ぽっちゃりな私の婚約者様〜乙女ゲームの悪役令嬢に転生後物語〜
【登場人物】
リディア・ポルディネール…主人公
伯爵令嬢。ポルディネール公爵家の長女。悪役顔。赤味の強いブラウンの髪に濃いワイン色の瞳にくっきり二重。妖艶な美少女。ファザコン。ぽっちゃり好き。愛称リディ。
シュアルディー・ランバート…主人公の婚約者
ランバート公爵家の三男。女顔。ウェーブがかったブロンドの髪にエメラルド色の瞳。ぽっちゃり。愛称アル。
ポルティフ侯爵…ランバート家長男。ふくよか
メルフィデス卿…ランバート家次男。ややふくよか
レイリス・ルベルシュ・サリビス4世
小国サリビスの王太子。小麦色の肌に、漆黒の髪、紫色の瞳の見目麗しいお顔立ち、逞しい身体。交換留学相手。命の危機から大国ムシュゲルトへ亡命。
パロム王子
小国サリビスの第2位。寵妃の実子、正妃の育て子。根暗。
シャルル王子
小国サリビスの最下位。寵妃の実子、育て子。王様が溺愛。貧弱。
主人公の父
ブラウンの瞳にハチミツ色のくせっ毛。優しげなふくよかな体型の紳士。威厳のある風貌。慕われる気さくな性格。
主人公の母
長身の超美人。赤毛赤目の切れ長の目。
マハエル閣下…大国ムシュゲルトの王様
大国ムシュゲルト…主人公の国
ルークス王子…大国ムシュゲルトの第2王子。
ソフィーリア様…ルークス王子の婚約者
オルテミス学園…主人公達の学園
太陽神ルムラン…灼熱の国サリビスの神様。
吸血鬼アレン…アレンティーノ・ヴラウディー侯爵。ムシュゲルトに封印された吸血鬼の始祖。
貴族は、政略結婚が当たり前。だから、私は幸運なのでしょう。
「リディ――仲良くしてね」
婚約者として紹介された同い年の男の子が、はにかみながら握手を求めてきたあの日を思い出す。ブランドの見事な髪色は緩やかなウェーブを形作っていて、キラキラと太陽の光に反射する様は、絵本に出てくる王子様そのもの。優しげなエメラルド色のつぶらな瞳、マシュマロのような柔らかそうな手。そう――まだ5歳にして、一目で彼に恋をした。
理想の男の子が目の前にいたのだから。
私は伯爵令嬢、ポルディネール家の長女であり、名をリディア・ポルディネールと申します。
伯爵である父はそれはもう、見るからに優しげな面持ちの人であり、ブラウンの瞳にハチミツ色のくせっ毛のふくよかな体型の紳士なのです。威厳のある風貌でいて、誰からも慕われる気さくな性格をしております。
昔から、父が大好きな私は、母によく似ております。赤味の強いブラウンの毛に、濃いワイン色の瞳。肌は白く母譲りの美貌はあれど、キツい顔付きからまるで吸血鬼のよう。
全て母から受け継いだ髪色に瞳の色です。何一つ、父から譲り受けた色味はありませんでした。それでも父の面影はあり親子とわかるのは、目の形でしょうか?母の切れ長の目を父のくっきり二重の目にしたのが私です。
優しい顔付きの父に似たかったのです。目元が優しげな父に似たはずなのに、物語に出てくる悪役令嬢のような顔立ちなのです。見るからに意地悪そうな…。
女の子は、やはりフワフワしていなくては。絵本に登場するブロンドの巻き髪にエメラルド色の瞳をしたお姫様が、私の理想の女の子でした。
そんな女の子になりたかった…。鏡を見ては、ため息の私です。
「リディは、すごく綺麗だよ」
目の前にいる婚約者のアルは、私が望んだ風貌そのもの。女顔の美形で、彼に妹がいたら私の思い描いた理想通りの女の子の姿をきっとしていることでしょう。柔らかな雰囲気の優しい青年です。17になった今でも、私を眩しそうにまるで女神を前にしているように頬を染め、目を細めて褒め称えてくれます。本当に心優しい人です。
「本当?こんなキツそうな面持ちの婚約者――嫌じゃない?」
私の婚約者、ランバート公爵家の三男であるシュアルディー・ランバートは、顔を真っ赤にして答えてくれるのです。
「君と結婚できる僕は幸せ者だよ。僕にはもったいないくらいだよ――リディ、君は女神のように美しい」
「アル…嬉しいわ!」
私が頬を染めて目を潤ませながら、彼の柔らかな手を両手で包むように握り締めると、彼も幸せそうに微笑んでくれるのです。ですが――必ず、その後に哀しげに瞳の奥を揺らすのです。
「そんな君に――僕こそ、相応しくないんじゃないかな…君は、僕の隣で恥ずかしくはない?」
彼は公爵家であり、王家の血縁者でもあります。人格は温和で、頭も良く剣の腕もあり、王子のご友人でもあるのです。伯爵家とはいえ、侯爵家に歳の近いご令嬢がいなかった為に歳近い私の名が上がり、婚約者となれただけであって、彼こそ私にはもったいないまでの相手なのです。
「――っあなたが恥ずかしいはずがないじゃない!」
何を言うの、と私が哀しげに彼の頬に手を添えると、彼も私の手を包むように手を添え、そのまま手に口づけをしてくれます。
いつも、驚いては即座に否定するのですが、彼は私の否定の言葉を聞いてほっとした顔をしてくれても、それでも憂いを完全には晴らしてくれないのです。どんなにアルが素敵なのかを熱弁しても、真っ赤になって照れて嬉しそうにしてくれても、彼自身が気にしてしまうようなのです。
「――こんなに、だらしない体型なのにかい?」
彼のつぶらな瞳、血色が良く弾力のある頬、肉付きの良い身体。全てが愛おしいというのに。彼は――ぽっちゃりなことを気にするのです。
ランバート家は他国との貿易を一手に担っており、主に食の貿易が我が国の収入源であり、この国のほぼ全ての食に関することはランバート家の手によるものとまで言われております。まさに食を掌握している一家であり、あらゆる食に精通しているのです。
当然、他国の外交官との食事をする機会も多く、長男であるポルティフ侯爵は私の父以上にふくよかであり、ランバート家の中では痩せて見える次男のメルフィデス卿も一般の方と並ばれるとふくよかでいらっしゃいます。
三男であるアルも、まだ学生である為に父の仕事を担うまではしていなくとも、いずれ任されることになることがほぼ決まっている小国サリビスへの貿易をよく手伝っていらっしゃいます。砂漠地帯になり、灼熱の国と呼ばれております。
「だらしなくなんてないわ。あなたの全てが愛おしいの。なぜ、あなたが気にするのか私にはわからないわ」
何も気にしなくていい。あなたが、私の悪役顔を美しいと言ってくれるように、そのふくよかな姿が私には理想そのものなのだから。
昔から父が大好きで、そんな私を父は溺愛してくれていて、幼い時はよく抱きしめてくれました。沢山の愛情を注がれ、伯爵令嬢として、それ以上に公爵家の婚約者として恥じない令嬢としての厳しい教育が始まってしまうと、遠のいたあの柔らかな包容力のある腕がそれはもう恋しくて…もう抱きしめてはくれないのかと、寂しく思っておりましたが、あなたが身も心も包容力のある立派な男性へとなり、父のように沢山の愛を注いでくれました。
そう、あなたこそ理想の男性なのです――。
朗らかに笑みを浮かべ、彼へ本心から思っていることを告げると、彼は幸せそうに微笑み返し、そっと頬へ、そして唇へと――口づけを落としたのでした。
そのままのあなたで、ずっと側にいて欲しい――政略結婚の為の婚約者でありながら、私達は心から愛し合っていました。
