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第二十話

「今まで何処にいたんだよ、お前……」

「ずっと、ここにおりました。ですが、これには色々と事情がありまして」

「何よ、事情って……ちゃんと説明しなさいよね……」

「この十日間の総理はもう、見ていられないほど憔悴されてたんですから……」

 

 今度はもう、何処にも逃がさない。

 そう言った意志を込めて、僕らはがっちりと桜花を掴む。

 それにしてもずっとここにいた、ってどういうことなんだ本当に……。


 やっぱこいつ、人間じゃなかったってことか。


「総理、あなたは総理になった朝、夢を見ましたね」

「何でそれを……って言いたいとこだけど、お前だから知ってるんだよな。何となくわかるよ」

「そうですね。あの方は私の元上司です。厳密には今も上司ですが、あの方の力であなたは絶大な力を手に入れました。ここまではよろしいでしょうか」

「ああ、そうなんだろうな。そうじゃないと色々説明がつかない」

「どういうこと……?」


 当然ながら理解できるわけのない話だし、何より僕はあの日に見た夢の内容を誰にも話していない。 

 それを知っているということは、桜花があの爺さんの関係者であることは明白だし、怜美たちがあの夢のことを知らないのは当然だ。


「それについては後ほどご説明差し上げますね。まず私はとある世界の住人ですが、総理もお察しの通り、この世界の住人ではありません。何を言ってるのか、と思われるかもしれませんが、幸いにも総理はその可能性も頭に入れた上で怜美さんや穂乃花さんに私のことを話してくれて、そしてお二人も信じてくださいました」

「考えてみたらおかしいことばっかりだったからな。普通の人間じゃこうはいかないだろ、って言うことばっかりでさ」

「それはベッドの中でですか? それとも普段の職務等においてでしょうか」

「……ノーコメント」

「まぁ、どっちもってことよね」


 何でノーコメント、って言ってんのにこいつ、勝手に答えるの? 

 いつから怜美は僕になったわけ?

 まぁ、大体合ってるけど。


「いいから続きを話してくれよ。気になって仕方ない」

「そんなに私が好きでしたか、総理は」

「…………」

「まぁそれはさておいて……私には上司から言われていたことがありまして。ここに来る前のことですね。お前は周りの気持ちに無頓着すぎる、と。だから人間と接して、少しでもその感覚を磨いてこいと」

「…………」


 何となく、そう言われると納得できる様な気がしないでもない。


「総理の世話をする様言われた時、正直な話、何このガキ、くらいに思ってたんですが」

「おい、ここまで来たらもう少しなんだから取り繕い通せよ」

「よくよく見ると可愛らしいな、とも思いました」

「……そうですか」

「若さのせいもあってか、最初はオタオタしていた総理でしたが、見る見る内に風格の様なものを身に着けて行きまして、ついには私みたいな世間知らずを妻に迎えてくれました」

「じゃああれか、お前が妊娠しなかったのって」

「ええ、特別な力によるものです。総理の性格上、先の奇襲攻撃までは筋書きとしては読めていましたから。万が一にも妊娠してしまうわけにはいきませんでした。そうでなくては、あなたをお守りするのに支障が出てしまいますから」


 なるほどな。

 とは言っても見た目には人間と言われたら絶対疑わない自信あるし、せっかく話してくれてることではあるが、半信半疑ではある。

 だけど、十日の間ずっとここで身を潜めていた、という意味のわからないことを、普通の人間にはなかなか出来るとは思えない。


「私が人間の気持ちを理解できた時、それは私が消える時だとも言われていました。何故でしょうね、普段考えていることはわかっていたのに、それでは気持ちを理解したことにはならなかった様です」

