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第十五話

 ゴールデンウィークが明けてからの僕らは多忙を極めた。

 地域の開発に、宣伝。

 桜花に洗い出してもらったリストからの人員との面接と、息つく暇もないとはこのことだと思った。

 

 そんな中、千人ほどが一週間のうちで地方への派遣に応じてくれることとなり、計画は順調に進んで行った。


「これでまず第一段階、と言ったところですね」

「そうなんだけど、早急に千人もの人間が暮らせる住居の建設も進めないといけない。だからって手抜きも許されないし、とは言ってもあまり時間もかけられない」

「ですね、半年ほどで半分程度の方々が住める状態にはなるそうなので、遅くとも来年初頭には全員が向こうへ行けるかと思いますが」

「そうか、まぁこれ以上の短縮は現状無理だろうし、上々と思うことにしようか」


 コンビニやらそれなりの規模のショッピングモールの建設も平行して行っていることから、ある程度の活性化が見込める。

 そして市からの呼びかけも随時行われていることもあってか、他の地域からの移住希望者も少しずつだが出始めているとのことだった。


「それでですね、先日会食をしましたD社の社長なのですが」

「ああ、いたね……あの時は死ぬかと思った」

「一応言っておきますが、あの方はノーマルです。随分と気にされていた様ですので」

「ああ、そう……そんなこと別にどうでもいいけどさ。本人の自由な部分ではあるから」

「それはそうなんですが、計画の開始がこちらにも」

「お、マジか」


 先日死にそうになりながらも会食をした、D社社長の……何て言ったっけ、東何とか。


「東野様です、総理。さすがにお忘れになるのは失礼ではないかと」

「そうだね、うん。真面目にやってくれてる様なら、今度工場を視察に行かないといけないな」


 もう一つの計画についても、順調な様だ。

 これが上手く行く様なら、僕はいよいよ世界進出を果たすことになるだろう。


「そうなると、今度は次の段階に入る必要が出てくるな。H社との連絡は?」

「既についております。さすがにこの件に関しては慎重に進めて頂く必要があるかと」

「そうだね。また会食なんかをする必要があるけど、日程はどうなってる?」

「明日でしたら調整がつけられそうだと、社長の奥田様からご連絡を受けております」


 これまた順調な予感だ。

 今のところ障害になりそうなものは特にないし、場所の都合なんかも桜花がつけてくれるだろう。


「明日の会食、私も行っていいの?」

「……何だお前、来たいのか?別に楽しいもんじゃないと思うし、来る意味あんまないと思うけど」

 

 障害になりそうなもの、一個あったわ。

 うん、こいつがちょいちょい駄々をこねるから、僕の職務が度々止まることもあるという。

 もちろん、致命的な遅れにつながる様なことは今のところないから楽観していられるのだが……出来れば公私の区別をそろそろつけて頂きたい。


「総理、何事も経験かと。たまにはそういう場に怜美さんをお連れするのもよろしいのではないでしょうか」

「ふむ……」

「何よ、嫌なの?」

「そういうわけじゃないけど……」

「総理は、怜美さんをとても大切になさっているのですよ、これでも。結婚指輪は失念していた様ですが、それも他意あってのことではありませんし」

「…………」

「ふーん? まぁ先日のことはもう水に流してあげるけど。そんなに私が大事なの?」


 大事じゃないです。

 なんて言えると思うか?

