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20. 滲む記憶とへたくそな子守歌の話

 息苦しさに、目が覚めた。


 ぼんやりする視界で、無意識に持ち上げた自分の手が動く。細く頼りない子供の手だ。

 これは現実? それとも夢?

 桃色の天井。レースたっぷりの少女趣味な天蓋をみて、とりあえず伯爵家から与えられた自室のベッドに横たわっていると知る。足元には、ブリブリドレスを着たモフモフうさぎの縫い包み。…… 断じて私の趣味ではない。


 頭がくらくらする。

 ああ、熱があるんだ。


 風邪かなぁ? 幾度か経験したことのある症状だから、多分そうだろう。

数日前、貸本屋のあの人が居なくなり、異母弟の前で大切な本を大破させた私は、その日、食事も採らず部屋に籠って、ソファーで朝まで不貞寝をしたのだ。冬の夜に、上掛けも掛けず。そりゃ、風邪くらい引くというものだ。

 失恋したり、体調をくずしたり…… なんか、とことんツイてない。

 昨日の夕食後、食堂から出ようとした直後からの記憶が途切れている。もしかして、倒れてしまったんだろうか。あの場には父親と異母弟もいたのに、無様なことをしてしまった。


(――― 面倒、掛けただろうな)


 引き取って、衣食住を与えて貰えただけでも十分なのに、医療代まで使わせてしまったかもしれないと考えると、居たたまれない気持ちになる。

 私はただの居候。出来るだけ、迷惑は掛けたくないのに。


(――― 喉が痛いよ。胸が苦しくて息をするのが辛いよ)


 いつも、熱を出した時には母が傍で看病し、頭を撫でてくれた。

 熱を測るためにと額に触れる優しい手の平。それを思い出すと、ほんの少し涙が零れる。

「…… かあさん」

 苦しいよ、つらいよ。




 浮いたり沈んだりを繰り返す意識。

 また、熱が上がったのかもしれない。使用人や医者だろうか。何度か人が出入りする気配がしたけれど、はっきりと目を覚ますことが出来ないくらいに身体が重い。


 次に薄らと目を覚ますと、室内は静かになっていた。

 開けられたままのカーテンから差し込む月光が、夜であることを教えてくれる。


(――― あれ、歌が聴こえる)


 拙い、小さな歌声。

 これは、もしかして“彼”の歌?

 私と彼しか知らないはずなのに。どうして? 誰が歌っているの?

 ふふ、それにしても下手くそだなぁ。かなり音程が外れてる。

 でも、ベッドの側から聴こえる囁かなそれは、私を起こさないように気を使っているようで、とても優しい。

 相変わらず喉も痛いし熱が高くて辛いけど、なんだか力が抜けて、身体が楽になってきた気がする。


 ふと、歌が止んだ。

 前髪を掻き上げ、そっと額に触れる手を感じる。目を閉じているから、誰だかは分からない。

(――― かあさん?)

 ううん、違う。もっと柔らかい、小さな温かい手の平。



 ―――― ……… ねえさま、ごめんなさい……。



 歌っていたときの声よりも小さく、滲むように零された言葉。

 ごめんなさい、ごめんなさい、何度も繰り返される。


(ああ…… 馬鹿な子)


 謝ることないんだよ。

こんな馬鹿で、意地っ張りで、ガキっぽい姉に。そんな泣きそうな声で。

 その手の平をくれただけで、十分だから。


 あーもう。本当の姉弟が良くするっていう、喧嘩にすらなっていないね。

 喧嘩、してみれば良かったのかな。


 ねえ、もういいよ。

 もういいから泣かないで。なんか、私が苛めているみたいじゃない。



 その代わりにさ、聞いてくれる?


 あのね、レナード。

 もし良かったら、嫌じゃなかったらなんだけど…… 私に…… ――――、



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