本当に、私は幸せ者です。
「2ヶ月――いや、長くて半年になる」
そんな彼が、灼熱の国サリビスへと貿易の為に出立するというのです。それはもう、彼は暑いのが苦手であり、私はとても心配になりました。
「どうか、身体をご慈愛ください」
彼が倒れてしまわないか、それだけが心配でした。栄養は高いものの硬い肉、瑞々しく糖度の高い果物は豊富ですが、あまり果物は召し上がりませんし、柔らかな肉を好む彼です。あちらの食が合うのかどうか…。環境も、彼には酷に違いありません。やつれてしまうのではないかと、本当に心配で心配で。引き留めたい気持ちでいっぱいになりました。
アルは、私と同じ学園に通う学生です。休学ではなく留学扱いとなり、なんと小国サリビスの王太子と交換留学となったのでした。小国とはいえ、王太子です。先代の時代にも王族の交換留学は行われましたが、5人目の王子でした。王位継承権1位の王太子が訪れるのは初だそうです。
――サリビスの王の子はなんと17人もいて、その内王子は8人にもなるのです。王太子は側室の子だそうです。正室に3人の子はいても姫ばかりでした。しかし、側室は正室を立て、王太子も正室を母と呼び、王も正室を大事にされていました。その為、正室がまだ世継ぎを産む可能性もあり、目立った争いはなく平穏だったそうなのです。
しかし、諍いは訪れました。王が寵妃を城へ迎えたのです。正室は3人目の姫をお産みになったばかりでした。寵妃ばかりに王が足を運ぶようになると、今までのバランスは簡単に崩れてしまったのです。
寵妃が王子を産むと、その子供を正室が取り上げてしまい、その育てた王位継承権第4位パロム王子と、その後また寵妃が産んで育てた王位継承権第8位のシャルル王子に王位をと望む一派が現れ、派閥争いが始まったのです。
砂漠地帯である小国サリビスは、よく王子が亡くなるのです。王位継承権第2位であった王子は幼い頃にサソリに刺されお亡くなりになり、第3位であった王子は蛇に噛まれてお亡くなりになりました。
どの王子も、正室と仲の悪い側室の子でした。しかし、サソリに刺されたり蛇に噛まれたりして亡くなってしまうことは、サリビス国ではよくあることでした。王子であってもです。
王太子が変わらない限り、王位継承権の順位を改めません。ですが、正室の育てた王子パロム王子は今では王太子に次ぐ実質、第2位の王位継承権をお持ちなのです。それも、野心家でありパロム王子自身も王位を望んでいるようなのです。生みの親である寵妃から引き離された後、正妃からは愛を与えられず育てられ、愛を求めた実母、寵妃からは正妃の育てた子として突き放されたという後暗い生い立ちであり、正妃の手から逃れ王位継承権第1位である王太子をお恨みになっているそうなのです。もちろん、同腹の兄弟であるはずなのに、寵妃から愛され育った弟シャルル王子のことも恨んでいるそうです。
しかし、シャルル王子は身体が弱く、心根も優しい大人しい王子なのだそうです。兄であるパロム王子と仲良くしたいと願っており、寵妃の面影が色濃いシャルル王子は、王様からどの王子よりも愛されていました。王太子は世継ぎであり、シャルル王子の側には王が。命を狙われることはあれど、命を落とすまでには至りませんでした。
そんな中で、王太子の母君が病死してしまったのです。後ろ盾を失くした王太子。沢山の王子がいる中で、側室の子である王太子ではなく王位継承をやはり正妃の後ろ盾のあるパロム王子をと推す声と、王様が溺愛する寵妃のシャルル王子をと推す声が大きくなっているのです。
王太子の母君が亡くなられてしまった後は、どちらの王子も寵妃の子供には違いなく、王様も正妃の推す王子にするか寵妃の推す王子にするか悩む日々。本来の王太子がいることで、まだバランスが取れているという現状の中、王太子はサソリに刺されかけ、蛇に噛まれ高熱を出し、食事に毒を盛られたり。今まで以上の命の危険に見舞われ、交換留学という名目で外国に逃げてこられることとなったのです。
なぜ、ここまで詳しいかというと、これは我が国――大国ムシュゲルトの王マハエル閣下より婚約者であるアルの父ムルジオン公爵、ランバート家にご通達があったのです。表向きは交換留学であるが、保護することが目的である、とお伝えになられたのです。
婚約者でしかない私がなぜこのような国の秘匿とする情報を知り得たかというと、学園内における王太子の相手を――まさかの王太子から直々のご指名と、アルの父であるムルジオン公爵から賜ったからなのです。
内々のことである為、王マハエル閣下より我がポルディネール家へご通達がなされたわけではありませんでしたが、公爵より、いえ王による拝命と心得なくてはなりません。
小国サリビスにアルは外交の為に何度も訪れており、王太子とも面識があることから、アルから婚約者の話を聞いていたそうで、歳も王太子と同じであることから、アルの婚約者である私をと王太子自らご希望されたのだそうです。我が国の王子も同じ歳なのですが、女性が良いとのことで。
アルってば、異国でまで私の話を?なんて、頬を染めてしまいましたわ。しかし、私の失態がアルの今後にも響く、重大な任務です。
こうして、私はアルの婚約者として伯爵でありながら、小国サリビスの王太子閣下の世話役を担ったのです。
「初めまして――私はレイリス・ルベルシュ・サリビス4世です」
小麦色の肌に、漆黒の髪、紫色の瞳の見目麗しいお顔立ち、逞しい身体。異国の王子様そのものでした。
「お初にお目にかかります。私は、公爵家令嬢のリディア・ポルディネールと申します。遠い異国の地よりようこそムシュゲルトへお越しくださいました――お疲れではありませんか?」
淑女の礼をし、出迎えた後は、学園を共に周りました。王太子はお話になるのが大変お上手で、沢山サリビスについてお話下さいました。
「シュアルディーから聞いていた通り、あなたはお美しい方ですね」
「まぁ…!そんなことを?…ありがとうございます」
そう、言われた時は、思わず頬を赤く染めてしまいました。王太子からのお世辞が嬉しかったというよりも、アルが私を美しいと王太子にまで伝えていたと思うと思わず頬が緩んでしまったのです。私の照れた様子に満足そうな王太子。どこかその瞳の奥には、羨ましいといった感情が潜んでいる気が致しました。
こんな軽口を叩くのは、心の内を隠されたいから故のことなのかもしれません。王太子でありながら、国から逃げるように学園へとやってきた王太子。心に深い傷があることでしょう。そんな傷を少しでも癒して頂けたらと、ランバート家から、王直々の依頼であると頼まれたからにはと、日々王太子のお世話を努めました。
「あなたがサリビスに来られた際は、私が案内を致しましょう」
「王太子自らご案内して頂けるのですか?それは、ふふっ楽しみですね」
私が想像したのは、いずれアルと婚姻後にサリビスへは行くことになるだろうと思い、アルの貿易の仕事に妻としてついていき、王太子が話してくれた大きな美しい花やオアシスの美しい湖を夫となったアルと2人で歩くことを夢に描いたからです。
思わず、恋する少女の面持ちをしていたに違いありません。アルのことを想い、そんな未来を想像して頬を赤く染めたのですが、王太子をどうも誤解させてしまったようなのです。
