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第十四話

「なかなか良い場所ですね」

「そうね……普段と違う景色ってやっぱりいいわぁ……」


 迎えたゴールデンウィーク。

 僕たちは、視察もかねての旅行の為に温泉街へとやってきている。

 怜美はミーハーの傾向があるのか、最初有名な温泉街がいいと言っていたのだがこれに桜花が異を唱えた。

 

 元々ここに行こう、というのは決まっていたのだ。

 その為に桜花もその地のパンフレットをわざわざ取り寄せたということだったし。

 正直なところ、僕は非日常空間というのか、そういう気分が少しでも味わえるのであれば何でもいい、という感じだったし深く考えていなかったのだ。


 最初は文句を言っていた怜美だったが、逆に人があまり行ったことのない場所って、他の人が知らない場所って感じでいいと思わないか? という様な質問をしてみると、少し考えて納得した。

 割とチョロくて心配になってくるが、ともあれ納得してくれたのであればそれに越したことはない。

 そして子供たちは温泉も旅行も経験がないからなのか、前日は楽しみ過ぎて眠れなかった、とのことだ。


「総理はどう見ますか、この場所を」

「んーむ……一概には言えないけど、場所が悪いとかそういう感じではないのに、人が極端に少ない気はする。何か問題のある場所なんだろうか。ここの名産って何だっけ?」

「ここは我が国では少々珍しい小麦と、あまり知られてはいませんが林檎、それから豚や鶏などの畜産もそれなりに盛んで、肉は多少の知名度を持っている様です」

「ふむ……」


 肉が知名度高い、ということだと個人的で勝手なイメージではあるが、それを全面に打ち出した様な飲食店とか、ここでしか食べられないという限定スイーツだとか、そういうのを売りにしたものがあってもおかしくない様な気はする。

 活性化に向けた動きとか、そういうものをほとんど感じない。


「過去に何か大きな災害とか事故は?」

「そうですね、かなり前……十年単位での話ですが近隣県の火山が噴火した時に少々の火山灰被害を受けた、というもの以外は特には」

「ねぇ、何でこんなとこまで来て仕事してんのよ。早く温泉! 入りましょ!」

「いや、一応仕事も兼ねてるから……。名目は視察でもあるわけだし。入りたかったら行ってきていいぞ」


 到着した旅館で、早々に怜美が駄々をこね始めるので一時中断してしまったが、こうした地方の過疎化などは、国にとって悩ましい部分だ。

 正直なところ人口が少ないというのは仕方ないとしても、多くの若者は都会に憧れ、また自分の夢を追う為に東京に出たりもするのだろう。

 しかし先の法改正で、極端な話才能のない者の芸能界デビューは一切できない。


 だからなのか結果として就業率は跳ね上がったし、当然ながら比例する様に離職率も一時的に上がったわけだが今のところ落ち着いているとは聞いている。

 そもそも若者が地方を離れたがる原因というのが、おそらくは都市機能の集中化によるものなんだろうからその辺の解消が出来れば、ということで今後は慰安旅行なんかも兼ねた地方の視察を定期的にやっていこうということになったのだ。


「子どもたちも、温泉入ってきていいぞ。あと何か食べたいものとかあったら言ってくれ」


 僕がそう呼びかけると、子どもたちは我先にと温泉へと駆けて行った。

 ちなみに今日、割と大き目の高級な旅館ではあるのに僕らの他の客は十組程度と、決して繁盛している様には見えない。

 ゴールデンウィークと言う書き入れ時に、こんな調子でよく生き残っていられるものだ、と不思議になってくる。


 大浴場もあって、ちゃんと効能を示したものもあって……となるとやはり資金難が第一に頭に浮かぶ。

 維持するので精いっぱいになってしまっていて、新しく何かを、という部分に手が回らないとか。

 そう言った事情なのであれば、無駄を出来る限り省く必要性は出てくるし、それによって浮いた金を回すとかそういうことをしていくのが早いとは思う。


 ただ、その場合効果が出るのは年単位での話になってくるから、その間にこの地方の若者がどれだけ離れてしまうか、等の懸念材料がある。

 

