13. 私の繊細な乙女心と、悲劇的な誤解の話
「マジでうざいな、あいつ」
ぶちぃっ、と音を立てて獲物を噛み千切った。
先ほどからスラングを連発している私にお茶を差し出しつつ、マイス君が苦笑う。
「ステラさん。仮にも女性なんですから、野菜しか入っていないサンドイッチを肉食獣みたいに食べないでくださいよー」
「おい、仮とはなんだ仮とは」
「あははは」
ちょっと君、笑っても誤魔化されないぞ。…… って、ロイダンさんまで笑うなんて、ヒドイ。
繊細な乙女心を傷付けられた私は、口元のドレッシングを指で軽く拭ってから、カップの香草茶を一気に呷った。
ピリ辛風味のソースが、爽やかな茶の香で程良く中和され、なかなかいい。腹が満たされたことで、少しだけささくれ立った気持ちも宥められた。
私たちは、ようやく辿り着いた休憩室でティータイムを楽しんでいた。
白亜のシンプルな空間には緑が所々に配置されているし、広いテラスからは庭園が臨める。どこのホテル喫茶室だと突っ込みたい仕様だが、高位貴族も頻繁に訪れるという話だから、まあこんなもんなのかもしれない。
「あの方は、貴族であることに何より誇りを持たれている方ですから」
空になった私のカップに、甲斐甲斐しくお茶を注ぎ足してくれながら、困った顔をしたマイス君が言う。
洗練された仕草でお茶を飲んでいたロイダンさんも、少し疲れた表情で頷いた。
「貴族は貴族らしくあれ、従うべき平民とは一線を画すべきだと、皆に強く提言するのがお好きでね。ご自分の使命だと、強く思われているようなんですよ」
「提言~? 押し売りの間違いでしょ」
「おや、結構言いますね、ステラさん」
ロイダンさんが笑いを噛み殺しながら、悪戯な視線をこちらに向けて来た。やめてくれ、惚れてしまうだろう。
「まあまあ、お二人とも。あの方も、腹の底から悪い方じゃないんですよ。他人だけでなく、貴族であるご自分のことも厳しく律されてるんですから」
「あの顎と腹で、律してるって言われてもねー」
正直、信じられない。
ロイダンさんも、私の言葉に肯定の頷きを見せている。何だかんだで、あなたも結構言いますね。そんな貴方も素敵です。
にしても、普段温厚な彼が、ここまでスローヴェーニを嫌っているとは。これは余程のことだぞ、伯爵。
「それにしても」
自分の昼食であるポテトサンドを手にしながら、マイス君が話題を返るように切り出した。
「ロイダン先輩、相変わらず凄いですよね! あの美術回廊の所蔵作品を、完全に網羅していらっしゃるんですから」
凄いですよねって…… 君は始終寝てたじゃないか。むしろ、歩きながら寝られるって特技も、かなりなものだと思うよ。
「新しい物もかなり増えてるって話でしたけど。もちろん、期間ごとに展示替えだってしてるわけだし。一体、どうやって覚えてるんですかー? 僕にもコツを教えてくださいよ」
「お前は、起きる努力をするだけでもかなり違うと思うけどな」
うっ、とポテトを喉に詰まらせたマイス君の背中を、ロイダンさんが笑いながら叩いてやっている。ふふん、やっぱりバレてたか。
「俺は、平民出身ですからね。子供のころから憧れてた神殿騎士になるには、剣だけじゃなくて、色んな教養や学問を身につければと必死になってた。そしたら、いつの間にか、ね」
「そうだぞー、人間努力が大切なんだぞー、マイス君?」
「…… この場で一番努力と無縁そうな貴女に言われると、腹立たしいんですけど。どうせ、勉強で苦労したことないでしょう、ステラさん」
「うん、まあね。私、希代の天才だから」
私を睨みつつ、赤色ほっぺを膨らませたマイス君を横目に、涼しい顔で茶を飲む。
ふふん、(仮)女性扱いされた乙女の恨みは深いのだ。
「確か、スキップで進級を重ねたのち、歴代でも稀にみる速さで学院をご卒業なさったんでしたよね」
「ええ、まあ、はい」
