第一章─金色の少年─2
フェニードルは荷車に乗り込み、移動商家のメンバーに挨拶を交わした後、背中に背負っていたリュックサックを置いた。
荷車の中には、赤く熟れた果実や丸々とした青色の果実、又は食料とは関係のない骨董品らしき物が積まれている。
フェニードルは移動商家のメンバーとは毛色の違う少年を視界に入れた。
癖のない金色の髪は肩に掛かる程の長さ。美しい宝石を連想させる緑色の瞳。固い表情のせいで、十代半ばくらいの外見年齢ではあるが、大人びた印象を与えた。中性的な容姿ではあるが、女臭い顔ではなく、どちらかと言えば神典や聖書、教会のステンドグラスで描かれた天使のような美少年だ。
少年はフェニードルを視界に入れるや、軽く会釈をした。
貧困そうでもない、育ちの良さそうな少年の服装は、白を貴重とした神父が着るような法衣姿だ。
「なあ、お前。名前何て言うんだ?」
「…………」
「俺はフェニードル。よろしくな」
「…………」
表情は無機質な人形のようで、変化は見られない。言葉を一切発さない少年にフェニードルは何かを感じ取った。
「……お前、喋れないのか?」
「違います」
初めて少年が発した言葉は、どこか棘のある物言いであったが声は澄んでいてとても綺麗な物だ。フェニードルは少年が失声症を患っていないことに少なからず安堵をし、少年と話を交わそうとする。
だが、フェニードルが言葉を発する前に少年が彼に近付いてきた。
「貴方は旅人ですか?」
「ん? まあ、そんなもんだな」
「その剣が貴方の武器ですか?」
「まあなー」
「その鞘と柄、描かれた印を見ると、レストリアス大陸にある『戦武』グジリスデル武国で鍛冶屋を営むフォルトル・ジャッピオンの錬成した剣ですか?」
「お前、見ただけで分かるのかよ。てか、フォル爺ってスゲェ人だったのか……」
フェニードルは二年前に出た武国で長年世話になった鍛冶屋の老人の姿を自分が所持している剣を見ながら思い出していた。男には容赦がなく、若い女にはだらしない筋骨隆々の髭を蓄えた豪快で助平な武具に対して情熱と愛情、プライドを持って錬成していた姿が目に浮かぶ。良くも悪くも目立つ老人で、武国の国民らに愛されている男だった。
フェニードルはフォルトルのことを考えている時に、少年の口から出た言葉に驚きを隠せないことになる。
「――黄金色の瞳。貴方の瞳は、まるで天竜のようだ」
「……は?」
「貴方の黄金色の瞳はとても綺麗で、気高い。貴方自身は品が全くないですが、僕はその瞳が美しいとさえ思えてしまう。……そして、貴方から感じる『風』は一体何なのか、教えてくれませんか?」
「……えーと、風って何のことだ?」
「今のヘーゲリッチは荒れ放題でしょう。僕は天竜が心配で堪りません。貴方は、その剣で一体何を切っているのですか? 『輝光賊』の賊共ですか?」
フェニードルは驚愕に目を見開き、淡々と話をする少年を見下ろしている。
「いや、輝光賊なんて、俺にゃ怖ぇし、切ったら殺されちまうだろうからちょっかいは出してねぇよ」
「……そうですか。それでは、一つだけ」
荷車に積まれた商品が落ち、赤い果実がフェニードルのと少年の近くに転がる。
「――『天人』が今から十年近く前に誕生したことを貴方はご存知ですか?」