決意の死
梨湖には可愛がられた記憶しかない。
父や兄達にはずいぶんと甘やかされたなと言われるけれど、今になって思い返せばまさにその通りだったと思う。
梨湖を育ててくれたのは家族ではなく使用人だった。
父も伯父も多忙な人だから仕方ないのかな、と若干寂しかったけれど育ててくれた彼は強面の割には気遣いがうまく、思春期の頃でもうまく付き合っていた。
何から何まで面倒みてくれた優しくて辛抱強い人だった。
だからこれからもずっと傍にいてくれるのだと信じて疑わなかった。
父や伯父には何度も釘をさされたけれど、彼を想う気持ちは止められなかったのだ。
ようやく成人してこれからは一人の女としてみてもらう予定だったのに。
「っどうしてよ!平林!!」
どしゃぶりの雨の降る梨湖の誕生日。彼は邸の屋上から飛び降り自殺したのだ。
平林の遺体にすがりつく梨湖を見る兄姉達はこのことを覚悟していたようだったけれど、遺体にすがりついて泣き叫ぶ梨湖は気付かなかった。
平林から離れようとしない梨湖を無理やり引き離したのは父と伯父だった。
「嫌!平林!」
「梨湖。諦めろ。死んだ人間は還らない」
「伯父様……………」
「それにずっと釘をさしていたはずだ。平林に入れ込みすきるな、と。なぁ、弘和?」
「そうですね、陸さん」
「父様まで……………二人だって母様を亡くされた時は悲しかったくせに!」
二人は梨湖の言葉にしばらく黙りこんだ。
「だが、一番悲しんだのは平林だ。だが睦が言ったから……………平林は今まで生きてきた」
「父様?」
「そうだ、梨湖。平林は睦が亡くなった日に後を追うつもりだった。だが……………睦もそれを分かっていたから、お前を託した」
「伯父様。どういうことです?」
「梨湖が大人になるまで見守って。それが睦の平林への遺言だった。平林はそれを忠実に守ったんだ。睦が死んで、その時に平林は半ば死んだも同然だったが最期まで睦に支えたんだ。平林は」
言い切ると伯父は寂しそうな悲しそうな、なんとも言えない視線を向けた。
父や兄姉、使用人達はずぶ濡れになりながらもうつむいて伯父の言葉を聞いていた。
なかには肩を震わせている者もいた。
梨湖は改めて皆の様子を見渡した。
こうなることは知っていたのだろう。
悲しんではいても誰も驚いてはいなかった。梨湖を除いては。
「平林の主人は睦だけだったんだ。ずっと…………」
伯父の言葉が虚しく響いた。
あまり本文には会話はありませんでしたが、ちなみに梨湖の伯父と母は双子で父は伯父よりも年上ですが、義兄であり名家の当主である彼に配慮して常に敬語です。なんせ婿養子なので気を使います(笑)