本当のことだが、そんなイケメンスマイルを向けて褒められると、照れてしまうじゃないか、ロイダンさん。
柄にもなく、普段代わりにくい顔色を赤く染めてしまいそうになった私だったが、次の瞬間繰り出されたマイス君の逆襲に、頬の血管は現状維持を保った。
「天才っていえば、副団長――― ステラさんの弟さんも、騎士団きっての英才だと言われてましたもんねー。クロッソン家といえば、代々優秀な政務官を輩出してきたことで有名だし。やっぱり、血筋って凄いんですねー」
無邪気な表情で笑む少年。
一方、ロイダンさんの方は、コイツ地雷を踏んだな、と察した顔で額を覆っている。察しがよろしくて、大変結構。
「子供の頃の副団長って、どんな方だったんですか?」
「…… 知らない。一緒に育ったわけじゃないし、関わりもなかったからね。私、庶子だし」
「え?」
そこまで言われて、彼もようやく自分が拙いことを訊いていたのだと気付いたらしい。
まあ、貴族によくありがちな話だもんね。しかも、私が引き取られたのは結構昔の話。
高位の貴族社会では、そういったことが起こると、暗黙の了解で何事も無かったかのように示し合わされることが多いから、年若い彼が知らないのは当然かも。
「母親が違うんだよね。私、生まれは地方の下町だし。伯爵家に引き取られたけど、わりと短期間で出ていったから、レナードのことはほとんど知らないんだ」
別に気にしていないよと仕草で伝えると、珍しく表情筋を硬直させていたマイス君が、安堵の息を肩で吐いた。
「あの、僕、てっきり……。だって、副団長と親友だったエーリオさんと、あんなに親しそうだったから」
「あ、やっぱりあいつらって仲良かったんだ?」
「“やっぱり”?」
は、危ない。
ロイダンさんに復唱され、慌てて口を噤んだ。
私の馬鹿! 危うく、日記を盗み読みしているというこっ恥ずかしい事実が露見するところだったじゃないか。
異母弟のことを知らない私が、2人が親友であったことなど知っているはずないからね。ギリギリセーフ…… か?
「異母弟はともかく、エーリオは正真正銘、腐れ縁の幼馴染なんだよ。生まれが同じなんだ」
話を日記盗み読み事実から逸らすため、腐れ縁、の部分を必死に強調する。まあ、事実だし。
「そっかぁ。だからあんなにエーリオさんと仲が良いんですね」
「だから、腐れ縁だってば」
大事なところだからもう一度繰り返したのに、そっかぁ、と満面の笑みで頷き続けているマイス君には全く届いていない様子。君、ほんとにもっと人の話聞いた方がいいよ。
しかも、ロイダンさんがそれに次ぎ、私に留めを刺してくれた。
「いや、俺たち他の騎士団員はてっきり……。エーリオさんが親友の姉である貴女――― 高嶺の花を望んで、日々頑張っているのかなって」
「はああぁ?」
彼が何を言っているのか意味が分からない。
「でなきゃ、忙しい職務の時間を割いて、貴女の元へ通い続ける理由が思い当たらないな、と」
な、なんてこと!
騎士団連中にも、私の滞在理由は伏せておくと初めに伝えられてはいたが、よもや、そんな悲劇的な誤解が生じていたとは!
しかも、淡い憧れを抱いているロイダンさんまでもが……。
「エーリオ、あとでぶっ潰す!!」
カップの柄を割りそうな勢いで握る私は、罪がないかもしれないが他に当たる先もないので、復讐の矛先を幼馴染の男に向けようと、心に誓うのであった。
――― 後日。
「義姉さま~。あまり、私の部下のハートを弄ばないでくださいね? まあ、傍から観察するのも一興ですし、基本楽しいからいいのですけど」
それって結局、いけないってこと? いいってこと?
何でもいいが、ユージェニア。
私はあんたの部下だけじゃなく、他の誰にもそんな悪女的仕打ちをした記憶などないよ。完全な濡れ衣だよ。
そう力説しても彼女は爆笑するだけで、全く納得を示してくれない。
本当に、ここは意味がわからないことだらけだと、今日も吐息を零す。




