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第九話

 朝日が眩しい。

 正直、こんなにも晴れ晴れとしない気分で迎える朝は……ほとんど毎朝だ。

 ぶっちゃけた話、総理になってからというもの僕は、休みというものをほとんどとっていない。


 基本土日祝日は休みと聞いていたものだったが、思いついてしまえば法案は練らないといけないし、出来上がれば記者発表が待っている。

 そして漸くそれらが済んだかと思えば、今度は二人の嫁の相手。

 怜美を妻に迎えてから早くも一か月が経った。


 齢十五にして僕は過労死するんじゃないか、なんて考えが浮かんでくる。


 しかもそれが割とリアルな感覚だったりするから笑えない。

 もちろん桜花辺りは、僕が過労死なんかしない様にギリギリを見極めてくれているのではないかと思うが、どうせならギリギリよりももう少しだけ手前で何とかしてもらうことは出来ませんでしょうか……。


「総理、今日はお顔の色がよろしくない様ですが。体調がよろしくないのであれば、今日はお休みを取っていただくこともできますよ」

「……問題ない。それより、今日の予定は?」

「本日は、例の法案を通したことによって必要になりました、D社の社長との会食が午前十一時半から、そして午後三時より長野県への視察があります。視察は午後五時までを予定しておりまして、公邸への帰還は午後七時から八時の間になるかと」


 今日はまだ比較的楽というか、予定が少ない方か。

 一時期、僕はそれこそ何処の売れっ子タレントだよ、と言いたくなるくらいにまさしく分刻みのスケジュールで動いていたこともあった。

 ただ、今と違ってあの時はまだ仕事を始めてそこまで経っていなかったこともあってまだ余力があったと言える。

 

 だが、こうして忙しなく動きまわって漸くわかることがある。

 それは、人間というのは休みなく動きまわれるものではない、ということだ。

 やはりどこかで体はじっくりと休める必要があり、それが行われなければ何処かしらから生じた歪によって人間というのは壊れていく。


「秀一……あんた、ちょっと頑張り過ぎなんじゃない?」

「心配ない。ちゃんと夜も相手をしてやるから安心していい。それより、僕の留守の間はしっかりと頼むからな」

「……わかってるわよ、バカ」

「怜美さん、お口が悪いです。一応今は仕事の時間でもありますので、公私の区別はつける様にしていただけますか?」

「……失礼しました」


 ふん、と拗ねた様な顔でそっぽを向く怜美だが、これについてはもう直るかどうかとか、どうでも良かった。

 正直、礼儀正しい怜美とか僕からしたら気持ち悪いの一言に尽きるし、官邸の執務機能が集中する四階と五階にいるのは僕ら三人だけなのだ。

 無駄は出来る限り排除を、ということで以前、僕はパソコン等の通信機器を一定のレベル扱えない人材を、老若男女の区別なく一斉に切り捨てた。


 これからの時代において、難しいから、というくだらない言い訳をしてアナログに縋る様な人間は必要ない。

 窓際族でもいいから、と追いすがってきた者も一定数いた様だが、改善する意思が欠片も感じられなかったということから消えてもらい、きちんと一定水準を満たす者のみを残した結果、三階の事務室だけで事足りる、という程に人員削減ができた。

 官僚であるという理由だけで甘い汁を吸える、公務員であるから安定している、というふざけた風潮も、今の時代にはもう必要ない。


 本当に必要なのは、仕事をきちんとこなせて、実績を残せる者。

 また、臨機応変に立ち回れる者なのだ。

 ……そんなことを考えていると、また段々と気分が悪くなってくるのを感じる。


 D社社長との会食と言っていたが、内容がどんなものなのか滅茶苦茶気になる。

 油ものとかなら正直食べる前からリタイアしたい気分だ。

 しかし、D社とのパイプは今後の計画の為にも有用というか不可欠だ。

 

 なければ計画自体を遅らせる結果になるだろう。

 それだけは避けたい。

 何とかして、会食は蕎麦屋とかでざるそばでも、なんて話になったりしないだろうか。


「総理、やはり熱がある様です。一度病院に行かれた方が……」

「それは出来ない。会食の時間はもう近いんだろう? 場所は?」

「駅二つほど離れた場所にあります、中華料理屋です。D社の社長である東野ひがしの様は、中華料理がお好きとのことでしたので」

「…………」


 うん、もしかしたら今日は僕の命日になったりするかもしれない。

 そうなったら、総理はどうなるんだろうか。

 僕以外に法案を通せる人間がいないというのに、この国はつぶれたりするんじゃ……。


「総理、その様にご心配なさるのでしたら、無理は……」

「そんな風に甘えている場合じゃないんだよ。ここが正念場なんだ。この国の国力強化には、D社の力は欠かせない。そして僕は約束したことは死んでも守ると決めている。この国のトップとして、僕はこんなところでへばっていられないんだ」

