12. 美術品回廊と、二度と会いたくなかったおっさんとの遭遇の話
例の神殿見習いの少女の事件から後、エーリオの奴は忙しいらしい。
それまで無駄に私に張り付いていたのだが、他に重要な仕事が出来れば、そうもいかないのだろう。
事件を解決すべく、日夜捜査に励んでいるそうだ。感心感心。給料分は、しっかり働きたまえよ。
さて、小姑のようなお目付役から、晴れて解放された私。
だからといって、晴れて自由の身にしてくれるほど、世の中は甘くなく……。
「ステラさん、今日はどちらにお出かけですか?」
朝も早い時間。
今なら大丈夫だろうと高をくくっていた私は、掛けられた声にげんなりとした。
「…… またいたの、マイス君」
「はい! エーリオさんより、ステラさんの身辺警護をしっかりするようにと仰せつかってますから!」
平時から赤い頬を更に染め、キラキラした目でこちらを見つめて来る赤ほっぺ君こと、マイス少年と、
「お邪魔でしょうが、本日もよろしくお願いいたします」
苦笑しながら礼をとるイケメン騎士ことロイダンさん。
正式に私の監視役として任ぜられた二人の姿を見とめて、部屋から半身だけ出かけていた私は、脱力のあまり、中にもう一度引っ込みかけた、が。
「まあまあ、今日はお仕事の見張りをしに来たわけではないですから」
閉めかけたドアの隙間に、すかさず手を差し入れてきたロイダンさんに促され、部屋の外に出る。
しぶしぶといった態度を隠さない私を見下ろしながら、彼は可笑しそうに笑った。
「今日は、気分転換をしに行きませんか?」
「へ、何ですか突然」
「毎日、部屋と図書館の行き来だけじゃ、息が詰まるでしょう」
こ、これはもしや、巷でいうところの“デートのお誘い”というものだろうか。
どきまぎしながら、真偽を探るためにロイダンさんを見上げたが、なにぶんイケメンオーラが強力過ぎて、経験値0な私には答えが見出せない。
だが、案ずることは無かった。代わりにとばかりに、罪深きマイス少年が、未熟な私に答えをくれたから。
「そうですよ~。あんな埃っぽい場所にばかりいると、そのうちカビちゃいますよ。たまにはお日様に当たらなくちゃ。じめじめした頭で考えて、いい案が浮かぶはずないんですから」
カビ……。うら若き女性に、カビ。
おまけに、じめじめ……。
自身がピカピカした太陽のような笑顔を浮かべて、悪気なく言ってくれたマイスを、冷やかに睨んでみたが、効き目はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この彫刻は、フリト期に造られた作品ですが、前時代に流行したヤエタン風の意匠を取り込んでいます。今では、古い時代や他の文化の手法を用いることに忌避感はありませんが、当時は他教に繋がりを持つ異文化芸術を全面的に廃絶しようとしていた時代ですからね。別の大陸を起源とする芸術手法を使ったのは、とても前衛的な試みだったんですよ」
「ほー」
「因みに、隣の像は同じ作者によって造られたものです。遠く離れたエンデ諸島でのみ産出される、貴重な魔石粉をふんだんに用いた装飾が施されてましてね。当時の航行技術発達に伴う、流通路の開拓が進んだ状況を窺い知ることができる史料として、重視されています」
「そうなんだー」
「そして、あちらの絵画は……」
生返事を繰り返す私の態度にめげず、ロイダンさんの話は続くよ、どこまでも。
こら、マイス君。歩きながら寝るんじゃない。
私たちは今、神殿の中に設けられた美術館のような回廊を歩いている。
白と青を基調とした長い廊下には、物凄く古い時代の物から近世の物まで揃えられた絵画や像が整然と列を為しており、薄暗さと相まって、ちょっと――― いや、正直かなり不気味な雰囲気だ。
気分転換を、といって連れ出されたわけだが、美術には全く興味がないので、転換されるはずもない。
まあ、休みをくれたからといって、神殿の敷地外に出しては貰えないと予想はしていた。
