。

「それでは将軍様。ごきげんよう」

ラピスは微笑み、白く細く薄い手で将軍のゴツゴツとした手を包むように握手した。

「くれぐれも約束のものは忘れずに」

ラピスが手を離す。将軍の手には一度使用されたかのような─赤いもののついたペンチが入っていた。



「先生!なんてことしたんですか!」

馬車のソファに皮袋を置きながら、ラピスの弟子はラピスを叱りつけた。

「このままでは国を追い出されますよ!?分かってます?」

「それはペンチが本物だった場合でしょう」

「へ?どういうことです?」

「まだ気付いてませんでしたか。あのペンチは精巧につくられたおもちゃですよ。紙一つ掴めも切れもしませんよ」

「じゃああの血は?」

「ケチャップに決まってるでしょう。そろそろ向こう側も気づく頃でしょう」

馬が高い鳴声をあげる。今に走り出そうとする時、窓から光る何かが投げ入れられた。足元に転がってきたそれをラピスは弟子に軽く投げる。例のペンチだった。持ち手に白い紙が貼られている。

“当たる占いと面白い冗談をありがとう by将軍”

「ね?」

ラピスは右目をパチリと閉じる。まったく、この人は。弟子は自分のカバンにペンチをしまった。

「次の依頼は?」

「おっきな依頼は来てませんね。ゴールドマリー村っていうところから一つだけ来てましたが」

「見せて」

ゴールドマリー村。その単語が聞こえた瞬間、ラピスは目を丸くして弟子に手を出した。弟子はカバンに手を突っ込み、くしゃくしゃになった茶色い封筒をのせる。封筒に書かれていた“ラピス様へ ラズリより”の文字に彼女は急いで中身を出した。


「ラピス様へ


久しぶり。すっかり占い師として大成したのね。こっちまで評判が届いているわ。


さて、手紙を出したのはうちの村に起こった不思議な現象を占いで暴いて欲しいの」


小さい丸い字で書かれた一枚目を読み終えた頃、馬車が止まった。ラピスの自宅に着いていた。

「先に帰ってて。私は直接この村に行ってくる」

「は、はぁ、わかりました」

弟子はカバンを持ち、御者に何か言付けをする。御者がうなづくと、馬車は再び走り出した。寂しげな瞳で見つめる弟子をしばし見つめ返してから、視線を手紙の二枚目に落とす。


「不思議な現象というのは、魔女のこと。魔女って分かるわよね?悪魔と契約して人々に悪いことをもたらす化け物のことよ。まぁ、わかってるか。

数年前、村を不作になったことから全ては始まったの。ある日、私達に親身にしてくれたジェームズおじさんが森の木に吊るし上げられて死んでいたの。そこからすぐ、よくクッキーを作ってくれたマリーおばさんが発狂して、おばさんの子供のトムも行方不明になったの。

学者さんに調査してもらったり教会の神父さんに頼んで探してもらったり、色んな手を尽くした。けど一向に原因が見つからなかった。

そこで私はあなたの占いに頼みたいの。あなたの占いは絶対に当たる。小さい時からそうだった。腕前はお墨付きだから、村のみんなも納得してくれたわ。

だから、どうか来てくれない?私達を、村を助けて。


あなたのファンであり幼馴染であり親友 ラズリより」



「来たんだね!ラピス!」

馬車を降りると、ラピスは抱きつかれた。人一人分の重圧がかかる。耳元に赤い長髪がわさわさと揺れている。

「久しぶり!なんかおっきくなったね!」

「アンタもね、ラズリ……というか離れてくれる?重い」

しょーがないなー、とラズリは彼女から離れた。腰まで伸ばした赤い長髪。そばかすのある白い肌。メロンが二つ付いていると称しても差し支えないほど良く育った胸。一流とは言えず安い麻で作られた地味なドレスに包まれているものの、顔の良さとスタイルの良さは健在といった感じだった。

