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第八話

「怜美、本当に良かったのか?」

「何言ってるの? 今更なこと言わないでくれる?」


 割とあっさりと、僕と怜美に生じていた溝は埋まったと言える。

 それと言うのも、桜花の出した考えに基づいた法案によるものではあるのだが、これがまた僕が実はまだ常識人だったのだと思い知らされる内容だった。

 

『一夫多妻を認める、というのはいかがでしょうか』


 最初、僕には桜花が何を言っているのか理解できなかった。

 おそらくは怜美にしてもそれは同様だったのではないかと思う。

 本人に言えば間違いなく怒られるだろうが、あの間抜けにもぽかんとした表情。


 少なくとも長い付き合いである怜美のあんな顔を、僕は見たことがなかった。

 確かに理にかなっているとは思う。

 ただ、際限なく男側に女を何人もつけるというのは、どうにもこの国の混乱を招く結果にしかならない気がすることから、人数制限みたいなものを設ける必要はあるし、更に言えば一般的に子どもを作ることのできるとされる年齢を超えた者については適用外、という様な注釈も必要になるはずだ。


 財産目当てに年寄りの嫁になって、なんてのは正直僕に言わせれば愚の骨頂だ。

 そんなものを目当てに結婚するくらいなら、老後の世話を子どもに託すって考える親の方がまだマシに見える。


『では、男性一人につき五人までとしようか。この根拠は、正直相手に出来る人数は歳を取ればとるほど減っていくはずだし、これ以上増やすことは独占や将来的な近親婚なんかに繋がりかねない』

『そうですね。それに伴って、避妊薬や避妊具と言ったものを廃止されるのをお勧めします。何故ならそう言った状況にあっても妊娠しない状況というのは本来、今の法律の中ではありえないことですから』


 こんな会話を淡々と続ける僕らを、怜美は青ざめた顔で見ていた。

 もちろん、一夫多妻を認めることになったとなれば僕は怜美を妻に迎えることができるわけで、毎晩の様に興じている、あんなことやこんなことも怜美とすることになるだろう。

 そして怜美もそれを連想しているのは間違いないと思った。


『逆に精力剤的なものは、効果を国内で検証したものであれば海外からどんどん輸入していいかもしれないな』

『それは以前話題になったデートレイプドラッグの様な結果にならないでしょうか?』

『まぁ、なることも考えられないわけじゃないが……しかしそれをすれば即死刑だ。今はラブホテルに入るにも夫婦であることの証明は必要だし、何よりチップがそれを許さない』