私の顔を見て息を呑むように驚いた顔をされた後に、うっとりした顔で髪を触られそうになった時は――思わず手を払いのけてしまいそうでした。
「――っ!」
ビクッと私がしたものですから、王太子もハッとされた顔で手を引っ込めました。王太子の私を見る目は恋する男性の顔でしたわ。ああ、やってしまったと、まただわ、と思いました。
私は、鈍感ではありませんもの。自身が悪役顔をしていても、大層美しいという自覚もあるのです。何度も、少し親しくなると私に恋をしてしまう男性の顔を拝見しておりましたから、ああ、落としてしまったとすぐにわかって焦りましたわ。
「すまない。――リディア様の髪は、我が国サリビス特有の色に近い色味をしておられますね。それでいて、太陽の光の中で見ると赤く反射し、とても綺麗だ…」
熱に浮かれたような目で見られてしまっています。
「太陽の光の下で見る君は、白い肌が照らされ…美しい姿がより輝き、一層目を惹き付けられてしまうね」
だから、思わず触れそうになったと、はにかむ笑顔で謝るのです。アル以外の男性に言われても、ちっともときめきません。だからともちろん、王太子相手に冷たくは致しません。
「まぁ――綺麗だなんて、ありがとうございます。王太子様こそ美しい髪色をしておりますわ。それこそ、私より小麦肌の王太子様こそ、太陽の光の下がよくお似合いです。私は、月夜の光の中こそ似合うと言われるのですよ。その姿は吸血鬼のようだと――」
「ああ、月夜の光の中であると、さらに妖艶さが増しそうですね」
被せるように言われた言葉に、思わず言葉を飲み込んでしまいました。だから、太陽の光なんて似合わない。中へ戻りましょうと話を切ってしまいたかったのに…。
アルといつも過ごす中庭は避けるように、図書近くの木陰の中で話したり、よく2人で散歩するのです。婚約者がいるのに、男性と2人で過ごすのは居心地が悪いものでした。
この日から、ずっとこのような調子で、王太子は命の危機から逃れてきたとは思えない程、軽口をよく叩くのです。長女である私の家にアルは婿に来てくれることになっておりますが、王直々の依頼であり、公爵家であるそれも婚約者の家から担ったことなので、今後の貿易相手になる王太子ですから、丁寧に対応をしなくてはなりません。仕方なく、常にこの王太子と共に行動をしたのです。私と王太子の姿を見て、うっとりと絵画を見るようにため息を付く生徒が何人もおりました。アルの時は生暖かい目や陰口ばかりだったのに。
クラスもわざわざ私のいるクラスへと手続きされており、席はなんと隣です。昼食も当然のように一緒になり、王太子ですので、そこに我が国の王子も参加する流れが自然と出来たのです。
王子とアルは友人ですが、私と直接王子が仲良くすることはこれまでそれ程ありませんでした。ただ、男性と2人で過ごすことにアルへの罪悪感と婚約者のある身でありながら、ふしだらではないかと気にしていた為、王子が気にかけてくれるようになったのは幸いでした。
きっと、アルのことを思って助け舟を出して下さったのでしょう。他国の王太子が留学したからと、常に王子が一緒にいるというのは、実はあまりないのです。それぞれに自然と取り巻きができますからね。
王子が2人ですので、王太子のことをレイリス様と呼ぶようになりました。そのように呼んで欲しいと頼まれてしまったのです。
「本当にレイリスはリディア令嬢のことがお気に入りなのだな」
やめて頂きたい。
「ああ、リディアに婚約者がいなければ、私が婚約者に名乗りを上げたいところだった」
「ふふっ、もったいないお言葉です。いつか、シュアルディー様とサリビスへ赴いた時、レイリス様の婚約者様にお会いしたらお伝えしなくては」
茶目っ気たっぷりにお返ししておきましたわ。婚約者の前で昔、私のことを口説いておられましたのよ?とお伝えするぞと遠回しにも脅されたからには、怯むと思ったのです。
「ははっ、――ルークスの婚約者がサリビスへ赴いた際に、訪れた二人を私と共に、出迎える未来も悪くないと思わないか?」
てんで、響いておりませんでしたわ。我が国、ムシュゲルトの第2王子ルークス様も苦笑いでありました。
結局、最短だと2ヶ月と思われていた交換留学は、アルが危惧していたように結局は半年に延びてしまい、すっかり3人で過ごすことが増えました。そこに、ルークス様の婚約者である侯爵令嬢のソフィーリア様がたまに加わったり、まるで王家の方々のように同じ爵位のはずの伯爵令嬢の方々からまで遠目で憧れのような目で見られるようになってしまいました。
ルークス様の取り巻きの方々とも仲良くさせて頂くも、ソフィーリア様の取り巻きの方々とは私の取り巻きの方々と相性があまり良くなく、ソフィーリア様とも前より仲良くなれたとは思いますが、そこまで一緒に行動をすることもなく、それでいて衝突もなく平穏な日々を過ごしておりました。
そのような日々を過ごし、アルが小国サリビスへと旅立ってから半年――アルとの手紙のやりとりから、もうすぐ帰ってくる知らせが届きました。とても寂しく思っていましたが、やっと会える喜びに私は上機嫌になりました。
やっとやっと!愛しの婚約者様に会える、と。
「ただいま――」
爽やかな笑顔で素敵な笑顔を私に向けてくれるこの男性は――私の愛する婚約者様、なのでしょうか?
「――あ、アル…?」
あまりの驚きに、声が裏返ってしまった私に、それはもう眩しいばかりの笑みを浮かべ、悪戯が成功したと言わんばかりに嬉しげなお顔にお声で、それはもう楽しそうに言うのです。
「もちろん、僕だよ。驚いたかい?」
「――うそっ、え、ど…どう」
あまりのことに、反応ができずにいると、ふわりと笑って抱きしめられました。
力強い腕は逞しく――とても痛い。
「そんなにびっくりしたの?――可愛い」
ぎゅっと抱きしめた後、目を見開いたままの私に愛しげな目を向け、そっと頬を一撫ですると、あまりに自然な動きで、顔が近付いたと思えばいつものように、優しく口づけをされたのでした。
あ、この唇の柔らかさは――確かに私の愛した人のでした。
いやいやいや!嘘でしょ!!この無駄にイケメンなのがアル?
ええぇえぇぇぇえええ?!
あまりの激変ぶりに激しく動揺するものの、公爵夫人になる為の教育故に、見るからに慌てふためいているとは傍目からはわからない程に留めることができました。婚約者の前で、大声を出すという醜態を晒すような取り乱し方はせずに済みましたわ。
驚いて紅潮した頬を見て、アルは満足した様子で楽しげな満面の笑みを浮かべておりましたが、違います。イケメンになって戻ってきたアルを見て、胸をときめかせたわけではないのです。
ふくよかな体をどこに落としてきてしまいましたのーーーーっ?!
そう、そうなのです。ミラクルチェンジをしておりました。あのふくよかな体型の愛らしいアルが、灼熱の国サリビスへと旅立ち戻ってきたら、スマートになり贅肉でつぶらな瞳であったのが大きな目になり、元々運動神経は悪くなかったところ贅肉がなくなったことから、ますます剣技も磨かれ、俊敏な動きに見合う逞しい胸板に筋肉質な腕へと変貌を遂げておりました。
そうです、そうなのです!!