「都市部からのアクセスをもう少し何とかできれば、というのはありますね」

「ああ……しかしそれも簡単な話じゃないんだよなぁ……目を引く様な物珍しいものが先にないと。結局アクセスだけが良くなっても、来てみて何もないからもう来ない、なんて言うんじゃ意味がない。ここに住んでみたい、とか定期的に来よう、ってなるのが理想だし、そうならないのであれば維持費を他の地方に回すことも検討しなくちゃいけなくなるだろ」

「となると、やはり名産を全面的に打ち出したものを?」

「そうだな。今回はゴールデンウィークに来てしまったから、役所関係も概ね休みになってる……だから、市長とかに掛け合いたいところなんだけどな、どうにも上手く行かないもんだ」


 現状、名産を売りに出来るほどの余裕すらない、というのがこの村……村と言っていいのか。

 しかし桜花は、僕の発言を受けて何やらスマホを操作し始める。

 

「一応、四十七都道府県全ての市区町村の長の連絡先は把握してありますので」

「え、何それこわい」

「こういった事態に、休み明けまで待たなければならないなんて、非効率極まりないでしょう。それに国のトップがこうして仕事をしているのですから、その下についている者たちも倣うべきです」

「そ、そうね……」


 別に頼まれたわけでもないし、つい職業病というかそういうので見てしまってるだけの部分が多いだけに、僕からしたら別にどっちでも、という感じではあるのだが桜花の言うこともわかる。

 せっかく提示してもらった手段なのだから有効活用しようということで、僕は直々にこの地域の市町に連絡を入れることにした。



「これは総理、初めまして。ご活躍は常々テレビ等で拝見させていただいております」

「お休みのところ申し訳ありません。ですが早急に伺いたいことなどもありましたので」


 電話をかけてから三十分ほどで市長はこちらに出向いてくれて、お互いに挨拶を済ませて名刺を交換し、僕たちは近場のレストランに入った。

 まぁレストランとは名ばかりの、どちらかと言えば喫茶店に近い感じに僕には見えるが、看板がレストランとしているのだから、名目上レストランであることには違いないのだろう。

 塩川太一しおかわたいちと名乗ったその市長は、一般的なイメージと違ってまだ若い方に入るのではないかと思った。


 見た目には三十代前半。

 もちろん実年齢とかここで確かめる意味はないから聞かないが、他の都市部なんかで見かける市区長よりは大分若いという印象を受けた。


「早速な上に率直で申し訳ないんですけど、この村? は財政難ですか?」

「…………」


 単刀直入過ぎたか? あまりに唐突に聞いたからなのか、塩川は黙り込んでしまう。

 別に問い詰めているつもりはないし、ただの事実確認をしただけのつもりだったんだけど。


「責めている、とかそういうつもりはありませんので、ありのままをお話頂ければと思うのですが」

「……そうですね、この村の財源は現状、総理も宿泊されているホテルがほとんどなのですが……新しいことを、と考えても資金が、というのが現状です」

「なるほど。実際に市長はそう考えていて、動く意志はある、ということで?」

「もちろんです。このままいけば、おそらくはこの地域は荒廃して行く未来を迎えることになる、と私も思っていますので。そして私自身も市長に立候補するに当たってこの地域の救済を、と公約を掲げていましたので」


 それが本当の話だとするなら、本人も焦る気持ちはあるのだろう。

 こうして休みにも関わらず僕の呼びかけに応じてくれたというのは、おそらく国からの援助を期待することができるかもしれないと考えてのことなのではないだろうか。


「今我々が考えているのは、地方のある程度の活性化……ひいては都市化できることなんです。なので、まずこの村の問題点を洗い出して頂ければ、対策や援助も出来るのではないかと思うのですが」

「都市化、ですか……何だか途方もないというか現実味のない話ですね」

「ですが、名産があって温泉もあってということであれば、人が来たくなる条件が整った上でアクセスを整備することで、実現は十分可能です。そして人が集まれば更なる活性化にも繋がるわけですから」

「そういうことでしたら……まずこの地域の極端な高齢化が挙げられるでしょう。それに次いで、住民の向上心の低さ。これが私たちとの温度差に繋がって、更には発展の妨げ……と言ってしまっても良いのかわかりかねるところではありますが、少なくとも要因の一つとして挙げられるとは思っています」