「今日はもう遅いから早く宿屋に向かえって長老様に言われてるの。行こっ」

年の割に小さなラズリの手に引かれ、ラピスは村を歩き始めた。卵型の顔を左右に振りながら、村の様子を見る。建物は多少古くなっているものの、大きく変わっているところはない。ただ畑だけは荒れていてとても作物が取れそうになかった。

「ねぇ、ラピス。まだ占い師やってるんだよね?」

「えぇ。毎日腕を磨いているわ」

「今まで一回も外れたことないの?」

「ないわ」

「……それってさ、辛くならない?」

「当たらないよりはマシよ」

「辛いなら辛いって言いなよ?目の下、クマができてるし」

分かってるよ、とラピスは彼女の手を振り払った。それならいいけど。ラズリは目をそらした。ラピスは最後の言葉に若干寂しさを感じていた。

目の前に紫色の屋根の家が見えた。宿屋に着いたようだった。

「それじゃあね、ラズリ」

「それじゃあ」

ラピスはラズリに手を振った。宿屋に入ったら女将さんと久しぶりに抱擁しあった。昔懐かしいご飯を食べ、部屋に戻る。部屋は赤いベッドと机があるだけの簡易なものだった。皮袋を置いて、ベッドに横になる。

窓の外はすっかり暗くなっていた。何か唸り声が聞こえた。犬や狼の鳴き声にも似た、言葉にならない低い声だった。音はどんどん近づいてくる。裾を引きずる音も共に聞こえてきた。

ラピスは震える足で窓に近づく。辺りを見回す。何もいない。というか暗いから見えなかったのだ。諦めて戻ろうとした時、前から首を掴まれるのを感じた。五本指があり、人間の手であることがわかった。しかし、その手の持ち主は人間とは言い難かった。腕の先を見ると、紫のローブをかぶっているソレは目をくり抜かれ、肌はただれている化け物だった。

「ウ…ナ…ナ!…ラ…ウナ!」

唸り声とは別に言葉のようなものを大声で発している。何を言っているか全くわからない。

「おい!居たぞ!魔女だ!」

どこからか男の声が聞こえた。化け物は声の方向とは逆へ走り出した。化け物が逃げた方向を男達数人が追っていた。

(あれが魔女?)

ラピスは咳をする。洗面台に映った首には血のような赤い色が付いていた。



朝になった集まった長老の家には占い用の机が用意されていた。その周りには村人が取り巻いていた。その中には勿論ラズリもいた。長老は近づき、彼女に持ちかける。

「それでは頼むぞ。ラピス。魔女の正体を明かしてくれ」

「分かりました。ダウジング・ペンで占いましょう」

「ダウジング・ペン?ダウジングとは振り子で占うアレか?」

「えぇ、振り子の部分をペンに変えた特殊なアクセサリーを利用して魔力で問いの答えを書いてもらうのです」

ラピスは左手で白い紙を置き、ペンのついた振り子を右手に持った。長老は下がり、椅子に深く座った。ラピスは瞼を閉じ、呼吸を整える。

“火よ。水よ。土よ。風よ。そして、トートよ。この村を苦しめている魔女の正体を教えてください”

心の中で問いかけ、瞼を開く。ペンはひとりでに紙の上を滑った。ペンが止まった時、ラピスは息を呑んだ。

“Lazuli.(ラズリ)”

(ラズリ?私の親友ですって?あの子が魔女なの─?

いや、そんなはずはないわ。あんないい子が恐ろしい事態を起こすはずはない。

でも私の占いはずっと当たってきた。だからこれも正解だろう。

だが、正解だと告げたらあの子はどうなる?別の国で聞いたが、魔女は火でくべられたり水に沈められたりして酷いやり方で殺されるらしいじゃないの。どういう死に方にせよ、この答えを告げたらあの子が殺されることは間違いない)

どうすれば─!

