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05. まさかの再会と、思い出の話

 まず、一言。

 断わっておくが、私は決して無能ではない。

 

「1週間も経ったのに、まだ鍵を見つけられねーのかよ」

「………」

「思ってたよりも、お前無能なんだな」

「………」

 だ・か・ら! 私は決して無能ではない!

 大事なことなので、2度言った!

 すなわち、ここで何も言い返さずに黙っているのは、図星を突かれてショックだったからではないのだ、決して。

「おい、何とか言ったらどうなんだよ」

「…… あなた、しゃべれたんだ」

「はぁ?! あったり前だろうが! 何わけ分かんないこと言ってるんだよ! 相変わらずだな、おい」

 部屋を出た私に向け、突如暴言を吐き始めたその神殿騎士は、顔を赤くしつつ怒った。

 だって、この1週間、全然しゃべらなかったじゃん。私がそう思ったって仕方ない。怒るなんて理不尽だ。

 ユージェニアと初対面した時からずっとおり、始終、私の逃亡を防ぐために張り付いているこの男。

 赤髪の癖髪と空色の瞳が印象的な奴で、童顔気味だが割りと男前。喋らなかった時は、もう少し賢そうな雰囲気だったのにね。なんか、残念な奴だ。

 身に付けている黒い制服からして、上級の地位に位置する兵士であるようだが、騎士の階級などに興味はないので、詳しいことは知らない。

 ただ、顔を合わせた時から、やたらこちらを睨みつけて来る嫌な奴だとは思っていた。

 初めましてよろしくと挨拶したときも返事がなく、普段一言も言葉を発しない。感じが悪いにも程がある。

 きっと、高位巫女であるユージェニアに対する私の態度が気に入らないんだろうなぁ、とは考えていたのだけど。

 …… って、ん?

「相変わらず、とは? どこかで以前、お会いしたことがありましたか?」

「お、おま! 本気で気付いてなかったのかよ!」

 愕然とした表情で叫ぶ姿が、より頭悪そうだなぁとか失礼なことを考えつつ。

 ちょっと面倒臭くなってきた私の顔色を読んだのか、男は舌打ちしてこちらを見据えてきた。

「俺だよ! 俺!」

「なに? 今流行りの詐欺師?」

「ちげーよ! 黙って最期まで聞いとけよっ。下町で一緒だった、〈青鳥亭〉んとこのエーリオだよ!」

「…… エーリオ?」

 顎に手をやり、しばし思考。

 あ、と手を打ち、腕を組んだあと指差す。

「エリカおばさん家のガキ大将か」

「妙な覚え方してんじゃねぇ!」

 そう怒鳴る姿が、そう言えば全然変わってないなぁ、と。

 12年ぶりの、故郷との再会。

 私はらしくもなく、少しだけ笑んだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「俺さ、絶対に将来偉くなってやるからさ!」