「桜花さん、それってきっと……」

「そうですね、桜花さんが理解しなければならなかったのは、思いやる気持ち、だったんじゃないでしょうか」

「…………」

「実際に理解できたのは、総理のあの言葉を受けてのことです」

「あの言葉?」

「桜花さんが消えたとき、だから……私も総理を愛していますよ、って返すに至った総理の言葉があった、ってことですよね」


 穂乃花……割と鋭くて参っちゃう。

 怜美は穂乃花の爪の垢でも煎じて飲んだらいいんじゃないかな。


「……ノーコメントで」

「通じると思ってるの? 何を言ったのか、言いなさい」

「…………」

「私も、聞きたいです。ダメですか? 総理……」


 だからノーコメントと言っているのに何でこいつら……。

 正直恥ずかしいし、二度と言える気がしないかもしれない。


「総理、もう一度仰って頂けるのでしたら、私は一生涯あなたのお傍にいることを約束いたします」

「……卑怯なやつだな、お前」

「ええ。私も総理を、愛していますから」


 くそ、何なんだこのドヤ顔。

 こんな表情豊かじゃなかっただろお前……。


「さぁ、言いなさいよ秀一」

「総理、言ってしまいましょう」

「…………」

 

 ああ、こいつら僕が何て言ったか、もうわかってるなこれ。

 この顔……何で二人とも、桜花の真似してんの……。


「わかった、わかったよ!! 桜花、お前がいなくなったら僕だって困る!! 一度しか言わないから良く聞けよ!!僕は――」



 あれから更に三年が経過した。

 あの恥ずかしい、黒歴史とも言える様な絶叫告白。

 実は、あれは言わなかったらまた桜花が消えてしまう、という恐ろしい内容の話だったことを、後になって聞かされた。


 僕の気持ちを試したかった、と言っていたのだが、仮に僕が言わなかったらどうするつもりだったんだと聞いてみたところ、元の世界で寂しく過ごしていたはずだ、という回答に何となく背筋が凍る思いをした。

 それから、僕だけでなく最低でも僕と怜美、穂乃花は桜花のことを思い出していなければあそこに姿を現すことができなかった、というものでもあったらしく、僕が必死であの二人に思い出させたのは無駄ではなかったということなのだろう。


秀花ひでか、お父さんは今日お仕事なので一緒に行きますか?」

「行く!」


 あの後、桜花は一か月ほどして妊娠した。

 怜美に遅れること三年、穂乃花に遅れること一年と最初の妻のはずだが最後に妊娠というものではあったが授かりものですから、と笑っていた。

 これも意図的なものであった、というのは以前聞いたが、今でもやろうと思えばできる、とのことだ。


「秀花ちゃん、今日も元気だねぇ。朱里と一緒に遊ぶ?」

「遊ぶ!」


 桜花との娘である秀花は、何でも肯定する変な癖を持っていて、手に余るとギャンギャン泣き出す変な子だ。

 

一穂かずほも一緒に遊んで来たら? お姉ちゃんいるから」

「うん……」


 穂乃花との子は男の子で、何となく女の子二人に挟まれて居心地悪そうにしている辺り、僕に似ている気がしないでもない。

 だけど穂乃花に似たのか心優しい部分はちゃんとあって、朱里のことも秀花のこともちゃんと、大事に思っている様だ。

 もちろん家族愛的なものなんだろうと思うし、そうでなくては困る。


 官邸の僕らの仕事部屋の一角に子どもが遊べる様なコーナーを作ってあるので、桜花と怜美と穂乃花は交代で子どもたちの世話をすることができる。

 僕が就任してから六年が経つが、国は大分その姿を変えた。

 山やある程度の自然は残しつつでの開発、アクセスの整備、そして少子化対策。


 これらの効果は目に見えるところまできたと言える。

 この国の中だけでも、人口は四割ほど増えた。

 毎年一定数の人間が死んでいくのは仕方ないとして、これで死刑がもう少し減ったらなぁ、なんて思う。

 

ある程度の補助は国から出しているので、生活に困る人間もかなりの数減っている現状があるのに、何でだろうと思うがやはり、見た目がどうとかそういう問題から、射殺覚悟で強姦に及んだりという人間が全くいなくなるということはないらしい。