「……そうですか、ではお仕度を」


 最近何だか桜花は、僕を気遣う様な素振りを見せることが多くなった様に思う。

 前は何となく人間味の感じられない冷血人間臭いところが目立っていたのだが、もしかしたら怜美に感化されている部分があったりするのかもしれない。

 それが成長なのか退化なのかは僕には判別がつかないが、僕は言われた通り支度を始めることにした。


 ただ身支度を整えて鏡を見ているだけなのだが、今日ばかりは鏡に映る姿が死人の様な顔色をしていて、自分自身であるはずなのに気持ち悪い。

 医者に行けば間違いなく過労と診断されるだろう。

 というかチップでおそらく医療系の何某かにはデータが行っているだろうから、知りたければ問い合わせれば済む話でもある。


 とは言え今日ばかりは時間がなく、もうあと一時間もしたら会食の時間になってしまう。

 遅刻をするなんてのは以ての外だし、立場上こちらが上であるとは言っても、先方の機嫌を損ねることなどあってはならない。

 そうなった時点で、僕の計画は頓挫するのと同義なのだ。



「これで、多少は顔色が良く見えるはずです。何度も申し訳ありませんが、大丈夫ですか?」


 桜花が自前のメイク道具を取り出して、車内で僕にメイクを施すと……やだ、これが私……? とはならなかったがある程度見違える程度には顔色が良く見える様になった。

 本当、何でもできるんだな桜花は。

 苦手なこととか、あるんだろうか。


「ないこともないですが、出来ないわけではありませんね。なのでないと言っても差し支えないかと。それよりも総理、移動の間だけでもお休みください」


 そう言って桜花は無理やりに僕の頭をぐいっと自分の膝に押し付ける。

 これは……膝枕か。

 何といい心地なんだ、と……昔母に耳かきをしてもらう為に、膝枕をしてもらったことを思い出した瞬間に、僕の意識は途切れた。



「総理、到着しました。起きられますか?」

「……んぅ……」


 桜花の声が遠くから聞こえた様な気がして、僕の意識は覚醒した。

 先ほどまでの重だるい感じはやや緩和された様に思えるが、まだ少し頭はぼーっとする。

 桜花は僕の額に手を当て、熱を測っている様だ。


「まだやはり下がらない様ですね。ですが、時間が迫っています。行けますか?」

「……心配かけてすまない。大丈夫だ、行こう」


 ふらつきそうになる足を何とか踏ん張って車から降りると、桜花が僕の腕を取って支えてくれる。

 やっぱりこいつ、何か変わった気がする。

 だけどそんなことを考えながらも桜花がいてくれてよかった、と思う僕がいた。



「では……わが社にこれらの製造を?」

「そうです。そして、それをきちんとやって頂けるのであれば、我々としても、国を挙げて御社のバックアップをさせていただきたい、と考えております」

「それは……これですか」


 昔からこのサインは共通らしい、指で輪っかを作って、その中に指を抜き差ししたり、ってことはなかったが……まぁ、どっちにしてもゲスいな。

 僕は首肯のみでそれに応え、D社の社長である東野に微笑みかける。

 

「ちなみに、どの程度の……?」


 東野は、国からの援助が受けられると聞いて目の色を変える。

 昔からある、所謂袖の下というやつだが、これは実は不正などではない。

 僕が望むものを、望むだけのクオリティで、それなりの早さで作ることができる企業がたまたまここにしかなかったという、それだけの話だ。


「それは、出来とペース次第です。仮にペースが良いとしてもクオリティが低い場合には論外ですし、物が良いからと時間をかけすぎるのもNGですね。必要量、それなりのペースでおつくり頂きたい」