「なによ、突然」

 こちらに身を乗り出し、脈絡なく宣言し始めた赤毛の少年。

 彼から身体を引きつつ、汚されないように手にした本を守るのが、幼い頃のいつもの私。

 母の帰宅が遅くなりがちな私は、よく近所の食堂〈青鳥亭〉で夕食をとっていた。美味しく、しかも栄養バランスまで考えられている。おまけに安い。最高だ。

 エーリオは、その食堂の女将であるエリカおばさんの三男だった。

「聞けよ、お前!」

「うるさいなぁ。私、今これ読みたいんだけど」

 本読んでるところを邪魔されるのが一番嫌いだって、いつも言ってるのに。

 私がじろりと睨みつけても効果がないことは、毎日証明されている。現にその日も、コイツは私の至福の時間を遮ることを止めようとしなかった。

「あのさ、いつも思うんだけど」

「な、なんだよ」

 珍しく本を置いて向き直った私の態度に、奴は何故かビビった様子だった。

「あんた、偉くなるって毎日のように言ってるけど、どう偉くなりたいわけ?」

「へ?」

「あんた勉強嫌いじゃん。腕力? お金? 傭兵か商人にでもなるつもりなの?」

 ここは下町。金のない、いわば貧乏人ばかりが集まり暮らす町。

 出世する人間が零だとは言わないけれど、ここで生まれた人間の大半はここで生涯を終える。

「…… なんだよ。俺には無理だって言いたいのか?」

「じゃなくて。どうしてそんなに偉くなりたいのかなって思って」

 テーブルに両肘を突き、顎を支える私は、不貞腐れた表情で俯くエーリオを横目で見やった。

「偉くなる必要なんてあるわけ? あんた、ここが嫌い?」

「そんなわけない」

「じゃあいいじゃない。偉くなんてならず、ずっとこの町にいれば」

 無理することなんてない。恵まれているとは言えないかもしれないけれど、ここでの生活も悪くない。

「私、この町好きだけどな」

 住人は温かく、貧しいながらも陽気で。目の眩むような御馳走ではないけど、エリカおばさんのご飯は美味しいし。

 何より、家族が――― 母さんがいる。

 その条件は、エーリオだって同じだったはず。

 出世を臨むということは、この町を出て行くということ。なのに、いつも口癖のように偉くなりたいと繰り返すコイツのことが、私は理解出来なかった。

「だってさ、」

 絞り出したような声。らしくもなく、真剣な表情をしたエーリオは、散々躊躇ったあとで、口を開いた。

「だって、偉くなって追い付かなきゃ、お前―――」

 エーリオは、何か言葉を続けた。

けれど、その声は次の瞬間掻き消された。

「はい、待たせたね! 今晩の夕飯だよ」

 私たちの前に、勢いよく置かれた白身魚フライとスープの皿。

 顔を上げると、美味しそうな香りをのせた湯気の向こうで、エリカおばさんがチャーミングに片眼を閉じた。

「かあちゃん!」

 テーブルを両拳で叩きつけたエーリオは、母親を大声で怒鳴り付ける。そして、そのお叱りとばかりにデコピンを頂戴し、身悶えていた。

 いつもの光景。

 温かい時間。

 ずっと続くと思っていたのに、終わってしまった。


 なんて皮肉。

 可笑しいよね。

 偉くなって、身分だけ偉くなって町を出たのは、そう望んでいたエーリオではなく、私の方だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 私に与えられた仕事部屋――― 弟の部屋を出てすぐにある中庭は、薔薇が咲き誇るとても美しい場所だった。

 春の薔薇に比べて小振りな秋薔薇は色が濃く、艶やかな芳香を放つ。

 とても綺麗だ、がしかし。

「菓子を食べるのには、あんまり適さなかったかもね」

 茂みの合間に布を敷き、菓子を頬張りながら私はぼやく。

 キツイ香りに包まれているせいで、味がいまいち分からないのだ。せっかくの高級であろう紅茶の香も掻き消されている。無念。

「エーリオ。あんたのせいだからね」

「は? どうしてそうなるんだよ」

「あんたがこの場所を選んだんでしょうが。よって、菓子職人の皆さんに謝りなさい」

「アホ言うな! お前が、話をするなら人目に付きにくいところでって注文付けたからじゃないか」

 あーうるさい。

 全く。ガキ大将と呼ばれていた頃と、全然変わってないじゃないか。

 そんな風に思っていると、

「あ、ステラ。そうやって、都合悪くなると目を逸らすの、相変わらずだよな。ガキの頃と変わってねーじゃん」

 エーリオの奴はどこか得意そうに、にやにやとした表情で言った。

非常に腹立たしいが、事実なので…… いや、やっぱり腹立たしい。

 エーリオに最期に会ったのは、私が下町を出た12年前。

 どういう別れ方だったかは覚えてない。何しろ、急なことでドタバタだったからね。

 父である伯爵が何もかも仕切って、良く分からない内に町から連れ出された。それはほんの数時間にも満たない短時間の出来事だったのだ。

 私の記憶にあるエーリオは、小さなガキ大将の姿。

 今じゃ、私より遥かに伸長も伸び、顔立ちもすっかり大人びている。

 身体は一見細身だが、服の上からでも鍛えられていることが十分に窺える。いわゆる、細マッチョというやつか? 生意気な。

 さらに信じ難いことに、ユージェニア曰く、神殿の女神官や王城の侍女たちからそれなりに人気があるとのこと。だから、話をするなら人目につかない場所でと指定したわけだ。嫉妬する女子、怖いから。

 甘い物は苦手だと、茶をゆっくり飲んでいる目の前の男を眺めつつ、私は前歯でクッキーを齧り割った。

「すっかり大人になっちゃって。小癪な」

「んだよ、そりゃ。歳食ったのはお互い様だろうが」

 くくっと噛み殺すように笑う笑顔の中に子供の頃の面影を見つけるが、会話のやりとりはやはり違う。時間が経つってこういうことかと、私は感慨にふけった。

 彼の現在の所属は、異母弟であるレイナードと同じく聖女直属の近衛騎士団だそうだ。

「あんた、本当に出世したんだね。あの町を出てここまで上り詰めるなんて、すごいじゃない」

 下町の剣道場に通っていたことは知っているが、なんの後ろ盾もなく大神殿入り出来るほどの腕前だったとは驚きだ。あの町始まって以来の快挙ではないだろうか。

「偉くなってどう? 感想は」

 からかいを含んで問うてやる。

「…… 全然。偉くなってなんかねーよ、俺」

 おや、喜ぶと思ったのに。

 意外にも、謙虚な答えを返したエーリオの横顔を眺めつつ、私は新しい菓子へと手を伸ばした。

「ステラは学者様か。そっちこそ凄いじゃん。まあ、昔から本ばっかり読んでたもんな、お前」

「まあねー。私、努力家な上に天才だし」

「…… ほんと、変わってないんだなお前。いっそ安心するわ」

 なんだ、その呆れたような可哀想なものを見るような目は。

「いいか、エーリオ。天才はな、大変なんだぞ?」

「はいはい。そうかそうか」

「天才であるがゆえに、妬まれることもあるし。こんな所へ問答無用で連行されて、強制労働させられてるわけだし」

「あー、気持ちが分からんでもないけど、今回のことはそう言うなって。…… これは、お前の弟の」

 私は立ち上がった。皆まで言わせるつもりはない。

 腰に手を当て、カップの中の紅茶を勢い良く飲み干す。

 はあっ、と息を吐き、座ったままこちらを見上げているエーリオに向け、空のカップを放り投げた。

「ごちそうさま」

 そう礼を言って、踵を返す。

「あ、おい! 何処行くんだよ」

「決まってるだろう」

 長い黒髪を払い、私は肩越しに見張りである昔馴染みを見据えて言った。

「あんたの上司に、業務報告」

 


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