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幻記 ―越中秘儀始末―  作者: 炎 立見
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 がたがたと体を震わせる女を前にして、これ以上怖がらせるのは哀れだと思った薬売りは、宥めるように言った。


「日の本の国は山が多いからな。そんな中には神様が好んで降臨なさるお山が幾つかあるんだよ。そんなお山は決まって杣人も猟師も入ることはねぇ。入ったが最後出ることはできねぇからな。」


「それって、あたいの村の乙女山もそういうお山ってことかい。」


「おめぇさんの話を聞いた限りじゃそうなんだろうな。何しろ杣の衆は信心深い奴が多いから、そういうお山はよく知ってるもんだ。」


「で、あたいはそんなお山に入っちまった・・・。」


 俯いた女が消え入りそうな声を絞り出した。


 肩が小刻みに震えているのが哀れだがここからが話の本ネタだ、と一つ息を整えて薬売りは話し始めた。


「山に降りて来られる神様には、女神さまもいらっしゃる。」


「・・・うん。」


「神様ってのは、おおよそ慈悲深い方々でいらっしゃるんだがな、中には嫉妬の心をお持ちの女神さまも居ないわけじゃない。」


「嫉妬って。」


 薬売りの言葉の意味を計りかねるように女が呟いた。


「ご自分の神域をお留山になさる女神さまってのは、あんまり大きな声じゃ言えねぇが醜女と相場が決まってるそうだぜ。」


「そんな・・・。」


「おめぇさんは、今更だが結構器量良しだ。そんなのが自分のお山に入り込んで来たら、妬みのひとつもしようってもんだろ。なにしろ相手は醜女さまなんだから。」


 びくっと大きく体を震わせて、女が縋るように薬売りを見つめた。

 

「だから罰が当たったってことなのかい。」


「そういうことだな。」


「あたいの体に何をしたんだい、その醜女の神様は。」


「ご自分の神域をお留山になさる神様は、妖を使役なさって人を追い出したり殺めたりなさるんだが、中でも極め付きの性悪な妖が居てな。」


「うん・・・。」


 女はごくりと音を立てて唾を飲み込んだ。


やまこといってな。女に悪さを仕掛けて、自分の子を孕ませる。」


 それを聞いて、女の体が硬直した。


「一度孕ませた女は死ぬまで玃の子を産み続けさせられるんだ。」



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