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サナのねがいごと  作者: 秀田ごんぞう
第五幕 小さな名探偵
18/20

ヒーロー登場! 正義はかっこよく勝つのだ! 大作戦!

 サナの予想通り、五分後に店に新たな客がやってきた。


 やって来たのは、派手な金髪のツンツン頭に、だらりと下がった腰パン姿。身長は167センチ程のその人こそ、空の別れた元彼氏、野瀬敦也であった。

 彼は平然とした顔をして店内に入ってくると、窓の外を眺めている空を見つけてこちらに歩いてきた。彼は、僕に軽く挨拶してから空の隣りの席に座った。偶然店に来たように装うために、わざわざメニュー表を見て何を注文しようか迷っている演技までしている。

 もちろん彼の行動が演技であると分かるのは、事前にサナが教えてくれたおかげだ。敦也は、本当は空がここにいることを信じて来たはずだ。平然とした顔をしているが、首元にはうっすらと汗が滲んでおり、注意深く聞くと息遣いも荒い。ここまで走ってきたことの証である。

 なぜ、敦也はそこまで焦っているのか? その答えは彼が空の下駄箱に入れた黒い手紙。その手紙についている発信機を確認するためである。彼は言わば、空依存症であり、四六時中空の様子を把握していないと、胸が張り裂けるような思いになるらしい。そのために必要不可欠なのが盗聴機能付きの発信機で、今も、発信機の調子を確認するためにわざわざリリカフェまでやって来たのだ。

 ……というのが、大まかにサナに教えてもらった現在の状況ならびに敦也の心境である。

 サナは今は、僕の制服のポケットに隠れていた。僕は片手をポケットに突っ込み、彼女の合図で作戦が始まることになっている。

 その間、空には何を言われても、窓の外を向いて敦也のことを無視してもらう。

 現に今も、空は彼の言葉を無視し続けていた。

「おい、九條! 返事くらいしろよな!」

「…………」

 ツンとすました態度の空。彼女もこれでいて案外演技派なのかもしれない。何を言っても、うんともすんとも言わない空に痺れを切らした敦也は、場の雰囲気に耐えられなくなって「トイレ行ってくる」と言って席を立った。

 驚くことにここまで、完璧にサナの予想したシナリオ通りに事が進んでいる。

 敦也がトイレから戻ってきてからが作戦の本番開始だ。僕と空は顔を見合わせ、コクリと頷いた。

 やがて、敦也がイライラしながらトイレから戻ってくる。わざとらしくうるさい足音を立てながら歩く彼の様子は、空が精神的に敦也を追い込みつつあることを示していた。

 窓の向こう側を見つめながら、唐突に空がつぶやく。

「敦也……その、一応礼を言っておくわ」

「は?」

 敦也は困惑した表情だ。そりゃそうだ。彼には空に礼を言われる理由がない。困惑する敦也をよそに空は話を続ける。

「あんたのおかげで、犯人が分かったの。こいつ、篠宮っていうんだけど、私の幼馴染なんだけど、こんな卑劣な真似をするやつだとは思わなかったわ。ほんと……サイテー」


 うぐっ……演技だと分かっていても心にぐさりとくる空の一言。それだけ空の演技が真に迫っているということである。


 場の重い空気の理由を察した敦也は、突然僕にコップの水を浴びせかけた。


 冷たい水がばしゃりと顔の上から豪快にかかる。……この野郎……そんなことするのはドラマの登場人物だけだと思っていたが……。

 空も、まさか敦也がコップの水を浴びせるとは思っていなかったようで動揺していた。


「ち、ちょっと! 何してんのよ!」

「別にいいだろ? こんな屑野郎放っておけよ。お前みたいな卑劣でサイテーな屑、この世に生きてる価値ないんじゃねえの?」


 どうしようも無い屑はお前じゃないかと言いかけるが、何とか堪えた。

 敦也の罵詈雑言はとどまる気配を見せない。


「俺知ってるぜ。D組の篠宮つったらよぉ、勉強ばかりしてる根暗なぼっち野郎だろ? 大方、友だちがいない寂しさに我慢できなくなって幼馴染に泣きついたってとこだろうが、残念だったなぁ。九條はお前の事、嫌いだってさァ! 前から思ってたんだけど……お前さ、キモいんだよマジで。何一人で勉強してんの? そんなにトーダイ行きたいのか?」


