21. 異母姉と、弟の女の話
「…… 私はね、痛いことに慣れてない」
「そうなんですの?」
「うん。だからね、今、非常に辛い」
「まあ、それはそれは。でも、たまにはよろしいんじゃなくて? 義姉さまは、痛みに鈍くていらっしゃるから」
コロコロと笑うユージェニアを呆れた気分で眺めながら、私は腹の底から呼吸をした。
傷に響いて痛い。でも、生きてる。
――― 長い間、懐かしい夢を見ていた。
夢から覚めた瞬間に私が目にしたのは、麗しい美貌で微笑むユージェニアの顔だった。
「ずいぶんなお寝坊さんですわね、義姉さま」
椅子から腰を浮かせながら、こちらを覗き込む彼女。首を動かすことすら億劫な私は、その動きを視線だけで追う。
彼女がその身を包むのはゆったりとしたデザインの、目に眩しい純白の衣裳で、施された繊細な金糸の刺繍がきらきらと陽光を弾く様は、彼女の美貌を神々しいまでに引き立てている。
ユージェニアは私のベッドに腰掛けると、こちらを覗き込むように身を乗り出して来た。
「ねえ、義姉さま」
「…… なに?」
「わたくしが、誰だかわかりますか」
あの地下室で、ロイダンにしたのと同じ問い。
私はユージェニアを見据えた。
美しいが感情の読めない、底のない微笑。でも、その青い瞳の奥にあるものは、頬笑みとは程遠いものであると知る。今さらながらに。
私は乾いた唇を開いた。
おそらく、あの時ロイダンが告げたであろうものと、同じ答えを口にするために。
「聖女」
私が出した答えに、彼女は満足そうに笑みを深めた。
ユージェニアと出会って、すでに3ヶ月近く。
漸く私は、彼女が私を憎んでいることを知った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
凛々しくて、とても強い貴方。
でも、本当は誰よりも優しくて、笑ってしまうくらい臆病な人。
貴方は、気を付けろ、とあれだけ心配してくれていた。
本当の意味で心配されたことのないわたくし。だから、他の誰でもない、大好きな貴方が叱ってくれることが嬉しくて、浮かれていたの。
喜んでばかりいて、真剣に聞き入れなかった。
きっと、これはその報い。
あの日、貴方がわたくしを呼んでいると、貴方の小姓が伝言を携えてやって来た。
いつもなら、誰かに伝言を頼むことなんてしないのに。
その時、不審に思うべきだったの。
あの小姓の手が震えていたことに、気付かなければならなかった。
全てを理解した時には、もう遅くて。
想い合っていた貴方とわたくし。その仲を妬んで、わたくしを襲ってきた神官。
王族の末席であるという彼は、聖女であるわたくしには自分の方が相応しいと、そう言った。
貴方があの部屋に駆けつけてくれたことは覚えているの。
あの神官からわたくしを取り返してくれたことも。
でも、取り押さえされた神官が叫んだ一言。
その声に反応して、部屋の片隅で震えていた小姓がナイフを手に迫りくるのを、何も出来ないまま見つめる。
「ジェニー!」
貴方に抱き締められた、はっきり記憶しているのは、そこまで。
「聖女様、ユージェニア様! お止めください! ……もう、もう止めてくださいッ!」
エーリオの声がする。
邪魔しないで、そう命じたはずなのに、無理やり腕を掴まれた。
あら? どうしてわたくしの手、こんなに赤いのかしら。何故、ナイフを握っているのかしら。
ふと下を見ると、わたくしの両手よりもっと真っ赤に染まった神官の身体が、仰向けに横たわっていた。お腹に、何度も差し抜きされた刺し傷がたくさんある。
「レナード」
迷子になった子供のように視線を彷徨わせた先で、貴方を見つけた。
床の上、血溜まりの中で倒れた貴方を。
悲鳴が、喉を裂いた。
神の声を聴く聖女は、生涯、命を供してはならない。
それが、大原則。
――― 貴方を失ったあの日、わたくしは人を、命を殺めた。
わたくしは、聖女ではなくなったのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異母弟が亡くなった日の話。
訊ねてもいない話を語り終えた彼女は、それじゃあ、と言って立ち上がる。
「さあ、お義姉さま。行きましょう」
「………」
何処へ、とは問わない。
私は観念の吐息をついた。
私を憎む、弟の女の手で、引き立てられては仕方ない。
もう、逃げられないな。行くしかないのだろう。
――― 答え合わせをしに。