「なるほど……承知いたしました。我が社も全力を尽くして、総理のご意向にお応えしたいと考えております」

「おわかりのこととは思いますが、社員には箝口令を敷いてください。万が一にも外部に漏れてしまうのは避けたいので」

「それは我が社としても同じです。なぁ、浜口」

「ええ」


 浜口と呼ばれたその男性は東野の秘書だという。

 男性の秘書……桜花のイメージがあるからか、この東野があっちの方面の人なんじゃないかと一瞬勘繰ってしまう。

 そして元々悪かった気分は更に悪くなっていった。


「で、では……詳細につきましてはまた、近い内にご連絡差し上げようと思います。ゆっくりしていきたいところではあるのですが、生憎この後長野まで視察に行かなくてはならないものでお先に」

「そうでしたか。その若さでその忙しさ、なかなか出来ることではないと思われます。お互い、無理のない様に頑張っていきましょう」


 あまりしたくはなかったが、僕と東野は握手をして別れた。

 濡れティッシュ的なものを、桜花は持ち歩いてくれているだろうか。

 兎にも角にも、最悪の体調の中僕は何とか一つ目の仕事をやり遂げることができたと思う。


 東野に関しても秘書の浜口に関しても、口外することはないだろう。

 口外した場合にどうなるかは連中もわかっているだろうし、約束を違えればまた連中の人生は終わる。

 僕の話を聞いた時点で、彼らの人生は決まった様なものなのだ。



「悪い、桜花……ティッシュあるか? 濡れてるやつ」

「それは、私の使用済みを、という意味ですか?」

「……違う。除菌ティッシュとかでもいい。あったら出してほしいんだが」

「そういう意味でしたか、失礼いたしました。先ほどまでよりも、顔色がよろしくない様ですが」

「ああ、それは……体調がどうの、ってよりもう少し別の要因がだな……」


 口に出すことも憚られる。

 もっとも連中はもしかしたら、この後受注祝いとか言って浜口が口に出されたりとか……何だ、僕の脳みそは腐ってるのか?

 そしてそんなことを想像したからかますます気分が悪くなり、またも桜花から駅に着くまで寝ている様言われた。



「到着しました。……大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 新幹線の中でも散々寝ていたはずなのだが、やはりあんなのは休んだことにはならないのだろう。

 僕の体調は目に見えて悪くなっていた。

 そもそも何で僕はこんなところに来ているのか。


 それは、一枚の手紙に端を発する。

 一週間くらい前に、官邸当てに一通の手紙が届いた。

 子どもの字で、しかしちゃんと切手も消印もある封筒に入れられたもの。


 桜花が先に中身を確かめて、毒や爆弾の類ではないということはすぐに判明したが、今にして思えばあの薄さなら少なくとも爆弾は……いや、今は割と何でも小型化されている時代なんだ。

 桜花は身を挺して僕を守ってくれたのだと考える様にしておこう。

 それはともかく、手紙にあったのは僕に会ってみたいという旨の書かれた子どもからの手紙だった。


 どうやら少子化対策として打ち出している内容を曲解したのか、それともわざと……いや敢えてそう伝えたのか、総理は子どもが大好きだ、みたいな感じのニュアンスでその子どもに伝わってしまったものと考えられる。

 別に嫌いではない、とは思う。

 実際そんなに子どもと接する機会なんてなかったし、何より二人の妻との間にもまだ子どもはいないのだから、正直なところわからない。


 だが、この手紙が来たことを何処からかマスコミが嗅ぎ付けて報道してしまった為に、僕はここに来ることを余儀なくされた。

 色々タイミングが悪いとしか言い様がない状況だが、もう逃げることも出来ない。

 もちろん、勝手に報道したことは許されないことだし、本人の許諾なしに撮影等をすることも厳罰化してあるので、その報道をした連中については既にこの世の人ではないのだが。


 そんなことがあったせいもあって、僕はわざわざここまで来なくてはならなくなり、半ば死にかけていると言うわけなのだ。


「総理、お下がりください。私の後ろから、動かない様に」

「は?」

「いいから、早く」


 目的地の駅から数十分、おそらくここが目的地なのだろう、という木々の深い場所にきて、桜花が普段よりもやや厳しい語調で僕を制する。

 何だ? と思っている間に桜花は何処から取り出したのかマシンガンを構え、辺りに向かって発射し始めた。


「うわわわわわ!!」

「…………」


 ぱたたたたた! と小気味いい音と共に木々の間がざわめき、キキっという鳴き声と共に逃げていく何か。

 ……どうやら猿の様だ。


「囲まれておりました。ご安心ください、これはエアガンですので」

「……そ、そう……」

「目的地はもう目の前です、行きましょう」


 そう言って桜花は僕の手を取り、スタスタと歩き出した。

 ところでさっきのマシンガン……何処にしまったんだ?

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