 黙って聞いていれば……こいつの人を苛つかせるスキルはかなりのものだ。僕の沸点も限界に達しようとしていた。それでも僕は感情を押し殺し、演技に努めて沈黙を守る。


「…………」


「へっ、言い返せないでやんの! トーダイなんて夢見るだけ馬鹿なんだよ! うちの高校から行けるわけ無いだろ? 知ってるのかうちの学校の偏差値。41だぜ? そんな高校入って馬鹿みたいに勉強して、自分は勉強できますアピールしたいだけだろ? 目障りなんだよそういうの。頼むから、退学してくんない? お前がいなくなれば、その分だけ教室の空気が美味しくなるだろ? ヒッヒヘハヒャ~!」


 彼の奇怪な笑い声によって僕の沸点ゲージは限界ぎりぎりまで上昇する。

「……どこの大学を目指そうが人の勝手だろ。僕からすれば……夢の無い高校生活で満足してるお前の方が気持ち悪い。はっきり言って虫酸が走る。気持ち悪いから、早く僕の視界から消えてくれないか」


 これでも抑えた方である。僕の挑発で敦也の怒りゲージは限界を突破したらしい。彼はテーブルに乗り上げ、僕の胸ぐらを掴みにかかった。


 その時、ポケットの中でサナが僕の手を引っ張った。ふっ……我慢した甲斐があるというもの。僕の毒舌がかつて無いほどにざわめくのを感じる。


 僕は空に目で合図が出たことを伝える。


 合図を受け取った空がにやりと邪悪な笑顔を浮かべて言った。

「敦也、こんな卑怯な真似する奴、さっさとやっちゃってよ! こいつ、手紙だけじゃないんだよ!」

「そうだな……他人の下駄箱に不幸の手紙を入れるだけに飽きたらず、グロテスクな画像を貼り付けたメールを送るなんて、てめえ人の風上にもおけねえ屑だな! もういいからさっさと死ねよっ!」


 振りかぶった拳が空気を切り裂き、彼の渾身の右ストレートが僕の頬に命中した。



 ニヤリ……! 



 殴られる瞬間、僕は不敵に笑った。やった……これで作戦大成功だ。

 僕は無様にも床に叩きつけられた。敦也は倒れている僕を見下ろし、唾を吐き捨てた。


「ハァハァ……屑を殴って少しはスッキリしたぜ」

 すると、空が敦也に冷たい目を浴びせながらつぶやいた。


「屑はあんたでしょ、敦也」


 突然態度が変わった空に、敦也は呆然とする。

「私の下駄箱に手紙を入れたのはあなたよ。それだけじゃない。私の携帯に届いた気味の悪いメールもあんたの仕業でしょ!」

「九條、お前何言ってんだよ? 頭でもおかしくなったか? メールも手紙も全部こいつの仕業だろ!」


 そろそろ頃合いかな……。

 僕はすっくと立ち上がり、口についた血を拭って言った。




「そのへんにしとけよ変態仮面。嘘は身を滅ぼすだけだぜ」




 敦也は何事も無く立ち上がった僕に驚いているようだった。このくらい、幼い頃から空の鉄拳を受け続けてきた僕にとっては屁でもない。いや、痛いことは痛いけどさ。

 敦也は睨みを効かせて僕を威嚇するが、僕は一瞬足りとも動じずない。捲し立てるような早口で敦也に向かって言う。


「いい加減自分で墓穴を掘ったことに気づけよ、ウスノロバカめ。いいか? 空は不審なメールのことなんて一言も話してない。それにもかかわらず、キミは空の携帯に不審なメールが届いていたと知っていた。おやぁ……これは一体なぜだろうね?」

「…………」

 手をブルブルと震わせ沈黙を続ける敦也に、僕はさらに追い打ちをかける。

「納得しないなら、もう一つ決定的な証拠を見せてやる。不審なメールの中にこんな一文があった。『そーだな……次のターゲットは野瀬敦也。お前の元恋人に決めた』この一文はお前がこのメールを空に送った証拠だ。何故なら……空とお前が別れたという事実を知っている人間は、空を除けばお前しかいないんだよ……野瀬! 屑はお前の方だったな」

「てめえ……黙ってりゃ調子に乗りやがって!」

 振りかぶった彼の拳を柳のようにかわす。僕は振り向きざまにつぶやいた。

「またそうやって暴力に任せて事態を有耶無耶にしようとする。結局、お前は逃げているんだ。自分がただの臆病者に過ぎないってことを、さっさと自覚した方がいい」

「うるせぇ!」

 しかし、敦也の放ったパンチはやはり虚しく空を切るばかり。だが、それでも彼は諦めずに腕をブンブンと振り回す。

 その時、がら空きになった彼の脇腹めがけ、空が痛烈な正拳突きを見舞う。

「九條流拳法奥義! 餓狼連臥弾ッ!」

 目にも留まらぬ高速の三連撃が敦也の腹に命中。まるで獲物を食らう狼のような空のパン地の威力は強烈で、敦也は地面に手をついて悶え苦しむ。

「げほっ! 九條お前、なんで……!」

「なんだ知らなかったのか? 空は小さい頃から古武術を習っていて、喧嘩はむちゃくちゃ強いんだ。仮にも付き合ってたのに、そんなことも知らなかったとは……お前、たかが知れてるな」