 何かとんでもないことに自分は巻き込まれているのではないか。

 怜美の顔はそう言っている様だった。


『ご安心ください、平沢様。月経時や体調不良時を外して行為を行うだけで良いのですから』

『だ、だけって! あんたたちはそりゃ毎晩の様に狂った様にやってるかもしれないけど……!』

『平沢様との初夜に関しましては、私も席を外させていただこうと考えております。思い出は大切になさるべきだというのは、私も同意ですから』


 これまた何とも桜花らしくない言葉が飛び出した気がする。

 そんなものお構いなしに職務の為、僕の為に動いているという印象の強い彼女から出る言葉とは思えないものだった。

 本音で言っているのかはわからないが、仮にそうなるのであればおそらく桜花は席を外し、僕と怜美はそうした行為に興じることができるだろう。


 そんなわけで僕はこの国における一夫多妻制を認める法案を記入し、発表したというわけだ。

 ちなみに、一人五人までとしたがこの人数を一人でも超えれば即死刑だ。

 僕の法律に温情なんてものは一切存在しない、ということももちろん会見で発表させてもらった。



 そして記者発表の翌朝。

 そうなるなら早い方がいいと怜美が駄々をこね、正直面倒だ、と思う気持ちを全面に出しながら予定も特にない僕は婚姻届けにサインをした。

 ちなみにこの婚姻届けも従来の物と異なり、保証人等は必要がない。

 ただ、一応大事な娘をもらい受けるのだから、ということで僕と桜花、そして怜美は怜美の自宅へと向かうことになったのだ。


「何て顔してんのよ、あんた」

「いや……ていうか何でお前、ここにいんの? 昨夜一旦帰ったよね。わざわざこっち来なくても、挨拶がてら迎えに行く予定だったんだけど」

「い、いいでしょ別に……好きな人を迎えに行く、とかそういうの、憧れる年頃なんだから」


 そう言って怜美は車内で照れくさそうにそっぽを向いた。

 その様子が何故だか僕の中で可愛いという仕草として認識されて、鼓動が少し高鳴ったのを感じる。

 立場が立場だから普遍的な恋愛なんかには縁がないと思っていた僕ではあるが、こんな甘酸っぱい瞬間を味わうことになるんだったら、幼馴染とか面倒だって思ってたけど、いてよかったと思えるものになったと言える。


「総理、鼻の下が伸びておいでの様ですが。その様なだらしのないお顔で平沢様の親御さんへご挨拶なさるのですか?」

「……失礼な。ちょっと見とれただけだって」

「それって、私に? ねぇ、私に見とれたの?」

「…………」


 何だろう、うざさ五割増しくらいの鬱陶しさ。

 ちょっと褒めるとこれか。

 桜花がいかに楽な女なのか、って言うことを思い知らされた気がする。


「めんどくさいって思ってるでしょ」

「…………」

「何年あんたを見てきたと思ってるの? ちゃんとわかるんだから」


 ああ、本当に面倒だ。

 正直今からでも白紙にできないかな、なんてことをついつい考えてしまう。

 昨日こいつをめとると決めたのは僕だし、その決意そのものが嘘だったってことはないんだけど、何て言うのかこいつ絶対彼氏とかできたらベタベタしたがるタイプだろ、と僕は思った。

 

