第一章─金色の少年─4
フェニードルはダルーダを繋ぐ手綱を手に取った。
「ダルーダ。今から、ズーニアに着くまで暫くの間俺がお前の操者だ。よろしくな?」
「ギィー!」
ダルーダは尖った耳を動かし、人間の言葉が理解出来るのか、明るい返事をする。その姿に可愛らしさを感じて、つい笑みを溢してしまった。
フェニードルは強くもない力で、ダルーダを傷付けないように手綱を振った。そして、優しい声で伝える。「お前の足を期待してるから、走ってくれ」、と。
ダルーダは自信満々に一歩を踏み始めた。走り出しはとてもゆっくりではあったが、だんだんスピードを上げ始めてきた。
纏わりつくようなねっとりとしたホービ砂漠の熱い空気を肌に感じる。汗を流したのを気にするとするなら、体温が奪われて暑さよりも寒さが気になる所だ。だが、彼はそんなことに気を取られている暇はなかった。
フェニードルは内心で呟いた。
……早く、ケーフェスって奴を見つける。旅を続けて、まだ二年目だ。輝光賊の悪事を俺は止めるんだ。
これまで相手をした輝光賊の賊は、下っ端連中と幹部の女が一人。殺さない程度に痛め付け、賊共を各地の村や国から目立たぬように撤退させていった。頭であるケーフェスの目的は未だに分からないままではあるが、ただ、これは一つだけ理解出来ていた。ケーフェスが襲撃を最初に命じたのが、天竜の恩恵を受けたヘーゲリッチだということを。フェニードルは十年前から今まで、ヘーゲリッチに帰還しなかった……いや、出来なかったのだ。天竜によって飛ばされたのは、ヘーゲリッチよりも遥か遠く──武国だった。そして、鍛冶屋を営むフォルトルに拾われ、剣闘士が集まる武国で鍛練を積み重ねてきた。
フェニードルは小さい声で風を呼ぶ。
柔らかな風がフェニードルを包み、喜びを伝える風の声を聞いた。
……風さんは、俺に呼ばれるのが嬉しいのか?
自分が呼ぶと、風の顔は綻ぶ。姿形は見えないのに、表情が手に取るように分かる。天竜が自分に天人の命を与えられた時から、風はいつもフェニードルを支えてくれる。だから、挫けたりはしなかった。でも、まだ彼は自分が天人であることに疑問を持つようにもなっていた。そして、何故あの日、自分は天竜の声を誰よりも聞いていたのか、どうして誰も気付かず、賊共は天竜を捕らえなかったのか。その不可思議な疑問点が、ずっと長い間胸中をぐるぐると回り、癒えない痼を抱えているようだった。
フェニードルは溜め息をつく。
そして、夢中に走るダルーダに穏やかな声で話し掛けた。
「なあ、ダルーダ。ズーニアまでどれくらいだ?」
「ギピ?」
「ダルーダにも分からねぇか。まあ、高い壁で囲まれてるって聞いてるし、直ぐ分かるか」