「ぐっ……!」


 僕は腹を手で抑えながら嗚咽を漏らす敦也を見下ろし、淡々とした口調で話す。


「話すつもりがないのなら、代わりに僕が言ってやるよ。

 昨日の夕方、お前は相澤くんを襲って、財布を奪って逃げた。お小遣い稼ぎのつもりだったのかもしれないけど、不幸にも僕に出会ってしまった己の運命を呪うがいいさ。

 覆面をかぶって犯行に及んだのは、自分の罪を、ニュースで報道されている覆面集団になすりつけるため。網タイツまで履いたのに……残念だったね。そもそも空に変なメールを送信したのが間違いだったね。あのメールを書いた人が、子供並みの文章力しか持ってないということは、メールの文面を見ればすぐに分かる。文章中で『俺達』というフレーズを頻繁に使用していたことからも、引っかかるところがあったし、とてもプロが書いたとは思えない、幼稚で稚拙な文章だった。案の定、お前は薄汚いストーカー野郎だった」


 ふっ、と自嘲すると、敦也はおもむろに顔を上げて話しだす。

「……俺じゃない、九條のせいだ。金貸せって言っても貸さねえし。挙句の果てに別れて、とか言い出す始末だ」

 敦也は空を見上げると、歯を食いしばるようにして言った。

「俺はお前にむかっ腹が立ってしょうがなかった。だから復習を計画したんだ。盗聴器を仕掛け、何かお前の弱みを握れれば、それを武器に金を揺すり取れると思ったからな」


 彼の話がぴた、と止まった。敦也はじろりと空を見つめると、下卑た笑みを浮かべながらつぶやいた。


「盗聴を続けるうち、次第に自分の中で、お前を支配したいという欲求がどんどん膨れ上がっていった。九條を独り占めしたい。お前は誰のものでもない。この俺の所有物だ。いつしか、俺の部屋はお前の写真で一杯になった。その時、気づいたんだ。お前の笑ってる写真はあっても、恐怖に青ざめた顔の写真がないことに。お前が怖がる顔が見てみたいという衝動に堪えきれなくなって、俺はとうとう動き出した。

 ニュースを見ていて、謎の覆面男による襲撃を思いついた。奇怪な格好の男に襲われ恐怖に怯える九條の顔を想像して、何度もベッドで悶えたよ。それほど、お前は俺にとって魅力的な女だった。お前の恐怖に引きつった顔を想像すると、たまんなくそそられるんだぜぇ……。

 しかし、こう見えて俺は慎重でな。実際に九條に襲いかかる前に、誰かでテストをしてみることにしたんだ。

 偶然通りかかった相澤をターゲットに決め、罪は最近話題の犯罪集団になすりつけることにした。結果は大成功。警察も、誰も、俺の存在に気づいていない。俺がやったとは誰も思ってない。実に気持ちよかったよ。世間はこんなにも馬鹿ばっかしなんだと思い知らされた。

 そして計画は最終局面を迎える。九條への復讐を実行するため、俺は手紙やメールで九條の不安感を煽り、準備を進めていった。それなのに……!」


 空は握った拳を床に打ち付ける敦也を見下ろして言う。


「あなたの計画は私達が潰した。これに懲りてストーカーなんてやめることね。それから、もう二度と私の目の前に現れないで。あなたを見てると、体中に虫酸が走る」


 それだけ言うと、空は黒い手紙をビリビリに引き裂いて、床に倒れている敦也に向かって投げつけた。


「畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、ちくしょうっ! こんなはずじゃなかったのに……フフ、フハッハッハッハアッハハハハ!」


 敦也は突然狂ったように笑い出す。その姿が言いようもなく憐れだった。僕は彼を一瞥してつぶやく。


「直に警察が来る。野瀬、もう終わったんだよ。お前は僕達に負けたんだ。お前の仕組んだ計画はすべて明るみに出す。学校でのお前の信頼は、二度と戻らないだろうな。せいぜい達者でな」


敦也はがくりと膝をつき、床を殴りつけながら慟哭する。



「……クソ……クソ…………クソ、クソ、クソ、クソ、クソクソ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ……クソがあああああああああッ!」



 彼の慟哭が、静かになったリリカフェに虚しくこだましていた。


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