第一章─金色の少年─3
天人――それは、天竜の魂を授けられた人間のことを指す。大昔の話で、神話とさえされている天人の誕生。ヘーゲリッチの地で生まれた者ならば、皆、その伝説を知っている。
フェニードルは暫し表情を消していたと思えば、快活な笑顔を浮かべ、自分よりも小さく幼い少年の頭を乱雑に掻き回した。
少年は初めて表情を表に出した。吃驚したように目を丸くし、フェニードルを見た。
「そんな伝説上のことが起きたなら、その天人さんとやらは世界を平和に導いてくれるんだろうな。きっと、輝光賊を駆逐してくれるんだろうしな」
「…………」
「なあ、お前。名前まだ聞いてなかったから、教えてくれないか?」
「……ユーテットです」
「……ユーテット。じゃあ、ユートって呼ぶな」
「……そうですか」
少年――ユーテットはどこか気恥ずかしげに顔を背け、心なしかユーテットの纏っている空気がゆらゆらと揺れているように思えた。
突然、荷車が止まった。フェニードルは外から魔物の気配を感じ取る。
フェニードルが剣を手にした時、ユーテットは助言をするかのようにフェニードルに言葉を掛ける。
「砂漠地帯に多く生息する魔物はサラマンダーやドレスフライゴン、サンドマンです。気を付けて下さい」
「ありがとな。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
フェニードルは頼もしそうな背中を移動商家のメンバーとユーテットに見せて、荷車から降りた。
◇◇◇
荷車は六体のサラマンダーに囲まれていた。赤い蜥蜴のような出で立ちで、火竜と書くが、実際は竜とは違う。火の精霊が凶暴化し、魔物として化した時に形成された姿が、赤く固い鱗で覆われた、正規の竜にもなれなかった成り損ないの魔物――それがサラマンダーだった。本当の火竜は別におり、サラマンダーはその火竜に従う魔物なのだ。サラマンダーは火竜ではなく火蜥蜴。鋭く生え揃った牙は噛まれればひとたまりもない。火属性である為、弱点は水属性だ。
フェニードルは口角上げ、剣を鞘から引き抜いた。
全体的に銀で出来た刃。一定の線を描いているのか、魔力の補助具である魔増器が流れるように埋め込まれ、緑色の魔力が淡く光り始める。名匠――フォルトル・ジャッピオンの作った最高傑作である剣を構え、自分に襲い掛かってくるサラマンダーの腹を素早く無駄のない動きで切り伏せ、サラマンダーは痛みに耳をつんざくような悲鳴をあげた。
サラマンダーは厄介な魔物でもあるのをフェニードルは思い出す。仲間を呼ぶ音波を出されれば、手こずってしまうのは目に見えて分かっていた。戦闘訓練を受けてもいない、一般人と変わらない商家を傷付けずに守れるか、時間と己の勝負だ。
フェニードルは身を屈め、サラマンダーに向かって剣を一閃する。
サラマンダーの体表に大きな切り傷がつき、ぱっくりと切られた箇所から止めどなく血液を流して、立ち上がろうとするも立てなくなり、力尽きてしまった。
フェニードルは残り四体のサラマンダーを確認する。フェニードルは剣を構え直し、腰を下ろしては脚力だけで飛んだ。
剣に風が纏われる。そして、フェニードルは空中から剣から放たれる無数の風の刃をサラマンダーの頭上から叩くように振った。
刃はサラマンダーに直撃し、砂埃を立てた。
フェニードルは着地をし、サラマンダーを倒したことを確認すると、ダルーダ操者のハルゴの様子を見に行った。
「おっちゃーん。怪我はないかー?」
「ま、ままま! てか、それより、お前!」
青褪めた表情のハルゴは恐怖のせいでブルブルと身を震わせていた。フェニードルはハルゴとダルーダが無傷なのを確認してから、ハルゴを安心させようと言葉を掛ける。
「おっちゃんとダルーダが無傷で良かった。おっちゃん、ダルーダの操作代わるぜ?」
「……やったことあるのか?」
「いや、全く。けど、出来そうな気がするから代わってくれよ」
「初心者のお前にさせられる訳ないだろう! いいから、兄ちゃんは大人しくしてろ!」
「また魔物に襲われかけるかもしんないだろ? いいから、俺に任せろって」
ハルゴは魔物と聞いて顔を青褪めさせ、渋々といった態度でダルーダの操者を譲って貰うことになった。