 まぁ、大事であることに違いないし、否定するつもりとか全くないんだけど、こう聞かれると何となく素直にそうですね、とは言いたくないって気持ち、誰しもあると思うんだ。


「お前、口軽そうだからな……」

「は!? どういう意味よ!! 私、これでも友達とかにだってあんたたちのこと一切答えたりしてないんだからね!?」

「お、落ち着け……ただ昔からのお前の行動を思い出してだな……それが本当なんだとしたら、お前もちゃんと成長してるんだなって思うし、悪かったよ」

「何よその上から目線……」

「まぁまぁ。事実総理は立場的に上ですから。怜美さんが大人になって差し上げることで、手のひらで転がすことだって、いずれは……」

「おい桜花、余計なこと言うな。こいつすぐ調子に乗るんだから」


 ぎゃあぎゃあと騒がしくはあったが、明日の会食には怜美も同席することになった。

 まぁ一夫多妻が認められてからというもの、怜美自体が表に出ることはほとんどなかったし、丁度いい機会かもしれない。



「この度はお招きいただきまして、感謝いたします」

「いえ、こちらこそ急にお呼びだてしてしまい、申し訳ありません。どうぞ、かけてください」


 奥田は年配だが切れ者らしいと聞いている。

 見た目にはそうだな、何と言うかダンディな感じ。

 やり手なだけあって、女からはモテそうだ、という印象を受けた。


 前回の時の様に中華料理ではなく、今回はイタリア料理……これというのも、奥田が無類のパスタ好きであることを桜花が前もって確認していたから、とのことだ。

 桜花がざっと注文を済ませ、追加でほしいものがあれば、と僕の隣にかける。

 怜美は何故かガチガチに緊張している様で、先ほどからずっと視点が定まっていない様に見えた。


「すみませんね、うちの妻なんですが……」

「お若いのに三人めのご予定があると伺っています。いや、若い人はそうでなくては」


 そう言って奥田は豪快に笑う。

 男の知り合いとか怜美の父親以外いい印象がなかったが、奥田に関しては嫌な感じがほとんどしない。

 もっと早く生まれていたら、もしかしたら友達になれたんじゃないかとさえ思える様な男だった。


「ありがとうございます、そう言って頂けると私としましてもこれだけの女を従えていることに自信が持てます。……それで、早速なんですが」

「ええ、伺っております。海外企業への派遣の話ですね?」


 H社は、古くからある会社ではあるものの、仕事の幅は相当広い。

 そして通信関連……主に機器やその扱い方について精通したエンジニアが多くいることでも有名だ。

 下手な銀行などよりもセキュリティは強固であるとされていて、業績もかなりのものだと認識している。


 そんなH社の人員のうち、何人か……出来れば百人単位で海外へと派遣したい、という相談を申し入れたところ、奥田はこの会食に応じたという次第だ。

 秘密裡の話になることを察してか、奥田は秘書も連れず……実際には外で車に待たせているらしいが単独でこの店にやってきたらしい。

 なかなかどうして、凄い男だと思った。


「ええ。実はかねてから計画していることがあるのですが、必要な力の内一つは既に手に入れてあります。詳しいことはまだ申し上げられませんが、大き目の企業から……」

「なるほど……それで、我が社のエンジニアの力が必要、ということですね。いいでしょう、我が社も全力で協力させていただきますよ」

「……はい?」

「ええ、ですから協力しますと」

「…………」


 何だかあまりにも簡単に話が進んでしまって、こちらとしては口説き文句をいくつか用意していたこともあって拍子抜けしてしまう。

 

「失礼ですが、もしかして東野様とは……」

「ええ、その通りです。もちろん全貌を聞いているわけではありませんが、政府からの仕事を請け負っている、というさわり程度のものを伺っております」

「割と有名な話ですよ、総理。東野様と奥田様は、ご友人の関係でいらっしゃる、そうですよね?」

「ええ、さすがによくお調べになっている様だ」

「いや、お恥ずかしい……そう言ったことには疎いものでして。今後はもっと視野を広げないといけませんね」

「そうでもありませんよ。見る方向の違いもありますし、また人それぞれ役割は違うのですから、見られる部下の方がいらっしゃるのであれば、任せてしまうというのも仕事の出来る人間の仕事、というやつです。……っと、失礼しました、老婆心というやつでつい口が過ぎましたな」

「あ、いえ……」


 本当に大した男だ。

 この男が味方についてくれるということなら、僕としても頼もしい。

 もっとも、東野と奥田の順番が逆だったらどうなっていたか。


 想像すると背筋が凍る様な思いがした。


「まだお若いのに、そこまでの仕事をされているのですから、私は総理を尊敬しておりますよ」

「いえ、今のところ本当に手一杯ですから。奥田様の様な経験が、僕には圧倒的に足りません」

「そう言ったものは、いずれついてくるものです。青春とも言える様な時間のほとんど全てを費やして国を変えるべく必死で歯を食いしばって頑張っておられる総理を、私は全面的に支持したいと考えておりますので」


 何だろう、当たり前のことをしているだけ、という認識の自分からすると、こんな誉め言葉は何処かくすぐったい。

 なのにやたら嬉しい。

 こんなにすごい男から、形だけかもしれないが褒められるというのは、こんなにも気分がいいものだったのか。


 奥田は何というか、人の心を掴むのが上手い男だ。

 こういう才能も、やはり経営者には必要な資質なんだろうなと思った。



「では、詳細につきましてはまた別途ご連絡申し上げますので」

「私と致しましても、今日は非常に有意義な時間を過ごさせていただきました。機会があれば、また是非」


 僕らは固い握手を交わして別れた。

 実りの大きな会食だった様に思う。


「ねぇ、秀一。海外に派遣するって、何するの?」

「お前にはいずれ教えようと思っていたが……海外にパイプは既にあるが、これをより強固なものにするべくの、今日なんだ」

「ん? 何? もっとわかりやすく言ってよ」

「…………」

「怜美さん、今でも既にこの国と海外諸国は、それなりの関係を築いています。ですが、それをより強いものにする為、という意味です」

「ふーん……」


 桜花が説明して尚理解できないんじゃ、正直誰が説明してもこいつに理解させるの、無理じゃね?

 まるで僕の説明が悪いかの様なことを言ってくれたが、こいつはもう少し社会常識を身につけさせるべきだな。


「それよりお前は、あの会食で何か掴めたものとかあったのか?」

「え? ……んーと……ペペロンチーノが美味しかったから、今度真似して作ってみようかなって」

「…………」

「何よその目! 本当ムカつくわねあんた!!」

「ば、バカやめろ、公共の場で暴れんな!」

「それに……あのおじさんのあんたを見る目」

「おじさん言うな。せめて奥田さんと言え」

「あの人、多分ノンケじゃないかも」

「……は?」

「ああ、その様な噂はよく聞きますね。しかもこれは割と信憑性の高い噂の様です。根拠になり得る事実がいくつかあった様ですので」

「…………」


 東野じゃなくて、奥田の方がそういう人だった、と。

 今日は健康な状態で来て、食事自体は美味しかったのに……。


「総理……私のソーセージ、食べるかい? とかそういう展開も」

「やめろ! さっき食べたもん吐いたらどうしてくれるんだ!!」


 まぁ、奥田がどんな性癖を持っているとしても、優秀な人物であることには変わりない。

 僕を認めて……ってまさか、そういう意味で認めてってわけじゃないよな。

 どの道これからの連絡は、基本的にメールか電話にしよう……。

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