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第十六話

 あれから僕らの忙しさは苛烈を究めた。

 とにかく寝る間も惜しむ、と言った具合に仕事をして、食事なんかはほとんど仕事をしながら取っていたし、だからと言って子どもを夜十時以降まで働かせるわけにもいかないので、九時になったら全員就寝させて、残った仕事は僕と桜花で片づける。


 こういう時、少数精鋭の脆さは露呈するのだな、と痛感した。

 僕らの仕事の実質的な部分は怜美にはさすがに任せられないので、彼女には生活の部分の大半を任せることになった。

 主に休憩を入れたりする時、仕事中においても補給の為のアイテムを用意させるという、重要な仕事。

 

 これだってやってくれる人間がいなければ、僕らのどっちかが無駄に動くことになったりと非効率なことになるし、怜美は怜美で大事な仕事をしてもらっている。

 最初彼女も手を出そうとしていたのだが、さすがにやんわりと止めた。

 当然のごとく文句を言っていたのだが、先ほどの様なことを説明することできちんと納得して、ある意味では僕らの生命線を担ってくれているというわけだ。



「あれからもう三年になります。そろそろ、頃合いではないでしょうか」

「……ああ、もうそんなに経つんだな」


 僕らが本格的に動き出してから既に三年以上。

 穂乃花も十五歳になって、僕と怜美は十八になった。

 他の子どもたちも割と分別のつく年頃になってきて、僕らの力になってくれている。


「じゃ、結婚すっか」

「何でそんな軽い調子で言うのよ、バカね。穂乃花ちゃんの気持ち考えなさいよ」

「いや、もう三人目だから……」

「穂乃花ちゃんだって辛抱強く待ってくれてたんだから、寧ろあんたは感謝しなきゃでしょ」


 そう、確かにこの三年間、穂乃花は実に辛抱強く僕との結婚を待ってくれていた。

 おかげで僕は法に抵触することなく、ここまでやってこられた。

 

「いいの、怜美さん。私、満足だから」


 そう言って穂乃花はキラリと光る指輪を僕に見せてくる。

 前もって桜花に準備させていたのだが、三人ともやっぱり同じものを着けてもらう方がいいだろう、ということでサイズなんかを聞き出して、事前に買っておいた。


「今日から穂乃花も、僕の妻になるけど……後悔はしてない?」

「してない。これからは、堂々とチュッチュしていいんでしょ?」

「…………」

「……あ、ああ。だけど言い方……」

「私みたいに、子どもも作ることになるからね」


 そう言って怜美が手を引いて現れたのは、僕と怜美の娘の朱里しゅりだ。

 実はあの会食の少し後、怜美が目に見えて体調を崩した時期があった。

 僕が東野との会食に向かった時の様な、酷い顔色で仕事に励んでいる彼女を見て、僕にはすぐにピンときた。


 そしてそのピンとくるのとほぼ同タイミングで官邸に病院から電話が入る。

 怜美の妊娠発覚、というわけだ。

 それでも怜美は力になりたいから、なんて言って頑張ろうとしてくれていたのだが、流れてしまったりしては本末転倒だ。

 

 なので僕は、怜美に頼むから休んでくれと懇願して、子どもたちを前線に立たせることにした。

 桜花はあれから一切、妊娠したとかそういう兆候すらない。

 なのにも関わらず病院などからの連絡もない、という少し不思議なことが起こっているが、システムだって完璧なものではないのだろうし、と楽観視していた。

 もちろん正常に全ての臓器は機能していることは前もって確認しているし、桜花がまさかのアンドロイドだった、なんてことはないのだが。


 そして十分な休養のおかげもあって、怜美は女の子を出産した。

 この件はメディアにも盛大に取り上げられ、話題の赤ちゃんとなったわけだが子どもを晒し物にしたくない、という怜美の意向もあって、最初のお披露目の時以外は基本的にメディアへの露出をさせていない。