痩せていたのです!!!いやぁぁぁ!!
その日は、どのような会話をしたのか、あまり覚えていませんわ。
喜んでいると信じて疑っていないアルは、上機嫌に私を連れていつも2人で過ごす中庭へ、アルが帰ってきてからしばらく経つというのに未だに呆けたままの私を連れ、サリビスでのことを楽しげに話してくださいましたわ。
無駄にキラキラしたお顔を見て、呆然としている私はほとんどアルの話が頭に入ってきてくれませんでした。
痩せてしまった…私の婚約者様。
愛おしいふくよかな体のアルには、もう会えないの?
と――それより何より、この顔を見て衝撃の事実が私を襲いました。そう、痩せたアルの顔を見て…。
まさかの、前世を思い出してしまったのです――!
この顔は、攻略対象の1人シュアルディー様だと。
私は――悪役令嬢、シュアルディー様ルートの障害となる婚約者リディア様。月夜の似合う吸血鬼。
そう、吸血鬼。私、本当に吸血鬼なのです。先祖返りをするのです。しかも、この世界――ここは乙女ゲーム『オルテミス学園物語』そのもの。
私は、転生者だったのです。
いや、今更どうしてですか!前世の記憶がなくとも幸せ者でしたのに!
それも、闇落ち確定の悪役令嬢へ転生しておりましたわーーーーもうっっ、嘘でしょっ!!
「リディ?どうしたの?…具合でも悪いの?」
楽しげに話してくれるアルが、青白い顔で愛想笑いばかりで話半分の私に、さすがに心配そうな顔をして覗き込んできました。
前世の記憶が蘇ったのです。混乱もします。不思議と、忘れていたことを思い出したという感じで、よく聞く高熱を出したり、一気に思い出された前世の記憶の処理に頭痛を起こしたりなどもなく、ここゲームの世界やん?!となっただけなので、ショックからグルグルなっているだけで、自分のことを後回しにしてアルの相手をすることもできないことはないのです。
だから――
「アル――」
半泣きのような懇願するような顔で私がアルを見つめると、私の可愛らしさに顔を真っ赤にしながら、ドギマギした様子のシュアルディー様が目の前にいます。ああ、見たいのはこの顔じゃないのに…。
「どうしたんだい?……そんな泣きそうな顔しないで。ああ、やつれたのかと心配してるんだね?僕はちゃんと元気だし、君を驚かそうと思って黙っていただけで、病気をしたとかそういうことじゃないんだよ」
ああ、声も肉厚でくぐもってなくて無駄にイケボ。滑舌まで良くなってないかしら?
「ふふっ、やっぱり君はそういう反応をすると思っていたよ」
「えっ?」
痩せてがっかりするのがわかってたというの?
うぉーい!なんで痩せてん!!!
「痩せて君に見合う男になろうと努力しても、きっと君は変わった僕を見てすぐに浮かれるのではなくて、驚いて――それでいて僕の急激な変化に僕のことを心配するんだろうなって、わかっていたよ――」
優しい君のことだもの。と、耳にキスをして、めちゃくちゃイケボの声でチュッと音を響かせながら囁いた。
ぜんっっぜん!わかってない!!
――そうなのだ。私の前世はなんと30過ぎの主婦。既婚者なのだ!愛しの旦那様はそれはもう冴えないながらに優しい優しいふくよかな優しい目をした大好きな人だった。
子供ができなくて、不妊治療をと思って病院に行ったら子宮癌になってしまっていて、子供は諦め治療を始めて…離婚しようと話しても柔らかい大きな体で抱きしめてくれた。
いよいよ、病院のベッドからも起き上がれなくて、こんなに苦しいのは嫌だと泣き叫んで、旦那にそれはもう酷い具合に当たり散らして、それでも生きて欲しいと願う旦那に苦しめたいのかと八つ当たりして、結局私は弱くて治療をやめたんだ。
残される旦那のが辛いだろうに、苦しめてごめんねと、諦めた私に最後まで優しかった。治療の為にお金が飛んでった。だから、旦那は仕事は休めない。それでも毎日病院へ見舞いに来た。一時も離れたくないのに仕事に行くと私は泣いて困らせた。私の治療費の為に働いて働いて、私の愚痴を聞いて、旦那を泣かせたこともある。とんだ鬼嫁だ。病人だからって許されるとは思えない。
旦那は、仕事の間に私が楽しめるようにと漫画やゲームを置いてった。その一つに『オルテミス学園物語』があった。その中の登場人物の過去は婚約者に馬鹿にされすっかり自信喪失した元デブの攻略対象者がいた。散々婚約者にいたぶられて、気の毒なデブの過去の攻略対象が旦那に重なって見えた。
私はそのゲームにハマった。デブ時代のシュアルディーを毛嫌いしてこんなデブの婚約者がいるなんて恥ですわ!と、傷付ける婚約者――悪役令嬢リディアに自分を重ねた。
私は前世では受付嬢をしていた。よく受付に来た旦那は私狙いだとすぐにわかったし、顔を真っ赤にしてデートに誘われた時は、ちょっと可愛いと思ってしまって応じた。でも、馬鹿によくしたし奢らせたし、付き合って1年経っても同僚に内緒にさせたりもした。プロポーズも3回目で受けた。給料3ヶ月分のダイアの婚約指輪じゃないと受け取らないと言って、本当に用意してベタな高層ビルのディナーの最中にスポットライトで照らされる中でプロポーズされた。実はめちゃくちゃ嬉しかった。そのビルの最上階で薔薇の敷き詰められたベッドでその夜は過ごした。ベタベタだ。
悪役令嬢リディアは、かっこよくなった婚約者に態度を変える。でも、その頃には主人公の太陽神の愛し子セーラに心奪われているのだ。婚約者がデブの時は馬鹿にしていたのに、かっこよくなった途端それが面白くなくて主人公をいじめまくる悪役令嬢。当然、断罪イベントでリディアは婚約破棄される。
攻略対象は、複数いる。ただ、最初に攻略しないといけないのが公爵家子息シュアルディーだ。今の私――リディアの愛する婚約者様だ。元デブの自信のないアルを励まして恋仲になるとハッピーエンド。リディアは途中で、バンパイア覚醒し、主人公セーラを襲うのだが、アルによって討伐されるのだ。――死亡フラグだ。
友情ルートに行くとルークス王子とレイリス王太子のルートが選べるようになる。
大国ムシュゲルトの第2王子のルークス王子。
我が国の王子様。アルとは友人の為、紹介される形だ。王道中の王道ストーリー。警戒した婚約者様とバチバチのバトルをするも、良きライバルとなりお互い正室を目指して仲良くなるのだ。当然、主人公がリードしてる形で。
あの、ご飯一緒に食べるようになった王子ね。
砂漠地帯にある小国のレイリス王太子。
亡命目的で学園に留学するも、主人公の励ましで国に戻ると揺るぎない王太子としての地位を築くことになる。貿易を成功させ、国を大きく発展させるのだ。
灼熱の国サリビスからのあの留学生ね。今の私に恋してる王太子閣下。なんでだ。
覚醒したリディアを共に太陽神の愛し子セーラが光魔法で討伐する。リディアは弱り、学園を追放される。伯爵家ポルディネールはバンパイア一家と知れ渡り、没落。――追放没落フラグだ。
バッドエンドは、かっこよくなっても結局自信のなさから婚約者リディアの言いなりになり、最終リディアの僕となる。ただ、リディアと共にアルも消息不明となる。――消息不明フラグだ。
この時に先に友情ルートでルークス王子とレイリス王太子のルート攻略済みであると、主人公セーラはアルを助けに地下へと進み、アレンルートに進めるようになる。
吸血鬼アレン。大国ムシュゲルトに封印されしアレンティーノ・ヴラウディー侯爵。吸血鬼の始祖。通称アレン様である。
そう、この世界――吸血鬼とか神とかいる。
攻略対象者が人ですらない。主人公セーラそれら誑かすんだから凄すぎる。
灼熱の国のパロム王子。ヤンデレ実質の第2王子。