 やっぱり、そういうことか。

 先の長くない自分らの人生、波風を立てるのは嫌だ、みたいなことを考える老人が増えている。

 おそらくはそういうことなのだろう。


 しかし、現状としては若者が皆無ということでもない様だし、そう考えるとその老人の我儘に全部付き合っていたらこの村自体がなくなるという懸念が大きい。

 というか、塩川の言う様にほぼ百パーセントそうなるだろう。

 そもそも何の為に地域活性化を図るのかと言うと、これには後々生かせる部分が見出せているというが事情あり、こういった村にもある程度の熱を持ってもらう必要があるからだ。


「桜花、今現在でそこまでの資産を持たない、無職の人間がどれだけ東京にいるかはわかるか?」

「おおよそで良ければ、ですが現状一万人弱と言ったところでしょうか」

「結構いるんだな」

「こういった地方からの出身で、夢破れて就職したものの続かなかった、という方も多くいらっしゃる様ですから」


 となれば……。


「市長、一つお願いしたいのですが、お聞き入れいただけますか」

「はい、私に出来ることでしたら」



 その後一時間ほど綿密に打ち合わせをして、僕らは今後の方針をある程度固めることが出来たと思う。

 使えるものは何でも使ってしまえ、ということで僕は都内に住む無職の人間のリストを桜花に作らせた。

 特に東京へのこだわりがない、という者や実は田舎に引っ込みたいけど先立つものがない、と言う者も一定数いるはずだ。


 そう言った者を、この村にまず派遣する。

 国から一時的に資金を提供して、商店やコンビニと言ったものを増やしていくのもいいだろう。

 もちろん派遣した都民には住居の提供もするし、こちらが提供した資金については追々利益を上げられたところで返済してもらえばいい。


「現状では、こんなとこか。あとは塩川が都民をここに呼ぶ、ってことを住民に通達してもらうことで、ある程度滞りなく事は進められると思うんだが」

「そうですね、工事業者にしても手の余っている会社も多くある様ですから、そう言った会社を優先的に使ってやることで更に活性化は見込めるかと」

「確かに。最近の企業は切磋琢磨の意味をはき違えてるきらいがあるし、名もない企業が一気に有名になったりするのも面白い」


 僕らは宿に戻って尚、打ち合わせを重ねる。

 そんな僕と桜花を怜美は冷ややかな視線で見つめていた。


「あんたたち……視察目的だって言っても、ここの温泉入ってみたりしないと、人におすすめできないんじゃないの? 休憩がてら入ってきなさいよ」

「お、それもそうか。たまにはいいこと言うな、怜美」

「確かに怜美さんの仰る通りですね。ではお言葉に甘えて」


 僕らも温泉を堪能し、今日の疲れを流すことができた。

 さすがにお湯を呑もうとまでは思えなかったが、泉質自体は素人目に見てもなかなか良いのではないかと思う。


「確かにこれなら看板商品になり得るものかと思います。このまま腐らせるのはもったいないですね」

「間違いないな。食事もなかなか旨いし、肉も品質がいい」

「あんまり注目されてないみたいだけど、お米も悪くない様に思えるわよ。それから、特産品のデザートは私結構好みかも」


 子どもたちも食事には目を丸くしていたが、これもいい思い出になるだろう。

 そしてこういう場所が活性化することで、僕らの仕事の幅も広がってくる。

 帰ったら更にまた打ち合わせが必要ではあるが、これなら今後に期待はできるかもしれない。


「土産は……まぁ怜美はあれか、ご両親に」

「あんたも親に買っていきなさいよ。育ててもらった恩があるんでしょ」

「まぁ、一応毎月仕送りしてるんだけどな」

「総理、そういうものは気持ちですから」


 確かに言う通りだな、ということで翌朝土産物も購入して、僕らは東京へと帰った。

 短い逗留ではあったが得るものは多かった気がするし、正直来てよかったと思う。

 ただ連休中ではあるから、帰ってからの仕事は普段の半分くらいにしないと、また怜美のやつがうるさそうだし……たまには休んでおくか。

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