『まぁ私としましても子どもはほしいのですが……こればかりは授かりものと言いますから』


 当時そう言った桜花は、僕の目には少しだけ寂しそうに見えたがすぐに元の桜花に戻って、仕事に勤しんでいた。

 結果として、僕が視察をした数々の地方……実に三十ほどの地点では、既に開発がほぼ終わって東京からの移住が済んでいる。

 交通の便が格段に良くなったこともあって、投じた金額の何倍もの収益が上がったのでやはり考えは正しかったのだと思えた。


 だが、国内に関してはそれだけでは済まない。

 まだまだ開発が必要な場所はあるし、そういった場所への視察すら出来てない、というのが現状だ。

 しかし、これよりも先にやらないといけないことが山積みで手が回っていない、というのが正直なところだった。


 その一つが、穂乃花との婚姻。

 そして穂乃花にも子どもは作っておかねばならないのだが……桜花も言っていた様に授かりものでもあることから僕は大して慌てたりはしていない。

 桜花の例もあることだし、焦ってどうなるものでもないから。


 そしてもう一つ……東野と奥田とはその後もちょいちょい会って話し合いを進めてきた。

 奥田に関しては電話かメールだけで、と思っていたのだが向こうが会って話したいとうるさかったこともあって、貞操帯でもつけて行くべきか? と思ったが、よくよく考えたら僕を無理やり手籠めにしようものなら奥田もその場で死刑が確定してしまうんだ、とか落ち着いて考えたら大丈夫だろうという結論に至って、僕は普通にパンツを履いていった。

 この三年の間で、奥田の会社の本社と下請け、併せて四十五人が世界へ飛び立った。

 

 もちろん僕の計画の肝になる人員なので、面接を何回もして人柄を見極めたりするのに骨は折れたが、桜花に見てもらったりもしてこの人なら、というのを絞り込むことが出来たのだ。

 そして東野に関しては、予想以上の成果を上げてくれた。

 その時は試作だと言っていたものではあったが、完成品はどれもその試作品の倍近い性能を持つものになっていた。


 何を作らせていたのかって?

 戦闘機と、爆弾。

 それからミサイルと地上戦用の兵器、何処に隠していたのか、イージス艦。


 自衛隊ももちろん、軍用として配備できる様法案を通してある。

 ここまでくれば何をするつもりなのか、もうおわかりだろう。

 その昔、戦国の武将はあくまでこの国内の天下統一を為すべく頑張った。

 

 天下統一が本当の意味で成ったのかは、僕にはわからない。

 しかし今現在、ほとんどこの国は僕の手中にあると言って良い状態だ。

 そして、最初にあの爺さん……何者なのかはわからないが、おそらくは僕に力を与えた存在は、世界をも、と言った。


 ならば僕は、この国だけでなく世界を手中に収める。

 昔の偉人が天下統一なら、僕は世界統一だ。

 ここまで来たら、もうやれるところまでやってやろうじゃないか。


 この三年の間にイージス艦は十隻、戦闘機はどういう仕組みか知らないがまだまだ補充可能、という話だったが二百程度作ってあるとのことだった。

 そして元々自衛隊が持ち合わせていた兵器。

 ああ、それから……海外に派遣した人間は通信関連のスペシャリストで、僕が号令を出したら世界の主要各国の、防衛機能や都市機能を停止させる役割を担ってもらうことになる。


 全てがトントン拍子に進むなんて思っていないし、もちろん失敗することだって十分あり得る。

 世の中は想定外のことでいっぱいなんだ。

 