灼熱の国の太陽神ルムラン。舞台は灼熱の国サリビスまで移る。第二章だ。神様まで攻略対象なのよね。
攻略の鍵は病弱なシャルル王子だったりする。
アレン様こそ、悪役令嬢リディアの始祖。ポルディネール伯爵家は父方の家系だ。母方の家を辿るとヴラウディー侯爵家と血縁関係であることがわかる。通りで母親も吸血鬼っぽいわけだ。もうヴラウディー侯爵家はこの時代には没落してしまっている。
確か、バッドエンドだとバンパイア覚醒した悪役令嬢リディアと下僕化したシュアルディーがアレン様ルートで登場したはず。
こうなれば、目指すはバッドエンド一択だ。消息不明フラグがあっても、アルと離れなくて済む――でも、前世の私は罰を受けるべきだ。
幸せになっていいのだろうか?最愛の旦那様を苦しめて、不幸にしたのに。
そうだ。最後は、確か他の女性と結婚して、子供を作って幸せになって欲しいと願った。
私のような酷い女は、『オルテミス学園物語』の悪役令嬢のように散ればいいと思ったっけ。
「ダメだよ――どこまでも一緒じゃないと…君がいなくなった後に、君がいないのに幸せになんてもうなれない」
ボタボタと涙を流してそう言ってくれたあの人は、どうなったんだろう。――幸せな結婚をして子供を授かって、老衰しててくれないかな。
セーラが太陽神の愛し子になったら、学園にやってくる。そうなれば、アルはセーラに恋するのかな。
それでもいいかも。だって、思い出してしまった。アルを心から愛している。でも、前世の旦那が最後の人でありたい。どうして忘れられてたのかわからないくらい、私の全部だった。
アルに心惹かれたのも、目の優しさが旦那様とそっくりだったからだ。転生してもぽっちゃりに惹かれるとは、私はぽっちゃり好きだったのかな?馬鹿にしてたし、それまでの恋人は普通に細マッチョのイケメンに限る。だったんだけど。旦那が痩せたら、余計に好きになってそうだと思うし、喜んだだろうな。私の為に痩せたとか言って、ちょっと頑張ってプロポーズの時には15キロくらい落としてきたもの。私の為に体型まで変えちゃうんだよ?余計好きになるでしょ。
アルも、そうなんだけど――浮気はしたくないから、やっぱりセーラとの仲を邪魔するのはやめて、むしろ応援して先に天国で待ってようかな。いや、地獄かも?待たせるかもなぁ。でも、待つと思うから、あの旦那様は。生まれ変わったら、またあの人の奥さんしたいな。
足掻くのをやめることに致しました。どのルートに行こうと、バンパイアに覚醒してしまうのですから。人ではなくなってしまうのだから、人としての人生は終わるようなもの。それなら、アルと別れて学園を退学して、お父様お母様に事情を話して、闇の世界へと自ら行こう。アレン様の召使いにでもなって過ごせばいいかしら?バンパイアって、長寿よね?いつ旦那に私は逢えるだろう…。やっぱりバンパイアに覚醒してしまう前に自殺するべきかしら?……怖くて無理。
バンパイアになってから、太陽の光の下で眠ろう。きっと、死ねるんじゃないかしら?そうしようかな。
と、色々自分の中で整理して、アルの実家ランバート家に婚約破棄をしたいという手紙と、私の実家ポルディネール家へ婚約破棄することになった手紙を用意した。でも、この手紙を出す前にアルに話さなければならない。
傷付く、だろうな。
彼を傷付けたくない。でも、その傷はセーラが癒してくれる。私と共に闇落ちするより、アルにとって余程幸せだろう。
「――婚約破棄、だって?」
アルが動揺して青白い顔になり、泣きそうな顔で小刻みに震えている。
「ごめんなさい――」
泣くな、私。傷付けるのは百も承知。自分が傷付けようとしているのに傷付いた顔をするなんて、間違ってる。
「どう、して…どうしてなんだ!」
肩を力強く掴まれる。こんなに切羽詰まったアルを見るのは初めてだ――深く傷付いた目をしている。
私は――悪役令嬢リディア。婚約者に深い傷を負わす婚約者。皮肉にも筋書き通りじゃないか。それなら、最後まで演じ切ろう。罪深い私に出逢ってから12年もの長い月日、幸せにしてくれたこの人へ。最大の裏切りをしよう。
「離してくださいますか?――触れて欲しくもありません」
無表情になってしまえば、これ程冷淡な顔をした女はいないと思う、キツい顔だ。声を震わせちゃいけない。
「リディ――」
「ああ、やめてくださいますか?そのお声も聞きたくないのです。愛称で呼ばないでくださいます?」
汚い者に触れられたといったように、肩を嫌そうに払い。耳障りだと言わんばかりに眉をひそめてみせる。
「わからないのかしら?太ってらした時は内心馬鹿にしてましてよ?よくもまぁ、醜い姿で私の横に居られるものだと、呆れていましたの」
さぁ――1番触れて欲しくないであろう、彼の柔らかな部分に爪を立てる。彼の目が見開く、彼が何かを話す前に畳み掛けるように告げる。
「お声を出そうとするのはおやめになって?聞きたくないと先程も申しましたでしょう――?今は見目麗しい姿になられましたけど、今度は堂々と私と並び立てるとでも勘違いなさった態度が、鼻につきますわ――」
彼の開いた口が閉ざされた。尚も私は続ける。
「豚のようなあなたにも尽くす私の評価は慈愛の女神とまで言われてましてよ?レイリス様もそんな私を見初められたようですの」
戸惑うだけだったアルが、ピクリと「レイリス様」と王太子の名を出した時に大きな反応を示した。嫉妬に狂った男の顔を浮かべて。思わずビクッと反応してしまう。
――まずかったかしら?これから貿易をする大切な取引相手なのだ。仲を悪くすることは避けなくてはいけない。
「レイリス様と婚約を――?」
こ、こんな顔は見たことないし、こんなドスの効いたような低い声も始めて聞いた。それでも、ターンを譲るわけにはいかない。なんか、ヤバいもの。本能的に危機を感じる。
「違いますわ」
危うくどもりかけたけれど、なんとか即座に否定する。まだ、アルの目はギラギラしているけれど、最後まで言い切るつもりで息継ぎもせずに言い切った。
「ほんと、そのつもりでしたけれど、あなたがデブのままなら、周りがレイリス様との方がお似合いだと持ち上げて、あなたは身を引いて私は王妃になれたかもしれないというのに、あなたは自信を付けて帰ってきてしまうのだもの――計画が台無しよ」
私が勝手に思い描いてただけ。レイリス様は関係ないのよ?と、わかるようにまくし立てた。ちょっと、苦しいかもしれない。他に好きな人がとか言うと諦めるかなと思ったから思わず出したのだけれど、失敗だったわ。こんなに嫉妬で目をギラギラさせたアルは初めてなんだもの。
「それなら、なぜ婚約破棄をすると言うの?」
「痛っ――」
手首をギリッと強く握られる。あのマシュマロみたいな柔らかな手じゃないから、痛くてしょうがない。
「ごめん…」
すぐに手を緩める。婚約破棄を突然言い渡され、しかもデブだったことを内心笑っていた。努力した後も婚約者の横に卑屈にならずに立つのが鼻につくと言われ、あまつさえ他の男性との婚約する気満々だったと言うのだ。こんな勝手なことを言う婚約者に、愛想を尽かさないのだろうか?そんな相手をまだ気遣うのか――この人は、優し過ぎる。
こんなに優しい人を巻き込みたくない。太陽の下にいれなくして、地下へなんて連れてかない。
「謝られるのでしたら、離してくださらない?」
冷たく振り払おうとするも、振り払われてまではくれなかった。
「レイリス様が、好きなの?」
先程より、哀しさが増した声や目で、訴えかける。内心馬鹿にしてたとかの話はどうでもいいのだろうか?
