完全無欠の合理主義者などこの世にいない
合理主義。
常識や感情などに囚われす、無駄なことはしない。徹底的に効率を求めて行動する姿勢。または考えを指します(ウ○キで調べると理性主義なるものも出てきたがそれとは違います)。
昨今の日本でも、よくある考え方の一つです。合理主義がよいというような風潮さえ、見えているような気がします。
されど完全無欠、感情などに心揺さぶられることなどまったくない、100%の合理主義者など、この世にいないでしょう。
もしあなたの目の前にそんなことを言う者が居たとしても、それは恐らく偽物です。
何故かって?
もし本当に完全無欠の合理主義者が居たとしたら、その方はとっくに死を選んでいるからです。
その方は、未来のことについて考えることでしょう。
学業を積み、就職を果たし、結婚し子供が生まれ、貯蓄をし、年を取り孫が生まれ、そして死ぬ。
そう。人間は必ず死にます。どうせ死にます。日本の場合なら、多くは灰と骨、そして遺影だけになります。
どれだけ努力しようが、死んだ瞬間そんなものパーになります。何億何兆と資産を持っていようが、紙切れ同然となってしまいます。
子孫が居るではないか、などとこちらが言ったところで、無駄となるでしょう。自分が死んだあとでも子孫の血が続くとは限りませんし、人間全体が滅ぶ可能性があります。そもそも完全無欠の合理主義者なので、結婚して子供を作るという『常識』などに縛られないかもしれません。一人で寂しいなどという『感情』など論外でしょう。
時間を節約しても、死ぬまでの時間は変わらないわけだし、健康を維持しても結局死ぬことは変わらない。
どれだけ頑張っても、どれだけ時間を節約しても、どれだけ健康的に過ごそうとも、死んだ瞬間全てが無駄になってしまうと考えるでしょう。それはすなわち、死ぬまでの時間は全て無駄ということに繋がり、『無駄なことをしない』完全無欠の合理主義者は、恐れずに死を選ぶことでしょう。生きている時間を限りなく少なくすることが最も『効率的』なわけです。
だって、生そのものが『無駄』なんですから。
しかしどれだけ合理主義を謳おうとも、私たちは今現在を生きています。
結局、感情ある生物なんです。人間っていうのは。




