1-1 【激戦区】
その日は、丁度30日振りの休暇となった。
この基地に所属しているアウトサイダーは約130人。
その中で、当日の戦闘が割り振られていないチームの中から、更に基地の警備が割り当てられる。
戦闘の予定が無く、警備の担当でも無いチームは、急な戦闘出撃に備える待機任務や、オルト・リューコスを使用した訓練等に1日の幾らかの時間を割かれる事となる。
その為、朝から宵の口の点呼までの「1日」を自由な時間として過ごせるのは、不規則ながら10日に1度程度と言うところだろうか。
「この前は緊急出撃が長引いたから、中日を入れての半日を2日になっちゃったし、その前は……」
以前の戦闘で装甲の殆どが板屑になり、フレームを軋ませながら歩行するのがやっとだった己のオルト・リューコスのセッティングに費やした。
負傷の治り切っていない身体を動かし、手透きのメカニックに無理を言って調整の補助を頼んだのだ。
その際に、使用パーツを一部変更する事にした。
オルト・リューコスは複数の企業がそれぞれにパーツを作成し、ブランド毎の特色もある。
しかし、胴体の基本フレームに関しては全て共通の形であり、共通の強度と重量となっている。
手足となるパーツ、それに胴体用の装甲やブースターを組み替える事で、軽装、中装、重装への換装が容易である。
自分の機体のように、ちょっとやそっとの銃撃ではフレームにダメージが行かない物から、軽装故の機動力を持って戦場をかく乱したり、近接武器による打撃を加える物もある。
変わったところでは、左右の腕をそれぞれ軽装と重装に分け、狙撃銃を安定して保持した上でリロードと射撃の速度を上げると言うセッティングを行っている者もいたりする。
よく分からないがメカニックの1人は『プラモデルみたいなもんっすね』と言って何人かから賛同されていた。
今回の自分の機体は、以前と比較すると胴体のパーツが変更されている。
以前の機体には愛着があった。
しかし、メカニックチーフから『お前向きのパーツがある』と言って用意された物だ。
新しく与えられたパーツと使い慣れた武器との相性を見極め、セッティングを行った。
結果、動かしてみればそれは確かに、以前よりも自分の意思通りに動き、砲弾を飛ばす事が出来た。
『今の子』の方が、自分と息が合うと感じられる仕上がりとなったのだ。
「前に比べるとブースターに回す出力を少し抑えて、その分榴弾砲の発射チャージに回してある。当然、ブーストの持ちや加速はちょいと悪くなるが……ま、お前さんのような砲撃手には向いてるだろ。あぁ、あとだな……」
セッティングが完了したオルト・リューコスを前に、結果的に最終調整まで手伝ってくれたメカニックチーフは満面の笑みで喋り続けていたものだ。
激戦区でもあった先日の緊急出撃の戦場から、危なげなく帰って来られた理由の1つは彼らの助力あっての物だ。
それは自分だけでなく、チームメイトも含めたアウタサイダーにとっては、改めて言うまでも無いことかもしれない。
時計を見れば、今の時刻はまだ昼前。
そろそろ「おはよう」と言うべきか「こんにちわ」と挨拶すべきかを迷う時間だ。
(今から準備しても……新市街地まで買い物に出かけて、点呼までに帰って来られるわね)
先日の無理を聞いてもらった件への侘びと礼。
そして日頃の感謝の気持ちも込めて、何かをメカニックチームに差し入れよう。
基地の購買部以外での買い物。それも大きく繁栄した街での、だ。
己の欲しい物を買いに行く訳ではないが、それでもいつ振りになるだろうか、と考えれば自然と口元が綻ぶ。
さて、新市街地へ向かうなら、バイクだろう。
誰か今から、バイクを貸してくれる仲間はいるだろうか……。
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「さあさあ、早く出発しませんこと? 女同士の買い物は、時間がかかりますわよ」
「新市街地までは車で約30分。点呼までの残り時間は7時間36分ありますね。急ぐに越した事はありませんが、準備と移動に不測の事態を想定しても、5時間は買い物に充てられますから必要以上に急かさないでください」
おかしい。
己の記憶が確かならば、ほんの少し前まで自分は1人で出かける予定では無かっただろうか?
基地内の仲間の誰かからバイクを借りて1人で、だ。
それが、気付けばあれよあれよと言う間に、何故かチームメイトでもある友人達の手によって共に出かける為の手配がされているではないか。
「……あの……3人で、行くのかしら……?」
「当然ですわ」
「四輪車は運転出来ませんでしたよね。ならば、代わりに運転する者が必要だと言う事は明白だと思いますが?」
「私、バイクで……」
「ふっ……貴女は何を仰っているのかしら」
言葉と併せて掻き上げられた友人の髪が、さらさらと彼女の肩に流れ落ちる。
計算されたような……いや、計算されているのだろうその左手と、わずかな頭部の動きに目を奪われ、自分が続けるはずであった言葉は失われた。
そんな攻め時のチャンスを逃さず、髪の動きが止まるに合わせ、友人の反論は当然のように放たれる。
「今から、買い物に出かけますのよ?」
「……そうね」
小首を傾げ、頷く。
何故そのような事を、今更確認されているのだろう?
バイクを借りようと思った相手が今何処にいるかを聞きたくて、彼女に声をかけた時からその話はしている。
そんな、友人の質問意図を理解出来ていない自分に対し、彼女は呆れ顔で畳み掛けて来た。
「そこをお分かりになっているのに、少量の荷物しか積めない機械など乗って……どうされますの!?」
「え……それは……バイクで不都合にならない程度の買い物を……」
何しろ、差し入れを買いに行くだけだ。
バイクに積めない程の買い物をすると言うのは予定していない。
反撃を試みたものの、敵わないと言う未来しか浮かばない。
何しろ敵は自分よりも上手な友人で、更に僚機までが横に存在しているのだ。
予想通り、すぐさま《支援口撃》が飛んで来る。
「目的の物を購入後、すぐに基地へと帰投した上で残りの休暇は基地内で過ごすとでも? そのつもりが無いのであれば、空き時間はウィンドウショッピングに充てられますよね? その結果、荷物が増える可能性は計算していますか?」
「初めは買うつもりが無くても、1つや2つ、欲しくなる物はありますのよ?」
そう言われてしまっては、自分には異論を返せない。
原因もこの2人よりも語彙が少ないからだろうと自覚しているだけに、躱す道筋が見えない。
この2人に自分が……いや、チーム内の殆どのメンバーが、2対1で敵うような語彙と話術の持ち合わせなど、無いのが道理だ。
ここは従うしか無さそうである。
「ご、ごめんなさい。そこまで考えが至らなかったわ……」
白旗を掲げた自分に対し、2人は満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
そうして、友人の片方がパンッと手を打ち合わせると、自分ともう1人を見渡して口を開く。
「さぁ、異論は無いようですわね。それでは皆様、出撃準備が整いましたら東門にてお会い致しましょう」
「では私は、副隊長の部屋を経由してキーを借りてきますね。私の部屋からあの人の部屋を経由して向かうルートが、一番無駄のないルートですから」
足早に、しかし軽い足取りで自室へと向かう2人から遅れて、自分もようやく足を動かし始めた。
「出撃、ね」
何気なく口にしてみると、思いがけず自分の口元に小さな笑みが浮かんだ。
先日の出撃先は激戦区だったが、今から向かう場所もそうなのだろう。紛れも無く《和やかな激戦区》であるようだ。
果たしてそれは、2人の僚機と共に向かう戦場なのか。
それとも、1対2の戦いが改めて起きるのか。
想像していなかったレベルで、今回の休暇は充実した物になりそうである。