ここで、そうよと言ってしまうと、矛先がレイリス様に向いてしまうかもしれない。
「違うわ」
「だったら――」
「でも、他に好きな人がいるの」
間髪入れずに答えた。ああ、あなたのことも愛してる。なんて、狡い女だろう。こんなに好きだと思う人が2人もいるなんて、信じられない。
「嘘だ」
「本当よ」
「君が僕以外を好きになれるはずないだろ――?」
彼の顔がくしゃりと泣き笑いのような顔になる。
「え――?」
その顔が、前世の旦那様とタブってしまう。
3回目のプロポーズの時にも、言われたんだ。演出が終わった後にあれで断られてたらどうしたの?って、他にも私のことを好きって言ってくれてる人は沢山いたのよ。と、意地悪を言ったら、『いい加減認めなよ。――君が僕以外を好きになれるはずないだろ?』と、その時はやっと手にした私を好きで仕方ないと言った顔で言ってたけど、私が息を引き取る時に、他の女性と結婚して子供を作ってと言った時に、今みたいな泣き笑いの顔をしたんだ。
台詞と、表情がデジャブで。
「――佑ちゃん…?」
思わず、前世の彼の名前を口にした。いや、そんなわけがない。なんと誤魔化そうか――。
私の好きな人が「佑ちゃん」であるのは間違っていなくても、この世界に存在しない人の名前を出されても「佑ちゃん?それは誰?」と、訝しげに問われてしまっても応えに詰まるもの。
そう思い、咄嗟に口から出てしまった人の名をどう誤魔化すか。私が逡巡していると、予想だにしない反応が返ってきた――アルの口から。
「そうだよ、奥さん」
彼は、なんと言った?――そうだよ?
前世を思い出してしまった時のような、衝撃が私を襲う。私は、「佑ちゃん?」と、アルに問いかけたのだから。その答えがそうだよ?それは、つまり――
「――!……う、そ」
アルが泣いてる。頬を両手で包むように添えて、一瞬驚いた顔をしたと思ったら満面の笑みを浮かべて、それからくしゃくしゃに顔をして涙を流して言った。
『奥さん』と。
また、呆然とする私を無視して口付けをして、震える手で愛おしそうに顔を撫でて、それからまたそっと抱きしめて、ぎゅーっと抱きしめた。
私の目からもボタボタと涙がこぼれ落ちた。わかってしまった。戸惑うよりも先に、疑うよりも先に。
アルが――目の前にいる愛しい人が、佑ちゃんなんだ。私の愛した旦那様だったんだ。
そうとしか、思えなかった。そうだと、だって愛しい人が自らそう言うのだから。嬉しい。そうだったことがとてつもなく嬉しくて、信じられないなんて思いも打ち消された。驚きから嘘だ、なんて葛藤もできなくて、ただただ、嬉しかった。
だって、この人が好き。旦那のことも好きで、心変わりしたなんて認めなくなくて。でも、アルのことも愛していて。だから――
「ゆ、う…ちゃ――」
「うん――うん」
しばらく、泣きやめそうにない。混乱する中で、ただ嬉しいというだけの気持ちを、今はなぜ?とか、懐疑心とか、余計な気持ちは邪魔でしかなくて、再び逢えた愛しい人のことだけを思って泣いた。
それから、2人してぎゅうぎゅう抱きしめ合って号泣した。色々聞きたいのに、言葉じゃなくて、何度もお互いの目を見ては頬撫でて口付けをして、それでまた2人とも嗚咽まで漏らしながら泣いて。何が何やらわからないくらいグチャグチャで――二人して酷い状態だった。
アルが落ち着いて泣いてる私の涙を拭ってくれて、目が合えばアルはまた泣き出して。私もそれを見てまた泣いて。2人とも浮腫んで酷い顔だ。しまいには笑った。
それで、気付いた。アルが旦那なら、旦那は死んだんだ。私を追って――?
「佑ちゃん――?」
「うん…なーに?えり、な…」
ぶわっと、また笑顔でやっと返事したアルが、前世の私の名前を呼ぼうとして笑顔に失敗して、また泣いた。
「泣き過ぎ」
私までまた泣きそうだ。けど、いい加減泣き止まないと。目を擦りながら笑って見せたら、アルもへにゃりと笑ってくれた。
「ごめん…やっと、『えりな』と逢えたと思って――」
どういうことだろう?いつから、アルは『佑ちゃん』だったんだろう?私が『えりな』であることもわかっていたということなんだろうか?
「――ああ、僕ね。5歳の時から記憶があったんだよ」
とんでもな事実をさらりと言ってのけた。5歳――私達が初めて出逢った歳だ。
「ええっ!それって、出逢った頃じゃ…」
もう、前世のように砕けた話し方でお互い喋り出す。アルとリディアの顔と姿で。そこにいる私達はすっかり『佑ちゃん』と『えりな』だった。
「うん。なんか、誰かを探してるんだけど、それが誰かもわからなくて。喪失感とか焦燥感とかあるんだけど、なんでなのか全くわからなかったんだけど。君に会った瞬間思い出したんだ。すぐに君がえりなってのもわかったよ」
かなり驚いた。私なんて、アルが痩せて何故か思い出したっていうのに。
「佑ちゃん…再婚――てか、死んだ、の?」
私のせいで、前世の旦那を死なせたんだろうか?今目の前にいて嬉しいのに、心臓がきゅっとなる思いになる。1番それが聞きたいことだと思う。
首を振るアル。
「再婚なんてもちろんしてないよ。でも、しようかとも考えたよ」
チクリと胸が痛む。勝手だなぁ、私。
「君以外愛せないと思ったけど、君が延命を蹴ってまで僕の人生を望んだから――絶対後を追うなって言うし」
「当たり前、でしょ?ボロボロだったじゃん」
延命治療のせいで、彼はお金を稼ぐ為に仕事を変えたのだ。元々、それなりに高給取りだったし貯金もあった。専業主婦をさせてもらえるくらいには稼ぎもあった。それでも、最先端技術の治療をと彼が私の為にお金を注ぎ込んだのだ。かなりあった貯金もほとんど治療費へと消えた。
最先端の治療は海外なのだとかで、彼が調べた海外の病院にすでに日本の病院に入院していたのに、転院までした。死ぬのは怖かったから、有難かった。私は縋る気持ちでろくに考えもせずに、すぐさま了承した。
海外勤務は元々、私の為に希望していなかった。海外での暮らしも憧れなくはなかったけど、もっと先、子供を完全に諦めて40代半ばになったらとか、なんなら定年後でいいかな、なんて。死ぬかもしれないなんて思っていなかったから、年老いた2人の未来を当然のように想像してた。老後に海外生活も悪くないな、なんて考えだった。
それが、死ぬかもしれない中、始めての海外生活だ。せっかくの海外生活も病院の中。英語なんて残念ながらできなかった。受付嬢をしていたのも、顔だけで採用されたようなものだ。心細かった。
旦那は英語ができた。それでも初の海外勤務。何度か海外に出張したりもあったけど、きっと旦那も病人を抱えて新しい職場、それも海外勤務。不安だったに違いない。それでも、愚痴の一つも言わなかった。どんなに、八つ当たりしてもだ。
普通は、口喧嘩になると思う。しかも、散々文句を言う鬼嫁だ。誰の為に、しんどい思いをして働いてると思ってると、カッとなって罵ってしまって不思議じゃないし、病院へ行く足取りが重くなったり、遠のいたりして不思議じゃないはずだ。
最初はただ、頼り甘えた。でも、疲れた顔を見せない笑顔の旦那にクマがあるのに気付いてしまったら、もう邪魔でしかないとしか、思えなかった。彼の為にご飯も掃除もできない。私、専業主婦だよ?夫婦って、助け合ってなんぼでしょ?