 そういうのに全く興味がなく、セックスはあくまで子作り行為で快楽はそのおまけ、くらいに考えている僕からしたら非常に無駄なことに感じられる。


「……でも、ありがと。私、絶対頑張っていい奥さんになるから」


 ……なんてことを考えていたのに、不覚にもキュンときました。

 赤い顔でそんなこと言われたら、こんな場所なのに興奮してしまいそうになる。

 以前みたいに無邪気に遊ぶことのできた、あの頃の僕はもういないのだから。


 とは言ってもこいつにやってもらうのは夜のお稽古以外では、職務の補助という言わば桜花の後輩に当たる様なことをしてもらうことになる。

 そして守秘義務というものがあるし、そう言った事情についても決して口外しない様に、という様な教育が必要になるだろう。

 もちろんその辺は桜花がやってくれるんだろうから、僕としては心配していないが……一つ気になるのは、こいつがどんな女かというのを僕は知らないということだ。


 いや、大まかな性格とか味の好みなんかはある程度知っている。

 だがそれはあくまで、友達として接する場合の表面的なものだ。

 僕が言っているのは、内面的なもの。


 つまり普段隠している、或いは自分でも気づいていない潜在的な要素。

 女は男を知ると変わる、みたいなことを何かのサイトで見た記憶がある。

 こいつが僕と結ばれることで、どんな変化を見せるのか。


 そこが未知数なだけに、僕としてはちょっとだけ怖かった。


「到着いたしました。総理、平沢様、どうぞ」


 グダグダと今すぐ答えの出るはずがないことを考えている間に、怜美の自宅……まぁすぐ隣が僕の家なんだけど、到着した様だ。

 先に僕が車外に出て、怜美に手を差し伸べると怜美は驚いた顔で僕を見て、その手を取った。

 どうだ、これが女を知って、教え込まれた男の成長の一端だ。


「……何そのドヤ顔。早く行くわよ」

「……お、おう」


 以前から思ってはいたが、やはり辛辣だ。

 割と恥ずかしい思いをしながらも頑張ったつもりではあったのだが……。



「久しぶりね、秀一くん。すっかり立派になっちゃって」

「いえ、ご無沙汰してます、おばさん」


 女の人におばさんなんて! と思う人も多かろうが幼馴染の母を呼ぶ時なんて、大体こんなもんだ。

 桜花に買わせておいた土産の菓子を渡し、茶の間に通された僕らはそれぞれ座っておばさんが茶を持ってくるのを待っていた。

 怜美のお父さんも同席していて、その目は何となく険しいものに見える。


 それはそうだろうな……。

 大事な娘を、って思うのが普通だし、正直な話僕はおばさんは嫌いじゃなかったがおじさんは得意でなかった。

 そして総理になった今も、その思いはあんまり変わっていない様だ。


「お待たせしました。粗茶ですが、とか言うべきかしら」

「ありがとうございます。おばさんの淹れるお茶は美味しいですから」

「本当あんた、うちのママ好きよね。あんまり人の親と仲良くするの、やめてくれない?」

「別に親密な仲とかじゃないんだからいいだろ……てかおじさんの前でそんなこと言うのこそ、やめてくれよ」

「まぁ、仲が良いわね……あの時は本当、どうしようかと思ったけど」


 おばさんの言うあの時、というのは僕たちがその関係に溝を作った日のことを指すんだろう。

 僕と怜美がああなってからも、おばさんと僕の母の仲は変わらなかった様で、顔を合わせれば世間話などしていた様だし、僕もそこに混ぜられることだってあった。

 もちろんそこに怜美が加わることは一切なかったし、通りがかっても僕を見ることもなくスルーして家の中へ、というのも何度か見ている。


 それが今や、結婚します、なんてことになっているのだからおばさんがああ言ったのも納得だ。

 

「その……怜美をお嫁にもらって頂けるというのは非情にありがたいことなんですが、私も夫も、生活の方は大丈夫なのかなって気になっていまして」


 言い出しにくいことであろう内容にも関わらず、おばさんは割と遠慮することなくズバリと切り込んでくる。

 もちろん、僕も職務をこなしている以上給料をもらっているし、一般的な新卒のサラリーマンなどに比べたら比較にならないほどの金額だ。

 そして桜花はその質問を予期していたらしく、僕の収入が大体どれくらい、というものをデータ化して持参していた。


「こちらをご覧いただければおわかりになるかと思いますが、収入としてはこれくらいです。また公費で賄われる部分も多くありますので、支出としてはこれくらい……」


 スラスラ淡々と桜花は僕の収入、支出についての説明をしていき、その金額を耳にしたおじさんもおばさんも、目を丸くした。


「それから、総理の奥様になる怜美様におかれましては、私同様秘書官を務めて頂くことになります。よって高校へ通うことはできませんが、中卒扱いになることはなく、世間的には大卒相当の学歴を保証されるものとなりますのでご安心を。それに伴いまして、当然ながら給料の支払いも……」


 これについてはまだ怜美にも説明をしていなかった部分だ。

 だからか怜美も一緒になって目を丸くしていて、こんなにもらっていいの? なんて呟いていた。


「……とまぁ、こういうわけなので金銭的な部分については、何一つご心配なさることはないかと思います。また総理の制定した法律によって子どもを作ることが義務化されていますので、怜美様及び総理の体に何の問題もない様でしたら、近い将来お孫様の顔をご覧いただくことも出来るかと」


 これについては怜美一家は物凄く複雑そうな顔をした。

 もっとも怜美に関してはその前工程をモロに想像したんだと思うが、おじさんとおばさんはこの年でじいさんばあさんか……と言った面持ち。

 無理もないだろう。


 二人は僕の知る限り、まだ四十手前のはずだ。

 三十半ばだったかな。

 まぁその辺はいいとして、孫が出来るには早い、と思われていても不思議ではない。


 もちろんそれも、僕が総理になる前の世界であれば、という話ではあるのだが。

 これからはしばらく、これがこの国の標準になって行く。

 その為に今日、僕らは結婚報告をしにきたのだから。


 複雑そうな顔が崩れないおじさんとおばさんに今朝書いた婚姻届けを確認してもらい、僕らはこの後役所へと提出に行く。

 ……ああ、本当にめんどくさい。

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