「何であんたまで行くのよ? あんたに何かあったら朱里は、どうするの?」


 しかしながら、僕にはこう言ってくれる妻がいる。

 また、娶ったばかりの穂乃花も、ここまで文句ひとつ言わずについてきてくれた桜花も。

 だから、失敗なんて出来ないし、するつもりはない。


 期間としては短いかもしれないが、今日まで綿密に詰めてきたこの計画は、言わば僕の総理人生の集大成とも言えるだろう。


「何で、か。愚問だな。やると言った人間が、矢面に立たないでどうするんだ? 僕は昔から、やると言ったことは基本的に自分でやることにしてるんだ」

「バカなの!? 何でわざわざ死にに行く様なこと……」


 そう言って涙を光らせる怜美だったが、僕だって死ぬつもりで行くわけじゃない。

 根拠なんかないし、上手く行くって保証だってない。

 だけど、僕には帰りを待ってくれる家族がこんなにいる。


 それに親孝行にしてもまだ不十分だと考えているのに、そう易々と死んでやるわけには行かないだろう。


「あなた、必ず生きて帰ってきてくれますか?」


 躊躇いがちにそう言った穂乃花の顔にも、やはり不安が見え隠れしている。

 しかし怜美とは対照的に、穂乃花は不安な気持ちをぐっと押し隠している様に見えた。


「当たり前だ。娶って数週間程度で、お前を未亡人にするわけないだろ」


 そう言って頭を撫でると、やはり涙目になって穂乃花は笑った。

 美しい子に育ったものだと思う。

 それにしても、ちょっとカッコつけすぎたかなって思うけど。


「桜花……頼んだからな」

「承知しております。命に替えましても、朱里さんと穂乃花さん、怜美さんは私が守りますので」

「ああ、信じてる。じゃ、行ってくる」


 穂乃花を娶ってから丁度三週間……つまり二十一日後の朝。

 僕は兵士たちと一緒に戦闘機に乗る。

 僕らが飛び立つのと同時に、各国の機能停止をする手筈になっているので、僕らは安心して奇襲をかけられるというわけだ。


 そしてこの計画を国内で知る人物はほとんどいない。

 裏切者が出るとすれば、そのうちの誰かということになるがその心配はないだろう。

 大丈夫、上手く行く。


 桜花たちが見ていないところまできて、手が震えそうになるのを必死に堪え、僕はヘルメットをかぶってコクピットに乗り込んだ。

 正直なことを言えば、怖くないわけがない。

 成功するにせよ失敗するにせよ、世界も僕の人生も、ガラリと変わってしまうだろう。


 そしてそれは、国内でちまちまやっていたこととは規模がまるで違うのだ。

 文字通り世界を、僕が作り変えてしまうという現実。

 そしてその重さに、僕は震えそうになるのを必死で堪える。


 僕が選んで歩んできた人生じゃないし、好き好んでやってきた仕事でもない。

 しかし一度でも手を出したならば、最後までやり遂げなくては。

 そんな風に考えたところで、パイロットがそっと僕の手を掴んだ。


「総理、大丈夫です。私がついているのですから」

「……は? 桜花!? 何でお前、公邸は……」

「大丈夫です。人っ子一人、あそこには近寄れません。私はあなたをここで死なせるわけにはまいりませんので。それより、きちんとベルトを締めてください。とてつもないGがかかりますので」

「な、お、お前……操縦なんかできるのかよ」

「大丈夫です、時折ゲームセンターに赴いてゲームでシミュレーションを……」

「不安しかないよ! お前もう降りろ!」

「もちろん冗談です。全て私に、お任せください」


 そう言ってレバーを握る桜花は、いつも通り僕には心強くそして逞しく見える。

 やっぱりこいつがいなければ……僕の仕事の成功はあり得ない。

 そして先ほどまでの震えは、嘘の様に収まっていた。


「……頼んだぞ、僕の命運はお前にかかってるんだからな」

「心得ております。確かに総理のお命、預かりました」


 僕らの戦闘機が飛び立つのを皮切りに、次々と戦闘機が飛び立ち、イージス艦は各国を目指す。

 もう引き返すことの出来ない、僕の大仕事は始まってしまった。

 桜花がいれば大丈夫。


 僕は必ず生きて帰って、またあの二人と娘の笑顔に会える。

 根拠のない自信は、何処かに確かなものをたたえて心の深い場所へと根付く。

 そして桜花がレバーを絞り、急速なGの襲来によって吐きそうなのを、僕は必死で堪えていた。

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