だから、早く見捨てて。さっきの演技、悪役令嬢リディアになって、わざと離れようとしたみたいに、私は旦那に辛く当たった。怒りはしないのに、延命治療をやめようとした時はなかなか折れてくれなかった。懇願され、治療を続け、お金が消えていく。旦那にはまだ未来があるのに。借金まで残して、結局は死ぬのに――?そんなのは嫌だった。
私はもう末期だった。日本では、子宮癌の治療には使えないけど、海外では使える投薬があるとかで、よくわからないまま旦那に頼って過ごしてきた。
自分のことなのに、何から何まで、旦那が調べて教えてくれて、いいと思うことは全部しようと話して。
ただの足掻きでしかないと、やっぱりわかってしまうところまでは治療を続けてた。
旦那が私を失いたくない気持ちはわかる。愛してる人が死ぬのを何もしないで待つのなんて、気が狂いそうだろうしね。でも、私が気に病むのも、やっぱり私に愛されてる自覚のある旦那は理解してくれた。泣いて、それから延命治療をやめたら泣くのを旦那はやめた。命を諦めた私を責めることもせず、穏やかに過ごせるように心を砕いて尽くしてくれた。ずっと、大好きな笑顔で側に居てくれた。
治療を望んでやめたくせに、死ぬのが怖くて、怯えた私に最後まで付き添った。死にゆく人の側にいるのって、辛いよ。それも、愛する人の死にゆく姿なんて、目を背けたくなる現実だと思うんだ。私は自分のことでいっぱいになったりもやっぱりしたし、みっともないくらい取り乱したことだってある。
そんな私を見放さないで最後まで楽しい時間を作ろうと努力し続けてくれた。ゲームだってそう。私に死を恐れるだけの時間じゃない、病院でも思い出を作ってくれた。あんなに、穏やかで強い人っている?なかなかいないよ。
きっと、1人で泣いてただろうな。沢山、泣かせたんだろうな。いっぱいいっぱい傷付けた。
きっと、辛い時は旦那が一人で耐えてたんだろうな。いい人過ぎるから、同じくらいのことを返してあげることなんて、生きててもできなかっただろうな。
「――でもね、やっぱり他の女性とデートしてみようと思っても、君が忘れられなくて。『ちゃんと、デートには誘ったの?私の時みたいになかなか誘えないでいたら先に進まないわよ!』なんて、君にハッパをかけられる想像しちゃって。おかしくなって、心が満たされちゃって…ああ、やっぱり君はいつでも一緒にいるんだなって」
泣き笑いみたいな顔で、アルがまた涙を流す。
「なによそれ…言いそうね」
私まで、笑いながら、泣いちゃって。
「でしょ?…そしたら、気がないと、女の人って鋭いよね。すぐにわかるのか、色目を遣われてた気がしてた女性が、しばらくしたらもう僕に興味なさそうに変わってたりしたんだよ」
ははっ、と笑って、まぁつまりはただモテなかっただけなんだけどね。と、涙を拭って爽やかな笑顔で言ってのけた。
チャンスはきっと、あったんだろう。それでも、なびかない佑ちゃんに相手の女の人が脈なしと離れていったんだろうな。
「それで、ね?多分、心筋梗塞だと思うんだ」
言いづらそうに死因を言う。
病死?急になんで?
「胸がめちゃくちゃ痛くなったことまでは覚えてるんだけど、その後の記憶がないからさ。…多分、目覚めることもなくそのまま、ってことじゃないかな?」
寿命ではなく、彼もまた病死していたのか。私を亡くして、生にしがみつくこともせずに、呆気なく死んでしまったのかな。妻に先立たれた夫が、数年もしないうちに後を追うのって、割と聞く話だけど。それは、もっと年老いた老夫婦にある話だと思う。
何せ、まだ30代なのだから――
「………過労?」
思わず、目を見開いて彼も病死したということに驚きの声を出してしまう。きっと、過労だ。そう思うと尋ねた声が掠れてしまった。青白い顔になっていると思う。
「……太ってたせいじゃないかな?」
彼が気まずげにそんなことを言うものだから、思わずきょとんとしてしまった。
「馬鹿ね。それもあるかもって思っちゃったじゃない」
やっぱり、優しい私の旦那様だ。私はなんやかんや、彼が私のことを忘れられず再婚できなかったことを喜ぶし、それでいて気に病むし、死んでしまうくらい私を愛してたってことも喜ぶし、寿命まで生きても一人で寂しく過ごす旦那のことを気に病むのがわかってる。なんて酷い女だ。本当に気に病む女相手なら、きっと、ただモテなかった、死因も太ってたせいとだけ言ってしまえばいい話なんだから。私のせいで、と伝えてもらえて嬉しい。それでいて、気に病む素振りを見せる私に、そうじゃないと言ってくれる旦那様は私のことをよくわかっている。
「ちゃんと、今世では一緒に長生きがしたいから、痩せましたよ。奥さん」
ふふっと優しい笑顔を向けてくれるアル。
――無理だ。一気に、旦那が和ませてくれた空気が凍る気がした。
ああ――旦那は、このゲームのことをよく知らないんだ。私が楽しげに話すことで、話を聞いてはいても、実際に一緒にゲームを楽しんだわけじゃないから。私が、悪役令嬢リディアがバンパイアになってしまうことも、覚えていないんだ。
「一緒には、生きられないよ――……」
また、泣きそうだ。
「わかってるでしょ?ここが、ゲームの世界だって。あなたが私の為に用意してくれた『オルテミス学園物語』だって」
前世は一緒に年を重ねられなかった。今世はと望んでくれたから、健康に気を遣って痩せたのか。馬鹿だなぁ。愛しい馬鹿な旦那様だ。
せっかく、アルが佑ちゃんだったのに。ここがあのゲームの世界って、わかってないの――?望めないんだよ?バンパイアに私はなる未来は、確定してるんだから……。
「大丈夫、僕もバンパイアになるから」
「は?」
ニコッと、なんのことかわかってると言ったふうに、軽々とそう言ってのけた。
「また、バンパイアになるから身を引かなきゃって考えたんでしょ?すぐに思考が暴走するところは相変わらずだね」
私に血を吸われようとでも言うのだろうか?確か、バッドエンドの下僕になったシュアルディーは人間のままだった。餌のつもりだったんじゃないかな?血を吸ったらバンパイアになるのかわからない。何より、そんな簡単に人間をやめてしまおうと考えるのは――軽率過ぎる。
「アル――」
あえて、今世の名で呼ぶ。前世のことで、今世の生まで、また前世のように私のせいで、犠牲になって欲しくない――。
でも、アルは遮るように語り出した。
「あのね、僕は5歳の時から前世の記憶を思い出してるんだよ?当然、バンパイアになることも、君の家が没落してしまうことも、学園を追放されることになることも、すでに対策済みだから」
「え?うそ…」
対策済み?そんなことが――できるものなの?
