第一章─金色の少年─1
砂漠地帯が多い大陸・ウォレスト大陸には、ホービ砂漠という広大な砂漠があった。雨は降らず、夜が凍えるように寒くなる。だが、日中は皮膚を焼く程に熱く、身体中の水分を奪われるという錯覚すら起こしてしまう為に、ホービ砂漠を徒歩で越えようとする者が居るのならば、常識的にあり得ることはない。狂暴な野生の魔物が生息しているこの砂漠は軽装備で通ってはならない決まりが暗黙の了解として旅人や冒険者、商家の間で広まっている。しかし、今このホービ砂漠を歩く一人の青年が居た。
藍色の髪は短くも長くもなく、だが肩にはつかないくらい伸ばし、癖毛なのか毛先が外側に軽く跳ねている。意思の強い輝きを放つ金色の双眸。顔立ちは整っている方だが、ホービ砂漠を空から見下ろす突き刺すような日射しを放つ太陽のせいで端整な顔立ちは少々やつれ気味だ。まだ二十代になったばかりなのか、若い男だ。腰には剣を差し、背中には砂漠越えの為に用意していたのか、巨大なリュックサックを背負っている。
青年は疲れ果てたように砂上に腰を下ろし、自分を苦しめる忌々しい太陽に向かって悪態をつく。
「……アッチィんだよ、太陽様。少しくらい熱を放出すんのやめろよな、馬鹿太陽」
そして、青年は瞼を閉じてから、息を吸い込み、カッと目を見開いて大声を出し始めた。
「誰か、助けてくれ――! 誰か、誰か――!」
青年は叫んだ後、リュックサックに寄りかかり、ぼそ、と呟く。
「……ハハッ。フェニ様は頑張りましたよ。もう、ここでサラマンダーに食われてもいいわな。あー……。誰か俺の遺骨を、一度でも行ってみたかった海『エレメラルージュ』に散骨してくんねぇかなぁ……」
青年――フェニードルは、天を仰ぎ、空気中の水分量が少ない真っ青な空を見上げた。雲は一つもなく、ぎらぎらと鬱陶しいくらい輝く太陽が余計に忌々しく思う。
フェニードルの耳に動物の息遣いと一定のスピードを保つ荷車の音、揺れる荷物の音が届く。五感に優れているフェニードルは、バッと後ろを向いた。
遠くの方で、尖った耳を持つ大型の魔物――商魔のダルーダが移動商家の荷車を引いていた。
フェニードルは顔を輝かせて、立ち上がってはさっきまでのやつれ具合とマイナス発言すら忘れてしまったかのように元気よく移動商家に向かって走り出した。
「オーイ! そこの人ぉ!」
手を振りながら移動商家に近付くと、ダルーダ操者の小太りの中年男性は驚いたようにダルーダを停止させて、荷車に近付いてきたフェニードルを警戒と困惑、驚きの顔が混ざる表情で見た後、訝しげな目を向けた。
「兄ちゃん、この砂漠が何なのか理解して越えようとしていた訳じゃないだろうな?」
「ん? ……んー。砂漠は砂漠だろうから、オアシスでも見付けて野宿出来りゃいいって思ってたんだけど、見事に砂漠を越えられなくてなー。おっちゃん、砂漠は砂漠だろ?」
「お、おい、兄ちゃん! お前、それは死ぬぞ! ここは、そんじょそこらの砂漠とは訳が違うんだ。このホービ砂漠は、『旅人を食らう砂漠』だって言われてるんだぞ。危険な野生の魔物は生息しているわ、夜は凍えるように寒いわで、兎に角危険なんだ!」
「ほー。危険なのか。んじゃ、この荷車に入ってもいいか? 俺、ズーニアに行きてぇんだ」
「……いや、でもなぁ……」
男性が迷っている間、ダルーダがフェニードルを見詰めていた。
深海を思わせるような深い青い瞳にフェニードルを映す。
ダルーダはぺろりとフェニードルの頬を嘗め始めた。
「おー。お前、俺を嘗めても美味しくないぞー」
「ギピィ!」
ダルーダは夢中に嘗め出して、フェニードルの頬にダルーダの唾液がつき、ぬらぬらと濡れている。
「……コイツにしちゃ、珍しいな。滅多に人にゃ懐かねぇのに。しかも、初対面の兄ちゃんに」
男性は驚きにそう言葉を発する。フェニードルはダルーダを撫でながら、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「……のたれ死まれちゃ困るしな。……分かった。この荷車に乗せてやってもいい。で、兄ちゃんの名前は?」
「フェニードル。フェニードル・クレイステンだ」
「フェニードルか。俺はハルゴだ。じゃあ、早く荷台に乗れよ。俺達は今日中にズーニアに行きたいんだからな」
「了解。よろしくな、おっちゃん」
フェニードルは笑顔でそう言った後に、そそくさと荷車に入っていった。