けどね、いくら娯楽がないからといっても、連れて来るのがここっていうのは、ちょっと……。
好きな人には、垂涎ものな場所なのだろう。実際、作品の解説をしつつ案内してくれているロイダンさんは、この回廊に来てから、やたら生き生きしてるし。キラキラっぷりが半端ない。
因みに、部屋を出る際に現れたユージェニアの使いを通して彼女も誘ってみたが、断わりを入れられた。
もしかすると、あいつも私やマイス君のように、この手の小難しいものが苦手なのかもしれない。よーく覚えておこう。
永遠に続きそうなくらい長い回廊だったが、ちゃんと終りはやって来る。
美術品の波が途切れたことに安堵の息を吐いた私とマイス君を見て、ロイダンさんが笑う。
「二人とも、疲れたでしょう。信者用の休憩室で、お茶にしましょうか」
1時間以上歩き続けたせいで足が棒になっていた私は、すぐさまその提案に頷いた。
「行きましょう。喉もカラカラだし、すぐ行こう」
「大げさですねー、ステラさんってば」
「黙れ、マイス君。騎士なんかやってる君たちと、か弱い私を一緒にしないでくれ」
全く、万年机に齧り付いているだけの、学者の体力の無さを舐めないで欲しい。
そうぼやきつつ前を向く。
が、その先で、二度と会いたくない人間ベスト10に入る男の姿を見とめ、思わず「げ」と声を洩らしてしまった。
「おやおや、庶民がこの教養の場に踏み入るとはね」
二重あごをタプタプさせながら、本日もぶれなく嫌味を垂れ流してくださったお貴族様。
「ごきげんよう、スロヴェーニ伯爵」
会いたくも無かった相手ではあるが、挨拶くらいはしておこう、社会人として。
そう思い、礼をとった私と、隣の二人を一通り眺め回したあと、奴は鼻で笑った。
「この芸術の園に、君たちが何の用だね。庶民がいくら高貴なる文化を真似ようとも、低俗な本質は変えられないと思うがね」
相変わらず付き出た不健康そうな腹。己のそれを撫でながら、スロヴェーニは嫌味な笑みを浮かべて続ける。
「ここに来て、どれだけになるんだったかね。どうせ、仕事による滞在だなんて、嘘だろう」
「…… 嘘だったら良かったですね」
「ふん、白々しい。ずうずうしくも神殿に居座り続けるなど、本当に恥を知らない女だね、君は。侯爵家の威光を恐れ、誰も苦言を申し立てて来ないからと、図に乗るんじゃないぞ」
「はぁ」
「一言、言っておくが、焼き付け刃でどうにかしようとも、下賤な生まれは変えられない。神殿で多少学んだとて、それは同じこと。あわよくば侯爵家の継嗣になれるかもしれないなどと、夢にも思わないことだ」
分家から跡継ぎを選らぶことなど、往々にしてあるのだから、と。
伯爵はいきり立っているが、私は思ってもみないことを示唆されて、ちょっと驚いていた。
そうか。世間様から見れば、私は今、そういう立ち位置にいるのかと。
なるほど、ううむ。端の端ではあるが、侯爵家の次世代を担う人間で、本家筋に属するのは私だけ。すっかり忘れていた。
今さら過ぎるだろうと呆れられるかもしれないが、仕方ないじゃないか。
お情けで引き取って貰った身の上でいうのは何だが、いい思い出もないし、それゆえ早々に屋敷を出たわけだし。
「大体、君もだな」
スロヴェーニが、マイス君、それからロイダンさんへと視線を移し、不快そうに口元を歪ませた。
「同じ団に属しているからといって、このような輩と連んでいるようでは、家の復興など、到底叶わんぞ」
「伯爵、それは!」
端正な顔に怒りを浮かべたロイダンさんだったが、彼が一歩踏み出そうとしたのを、マイス君が止めた。
「いいんです、先輩」
「だが!」
「スロヴェーニ伯、お気使いありがとうございます。ですが、これは騎士団員としての任務ですし、何より僕は……」
緊張しつつも自分に向き直り、真っ直ぐに見つめたまま意見を述べようとしたマイス君に、奴は、
「そうようなことを正気で口にしているのならば、もうこの先、望みはないだろうがね」
細められた下種い目で、下種い台詞を吐いた。