「いや、本当。その為にサリビスにまで行ったんだから」
「え?サリビス?今回の??」
バンパイアになるとぶっ飛んだ話だけでなく、思いがけないことまで彼が話し出した。
「そうだよ。痩せてびっくりだけじゃなくてね」
得意気にウインクをする彼。目を白黒させる私にわかるよう、彼は、順を追って説明してくれた。
「まず、僕はすぐに両親に、いずれ任される国はどこにするかの話が出る時には、サリビスになるよう幼い時から仕向けることから始めたんだ。まだ子供の頃に、アレン様に会いに赴いた。ヴラウディー家の復興を願いに行ったんだ。そこから太陽神にも出逢うチャンスがないかと何度かサリビスにも仕事の手伝いをしながら探りに探ったし、我が国王にも実は相談した」
王?え、そんな話にまでなってるの?
「アレン様に出逢ってポルディネール家がヴラウディー家の血筋に当たることがわかったと報告したんだ。先祖返りで吸血鬼になる可能性がある、と。討伐ではなくて、保護の為にね。すぐに、君の両親にも伝えたよ。秘密裏に王とアラン様によって人間とバンパイアの条約が定められた。そして、僕が人間とバンパイアの架け橋になる役を担ったんだ」
両親も知っていた――?私は何も聞かされてない。
というか、アラン様攻略済みってどういうこと!?
人間とバンパイアの条約は、アラン様ルートのハッピーエンドの時に結ばれるはずのものだ。架け橋になるのは当然主人公の太陽神の愛し子セーラ。
それが、アルがしちゃってるじゃない!!
何が一体、どういうことなの――?
ニヤリと笑って、話を続けるアル。あ、この得意気にしたり顔をするのは佑ちゃんだ。気付いてしまうとこんなにも表情とか一緒だったんだなぁなんて、関係のないことまで思ってしまった。
いや、だってなにその急展開。ついてけないわ!!
「仕上げに、今回はイベントで主人公が愛し子になるはずだったのを僕がかっさらう形で太陽神の加護を貰った。後、主人公になるはずだったセーラとは知人程度だけど、第一章ぶっ飛ばして第二章のサリビスで王子達相手に色々してもらって安定した取引相手国になってもらえるように画策もできてるから。王太子も無事、王になるはず」
もう、まるでアルが主人公のようだ。たった17の子供が国を動かすことがあるのだろうか?
――あるのだろうな。なにせ、ここゲームの世界だもの。
「それで、アレン様は王に、ヴラウディー家の当主に僕がなるから、安心して嫁ぎに来てね。お婿さんの予定だったけど、お嫁さんにもらうことになったから」
ということは?バンパイアになったらアレン様が本来なら納めていた領土の当主になるということ?えっと、お嫁さんも悪くないけど――じゃなくて、そうなると我が家は…?私、長女なんだけど。
「ポルディネール家は君の妹のレノアちゃんと僕の兄さんのメルフィデス卿が結婚するから大丈夫だよ」
この旦那、考えを読んで先に答えを出してくる。
「って、ええっ?レノアとメルフィデス卿だと10以上も歳が離れてるじゃない!そんなのダメよ」
妹を生贄になんて…そんなの。
「それが、メルフィデス卿はレノアちゃんを溺愛してるみたいでね。レノアちゃんも満更じゃなさそうだったよ」
「は?すでに恋仲なの?」
政略結婚じゃなくて?
「まぁ、僕が間に入って色々唆したところもあるけど、割とお互い惹かれ合ってるよ。さすが、兄弟だよな。兄上も意識して痩せたんだから」
え!妹の為に痩せたの?そういえば、次男のメルフィデス卿はランバート家の中だと痩せて見える体型をしてらしたわ。妹の為に痩せていたとは…。
「だから、もう断る理由は、ないよね?」
はっとした。バンパイアになるなんて人生を変えてしまうことなのにと、反対を当然しようとしたのだけれど。
「すでに、我が王にも君の両親にも、そしてアラン様にも――僕がバンパイアになること了承を頂いている。もちろん、王に話す時は僕の父を通してだったし、僕が君との婚姻を諦める気がないことはこの10年で悟ってくれたし、バンパイアになることも渋々でも今じゃ受け入れてくれている」
アラン様は吸血鬼の始祖たる存在。つまりは、アラン様に頼めば、バンパイアにはなれるのよね。すでにアラン様にも確約をもらっているとは流石に考えなかった。どこからそんな行動力が…いや、佑ちゃん元々実はアクティブよね。海外の病院へ行くこととかも迷わずすぐ決断下したしね。
でも、今の言い方だと――ムルジオン公爵は渋々よね?どれだけ、反発したのかしら?我が子が自らバンパイアになるなんて言おうものなら、監禁してでも止めないかしら?――そういえば、あまり婚約者とは言え、学園に入るまでは年に数回しかお会いできなかったし、何年か会えなかった時も…まさか?え、そういうこと?
「やっぱり、どこまでも僕らは一緒じゃないとね。奥さん」
にこにこ、笑顔を向けるアル。もう涙は止まっている。見たいのはこの顔じゃない――なんて思ってたはずなのに、アルでも佑ちゃんでも中身がこの人ならいいのかな?無駄にイケメンの顔に声に、やっぱりときめいた。
私の顔は、真っ赤だろう。
もう、私の完敗だ。これだけ準備してくれてたなんて、驚きだ。答えはもう決まってる。心はすでに言い訳しても、最初から決まってたんだ。
「…ええ、アル。今世でも、あなたの伴侶でいたいわ。どこまでも一緒に――」
――吸血鬼の国がある。大国ムシュゲルトの隣国ヴラウディーである。王の名をアレンティーノ・ヴラウディー。人間との貿易を公爵家ヴラウディー家が担っている。不思議と、人間の血が食料であるはずの吸血鬼であるのに、食の貿易が盛んに行われているのだった。初代当主は、ふくよかな体であり、吸血鬼でありながらも太陽神ルムランの加護を持ち、太陽の下でも死なない体の元人間といった変わり者であったと伝えられている。同盟国サリビスを安定した国にしたのも、また彼であると伝聞されている。
ヴラウディー公爵の正室は1人だけで、彫刻のように整った女神の如く美しい夫人だったそうだ。子を男1人女2人と授かり、ヴラウディー家を長男が継承し、ムシュゲルトとサリビスに娘が嫁いだそうだ。
〜完~
※あくまで太っちょな婚約者様を愛する主人公の物語です。