ラピスが1人で葛藤している時、窓から黒い木の葉の混じった強い冷たい風が吹いた。残酷な真実が書かれたその紙は舞い上がって、長老の前に落ちた。長老はその紙を見るや否や、小さな目をギョロリとさせラズリを見た。長老は不思議がる周りの村人にそれを見せる。先ほどまで好意的に見ていた彼らも同じようにラズリを見た。

「これからラズリを火刑にする!」

「異議なし!」

一番最初にドアを出て行った長老に続き、数人の村人はラズリの腕を捕まえて出て行った。ラズリの頬に一筋の涙が流れるのが見えた時、ラピスは立ち上がって止めようとした。しかし、足が全く動かない。鎖で縛られているかのように動かないのだ。残りの村人も彼らを追って、ぞろぞろと部屋から離れていく。ラピスはそれをどうしようもない気持ちで眺めていた。

「やぁ、絶対に当たる占い師さん。ごきげんよう」

最後の村人の背中が見えなくなった時、陽気な紳士の声が聞こえた。誰?ラピスが震える声でその言葉を発した時に、ラピスの皮袋から一枚のカードが─悪魔のカードが出てきた。

「驚いた?」

悪魔のカードは曲がったり垂直になったりを繰り返して、声を発している。ラピスはただただ呆気にとられつつ、質問した。

「貴方は誰?」

「見て分からない?悪魔だよ。魔女─ラズリちゃんと契約してた悪魔。

あ、なんでカードが喋ってるのかっていう質問はなしね!僕は実体を持たないタイプの悪魔だからこういうのに取り付かないと喋れないだけだから。

そんなことより君に真実を告げなきゃいけないんだ」

「真実?」

「ラズリちゃんが僕と契約して魔女になったワケ、さ。どうする?聞く?」

悪魔のカードは曲げる運動をやめる。ラピスがうなづくと、悪魔は高らかな笑い声を一つ上げた。

「結論から言うなら、君のためだったんだよ」

「私のため?」

「君は絶対に当たる占い師として名声を獲得した。しかし、次第にいつか外れるんじゃないかという不安に悩まされてきた。それは次第に強くなっていくばかりだ。ラズリちゃんはそれを君の肖像画で勘付いていたんだ。だって枚数を重ねていくたびにクマが増えているんだもん。親友としては心配だ。どうにかしないといけない。そう思い始めたのさ。

そんな正義感の強いラズリちゃんは僕を召喚して、こう願ったんだ。

“ラピスの不安の種を取り除いて欲しい。絶対に当たる占い師でなくなってほしい”って。

そして、僕はラズリちゃんと契約して彼女を魔女にした。この村を荒らさせ、魔女に仕立て上げた。その状態で君に占いをさせて魔女の正体を当ててもらった。当然彼女の名前が出るはずだ。しかし、心優しい君は親友がそんなことをしたはずはないと否定する。その時に絶対に当たる占い師の看板、いや、呪いは解ける!ここまでが描いたシナリオだった。まぁ、見事にアクシデントが起こるんだけど……」

ラピスは悪魔のカードの前で崩れ落ちた。紫のフードの中で咽び泣いた。ラズリは自分のことをそんなに考えていたのだ。それなのに自分は何も─何も─!」

「何も出来なかった、そうだよね?」

悪魔のカードが自分の感情の先回りをする。ラピスは立ち上がって、窓の外を見る。火刑場に白い服を着せられたラズリが乗っている。

「普通だったらここでバッドエンドだけど、君にチャンスをあげるよ」

「チャンス?」

「過去に戻って、悲劇を救うチャンスをさ。乗るかい?」

「勿論。彼女を助けるためならどんなことでもする!占う前の自分を止める!」

「それじゃ、先に代償を払ってもらおうか」

「代償?」

「当たり前さ。タダで行こうだなんておこがましい。そうだね、その美しい目と皮膚と声をもらおうか」

「構わないわ、持って行きなさい」

ラピスに地獄のような痛みが走った。しかし、ラズリのことを考えると耐えられた。

「それじゃ、行こうか」

「ウ…ナ…ナ!…ラ…ウナ!」

「はは、“占うな。占うな”って言ってるつもりかい?まぁ、いいや。せいぜい必死に説得するんだよ」

こうしてラピスという化け物と悪魔のカードは忽然と消えた。机の上にはダウジング・ペンと皮袋だけが残され、窓の外では怒りの炎と悲しげな煙が登っていた。

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