 命がけで快楽を求めるというのもすごい話だが、これは恵まれている人間の観点だろう。

 この辺についてもまだまだ追及は必要そうだ。


「総理、次の子どもはいつ頃?」

「……それ、仕事中に話さないといけないことなのか?」

「怜美さんのお腹には、もう二人目がいますよ」

「……マジ?」

「マジです。ですから、私たちも渋滞中というやつでして」

「…………」


 桜花と穂乃花が、二人並んでニコニコしながら僕を見てくる。

 元々仲悪くはなかったみたいだけど、いつからこんな結託みたいなことする様になったんだろう。

 女が徒党組むと、大抵ロクなことにならんのだよな……。


「今夜辺りということでよろしいでしょうか?」

「……わかったよ、準備しといてくれ」

「それから、怜美さんはいつ頃からお休みを?」

「それなぁ……今ちょっと忙しいけど……亜紀か誰かこっちに引っ張れないか?」

「確認してみましょう。それから、東野様と奥田様が、また総理にお会いになりたいと仰ってますので、調整をとのことですが」

「ああ、あの二人か。そうだな……穂乃花、適当な日にち見繕って伝えておいてくれるか?」

「畏まりました。それで総理……私も今夜、よろしいんですよね?」

「……そう、そうね。それでいいから、お仕事おなっしゃーす」


 子どもが出来るとか、そういうのって張り合ったりするもんじゃないと思うんだけど、僕だけなんだろうか。

 もちろん本人たちは産めるなら何人でも産みたいとか言っていたし、体が弱いとかそういう事情もない様だから別に何人でも構わないんだけど。

 ただただ、休ませる為のスケジュール調整が厄介だな、って。


 幸せな悩みだよな。

 しかし僕が率先して結婚や出産に励んだことは無駄にはなっていないらしく、世界各国で同じ様な動きは強まった。

 もちろん調子に乗って浮気して射殺されてる様な間抜けも一定数いる様だが、そういうやつの大半は既に子どもを何人か拵えているから、人口減少の危機はそこまで高くない。


 それに一定のスパンでそういう見せしめがなされると、やはりチップの効果は本物なのだと疑うものもその都度減っていく。

 抑止力としては十分な働きをしているとみていいだろう。


「総理、そろそろお時間ですが準備はよろしいですか?」

「ああ、今年もこの日が来たか。じゃ、行こうか」


 そして、僕はあの世界統一が為された翌年から、世界の統一が為された日にあの砂漠の近海へ必ず赴く様にしていた。

 病気の再発が怖い、というのもあるが、自分の中で消えることはおそらくないであろう、後悔の念。

 それを少しでも晴らしたいという自己満足ではあるが、必ず赴いて黙とうをささげる。


 これは桜花からの勧めなどではなく、僕自身が考えて決めたことだった。


「すっかりと総理も大人になられましたね」

「まぁな。あれからもう六年経つんだ。桜花は、良かったのか? 僕みたいなガキのお守りを一生しないといけないなんて」

「何を仰いますか。私はもう、離れろと言われましても、離れることはかないません。総理がその様に、私を育てたのですよ」

「……そういうこと、こういうとこで言うのやめてくれる?」


 いつかの戦場になった海の上空へと向かう機内。

 もちろん専用ジェットで向かってはいるが、怜美も穂乃花も朱里も一穂も秀花もいるのだ。

 子どもの情操教育上よろしくないでしょうが。


「いいなぁ、私も総理にそういう教育、されたいなぁ」

「…………」

「わ、私もしてもらいたいんですが……」

「お前らも本当、こいつの影響受けすぎだから……」


 ともあれこんな風に騒がしく幸せな日々を送りながらも、国はまだまだその姿を変えていく。

 それが楽しみでもあり、憂鬱な時もあるけど……。


「桜花、お前がいるなら全部大丈夫だ。これからも頼むからな」

「心得ております、総理。どうぞよしなに」



 ~Fin~

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